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第12話 お味方せよと頼られた第七王子

 オレが腰を上げると、ハロルド枢密院がパンと手を()った。するとオレの背後の隣の部屋へと通じる室内ドアが開いて、中年の男が入って来た。

 オレは若干驚いて、ハロルド枢密院の顔を見た。そこに何を潜ませてるのかを見極めようと思ったのだ。


「油断ならない方ですな、枢密院」

「年寄りの知恵だ」


 しかし捕まえようという気配はなかった。おそらく枢密院は、オレを警戒していて、これまでずっと隣の部屋に部下を潜ませていたものと思われた。


「おい、ロナウド。茶を持ってこい」

「はい」


 その枢密院の声に、ロナウドと呼ばれた中年男が驚いた顔をしていた。振り返って、何事ですか? と枢密院に問うと、枢密院が、

「茶を出すと言ったから驚いたのだろう」

 と言った。


 なるほど。敵かと思ったら敵扱いではなく、茶をもってこいと命じられたから、かの中年男性は驚いたというわけか。


(どうかな?)


 降霊召喚でオレに憑いてる小太郎から、そんな疑問の声が出た。


(どういう意味だ)


 すぐさま尋ねたが、小太郎がオレに返事をくれることはなかった。すぐに枢密院に再び座るよう促されたからだ。

 これはもう逃げられん、か――。

 オレは大人しく元の椅子に座った。すると枢密院が更に打ち解けた顔になって、オレに言った。


「ティナを助けたと言ったが、ピューは」

「ヒューです」

「うむ。失礼した。ヒューは剣術は得意か?」


 そういって枢密院が剣を振る真似をした。しかしオレにはその姿が菜切り包丁で、菜を切ってるようにしか見えなかった。


「苦手ではないよな。リロ・スプリングとも互すと言っておったものな」


 よく覚えている。ならばこちらの名前も覚えておいてほしいものだ。


「どうなのだ?」


 眼が値踏みしてますと言っていた。オレのこれから話すことが嘘か誠かを見極めるつもりなのだろう。だが剣は、正体を晒すわけにも行かず、この地で召喚魔法を封じられてるオレにとっては、唯一の売り物である。しかもこの地での上役の者に、剣の腕はどうなのかと尋ねられることなど、そうそうあるものではない。

 サマースなどがこの場にいたら、それはもう必死になって、何がなんでも買ってもらおうと、あることないこと尾ひれを付けて、懸命に優良物件に見えるようにすることだろう。

 そのぐらいの知恵は、この地に来て、オレもサマースから学んでいる。

 オレは胸を張って、大いに肯いた。


「は。アーサー道場でも、若手の中では、かなりいい線に行っているものかと思っております。リロとも十本やれば五本は取れるかと」

「なんと。それは大変な腕前だな。アーサー騎士団の小隊長ぐらいの力があるのではないか?」

「先輩方とはまだ、ここに来て日も浅いので、さほど打ち合ってはおりませぬが、稽古場では通常の訓練でも、普通に、余裕を持ってこなせております」

「ほう」


 枢密院が眼を細めて、更にじろじろとオレを見つめてきたが、オレは臆することなく平然としていると、唐突に枢密院が言った。


「お主、儂に味方せぬか」

「味方と仰ると?」

「言葉のままじゃ」


 はて――。

 味方とは解せぬ。オレはこの屋敷で雇ってもらえる目がまた出て来たものと思って、腕を売り込んでたのだが、それは味方も何も雇用関係ではないか。問答無用で雇われ者となるところなのであって、それは味方ではない。

 失礼ながらボケてるのであろうか。

 オレが飲み込めずに逡巡していると、枢密院が言葉を継いだ。


「なに。儂は徒党を組むのが嫌いでな、味方という者がいない」

「はあ」


 先程中年男がいただろうに。もう忘れてるのだろうか。


「その点において、ジョージは(まめ)なものだ。法務部のコーザ、魔法士団統括部のランプ、騎士団統括部のザリバ、先にも言ったが、めぼしいところはみんな味方につけおった」

「副宰相のアマンダさまは、どちらの味方ですか」

「アマンダは育休を取っておるから、今は城に出てこんのだ。出て来たとしても女子(おなご)だからの。荒事に巻きこむわけには行かぬ。子供も生まれたばかりだしの」

「ははー」


 そうか。アマンダさんもフォルテの王子と王女ということで、無理して顔を出していてくれたわけか。ひと月前だから、子育てもより大変だったろうに、そういう姿をちっとも見せずにキリッとしてたから気づかなかった。


