表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/172

第118話 ターニング・ポイント

「ピュー!」


 並々ならぬ枢密院殿の呼びかけに振り向くとそこに大きな人影があった。

 近い。

 吐く息の表情までよく見える。オレは敵の存在をこんな近くにまで接近を許すとは考えもしなかったのだが、身体は勝手に反応してたらしく、咄嗟にそいつの進行方向上に剣を置き、刃を立てていた。


「チッ」


 人影がオレの脇をすり抜けてアルバストに何かを張った。


「入れろ! 闇収納!」


 叫んだその瞬間にアルバストが消えた。


「バックドア・クック」


 オレが見たその顔はバックドア・クックだった。どこかへ行方をくらませてたバックドアがここにやって来て仲間を助けたのだ。手にしているのは咒札(じゅふだ)である。この咒札でもってアルバストの身体と四肢を一気に収納し、それだけでは終わらず振り返ってみると、サドンが倒したはずの瀕死の四人組も全員がその姿を消していたのだ。


「初めて見た。こんなことが出来るのか」


 闇の魔法で収納しているようだった。

 どんな条件でどこまで出来るのか、その条件は皆目見当がつかないが、有用性に関してはフォルテの召喚魔法より高いかも知れないと思った。なぜなら召喚魔法は移動魔法の究極とも言える魔法だが、荷をいちいち召喚するのは非常に手間がかかるからだ。それがこの闇収納にかかれば一度で色々な種類を収められ、また、取り出せそうでもあった。これは魔法の深奥とも言えるものだった。

 オレ自身見たことも聞いたこともない魔法だ。闇収納と声高に唱えていたことから闇系統に属する魔法の一種であると考えられるが、魔法とはこのような形にも進化していたのかと目から鱗であった。


 新しい。本当に新しい地平が開けるような魔法だった。


 だがバックドアはそんなことなど一切の斟酌せずに、闇収納が成功したようだと判じた瞬間には、秘奥の間のさらなる奥へと離脱し、すぐさま闇収納から咒札を手にして取り出していた。

 オレが咒札の魔法陣を読み解く間もあたえずに起動、展開し、土魔法の壁を杭の形で作り上げてたのだが、それはまるで城の通用門に設置する幾本もの杭を連ねて門とする落とし杭の門のようであった。その事象に違和感を覚えるのは、自然の摂理に反して幾本もの杭が地面から天井へと伸びて、ガツンガツンと天井に鋭く喰い込んでいるせいもあるだろうが、その杭が土魔法でも土ではなくて何某かの金属で作り上げられてるのがあったせいだろう。

 だがオレの眼前で展開されてるので本当に起きてることである。


「鉄杭の壁、か」

「こんな咒札もあるのか…………」


 サドンと枢密院殿がオレの後ろで驚いていた。

 だがバックドアが驚かせたのはそれだけではない。おそらく床に溜まっていた水も一瞬で闇収納とやらで収納している。秘奥の間一帯にひろがった水をほんの一瞬で、である。

 恐ろしい咒札の汎用性であり、能力であった。

 呪文いらず、気配すら知らさず、密やかに事を一瞬でここまで構築してしまうのである。


「おい上役しっかりしろ」

「ガハッ」

「咒札はくっそ、ペパーミントが持ってるのか。あの野郎丸焦げだぞ」


 バックドアがアルバストの頬を張った。


「おいしっかりしろ。あいつに光速移動があるのはもうわかってたのに、簡単にやられてんじゃねー」

「ガウェ……インが来なか……ったのだ」

「あー? マジかよ、くそやろー」

「回復の咒札は」

「ない……が炎の再……生魔法」

「できるのか! じゃあやれ、今やれ、すぐにやれ」

「我が身を甦え……らせろ、炎の再生……不死……鳥」


 しかし魔気が浮かぶだけで魔法化しなかった。


「魔力か! 魔力が足りないのか! ならここのを使え! ここの出力で出来なきゃどこに行っても復活はありえねーぞ! おいこら!」

「いやガウェ……インが、奴を自分……だと」


 バックドアがオレを睨みつけた。


「勇者の何かがあるのか! くそ! ガウェイン! 何が自分だ! お前の道は血塗られた道じゃねーか! 今さら良い子ちゃん面して自分のしでかしたことを糊塗しようとしてんじゃねーぞ! いいから治せ! お前の主はこの上役だ!」


 魔力光が巡った。だが動きがのろい。そしてそれ以上にアルバストが遅かった。オレが光魔法で治癒してるから死にはしないはずだが、エルフは身体が弱いというのは本当のようだ。


