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第126話 鎧袖一触

 サドンさんが秘奥の間の天井を撃ち抜いて魔法陣の破壊と魔気の循環を目論んだ結果、城塞森林公園から花壇が崩れ落ちて来たようで、オレの周囲には手入れされた土と咲き誇っていた花が落ちていた。その花が魔法陣に魔水を吸われてしおれて行く。

 このエネルギーがどこへ行くのか。

 見た目では破壊の後といったサーバ王都が誇る魔導文明の城塞都市がすっかり形無しの様相を呈しているが、これだけ破壊されても一部は繋がってるなら立派な作りだったのだろう。

 その場所を特定しようと魔水の流れを見極めようとすると、わずかな挙措でオレの身体から血がピュッと噴き出していた。


「…………」


 笑う気にもならない。オレは忍者刀を外套の中に納めると、光よ癒せとライトキュアの詠唱をした。

 光の癒やしが身体の内部から外側へと順繰りに癒しはじめると、オレの体内に埋まっていた散弾が押し出される形で足下にポトポト落ちた。それが周囲に散らばって結構な弾数を喰らっていたのだとオレは知った。

 これだけの散弾を喰らっても痛みや衝撃を感じなかったのは、深紫の闇がクロック・ストップの世界で動けることを知らないサドンさんに夢中で警告を発していたからだろう。結果、そのことごとくを無視されて秘奥の間の入り口という辺鄙な場所に飛ばされてしまったわけだが、そのおかげでようやく自分への治癒を施せたとも言えるのは皮肉であった。

 オレは改めて深紫の闇に手を突っ込んでいるサドンさんを注視した。


 明らかに深紫の闇の体積が減っていた。とはいえ三立方メートルぐらいの大きさはありそうなのだが、不定形なので概算でしか報告できない。


「それにしてもすごい。プラズマが通用している」


 正直オレはもっと苦戦するかと思っていた。ぶっちゃけるとクロック・ストップにかかって動けない振りをされ、その不意を突かれて一瞬で命を絶たれると思っていた。だが実際は深紫の闇がプラズマで削られて後手に回っている。


 サドンさんを覆っていた薄い光の膜がスッと消えた。深紫の闇の中から時折プラズマが噴きこぼれて来る。闇はそのプラズマをどうにかしようと飲みこもうとしてるが、サドンさんはここに賭けているのだろう。魔気を闇のためだけに使っているようだ。


「憂き身を狙うか。憂き身だけを狙うか。なぜだ」

「キミ、王都中から魔力を抜いといて狙われる理由がわからないなんて相当だよ」

「主面してるあやつを攻めれば済む話ではないか」

「彼女たちはキミを取り戻す相談をしてたのに、キミをフリーになんてしたら、それこそ好き放題に暴れられるじゃないか」

「…………やるな、貴公」

「そう思うんならいい加減剥き出しにさせてくれないかな?」

「憂き身を調べる気でいる輩に、好き勝手にやられろと言われてもな」

「では今のこの形で正しいと云う事になるじゃないか」


 そんな会話が遠く聞こえて来た。


 極めて順調だ。

 偉そうにふんぞり返ってたアルバストもどっかに違和感があるのか、今はバックドアが背後に庇われて瓦礫の山の奥に退避し、青い光を放ちながら固まっていた。水魔法の使い手だから水の癒やしをしてるのだろうが、それにしても治癒をかける頻度が引っ切りなしだった。今はまだ魔法陣から集めた魔力が唸るほどあるのだろうが、王都の魔法陣はオレとサドンさんの手で崩したし、今後の補給はおそらくない。となるとクロック・ストップが切れてもそう簡単には動けないだろう。

 闇の方には壁にラインを伸ばそうとした形跡はあったが、それも今となってはラインをつなげる余裕など深紫の闇にもないはず。

 戦ってるのは王杖第三席のサドンさんなのだ。魔法陣の再構築を許すような人でもない。


 オレはサドンさんからもう一度、クロック・ストップの世界に囚われたアルバストらの方を見上げた。止まったまま動き出す様子はない。

 治った体なのに何度も治癒魔法を重ね掛けしてる以上、アルバストが完治する可能性は極めて低いだろうとオレは考える。その状態に持ち込んだのはオレ自身なのだが、オレとしては剣で手足をぶった切っただけだから、何が作用してそうなってるのだろうとも思う。特に特別なことはしなかったのだ。ぶった切った時は忍者刀でなく剣だったし。

 おそらくは深紫の闇の影響からだとは思うのだが――。


 あれは剣で魔具で呪具でもある。

 呪具。


 呪いか…………。


 呪いといえばアルバストらは咒札(じゅふだ)も持っていた。信じられないほどの回復能力を見せた未知の咒札。この咒札を消費させるところから作戦を構築したのが始まりだったのだが、アルバストはこちらの誘導になかなか乗ってこなかった。おそらく異世界に来た影響でこちらの世界をそんなに信用していないからなのだろうがしかし、今なお使う判断を下していない。使い処を見極められるというのはそれだけで難しくなる。正直手強かった。


 つとサドンさんがオレ目がけて何故か手を翳した。


 コツン。


 物音もした。オレの後ろ、いや、頭上から?

