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第117話 思わぬ援軍

 逆光のように光が射し込んでる秘奥の間の入り口に立ち塞がった人物の影はひとつ、その影を睨みつけながらアルバストが誰なのかと値踏みしている。秘奥の間の空気はコペルニクスの氷結叢林でだいぶ下がっていたのだが、今はその冷たい空気にサドンの雷が時折思い出したように突然はじけている。不規則に発生するちいさな雷にテロリスト達は息を飲んでは避け、気がつけば秘奥の間の端に寄せられていた。


 しかしサドンはといえば、そんなことは知らんとばかりに人が通れるよう入り口から脇に退いて、王杖命令としてつぎつぎと秘奥の間から人々が退室させて行った。


「電牢」


 サドンが突然にポツリとつぶやいた。

 オレはサドンをジッと見る。サドンはオレの正体を知っているだけに出過ぎるのはよくないと思ってるのだが、


「逃がしはしない。大丈夫だ」


 と頷いてみせた。

 まるでオレが言いたいことがある事を察したように、見透かして言ったな。

 オレは宰相派がこのまま逃げるのを良しと思わなかったのだが、その事が伝わったのはまぁ良いとしても、テロリスト側に付いたこの部屋にいる人材の判別がサドンに出来るとは思ってなかったのだが、魔法を展開したことといい、絶妙なタイミングでの介入といい、理解しているようだった。


 秘奥の間から出て行くフェンリルの団員が振り返り、真剣な眼差しで枢密院殿に対して遠くから正対すると、枢密院殿もわかってると言わんばかりに鷹揚に頷き、彼らは深々と頭を次から次へと下げるとこの地を後にした。


「そこの警邏隊の三人も」

「いえ、我等は使命が」

「なるほど、わかった。だが邪魔はするなよ」


 サドン再合流。王杖の名の下に全員の退室を命じる。ヒューは例外。出て行く理由がない。


「オレは王杖に仕えていない。ましてや王にもだ」


 後ろからぽかりと(はた)かれた。


「儂を引き合いに出すんじゃない」


 いや、枢密院殿の用心棒としてでなく体面上のフォルテの第七王子として言ったわけだが、枢密院殿には枢密院殿を盾にオレが好き勝手しようとしてるように映ったらしい。ままならぬものだ。


「まあまあ、ハロルド様。して状況は?」

「サドン」

「はい」

「コペルニクスが逝った」

「…………そうですか」


 枢密院殿の脇に横たえられた遺骸をサドンが見やると、警邏隊の一人がその顔にかぶせてあった白い布を取って王杖に見せた。


「立派な顔つきだ、コペルニクス…………」


 言葉をなくすサドンに真実をオレが言った。


「オレが洗脳されかけて、解析してる途中なのに深紫の闇に勝負を挑まざるを得なくなりました」

「ん? コペルニクスが自ら判断しただけじゃろうが。ライムの外交戦じゃといきなりコペルニクスが豹変したのにはいささか驚かされたが、魔法陣に魔力を抜かれるのを跳ね返してたお主が洗脳されかけたのはマズイじゃろうが。防御の主戦力が敵に回ったら敵わん。儂の用心棒でもあるしの」

「確かにハロルド様に護衛が一人もつかないのはゾッとしますね」

「うむ。コペルニクスはコペルニクスで奴らを丸裸にした」

「ほう」


 サドンが興味深そうにした。


「本当にコペルニクスのおかげで良い情報が入ったのじゃ。向こうでお主に封じられとるあれらの首魁じゃが、あれも情報を欲しておるぞ。あれは土地ごと他の星から転移させられたと言っておった。ケルプを知らんのじゃ。だからケルプを知るために交渉や会話が成立する」