「とろとろしてんじゃねーぞ! 上役やれ、今だ!」

「炎の再……生、不死鳥……よ……甦れ」


 バックドアが懸命に元の位置に手足を置いてくっつけている。それで再生できるのかと実演を興味深く見守ってたのだが、そう言えば枢密院殿が何も言ってこないのを思い出して後ろを振り返ってみた。サドンと何やら話し込んでいた。


 そして頬に熱を感じてアルバストに目を戻すと、アルバストの身体から赤から青白くなった炎が勢いよく立ち昇っていた。


 神々しい…………。


「まるで鳥の形じゃ」

「不思議な燃え方ですね。俺も初めて見ます」


 先ほどは深紫の闇の壁があったから見えなかったが、こんな事が起きていたのかといった思いだ。


「本当に炎の再生魔法が使えるのだな」


 腹立たしい存在だがそれでもあんな魔法が使えるならオレも教わりたい。自らを再生させているアルバストと、コペルニクスを復活させることが出来なかったオレとの違いとは一体何なのだ。

 と思っていると再生が止まった。


「魔力切れか?」


 深紫の闇から魔力光が流れていってない。すでに流れてた分だけで、蛇口を閉められたような感じだ。


「なんで、なんで途中で止めた。体力不足か」


 バックドアが小さな声で騒ぎ立てて問い質してる。アルバストが何と返事してるのかは聞こえない。だが後ろからも疑問に思ってる声もした。


「枢密院殿、どういうわけか? 完治してないのに途中で止めましたよ」

「わからん。だが再生の余波でまだゆっくりとだが傷が消えている。つながってはおるのじゃろう。傷がかさぶた程度にまでなっておるし」


 オレの見立てでは多分だが、オレのひと言が深紫の闇に聞こえて闇の方で何か思うところがあったのかも知れないと、そんな風に思えた。

 何しろ自我の境界がなく、オレのことを自分のようだと錯乱してたのだから。

 オレは後ろの二人に言った。


「オレのせいかもしれません。理屈はわかりませんが」


 後ろで二人の話がピタリと止まった。

 勇者の話、いや異界渡りの話はサドンさんに適当に枢密院殿にしといてもらおう。


「気をつけろ」


 枢密院殿がひと言だけ添えて来た。邪魔なことは一切しないのは流石である。

 だがこの状態でも魔法使いのアルバストなら十分に戦える。自身の魔力で治癒も出来るだろうし、奴の得意魔法は水系統だ。水の癒やしはリフレッシュするという話を聞き及んでいるし、心身全体に生まれたてのような効果をもたらすとも聞いている。咒札も残り二枚のまま残している。


「…………」


 オレは眼を鋭くしてアルバストの様子を窺った。

 咒札か。

 咒札を咒札で闇収納してるのだろうか。咒札を取り出す際に奴らがバタバタとした様子を見せたことがない。

 奪うしかないな。奪えたら最高だが、さてどうなるか。


(ヒュー)

(小太郎か、なんだ)


 この土壇場で召喚の場から小太郎がオレに呼びかけて来た。深度一に潜らされて真剣な顔で問われた。


(奪うとはどういうつもりだ。斬って斬って斬りまくればいい。その方が速い)


 オレは首を振って、それでは駄目なのだと言った。


(コペルニクスにも言ったがオレは交渉では失敗し続けてきた男だ。道の選択でも失敗したな。選べない、提示されない、相手にもされない、そんな状況ばかりだった。だがそんな状況ばかりだったからこそ気づいたことがある)


 オレは師匠の顔色(がんしょく)を見た。


(つづけろ)

(ここで交渉の手札を揃えようと、そう思ったんだよ)

(ん?)

(ここで咒札を手に入れれば、後のクレッシェやサカードに対しての外交戦の武器になると、オレはそう言ってるんだ。フォルテには王室外交の成果を。ライムにはワッカイン王がオレたち兄妹を蔑ろにした一事が枷となって重石になる。クレッシェとサカードはテロリストが表にも出してないような咒札を使ったのだから研究機関や王族の関与が疑われるだろうから慌てるだろうな)

(フェルマータは。キボッドへと枢密院殿は誘導されたようだが)

(枢密院殿はそこまで甘くないよ。しかしまぁフェルマータは一番酷い事になるだろうな)

(どうしてだ)

(テロの動かぬ証拠を、アルバストらを突きつけるからさ。咒札がなくなれば生け捕りは容易い)

(外交交渉をしようというのか)

(正確にはそのための準備だ)


 そしてそれをすれば大手を振って五大国を往来できる。リアの四肢を取り戻すにしても広域に散らばってそうなのがほぼ確定したようだから、その情報を探れることにもなる。


(強さにも色々あるんだ。深紫の闇にコペルニクスが一切オレに触れさせなかったことの意味を、オレはもう少し真剣に考えた方が良かったんだ)

