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第120話 サドン・バーストという王の杖 その一

 幅広の剣を防具代わりに前方に置いた。

 その途端に眼に来た。角度を変えてオレの方へと飛びこんで来ている。正面ばかりに気を取られていた。

 これは貫通する。首を振ろうとしたが、その微妙な動きをした瞬間にべつの散弾がオレの血脈を削った。頸筋から血が奔出したが、オレは避け損ねている散弾を左目でジッと捉えていた。


 その散弾は不思議な色味だった。


 その黒さは純粋な黒ではない。元の色が黒の中に表出し、その表出した部分が本当に色味の深そうな赤が混じってることで、黒が深くなっていた。漠然としたものだがこれは、この散弾は血ではないかとオレは思った。

 深紅の血、鮮血ではないが腐ってるとも言えない。そんな黒色。

 言いようのない不穏な色味をオレはそこに見ていた。


「動くな」


 サドンさんの制止を促す声がした。オレはその声を信じ、ただただ飛んで来る血の塊をその位置でジッと待つ。


「雷盾」


 稲光とともに散弾が軌道をずらされて秘奥の間の彼方へ運ばれて行った。


「さすがの勇気だ。大丈夫か」


 サドンさんが警戒しながらこちらへ戻って来た。

 と同時に周囲を見渡し、気づけば黒い散弾はオレの周囲から消えていることに気づいた。


 これはすごい。


 背反世界で防げなかったあの数をサドンさんは雷の流れで押し流してくれたのだ。今もジグザグに走る予想を超えた軌道が我等に放たれてるが、その黒い散弾を見事に散らしている。

 オレたちの周囲にはさえざえとした稲光が満ち溢れており、コペルニクスの残した冷気があざやかに雷盾を秘奥の間に浮き上がらせていた。

 思わずいつまでも見入ってしまいそうな美しさだった。


「ヒューくん」

「はい。大丈夫です」


 返事をした。返事をしたが、そこで我に返ると情けなくもあった。

 オレとしてはサドンさんがコペルニクスのようにならないように、オレが深紫の闇と接触すると言ったつもりだった。それなのにいざ蓋を開ければこの体たらくである。

 深紫の闇も向こうで騒ぎ立てた。


「なぜだ! なぜ憂き身の血が戻る!」

「オレの血が混じってるんだよ。とんでもない奴だ。ようやく何をやってるかわかったぞ。お前、知らず真似っこをしたようだが背反世界を血でやるか」


 常軌を逸している。自分でもわかってないのに自分でやってるとは。

 大方これまで怨嗟の思いで斬り殺し、呪い殺してきた奴らの血だろうが、そこにオレの血も加えやがった。

 くそ。身体中が穴だらけだ。


「光の治癒。ぐっ」


 後ろから抜かれた。折角治したのにオレの背中を貫いて、オレの視界から散弾が急速に離脱して行く。まるっきり思慮外だったから殊の外効いちまった。行って戻るとか剣のくせに呪具としての基本性能がおかしいだろ。


「心が()れるようだ」

「それ、恨みが霽れるだろ、絶対」


 怨嗟の喜びを表明されると共に散弾攻撃が止んだ。見当違いで気障りの解消相手にされるのはたまったもんじゃない。


「本当に喋れるんだな。聞き間違いかと思った」


 短杖を振って雷盾を解除したサドンさんが戸惑っている。

 オレはもう一度背中に治癒をし直し、サドンさんにコツでもつかんだんでしょと言った。


「軽い話ではないぞ、ピュー。向こうが本当のことを言ってるとどんどん裏打ちされてるような状況じゃぞ。異界渡りをした物は、時に意思を持つという。その逆に異界に入った途端に発狂する者が大多数だという話じゃが、渡りきったくせにあれはおかしい。狂っとるな。こういうのを目の当たりにすると正直異界渡りをする者の気が知れん」


 うしろから枢密院殿が辛辣なことを口にした。

 サドンさんが指を二本立ててニッコリしたのがちょっとむかつく。だが雷盾が解除されたことで雷鳴も消え、向こうの大騒ぎも聞こえて来た。


「なぜだ。なぜ治癒が途中で止まる」


 かなり慌てている。慌ててるのはバックドア・クックだ。アルバストを助けたはいいが、炎の再生が途中で止まってしまってどうしようもないようだ。術者本人が治療対象だから気を失いでもしたのかも知れないが、オレの願い通りなら鉄杭の向こうでは青白い光がアルバストの周囲に集まっているのはおかしい。あの魔力光はもしかしたら王都中の魔力かもしれない。