「ほう」

「それよりサドン、お主、魔法は出るか?」


 普通の魔法使いは出ない。だがサドンは出る。杖すら持ってないというのに手の平に雷輪を無造作に作ってみせた。


「さすがじゃ」「いやいや出るのかよ、と。吸収の本丸ですぞ」

「もうじき蓄えがなくなる。今だけだよ」


 そう笑っても秘奥の間の奴らが陣取った位置には雷が魔法陣にも吸われず分厚く折り重なってスパークしてる。杖も出さずに咄嗟の魔法だけでこの事態をもたらしてるのだ。

 やはり警邏隊や魔法士団の団員とは隔絶していた。


 つとサドンがあらぬ方向を見た。


 同時に轟音がしてオレが振り返ったときには雷が掻き消されていた。秘奥の間に水滴が飛び散って、水の流れる音がすると思ったらオレの足下まで水が押し寄せて来ていた。床が一瞬で水浸しになっている。

 オレの耳には微かに龍水弾という詠唱が聞こえた。


「やるな」


 サドンがつぶやき、オレも威力が強いなと思った。オレの知ってる龍水弾はもっと小回りの利いた便利な牽制魔法のはずだった。それが秘奥の間においては、まるで別の魔法のような威力を発揮しており、おそらくは魔法陣に溜まった豊富な魔力のおかげでソマ村で一度喰らった時より魔法の威力を強化されてるのだ。

 これはきついな。

 小技でこの威力である。

 だがアルバストは自信満々の顔でこちらを見渡すと、


「いきなり現れてやってくれたな。貴様何者だ」


 と衣服に細かくこびりついた水滴を払い落としつつ問うて来た。


「王杖第三席サドン・バースト」

「そいつは誰だ」


 とにぎやかし四人組へと問い返した。


「俺より部下の方が気になるか。なめられたもんだ」


 サドンが煽ってくる心理戦だと勘違いして嗜めたが、それはアルバストが本当に知らないから四人組に聞いただけであり、そこらへんのことがわかってないならサドンが情勢をわかりだしたのは本当につい最前のことからのようだとオレは思った。


 ブルルと水を払う音がした。濡れ鼠となった狼人族の長い毛並みを身体を震わせて四囲へと撒き散らし、クレツキがそれでも身体に張り付いたままピンとしない毛並みに不満そうにしていた。手には短杖を持っている。


「何でそんなとこにいるんだ」

「…………」

「クレツキ。お前も退場だ」


 サドンが告げた。クレツキの短杖ではアルバストの魔法に対抗できなかった、少なくともライムの魔法士団副団長の素養と装備では太刀打ち出来なかったと、そう王杖第三席は見立てたのだ。

 だがオレの見解はまるで違って、クレツキは心が折れかかってて対処出来なかったんだと思う。フェンリルで彼に指示を仰ぐ者はいなかったし、子分らもサドンの命令で特に話しかけもせずに側を離れていた。そして団長であるコペルニクスの死がその足を鈍らせたのだ。

 クレツキが踵を返す


 ――おや?


 そこでオレは気がついた。

 サドンはクレツキに対しては雷牢を施していなかった。


「なるほど王杖第三席とはライムの王の懐刀か。しかも魔法が専門なようだな」



「後衛からの援護を待ってもあの女が動く様子はないぞ」

「チッ」「あちゃー」「やっべ」「…………」


 前衛は後衛からの援護込みで動く。宰相派の面々がいなくなった今、その役割は上役であるアルバストが担ってるはずだったのだが、肝心のアルバストがそういった機微を全く理解していなかった。

