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第121話 サドン・バーストという王の杖 その二

 オレはサドンさんが発生させた雷を把えて、ぴょいと鉄の杭の向こうにいるアルバストに放り込んだ。


「ぎゃ」


 と叫んだアルバストはオレに斬られた四肢の癒着がまだ完全ではないようで、避けられもせずにそのまま黙りこんだ。と言うか気絶してるようだ。


「おい」


 とバックドア・クックが深紫の闇を呼んだが、奴は返事をしなかった。

 そういえば治さないというようなことを言ってたような気がするが、本当だったのかなとも一瞬頭を過ったが、一度や二度の案件じゃ肝心な時に騙されるかも知れないので、頭には入れておく程度で真正面から信じ込むようなことはよそうと思う。


「ヒューくん」

「はい」

「もどって」


 サドンさんにそんな事をいきなり言われた。顔は笑っているが眼は笑っていないし理由も言う気がないようだ。こういう圧迫感はフォルテでの無視と違って正直対処に困る。戦闘中のクソ忙しい中なだけに、善意で言ってるのが滲み出てるからだ。


 どうしよう。


 雷を放りこんだのがまずかったのだろうか。もしかしたらサドンさんが練ってた戦略に穴を開けてしまったのかもしれないことに、今さらながらに気がついた。

 振り返ると、オレは叱りつけるような目でこっちに来いと手招きする枢密院殿がおり、オレは雇い主殿の所へしげしげと戻ることとなった。とてもバツが悪いが、警邏隊の三人がドンマイといった目で頷いてくれたから、だいぶ気が楽になった。するとその三人がコペルニクスの遺骸にもサドンさんの戦闘が見えるようにと、ともすれば倒れそうになる身体を支えて入り口の壁に沿って寄りかからせ、どうにかして立たせようとしていた。

 オレは感謝を込めて呪文を唱えた。


「闇魔法、重力制御」


 ふわりとコペルニクスの身体がケルプの重力から解放された。そのまま壁に寄り添って立つように浮かび、立たせようと支えてる人も流されないように袖口を持つだけで済むようになった。


「ありがとう」

「礼を言うのはこちらです。ありがとうございます。おかげで落ち着きましたし、ちょっと試したいことも思いつきました」


 すると枢密院殿に背中を叩かれた。


「ピュー見ろ。大事なことじゃ」

「はい」


 オレは枢密院殿に促されて、サドンさんと深紫の闇の戦いを見ることにした。こうして見学を促されると、サドンさんがどこに罠を張り、幾つ先を読んで雷を発生させてるのか、そういったことの意図が何となく伝わって来た。

 基本的なことだが雷は風の中から発生する。

 風をどのように吹かし、どんな条件でどう集めればどのような結果となるのか、その予測と実際の効果が深紫の闇とぶつかり合ってもほぼほぼ予測通りなようで、サドンさんはそれだけの研鑽をして雷という魔法を練りあげたのだろう。その蓄積された体験と知識の中には、オレみたいなぽっと出の魔法使いじゃ判断できない数多の変化が刻まれているはずだった。


 見ているだけで読み取れる物はある。確かにある。


 秘奥の間に吹き荒れる風の流れは、オレの背反世界とはまた別の風の利用方法である。深紫の闇が時折自分の体内で雷が発生することを厭そうにピクッと闇を顫わせて挙動を止めているが、これは闇は入り込まれるとは思ってなかったからだろうか。闇は言葉にしはしないが、その瞬間の次には自身で蠢いて一瞬のうちに光を覆い隠す。隠しこんで覆ってしまう。

 その動きがオレにはまるで厭がってるようにしか見えなかった。


「やはり、今が押し時か」


 しかしサドンさんはオレの見解に返事もせずに、手の平をこちらに向けて二度ほど押し留めるよう動かすだけだった。


「ピュー、今は闇を見ろ。戦い方の癖を見抜け。(けん)とはそういう物だと、旧い友人に聞いたことがある」


 癖か。

 それは召喚魔法で一掃するフォルテにおいては試すことのない境地だ。

 境地もわからないし、癖もまだわからないが、闇はサドンさんの雷に阻まれたり運ばれたりと一進一退を繰り返しており、特に何かを考えているようには見えない。

 思考がわからない。それ以前に存在がわからない。そうなのだ。そもそもこの闇という存在自体が謎なのだ。

 この闇はどこから湧いてるのだろう。

 星読みの塔で見た雲は視界を遮ったり魔力を奪ったり運んだりしているようだったが、この闇はそれらの任務を請け負ってるようにはまるで見えない。秘奥の間ではそれは魔法陣を巡る魔力黄河になってる節がある。

