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第122話 サドン・バーストという王の杖 その三

 心なしか雷鳴の音が大きくなった。バシンバシンと天井から装置だけでなくパネルまでもが落ちて来る。先ほどまでより明らかに魔気の密度が濃いのは気のせいではないだろう。まるで匂い立つような感覚をオレは覚える。

 これが魔気の匂い。

 雷の匂い。

 焦がすような弾くような、触れた物すべてを寸断するような、そんな予感をこの時点で持ち合わせていた。

 オレが気配を感じるとサドンさんが両手を広げた。魔力が広がり魔法陣の起点をサドンさんは生み出していた。その魔力光は緑色をしていて、そこから伸び出した魔法陣の本陣は緑色のまま組み上がって行く。このときサドンさんの爪に眼が行き、サドンさんの爪は緑色をしてるのだと今頃になって気づいた。


 サドンさんが、落ちてくるのに手一杯で未だ稲光にあちこちに運ばれている深紫の闇を翻弄していた。

 

 深く息を吸い、そして朗々とした声で詠唱の第一節をサドンさんが詠み上げた。


「過ぎ去りし神が闇夜に委ねた言祝ぎを思い出し」


 その第一節だけで魔気がうねるように立ち昇り始め、オレはようやくサドンさんが深紫の闇をアルバストから出来るだけ離そうと遠ざけていることに気がついた。

 闇はまだ何もわかってない。ただただ魔気を喰らおうと、その奥に潜むサドンさんの罠に食い付くばかりで気がついていない。

 おそらく今詠み上げた第一節は、サドンさんの、王杖の最大魔法の一節だとオレは予想する。こんな狭い場所で放つような魔法ではないのだろうが、それでもやるだろう。ライムの王の名の下にすでに宣戦布告をしたのだ。

 深紫の闇は主であるアルバストも無防備にしている。雷での魔法なら一瞬にしてアルバストにも到達するというのに。

 わかってるのか、この魔気の流れを。

 サドンさんが手を突き上げるとそこに集まった魔気がスパークを始めた。


「久遠の棺を! 刹那の安住を!」


 第二節で黄色に黄緑に、無色に見えてた風が魔法の色を最早隠しもせずにその姿を現し始めた。風がうなって風量がどんどん分厚くなっている。


「今一度開けん!」


 手を回して横に切ると、棺の中に詰め込まれた風花が開くようにスパークがその密度を高めつつ、次々と風の花びらを塗り替えて花として開いて行く。それはまるで循環する雷の蕾のようだった。棺に詰め込まれていた花々が今か今かと外に出て行くのを待ち焦がれているようだ。

 サドンさんが深紫の闇に向かって両の腕を眼前で打ち合わせた。と同時に一気に魔気が色づいて爆発的に雷が増殖する。

 これが第三節――。

 今さら気づいたようだが最早遅い。遅すぎる。

 サドンさんが最終節を唱えた。


「雷神乱舞!!」


 棺を突き破って雷神が躍動した。辺り一面を稲光が蹂躙して、光が物質としての形を形骸化して一瞬で鉄の牢をも消し飛ばす。だがこれは余波に過ぎない。本命は上空に漂う深紫の闇。

 広がりを見せるが一途な指向性を持った雷が襲った。


 オレは眼を細めて稲光の中に飲みこまれてく深紫の闇を見やった。

 物凄い光量と轟きだった。指向性を持たされてこちらへの被害を最小にするよう計られてこの状況である。直下から喰らった深紫の闇は推して知るべしである。オレは一瞬にして視界が真っ白になり、あらゆる物が存在としての定義を失って白いままに塗りつぶされ、やがて影もなくなった。

 これ以上はマズイ。オレは目を瞑って耐える。

 轟きはその後も容赦なくつづき、いつまでも絶えることない破壊される直截な音と、魔法の届ける音の波と響動に王杖の放つ魔法の凄味をオレは肌で味わっていた。オレに向けられたわけでないというのに肌が痺れている。髪の毛は逆立ち、オレの身体を統制する神経もピリピリとして、時にオレの意に反した動きをしようとする。耳にはいつまでも轟きが残り、オレは集束を息を殺して待っていたのだが、やがて、ようやくその音も遠く遠雷のように離れて遥か上空でゴロゴロと轟いた。