 別の星から転移してきた者は文化が違うのだろうとオレが思ったときには、もうサドンが雷で撃ち落としていた。

 瀕死である。少々焦げ臭いのは肉が焼ける匂いだろう。未だ四人組の肉を焼いてブスブスと燻っていた。



 王杖の魔法を警戒して呪文の詠唱に入った瞬間に襲撃。ヒューが間に入る。と見せかけて枢密院殿を狙う。


「来いガウェイン!」


 だが四人組が振り返っただけで何も起こらなかった。

 その瞬間には水の上を雷が走って四人組を感電させた。


「無様な」


 サドンが水没して呼吸もままならない四人組をごろんと蹴倒して仰向けにさせた。


「貴様、何をした」

「雷を操っただけ」

「違う。王杖じゃない。風魔の小太郎だ」

「誰のことを言ってる」

「知らないのか。ヒュー・エイオリーの別名だ」


 サドンさんがオレの方を見た。フォルテの王子が何をしてるんだと言った眼だが、ここは華麗にスルーさせてもらおう。

 アルバストに肩をすくめる。


「何もしてないが」

「いや、どうやったのだ。奪ったであろう」

「お前から奪った覚えはない。奪われはしたが」

「愚弄するか、貴様」

「愚弄だと? お前には(ぎょく)の中に見えてる物が見えないのか」

「玉? ああこれか。使えない魔道具」

「魔道具…………」

「貴様とてそこの四人から奪っておいて使ってないではないか。使えない物だとわかってるくせに難癖を付けるとは見下げた勇者だな」

「オレが取り返した玉には右手の指があったよ。お前の玉の中には何がある。人体の一部だというのはわかっているだろうが」

「それがなんだ。くだらん」


 オレは突撃した。足下の水の抵抗など関係ない。光速移動で瞬時に移動し斬線を残したまま移り終えたときにはアルバストの右手が宙を飛んだ。


「ぐ! ガウェイン!」


 だが四人組は誰も起きない。起きても殺す。


「ふっ」


 オレは剣を返して頸を斬りそうになったが無理矢理かがむように沈みこむと、アルバストの両足を一気に斬り離した。

 鮮血が水の中にバシャバシャと落ちてアルバストが水の中に倒れた。

 残った左手で起き上がろうとするがその左手を片足を乗せて押さえつけ、肩の付け根に狙いを定めた。


「よせ。やめろ」

「その少女はそんな事を懇願する(いとま)も与えられなかったよ。黙って持ってかれたんだ。持ってかれた後に使えないとまで言ってた奴がいてな、女エルフ、そういうことを平気で言える奴をお前はどう思う?」

「よせ」


 オレは剣先を水につけると盛大に波を起こしてアルバストの口の中に押し寄せてあげた。


「げほっげほっ」

「人の身になれ。お前がしてることはこういう事だ」


 もう一度肩の付け根に剣先で狙いをつけるが、息も絶え絶えで気づいていなかった。オレは剣先をアルバストの肩に添える。


「ひ」


 そこでようやく気づいたようだ。


「や……めろ」


 迷わず押し込んだ。動脈が断たれ、神経が断たれ、ゴツンとぶつかったエルフの細腕の骨が断たれ、石の床にガキンと剣先が届いた。

 オレの腕に残る骨を断つ感触と共に、魔力光が水中に散るアルバストの血を真っ赤に照らし上げた。


「ガアアアッ」


 のたうち回って開いた口に水が暴れて大量に入ってく。さらに呼吸が詰まってアルバストがゲホゲホと嘔吐いてる。


「光の癒し」


 オレが光の治癒魔法をかけると断たれた四肢から流失する血が止まった。この程度の失血なら十分に生きたままで捕まえられる。



 だが今は――。



「これが奪われた少女の今の状態だ。わかるか、おい」


 オレはアルバストの腹を踏みつけて呼吸をもう一度吐き出させた。


「がはっ、げへっ、ごほっ」

「奪われてないというなら体験するがいい。奪ってないというならその身で身に染みてみるがいい。軽くないぞ、日々の営みというものは」


 オレがアルバストを見下ろしながら静かに怒りをぶつけていると、オレの視界に異変が起こった。ある物がない。あったはずの物がない。

 水がいつのまにか消えていた。

 こんな事がありえるのか?

 音もなく、気配もなく、兆候すらまるでなかった。

 だが水は確かに秘奥の間から一気に消えていた。振り返った枢密院殿の周りにもサドンの周りにもない。秘奥の間全体に広がって溜まってたのだから水は相当な水量があったはずだ。だがその水が染みひとつ残さず消えていた。


「何だ? 何が起きてる」


 オレが周囲を警戒すると、秘奥の間の片隅に人影が一瞬(はし)った。それが何なのかと眼で追った時にはそこには誰もいなかった。


「ピュー!」


 並々ならぬ枢密院殿の呼びかけに振り向く。そこに大きな人影があった。


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