 そのアルバストが寝転んだまま深紫の闇を見据え、口を開いた。


「お前が教えてくれた魔法だろうが、おい、なぜ止めた」

「憂き身がそう思ったから」

「は?」

「だから憂き身がそう思ったんだ」

「私はお前の主だぞ」

「だがあいつは憂き身でもある。あいつは主が治ることを望んでない。つまり憂き身がそう思ってるのだ。だから」

「もういい」


 アルバストが吐き捨てた。ゆっくりと立ち上がろうとする。見る限り四肢は十分に繋がっているようなので、まだ問題があるとすれば中で正確に繋がっているかどうかと言ったところだろうが、バックドアが補助に入ってるので微妙なところが判別できない。だが皮と骨が繋がったように見えても、筋肉や血管、神経はまた別だ。

 アルバストが深紫の闇に唾を吐くように吐き捨てた。


「今さら自分の声に耳を傾けるとは立派なご身分だな」

「…………」

「貴様は私に(くだ)ったのだ。自分のしでかしたことを棚に上げて忠義面をするなど、虫が良すぎるぞ。その身にこびりついた物が何なのかをよく考えろ。貴様が赦される存在なわけがないだろうが」

「…………」

「きちんと私の云う事を聞け」

「だが主のことはもう治さない。(けが)れなき憂き身がつけた傷は憂き身が憂き身であろうと無関係だ」

「狂ってるのか。いや、狂いもするか。こちらの計算も狂った。そもそも魔力の消費が激しすぎて、王都の魔法陣から得てた魔力がなければ、すぐすっからかんになる」

「上役」


 バックドアがアルバストの口を塞いだ。そしてアルバストを助け起こす。見た限りではなく、きちんと動作している。


「再生されてますね」

「ヒューくんの言う通りのようだな。もう少し早くヒューくんの思うところが理解されてれば使い物にならなかっただろうね」


 それはどうだろうか。まだ咒札が二枚残っている。それを使わないということは戦闘に支障はないと判断していることになる。


「私に従え。改めて」

「憂き身を解放したのは貴公でもある」

「ならお前のもう一人の憂き身とやらも倒せ。のうのうと自分を名乗る自分がいること自体赦せないことだろうが。つまり自分を助けようともしなかったのだぞ」

「なるほど、怠惰だな」


 深紫の闇がやる気になったようだ。


「異界渡りをした勇者並みの力を持った呪具か。何て物騒な物だ」

「気をつけろ、ヒューくん。塔で実験をしたプラズマよりも威力が強い」


 それは散弾を受け止めた者の実感だろう。

 動き出す闇。立体的に動く。


「しかも速い」


 警邏隊の三人が一瞬で血みどろとなった。肩が千切れかけている。


「ヒューくん」

「了解、お願いします。光の治癒」


 オレは枢密院殿の下へ駆け戻りながら、瞬時に光の治癒魔法を発動して警邏隊の人のえぐり取られた箇所に向ける。肩の肉が光とともに盛りあがってゆく。治すついでに叫んだ。


「枢密院殿」


 枢密院殿が頷き、即座に警邏隊の三人に儂に触れろ、と言った。


「光あれ」


 オレは入り口へと飛んだ。このままでは守り切れないことはわかっていた。無軌道に四方から襲撃されるのだ。しかも尋常じゃないスピードで迫られるのだ。オレの光速移動とはまた別の圧力のある速度を活かした攻撃であった。