 静かなほど魔気が動きを止めている。

 オレは背後の水の障壁がきちんと機能していたかどうかを手の平で確かめ、それからうっすらと眼を開けた。


 砂塵が舞っている。固い壁が砂粒まで分解されて辺り一面を覆っていた。


 オレは塵芥を風魔法で周辺から払いのけると、天井が消し飛び、そして秘奥の間も消し飛んでいるのを見た。

 秘奥の間から空まで一直線に物が見えるようになっていたのだ。

 こうなるまでにどれぐらいの時間が経っただろうか。時間にしては一分もないのかもしれない。だがオレにはその魔法攻撃が物凄く長く感じられた。

 後ろにいる枢密院殿達からは未だひと言もない。自分たちが範囲外に指定されて影響が出ないよう配慮されてたのはわかっているだろう。だがそれでも眼前に広がった光景は信じがたい物だった。


「枢密院殿、大丈夫ですか」


 オレが尋ねると、返事が返ってきたがそれはこの事象への感想だった。


「雷が天へと還るとは…………」


 振り返ると枢密院殿と警邏隊の三人は、揃って空を見上げていた。


「同感です」「王杖とはここまで凄いのか」「目がまだ……よく見えない」


 ありきたりの感想であるが、オレも思ったのは似たようなことだったので肯いただけで前を向いた。

 とりあえず白い雷光が消えて物の形が判別できるようになって来たので、オレはその姿を変えた秘奥の間の隅々を目の当たりにすることとなった。


 所々に魔法陣の残骸が残っている。だがこれはすでに死んだ魔法陣である。サーバの王都の魔法文明は今その機能を失ったのだ。

 そう思ったのだが片隅にわずかな魔力光が魔法陣を巡ったようだった。ほのかな魔力光が自分のいるブロックを堂々巡りしてるらしい。それは行き場のない魔力光であった。だがそれだけでないことにも気づいた。魔法陣のさらにその下にも光る物があったのだ。魔力光の下からさらに魔力光を放ってるらしく、そこまで観察してオレはその意味するところに気がついた。


 あれは、オレのつくった魔法陣だ。


 オレが魔法陣の下に魔法陣を走らせて新たな回路を作り上げたのだ。石の床を砂塵と化して走らせたあの時の名残が、今も尚あそこに残ってるんだ。


 するとオレの前方から大きな息遣いがした。嘆息にも似た、聞いたこともない息遣いだった。その息遣いが言う。


 これでも崩れないのか…………、と。


 それは突然形となって、オレの耳にサドンさんのひとり言として認識された。

 まさか、という思いがある。有り得ない、という思いもある。

 王杖の戦略級で戦術級の魔法であったはずだ。そんな物の直撃を受けて崩れない物など在ると云うのか…………。

 にわかには信じられなかった。

 そしてオレはサドンさんが空を見上げてポッカリと空いた大穴を見上げている姿を目にした。


「マジかよ」


 そこに深紫の闇が浮かんでいた。


「サドンさん」


 しかしサドンさんは返事をしなかった。

 その目は何が効いて何が駄目だったのかを見つけようと、既につぎの戦いに入っている。

 代わりに後ろから枢密院殿の声がした。若干おののいていた。


「ピュー」

「はい」

「王杖の攻撃を耐えきったということはもう間違いない。あやつは異界渡りをしておるぞ。まともに相手したら全滅する。あれは……勇者クラスじゃ」


 枢密院殿がそう断じた。

 おかげでオレは間にサドンさんがいると言うのに少々慌てさせられた。

 それも当然であろう。

 そんな見立てを深紫の闇の前で明かせば自分の身が危なくなるだろうに、そんな事をこの場で平気に口にするのである。少しは用心棒の苦労を慮ってもらいたい。失敗したらオレのお給金が台無しになるのである。


 しかし――。


 しかし、この人は本当に勇気がある。よくぞ言った。言い切った。

 するとオレの前方でサドンさんがもっと勇気のあることを言い出した。


「やはり、内側から崩すしかないようだな」


 まったく物騒なことを言う。オレはそう思った。

 思いつきとしては素晴らしい。外側からダメージを与えたのなら、次は内側からと考えるのが自然な流れであろう。

 だがそれは駄目だ。駄目なのだ。

 その作戦はこれまでことごとく失敗している。警邏隊の一人がしかり、そのまた一人が然り、数多の犠牲の下で深紫の闇の謎をひとつひとつ紐解き、そしてフェンリル魔法士団の団長、オレの友となったコペルニクスすらもその作戦を実行してその命を散らしている。