 もちろんそれだと限定するわけでなく、闇にも出来るのかも知れないが、闇のしてることと言えば今だ呪具の全容を掴ませないこととしかオレには見えなかった。


 星読みの塔で見た雲とはまた違う闇の動きにオレは理解が追いつかない。


 しかし縦横無尽に走る雷は、時にそれを避けては反撃の散弾がサドンさんへと降りかかり、それをサドンさんは寸前で防御したり押し流したりと、局所局所でそれぞれがぶつかり合っていた。そのせいで戦場は前線で膠着するような戦いではなく、一瞬で四方へと広がっては集束し、光と闇がせめぎ合って喰いつ喰われつの戦いを繰り返す様相を呈していた。その攻防に、オレはある種の膠着を感じていた。参戦予告したわけだから投入しても良いだろうにと思うのだが、サドンさんからは相も変わらずちょっと待てとストップがかかったままだ。


 その間にも深紫の闇は縦横無尽に飛びまくる。時折流されないで雷からの魔気の吸収に成功してる例も確認できた。


「こういうのを見ると癖も何もあった物ではない。悪食だ」


 また喰らった。おそらくサドンさんが次の次ぐらいにぶつけるはずだった雷だ。


「しかし雷を喰らうとは」

「弾けて旨いぞ」


 深紫の闇がオレの目の前にとつぜん現れてそんな事を言った。

 いきなりアップで来られると心臓に悪い。枢密院殿は鈍感を発揮して反応を示さなかったが、警邏隊の三人は見事に喉元であげそうになった悲鳴を噛み殺していた。


 尚も何かを言い募ろうとする闇の本体に、サドンさんの雷が横殴りに撃って押し流した。闇は意図せぬところへと風に運ばれて、向かう先は自分で決めるとばかりに散弾を放って方向転回していたが、この動きでどうにかやっと雷の群れに放りこまれるのを防いでいるようだった。

 いわゆる這々の体である。


「戦闘中にそういう態度を取るからそうなる」


 サドンさんはそんな事を闇に言いつつ、裏でオレたちにハンドサインを送っていた。


「うむ。だがわからん」

「ぴゅー」

「最早ピューでもないのですね」

「真面目に聞け。サドンはお主にテロリスト共の確保を願っている」

「それはまたなぜ」

「お前の攻撃なら深紫の闇が通すからじゃ」

「そんなこと…………」


 と思ったが、よくよく考えてみるとその通りのような気もした。それを証明するかのようにサドンさんがアルバストに向けて雷撃を放ったが、その雷撃は深紫の闇に途中で飲みこまれて潰されていた。


「あらま」

「見たじゃろう。お主の攻撃は通ったのに、サドンが放ったのには喰らいついた」

「しかし偶然では」


 と言った瞬間にサドンさんがまた雷を撃った。だがそれも闇に飲みこまれた。


「本当だ。て言うかこっちの声が聞こえてるんですか、サドンさん」

「当たり前じゃ。風魔法の遣い手は風に乗せて言葉を運ぶ、地獄耳じゃぞ」

「本当ですか? にわかには信じられませんな」

「サドンはここの声が聞こえたから秘奥の間に来たんじゃろうが」

「え? でもホバー・ジョッグルとかいう王矢(おうし)を追って来たとかなんとか」

「方向から来た場所を推理し、あとは風の声を拾って来たに決まっておろうが、お主、統括部と儂らで仲間割れが起きてる時に、サドンが敵味方の判別を苦もなく出来たのを何じゃと思っとるんじゃ?」


 言われてみれば統括部の連中にサドンさんは電牢と雷牢を施していた。オレから敵味方の判別をしてあげた覚えは全くない。

 つまり――。


「マジかよ、地獄耳かよ。オレ、言いたいこと結構言っちゃってるんですけど」


 サドンさんが向こうで腹を抱えて笑いながら深紫の闇の突進を跳ね返して鉄の牢へとぶつけていた。びびるアルバストとバックドアの姿に溜飲を下げている。

 これが実はオレへの思うところでなかったことを願いたい。

 ま、まぁ一応サドンさんの中ではオレは王子扱いだし、悪いことにはならないと思っておこう。


「ピューよ。深紫の闇が何も言ってこない理由も、よく考えろ」


 枢密院殿がそんな事をぼそりと言った。

 わかってるのならいつでも戦闘補助に入れるよう今言えばいいのに、と思っていると、あいつがオレたちの会話にいきなり飛びこんで来た時のことを思い出した。なるほど。枢密院殿は深紫の闇もオレたちの会話に聞き耳を立てていると思っているのか。

 だがどうやってとその手法を考えると、魔法が使えるからと言って魔法で豊聡耳(とよとみみ)になるわけでもあるまいし、明らかにおかしな事をしていると思った。そんな手広く動けるのなら、魔法陣に刺されたりしていなかったはず。


「あ」


 答えは目の前にあった。

 魔法陣が張り巡らされているではないか。そのことをオレは思い出した。そして後ろでたむろする枢密院殿達の足下やその周辺を見ると、秘奥の間の入り口には思い切り魔法陣の紋様が集約されて王都へとその陣を伸ばしていた。

 そして魔法陣の上に深紫の闇の小さな分体の姿をオレは見つけた。


 聞こえるわけだ。


 オレはソマ村でサマースが使ってた技を参考に、あいつの使っていた闇牢という魔法でこっそりと隔離してみた。成功するかどうかは闇の性能が良かったこともあって、自信満々というわけではなかったのだが、いざやってみるとオレにも出来た。これで本体は飛び回ってる以上、この闇牢が喰い破られるまで奴に聞こえはしないだろう。