 なにせちょっとでも擦ればえぐり取られてるのだ。何もわからないままに頭にでも当たったらそれでお終いである。

 有無を言わせず秘奥の間の入り口に枢密院殿と警邏隊の三人を押し込むと、オレはそのまま試したこともない魔法を願いのままに唱えた。


「水よ盾になれ」


 瞬間水の壁が中空から現れて入り口を覆った。

 水でふさいだ。しかも粘っこい流れで流れているのがわかり、オレは無意識に散弾を意識してこうしたようだ。


「これなら枢密院殿にも見えますね」

「うむ」

「まずいと思ったら迷わず撤退を」


 オレは警邏隊の三人を見て、頼む、と頼んだ。


 勢いよく振り返ると、サドンさんが苦労していた。


「こいつ生命体だけをえぐることが出来るのか?」


 深紫の闇が高さ二〇メートルぐらいの所からサドンさんに向けて急降下していた。それを迎え撃とうとサドンさんが杖を構えると、散弾を吐き出して急転換した。


「マジかよ」


 散弾を止めるためだけにサドンさんが雷の幕を張る。


「無理じゃ。ここではサドンには狭すぎる。雷移動をすれば壁にぶつかってヒキガエルのように潰れるぞ」

「ウゲ」


 オレは蛙を潰したことがある。離宮の庭で母さまの弟子で友達だったミネルヴァと遊んでいた時のことだ。ミネルヴァがちょうど王廷守護隊の七番隊隊長のロッド・ホーヘバッグ隊長の召喚獣、霊亀にむかって、亀が速く動けるわけがないと喧嘩を売り、光速移動で一瞬で背後を取られ、あまつさえスカートをめくられて泣いていたから元気づけようと遊び相手を買って出たわけだが、庭の池を水源とする小川まで走ると、そこから蛙がぴょんと出て来た。

 泣き顔を洗おうとしたのだろうが、ぐじゅぐじゅだったミネルヴァは蛙に気づかなかった。そのまま膝をつこうして蛙が踏み潰されそうになり、オレは咄嗟にミネルヴァを突き飛ばしたのだ。

 膝で踏んづけて気持ち悪い思いをさせたくない一心だった。

 そして間一髪で蛙は生き残り、オレはちょっと先からバシャンという盛大な音を聞いた。厭な予感がしたので見たくないなーと思いつつ、よかったねーと蛙を愛でてると、泣き顔をランクアップさせたびしょ濡れのミネルヴァが、ヒューとオレの名を呼んだ。

 笑みを(たた)えているのにおっかない。


「あんた、何してくれてんの」

「ミネルヴァが蛙を膝で潰しそうだったから」


 と言ったところでミネルヴァの顔色が変わった。


「助けたの」


 そう言ったらげんこつを握ってハーハーとちいさな(こぶし)を温めた。

 オレは手を振って落ち着けーおちつけーとボディランゲージを試みたのだが、ミネルヴァは落ち着いてくれなかった。そしてドンと突き飛ばされて小川に落ちるーと思っていたら幸いにも小川には落とされなかった。良かったと安堵しつつひと息吐くと、オレは何かを踏んづけていた。

 生暖かい感触がオレの足の裏にある。そっと足の裏を持ち上げてみると、蛙がいた。踏み潰され、内臓のどこの部分かまでハッキリとわかるような蛙の標本が、オレの足の裏で完成されていた。


「気持ち悪っ」


 いきなりそんな事を言われた。オレが驚くよりも早い。


「ひどいよミネルヴァ」

「来るなっ」


 そして泣き顔から嫌悪の顔となったミネルヴァが離宮を風のように駆け抜けて去り、オレはひとりその場に取り残されたのだ。


「川に落とさないであげたんだから感謝しなさいねー」


 かっこいい捨て台詞も聞こえた。

 その後いたたまれない気持ちを抱えたオレは、足の裏から蛙を剥がしてお墓をつくってあげた。小川に足を突っ込んでバシャバシャと洗い流す気にはどうしてもなれなかったのだ。

 オレは蛙の呪いというものを信じてないが、蛙が潰れると聞くと何となく気持ちになり、どうしても気が滅入る。滅入るようになってしまった。救ってあげられる者を救ってあげられないような、そんな巡り合わせをどうしても連想してしまうのだ。


「サドンさん」


 振り返ると苦戦していた。

 闇をまともに突撃させないようにするだけで攻撃できていなかった。だがそれを王杖なのに弱いと非難する気にはなれない。

 ここへ行かせてくれたのも彼だし、今も我等のために時間を稼いでくれているのだ。そのうえ感情をコントロールする時間まで与えてもらっている。


 サドンさんはいい人だ。


 力なき者を逃がす外回り的な仕事だが、サドンさんは率先してそれをやる。

 今なら外回りをする人は良い人だと言っていた父さまの言葉もよくわかる。上の立場の者からすれば癖がなくて実力のある人というのは重宝するのだ。

 この場へも阿吽の呼吸で助けに行けと指示をくれたし、星読みの塔でもオレに魔法を教えると約束してくれた。

 これがたとえば母国のフォルテであると、八番隊のモートレー隊長なら研究があるからと言って外回りを断るだろう。六番隊のベアフット隊長なら、そんな暇があるならシコンのおっちゃんに挑みかかるぜと言って父さまにボコボコに返り討ちに遭ってるだろう。