 だがクロック・ストップの世界はまだ続いている。徐々にゆるんできてるのはわかっているが、アルバストらの方を見ると微動だにしてないので依然時は止まっている。

 これが魔法の開発者であるコペルニクスならどこからゆるみ始めるのか手に取るようにわかるのだろうが、生憎オレには蓄積された経験がない。

 どうする。

 サドンさんに秘奥の間の入り口まで運ばれてしまって身を隠す場所もないが、とりあえず死角になるよう壁際まで後退するか。

 そう思ってる矢先に雷が上空へと飛んだ。


「そんな」「もう我々を見つけるとは」「おい見ろ」「何だ。何がどうなってる」


 上から声がした。見上げると雷神乱舞によってえぐりとられた、出来たばかりの剥き出しとなった壁面から見通しのよくなった秘奥の間を裏切り者達がのぞきこんでいた。連中が無事だったのは半ばから断ち切られた部室と階段がぶつ切れとなってその名残を見せていることからもわかるように、秘奥の間が各重要施設から蟻の巣のようなコロニー状になって繋がっていたから雷神乱舞から免れたらしい。そういえば統括部からは長い階段をうねうねと降りてきていたのをオレも思い出した。円柱のようにわかりやすい構造ではなかったようだ。


「何だこれは」「いつの間にぶち抜いたんだ」「よく生きてたな」「どっちがだ」

「サドンさんのおかげだな」


 それはおそらくサドンさんがある程度構造を把握していたからだろうが。

 それより何故そこにいる。

 サドンさんがライム王の名において退去命令を出していただろうにと鋭い眼を向けてると、統括部の部室の奥から苦悶にも似た呻き声がした。雷神乱舞で弾き飛ばされた者もいて、宰相派の幾人かは魔法の余波で傷ついているらしい。


「愚かな…………」


 逃げなかったのは自業自得だ。サドンさんが避難させてる時点で王杖がどんな規模の魔法を放つのか、魔法士団の統括部に所属する者なら考えて然るべきだった。

 すると、四人ほどが横一列にならんだ。


「ん? 何をする気だ」


 それぞれが杖を構えて呪文の詠唱に入った。


「おいおいライムへの反逆かよ」


 その瞬間、頸木(くびき)解除、というサドンさんの声がした。


「あ」「おい」「何だこれ」「痺れ…………」


 四人がぐったりとなり雷の中に閉じ込められてしまった。


「退去命令を出した時に詠唱していた雷牢か?」


 多分そうなのだろう。

 あっという間にサドンさんが制圧してしまった。だが本命から意識を逸らした分だけサドンさんがピンチになる。深紫の闇の反撃だ。あの人は顔色も変えずに深紫の闇に右手を突っこんでいるが、浸食してるのか肘から上が深い紫色に変じはじめていた。深度一に半分潜ってるからサドンさんはなけなしの魔気を奴に消耗させられてもいる。

 そこへ至ってからのあからさまな隙を闇は見逃さなかったことになる。

 それもこれもオレが統括部の連中を見逃していたからになる。


 ――くそ! オレは一体何なんだ!


 自分に腹が立った。

 連中が気がついたのは、上空から下降してきた魔気によってクロック・ストップが押しのけられ、新たな魔気に触れることで時が動き出したのだろう。オレは魔気が下降して来てるのはわかってたのに、それに対して特に対策を講じなかったせいだ。


 オレのミスだ。


 猿まねのクロック・ストップではなく純粋なオレの魔法であったなら召喚魔法として押し流されることもなく通用したのかもしれないが、オレの放ったクロック・ストップは薄い魔気を動かしてこの世界を構築したクロック・ストップだった。


 なぜ秘奥の間の魔気で再現したのか。

 その答えは簡単だ。

 嬉しかったからだ。


 あの馬鹿の面倒を頼まれ、継承したと誉めてくれたコペルニクスの雄姿が脳裏に浮かんだ。浮かんだが、何度思い浮かべてもやはり嬉しかった。嬉しかったのだ。オレは彼を言い訳にはしたくなかった。