「まぁアマンダはともかく、これからジョージと一戦交えるわけだが、ジョージはたっぷり人を抱えてるが、儂はそういう者達がいないわけで、いささか心細い」


 なるほど――。

 たしかに徒党を組むのは(しょう)に合わないと言ってたしな。お年もお年だし、そういう部分が煩わしくなる時節でもあるのだろう。フォルテにおいても、隠退した途端、ぷっつりと貴族の世界から消える人は多い。代わりにその子供たちが台頭してくるわけだが、枢密院もそういうお年頃なのだろう。


「しかし枢密院のご家来衆の方々がいらっしゃるでしょう」

「それが、いずれも剣がからっきしと来ておる」

「ここはアーサー先生のお膝元ですよ?」

「そういうのが苦手なのが、儂の配下に入りたがるが、聞いての通り、儂は徒党を組むのが(しょう)に合わぬでな。門を叩いても基本すぐに帰ってもらってる」

「先程の人は?」

「あれは昨日サーバ本国から送らせた、儂の息子だ」


 枢密院は嬉しそうに笑った。


「息子…………」


 ということは、枢密院はこの時期に自治領を出て、サーバに行ってたことになる。仲間を求めたか…………。しかし仲間を得られなかった。強大な壁にぶつかったと云ったようなことも言っていたな。

 そこへ来て息子を頼って、この屋敷まで送ってきてもらったわけか。

 オレは途端に目の前にいるこの正義漢が、孤独の塊のような存在に見えてきた。


 ――笑ってる場合でもあるまいに。


 オレは他人事ながら気にかかる。

 ティナが気にしてたようなことを、この老人はまるで気にしていないのだ。

 密書がどういうものであれ、それをハロルド枢密院に握られてるのはマズイとジョージは考えてるはず。それを踏まえて密書が枢密院の手に渡ったとわかれば、事と次第によってはジョージが枢密院を消しにかかることも考えられる。ジョージにはそれだけの実力と、オスニエル擁立にかける執念がある。

 だからティナは、密かに渡すようにと念を押したのだ。


(わるい)


 やむを得なかったとは言え、枢密院の屋敷にあちらの手勢を叩きのめして入ったのは、やはりまずかったのだ。

 そしてこのような笑顔で枢密院がいられるのは、オレが門前にたむろする輩を、あっさりとぶちのめしてしまったことにも遠因があるやも知れぬのだ。さぞ棚からぼた餅でいい手駒が落ちて来たものと思ったことだろう。


「これからどのようになさるおつもりですか」

「まずは城中でジョージと会う段取りをつける。アート王のこの手紙を突き付けて、オスニエルの擁立を断念させるわけだが、おそらくジョージは聞く耳を持つまい」

「…………」

「そうなるとそこで刃傷沙汰になるわけだが、本音を申せば、儂にも自信がないのだ。昔はこれでも多少は遣ったから、儂以上にへなちょこだったジョージなどわけもないといいたいところなのだが、儂も老いた。老いぼれ同士、腕の多寡に差はあるまい」

「お味方ということは、オレに斬れと仰るか?」


 これが問題だった。オレはフォルテの第七王子である。フォルテの第七王子が、建前とは言え、王室外交の外交先で、サーバ王家の継承争いに関与して良いものかどうかというのがある。

 悪い目が出たら、父は激怒するであろうな。


 ――国家間戦争を招き寄せるか、この能無し。


 差し詰めこんなところであろうか。


「最初から殺せとは言わぬ。初太刀は儂がやる。危ないとみたら助けてもらいたい」

「…………」

「いやか?」


 そんな眼で見られても困るのだが――。


「いやとは言わせんぞ。お前もサーバの恩恵を受けてこの地に暮らす者だ。味方しろ。既に正義がどちらの側にあるかは、説明したはずだ」


 枢密院はなかば恫喝的な物言いをした。オレはこの時になって、剣が達者だなどと言ってしまったことを後悔したが、もはや覆水盆に返らずだった。


「その後は、どうされます」

「なに、後はわけない。城中の者を大広間に集めて、王からのこの手紙を読み上げ、そのあと儂が舌鋒鋭く一席()つ」


 どうやら――。

 引き受けぬわけにはいかないようだった。


「わかり申した。ただし条件があります」

「条件?」

「お願いといってもいいですが」


 そうしてオレは、枢密院の目をマジマジと見た。

 これが通らなければ、この話は無しだという意を込めて。


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