 彼らは外回りになど出ないのだ。

 強いから好きな事をやる。

 それだけの保障と自由が隊長達には責任とともに組み込まれている。王の最側近だから当然だ。

 だがサドンさんは自分の魔法の特性を存分に使って外を飛び回る。

 王杖であっても日々に関することも断らないで引き受ける。属国との連絡網も一手に引き受けてるのも知っているし、色々な人を運んでるという話も聞いている。

 今の状況も王杖だから、自分の持ち込みたい状況に落とし込んでいる。

 溜息しか出て来ない。

 雷同様、キレッキレの人ではないか。


「ピュー」

「はい」


 枢密院殿に名前を呼ばれた。間違ってるけど、もう訂正する気もない。


「いいか。王杖だから不利でも形にしてしまうんだ。じきに攻略法を見つけるだろうが、今は奴らに治療の時間を稼がせるのが惜しい」


 オレは大きく頷いた。

 促されて枢密院殿が見つめるその先を見れば、アルバストが鉄の杭の向こうで魔力の供給を受けながら水の治癒魔法を行っているようだった。あの魔力は王都中から集められたサーバの国民の魔力である。それを惜しみなく注ぎ込んでアルバストは自らの身体を治しているのだ。

 水魔法特有の青い魔力光が何度もなんどもアルバストの身体に灯っている。


「ピュー」

「はい」

「状況はわかったの」

「はい」

「サドンを手伝ってやれ」


 そして枢密院殿がオレに何かを手渡そうとした。


「ぬ。この壁をのけろ」


 オレの構築した水の壁は粘り気があり、腕を伸ばそうとする枢密院殿の動きを阻んでいた。


「オレから手を突っ込みます。でもそれ、何ですか?」


 枢密院殿が握りしめてて何を持ってるのかがオレにはまるで見えなかった。余程小さなものらしい。だが水の壁に手を突っ込んで手渡されると、オレはもう何も言うことはなかった。


「わかりました。必ず成し遂げます」


 枢密院殿が、うむ、と大きく頷いた。


 秘奥の間の高さは三〇メートルぐらいあるが横でも狭いところで五、六〇メートルはある。それだけでも魔法戦をするには狭い空間なのだが、その悪条件に加えて今は秘奥の間の四分の一ほどが鉄の杭によって楔が打たれてるので、アルバストらのいる陣地には入ることが出来ない。

 更に狭い空間で戦わざるを得ないのである。しかも高速移動の機動戦でだ。

 その限られた空間を深紫の闇は飛んで飛んで飛びまくっていた。今までの平面上の動きではなく立体的な動きであった。


「戻ります」


 戦場にいるサドンさんに聞こえるようそう宣言して、オレは光速移動で深紫の闇の前に出た。だが深紫の闇が先ほどのようにオレに話しかけてくることはもうなく、単純にオレの下へと突っ込んで来た。


「飛べ」


 オレはオレにではなく、深紫の闇へと光速移動をかけてみた。秘奥の間の最奥にまでとりあえず飛ばすことが出来た。

 だが飛ばされた先で再びオレを見つけると、一直線に突っ込んで来る。


 全部じゃなくて、半分ほど、どっかに飛ばすか。


「飛べ」


 オレが闇に向かって光速移動を発動した。だがその時には散弾を放って軌道を変え、そこに闇はいなかった。

 それからはオレの動きを警戒してか、床に壁に空間にと、どこからでも自在にぶつかっては方向転換し、流れては速度を上げ下げして迫ってくる。

 サドンさんが雷撃で迎撃しても同じ事だった。手数を稼ごうと細かな魔法を放つとその魔法は吸収される。そしてその直後にはどこかに飛んでいるのだ。


「把えきれない」


 オレがぼやくと鉄の杭の向こうから機嫌の良さそうな女の声がした。


「あははは。随分とやる気ではないか。こうなったらお前らには無理だぞ」


 アルバストが真っ青な顔をしながら、強い口調でそう言った。

 あとがき


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