(そんな暇なかっただろう)


 オレは相槌を打った。


(コペルニクスは外交問題になるとわかっていた。オレもそうなると思う。だからこそここで奴らの手札を色々と手に入れて、追い出されただけで期待など全くされていなかったオレの王室外交を、ここで一度全面的に見直そうと思うんだ)

(なぜだ)

(コペルニクスは友達になったんだ。遠ざけようとしたあいつの心づくしにせめてオレは応えたい)


 小太郎が立ち上がると尻についた埃をパンパンと手で払い、オレの眼のいろを窺った。


(そのための咒札か)

(そうだ。咒札の魔法陣を解析して出所(でどころ)を白日の下にさらす)

(そんな事はさせないと、きっと狙われることになるぞ?)

(だから交渉が始まるんじゃないか。名を捨てたフォルテの王子が五大国の小さな穴を外交力でこじ開けてくんだ)

(勇ましいことだ)

(うむ。ちょっと恥ずかしい)


 小太郎が苦笑した。


(そうではない。力がないからと逃げることを優先してきたお前がついにやる気になったのだなと感慨深くなっただけだ)

(手がかりを眺めてるばかりにはいかんだろう)

(そうだな。だが初心忘るべからず。忘れなければそれでいいさ)

(ああ。しかしこうは言ったが始まるのは当分先だ。手札を揃えていかなきゃ舞台に乗れない)


 小太郎が眼を閉じて、腕を組んだ。少し距離を取るようにして半歩下がると、片目だけを開けてジッとオレを見、訊いて来た。


(意気込むのはいいが先走ってるな。俺としてはもう少し、そう、ヒューの心が動いた切っ掛けでも話せ)

(そうだな…………。オレが精神干渉の魔法に最初やられてるとき、コペルニクスが泡を食ってこう言ったんだよ。何が何でも守れと。これは外交戦だって)

(あったな)

(その後のことはプツンと途切れて何を言ってたのかもわかってないのだけれど、笑っちまうだろ。交戦してる最中に外交戦だと魔法士団の団長が檄を飛ばしてんだぞ。正直ピンと来なかったんだが、今になってみるとやけに重い意味を持つように聞こえて来た)

(親父の小言は後から染みる、みたいなもんだな)

(ははは、何だよそれ。でもな、外交戦と言ったからにはオレを守って、後からこれを仕掛けて来たフェルマータ、更にその後ろにいそうなクレッシェやサカードに、コペルニクスはライムとして立ち向かうことも視野に入れてたんだと思うぞ)

(そうかもな)

(かもじゃなくてそうなんだよ。だがコペルニクスはその戦いをもう続けられない。あいつが続けられずにオレが続けられるなら…………、守られたオレが外交戦を続けないとな。駄目だろう。

 コペルニクスが思っていたのとは違う形になったのだろうけど、オレにだって思うところはある)


 さぁ話はここまでだとオレは言った。

 この騒動が終わるまでは、オレがコペルニクスに話しかけるわけにはいかないんだ。コペルニクスには、きちんと事をし終えてから報告する。それがオレの義務だ。もろもろの感情はその後に話して詫びればいい。詫びても許してくれないだろうが。

 小太郎が小刻みに首を振った。咎めるように真面目に聞けと言わんばかりに鋭く眼を配ったら、笑って小太郎がオレを浮かび上がらせた。

 時の流れが通常の流れにゆっくりともどって行く。


(おい)

(思いは生まれるもんだ。否定はしない)

(なら助かるよ。今後も頼むぜ、師匠)


 聞こえたかどうかはわからない、だがそうしてオレは通常時間に復帰した。


 意識をもどすのに少々弊害があるのが深度一の悪いところだ。オレは再度いまは戦闘時にあると緊張感をもたせ、眼に力を込め、構えるようにアルバストを見やった。復帰して早々アルバストとバックドアの困った声が鉄杭越しに聞こえて来た。


「ガウェインが…………」

「取り戻しますよ。あれは今後の作戦に絶対必要だ」


 オレが深度一にいたからこの通常空間では一秒も経っていないはずだがしかし、いきなりこんな言葉が交わされていて面食らってしまった。何せアルバストはまだ起き上がれてもいないし、動作確認もしていない。

 やれやれ。

 随分と気の早いことだ。

 奴らはただならぬ眼を深紫の闇に対して向けており、そこにオレは大きな違和感を覚えたのだが、我ながらそれも無理からぬことだと思う。なにしろ四肢を奪って致命傷を負わせたオレ自身をこうもあっさりと無視されるとは思わなかったのだから。

 つまりそれは、奴らにとっても何よりもしなければならない最優先事項なのだろう。



 あとがき


 応援ありがとうございます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