 後から来たサドンさんはその流れを知らないのかもしれないが、コペルニクスの話は聞いてるはずなのだから軽々に次の選択として選ぶような物ではない。


 三度(みたび)、あれの中に手を突っ込むというのか――。


 オレがその対象である深紫の闇を見やると、闇はゆっくりと焼け焦げた瓦礫の山に向かって降下していた。

 瓦礫の上に積もった砂塵が吹き散らされている。


「さて、つづきをやるか」


 向こうからサドンさんの声がした。今にも走り出そうとしている。


「ちょっと待って下さい」

「ん? どうした、ヒューくん」

「本気ですか?」

「無論だ」

「でもそれはこれまで…………」

「大丈夫だ。やれることはまだ残っている。奴らは知らずに我等が知ってることが、まだあるだろう?」


 サドンさんが朗らかに笑んで我等の下へと歩み寄ってきた。

 この行動はオレを説得するためではない。奴らの攻撃から我等の前に陣地を構え直すためのものだ。もしかしたらオレはまた邪魔をしたのかもしれない。

 だがもうそれは取り返せない出来事だった。その機会は既に失われてしまっていた。


 深紫の闇が、もうすぐ着底する…………。


 そして奴らが現れた。

 秘奥の間は最早機能すら出来ないほどボロボロになっているのに、奴らは何事もなかったかのように深紫の闇の中からその姿を現した。

 上空と魔法陣の上と、相当な距離を離れていたはずなのに、その距離を物ともせずに深紫の闇は主であるアルバストを守り、バックドアさえも一緒に救い出して瓦礫の降る地底より中空にいる方が安全と踏んで、回収した後に中空へと浮いたはずなのだ。

 だがオレはその工程を認識できていない。


 脅威であった。


「随分と派手にやったようだが、私らには効かなかったようだぞ」


 アルバストが鼻で嗤っていた。


「最大奥義を封じられておいて、何を今さら相談するんだ。名代さん」


 空からゆっくりとこちらに落ちて来ながら闇に横たわったアルバストがそんな風に煽ってきた。

 かの女エルフも今は四肢がくっつき、先ほどまであった悲壮な翳りは今は微塵もない。逆に勝ち誇ったような顔をして瓦礫の山からオレたちを睥睨し、見下ろしている。高い所が好きなのか、暗に言いたいことを含ませてるのか。その余裕にも似た態度はおそらく呪具を手にした安心感もあるのだろう、そうオレは思った。


 呪具は未だその姿形が見えてこない。深紫の闇が厚くそのベールで覆っていた。

 王杖の魔法にも耐えきった脅威の存在。

 これ見よがしに見せて煽りたくなるのも当然か。

 なにせアルバストが手にしてるのは勇者級の呪具だという枢密院殿のお墨付きもある。


 勇者――。


 それが敵となれば最早その時点で絶体絶命と謳われた切り札である。フォルテの召喚魔法士とて油断はしないし、したらあっという間に殺されてしまう。

 異界渡りをしたということは深度一での行動にも問題がなかったことを意味するのだ。召喚魔法の優位性はこの時点で覆されており、舐めたらやられる。

 横になっていたアルバストは自分の手足を確かめるように動かし、力が入るとわかったらもう一度魔法陣から魔力をもらって青い光を纏い、普通に起き上がってふてぶてしい態度でこちらを見下ろした。奴からしたら恐い存在などこの場にいないと思って当然であり、オレたちのことなどいつでも料理できると思ってるのだ。


 だがサドンさんの言い分にオレは心当たりがある。

 まだサドンさんには新たな奥の手が残っている。サドンさんはそう言いたいのだ。その威力は実験に付き合わされたオレも知ってるし、サドンさん自身も掌握済み。

 そのことをアルバストとバックドアは知らない。


 表情も見せずに、サドンさんはただ矢面に立っている。

 こんな扱いを受けたことのないオレは知らず身顫いした。崇高な大人がそこに立っている気がした。


 だがそう。確かに残っている。残ってはいるのだ、まだ奥の手が。


 サドンさんがその身に宿した新たなる風魔法。


 第四の物質、プラズマ――。



 あとがき


 応援ありがとうございます。

 さて今週は術後の経過観察やら何やらで、諸々の処理をしなければならないことも重なっておりちょっとどうなるかわかりません。はよ書けと思われてる方がいらしたらご免なさい。最善は尽くします。


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