 だがそれのせいで――。


「オレは! オレはっ!」


 足下を見た。

 しおれた花に水をやるような気分だ。魔気の無駄な消費を嫌って闇に突っこんで行ったサドンさんに魔気を使わせたのだ。警戒はオレがしておくべきことだったし、この場は惑う者がいていていい場ではないのだ。サポートするべきオレがサポートされてどうするんだという。

 だが魔気はサドンさんにも流れる。

 いや、クロック・ストップがまだ効いている。最下層まではまだ流れて来ない。


「ここでもオレは邪魔をしてるのか」


 オレはクロック・ストップを強制的に解除しようと印を解除しようとしたら、止めるな、と強い口調の声が召喚の場からした。


(サドンは文句を言ってないぞ。むしろ条件を変えられた方が迷惑だ)

(小太郎…………か)

(それより見るべきは中層で魔気を受け止められてることだ)

(降りる時に見た深紫の闇か)

(そうだ。この件ではクロック・ストップが足枷になってるのは事実だが、アルバスト達を止めることには成功している。このおかげで横から余計な茶々が入ってこないんだぞ)

(それは確かに利点だな)

(だろ? だから闇を見ろ。お前も見た闇が壁に這わせたラインが地味に良い仕事をしていやがる。闇の野郎、細々と魔気を補給しやがって)

(本当か?)

(ああ。そしてサドンを見ろ。食い破ってる)


 小太郎に指摘されてオレはサドンさんを食い入るように見た。


(わかるか。あいつ、プラズマを使うことで自力で深度一に足を踏み入れてるぞ)


「あ」


(おい師匠。師匠面するなら助け船をこんな風に出してくれ)

(馬鹿野郎。天道神さまに自分で選んでやると言ったばかりじゃねーか。自分で選べ)

(じゃあ何で今は)

(今は見るに見かねてだ。サマースがいないからな)

(あ)

(いいかヒュー。お前は結構な確立で最適解を出してると思うぞ。だがな、大事な物を見てると視野狭窄になる。特にお前みたいな人に大事にされたことのない奴は大事にされるとコロッと夢中になっちまう。大暴れするのは先だ。フォルテの王子なら、ライムの王杖の気合いと使命感をきちんと見届けてやれ。あいつは、何の知識もないまま位相のずれに片足を突っこんでるんだぞ)

(なに)

(よく見ろ。片足を突っこんでるだろうが。狂い咲きでもさせるつもりか)


 本当だった。深紫の闇が性懲りもなく深度一へと入りかけている。それにプラズマで解析しながら…………。


(気狂いなんかさせんぞ)

(そこは腕を突っこんでるんだと言わないのか)

(気遣いは感謝する。だがオレよりサドンさんだ。召喚魔法陣のないサドンさんではズレに巻きこまれたら、ほんの些細な拍子で致命傷となるぞ)

(それすら調べ上げてるようだがな)


 つまり深紫の闇の展開する闇を喰らってその状態すらもプラズマで解析していると、見間違いでないということか?

 それが出来るなら深紫の闇が深度一に潜ってるところを追いかけて自分に取り込んでいるということになる。

 魔気も、そして発動してる魔法か呪詛かもわからぬ不可思議な物も含めてだ。

 しかも取り込んだ情報を即座に再現しなきゃ深度一には爪の先すら入れやしないことをオレは知っている。

 できるのか? そんな事…………。


(そもそも間違いを糺してやろう)

(間違いだと?)

(魔気が流れて来たのはお前のクロック・ストップのせいだけではない)

(何)

(サドンが奴の伸ばそうとした手を食い破ったからさ)


 再び見上げると大穴の土壁が剥がれて崩落してきた。石床に落ちると湿った土の結晶が解かれて砂のようにサラサラに乾いてゆく。魔素を吸われてるのだ。

 すると雷牢に閉じ込められてた統括部の誰かがオレの頭上へと落ちて来たが、オレは場所を移動するだけで助けはしなかった。だが落下による衝撃すら雷牢は物ともせず、裏切り者を閉じ込めきっていた。中の男だけが肝を冷やして泡を吹いている。

 小太郎がぼそりと呟いた。


(恐ろしい男だ、王杖第三席サドン・バースト)



 あとがき


 うう。ずっとPCに向かって座ってたらお尻の皮が剥けちゃいました。座るだけで痛いなんて生まれて初めてです。椅子をどかして膝立ちしたり、座面に座布団やタオルを敷いてみたり、皮の剥けたところだけを空洞にして周囲から支えてみたりと色々試しました。結論、それでも姿勢は刻一刻と変わるものだということを知り、試みは敢えなく失敗。この痛みとやるせなさは野生の動物としてはどうなのと思いながら、今話はようやく形になりました。

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