 ちょうど深紫の闇は魔法陣の上にべちゃっとしてるし、とそう思ってたら、サドンさんが珍しく声を上げた。


「この散弾は壊せないな」


 ついに結論を下したらしい。

 雷の流れに乗せて奴に散弾を叩き返したついでの発言のようだった。だがサドンさんの声色は淡々としており、聞いてる分には乱暴には思えなかった。乱暴に結論を出したわけでもなさそうだ。

 サドンさんが色々試してそうなったのなら他の誰にも無理だろう。王杖以上の出力を出せる魔法使いなど、この国にはいないのだ。


「だから威力を上げる」


 サドンさんがそんな事を言った。秘奥の間の向こうでは雷と散弾が押しつ押されつ、攻防を繰り広げていた。

 しかしそれはちょっと問題なのではと思って振り返ると、枢密院殿が何か言いたそうにしてる姿と眼がぶつかったが、そこへサドンさんが追い打ちを掛けて来た。


「どうせ魔力を吸われるならもう吸わせない。弱体化させる。秘奥の間が壊れてもいい。ライムのワッカイン王の名代としてこの俺が許可する」


 そこで話は決まった。

 属国であるサーバの枢密院である枢密院殿に、この決定を覆せるだけの力はない。あるとすればライムの王、ワッカイン王だけである。サドンさんは宗主国であるライムの王から名代を名乗ることを許された王杖なのである。

 小さな声で許せコペルニクスと聞こえて来た。そのコペルニクスを振り返ると、彼はふわりと浮きながら警邏隊の三人のうちの一人に抱きかかえられている。


「ヒューくん、彼らを」


 わかってますとサドンさんにオレは頷いた。

 サドンさんにしてもこれで最後のつもりなのだろう。でなければこんな事を言いはしないはずだ。これから放つ魔法はそれほどの大技なのだ。

 だが守るということに関しては用心棒としてのオレの仕事である。枢密院殿のことは当然のように守るつもりだ。だがその際、契約にない警邏隊の三人も含めて守ってくれとサドンさんはオレに頼んだのだ。

 彼らはコペルニクスを運んでくれ、この局地戦にも枢密院殿と共に最後まで付き合ってくれてたわけで、そんな彼らを守らないという選択肢をオレは持っていなかった。


 サドンさんが位置を変えてオレたちが最初の頃にいた場所へと陣取った。あの場所は闇が避けたらアルバストらに流れ弾が直撃するので、地味に避けさせない良い手であった。


「行くぞ深紫の闇」


 サドンさんが発布した。

 ライムの王の名代としてここに正式に宣戦を布告したわけだがしかし、深紫の闇が返事を返すことはなかった。


 辺りに魔気が集まって行く。風の流れが明らかに変わって密度が上がっている。天井から映像を映していた媒体装置が剥がれ落ちてくるが、時にその破片が物凄い勢いで石床へと突き刺さっていた。おそらく地上からも相当流し込んでるのだろう。


 サドンさんは返事を待ってるのか、まだ表立った動きはない。深紫の闇も世の中に広く交付したわけではないのだから返事ぐらい返せばいいと思うのだが、アルバストが私の物と云ったことが関係してるのだろうか。

 だがアルバストと深紫の闇との間柄がどうであれ、実害としてどうにかしないといけないのは深紫の闇であり、オレはサドンさんの発布は問題ないと思った。

 もし問題があるとすればこのテロ騒動の後のことだ。

 いずれ時が来れば、枢密院殿が今回の件をサーバの証言としてサーバとライムに報告して歴史に残すことはまず間違いないだろうが、オレとしてはそれだけでなく、王室外交の証言としてライムとフォルテの国交の記録という形でこの案件は残しておこうと思った。


 後からあることないこと予想と妄想で組み立てられたら、真実がねじ曲がってどこぞの国の願望が真実として罷り通ってしまうかも知れない。

 それだけは絶対にさせる気はなかった。廃嫡同然の王子ではあるが、ここぞとばかりにフォルテの名を使う気でいる。


 そもそも五大国のいくつかが裏切ったようであるが、オレが知ってるだけでもリアの四肢と、それからサーバの王都中が大迷惑を被ったのだ。その中にはコペルニクスの件も含まれている。

 言い逃れは許さない。

 フォルテが五大国最強なのは伊達ではないのである。おそらくこれは他の五大国への強烈な楔となるであろう。


 向こうでサドンさんがいよいよ動き出した。沈黙を開戦の同意として受け取ったのだ。

 バチバチごろごろと厳かに轟く雷鳴の響きの中にオレは小声で地獄耳のサドンさんへと声明を出した。


「フォルテの第七王子ヒュー・フォルテ・ハーグローブの名の下に、今回の発布に関しては必ず証拠として残します」


 サドンさんが思わずオレの顔を見た。オレは肯いて、


「存分に」


 と言った。


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