表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/172

第116話 たった一つの命を削る

「うわ、マジかよ上役ー、炎の魔法も使えるのかよー」「それも炎の再生魔法の最上位じゃんかー」「レベル8かよー」「…………」


 ということは息絶えて尚最後の最後に放ったコペルニクスの魔熊の杖による氷結叢林を、アルバストは自身で治癒をしたということらしい。どこまで本当かはわからないが、戦闘中の言葉を額面通りに受け取る気もないし、奴らが咒札を残していることもわかっている。炎の再生魔法で治癒をしたと言って、咒札の残数を誤認させるようひと芝居打ってる可能性だってある。

 いずれにしろ、あちらも無為に時間を費やしてるわけではないようだ。


「それで俺も治してくれよー」「俺もー」「俺も俺もー」「…………」


 深紫の闇のつくりだした魔素の壁越しに一瞬の空白と不機嫌そうな気配が漂ってきた。


「治らねーじゃねーか」「ずりー」「意地悪するなよー」「…………」


 何やら騒がしい。

 我等を懸命に罠にかけようとしてるのだろうが――。


「のう、ピュー」

「はい」

「あの女エルフが勇者ではないか確認してくれんかの」

「アルバストを?」


 思わず振り返ると枢密院殿が肯いた。


「お主が盛大に空振りしたときに思ったのじゃ」

「え? 空振りなんかしてませんが」

「ん? そうなのか。儂はてっきりお主が剣を払いのけようとしたものを、あの女エルフが勇者の異界渡りで通る空間に呪具を退避させたのじゃと思ったのじゃが、そうか、勘違いじゃったか」


 恥ずかしいので堪忍して下さい。

 空振りではなく当たらなかっただけなのだが、なるほど、そういう見方も出来るのか。

 となるとアルバスト自身の能力ではなくアルバスト自身が持っているもう一つの玉、リアの機械召喚体の可能性が極めて高い。セプティリオンなら深度一にも当然潜れるし、あの呪具がオレが剣を振った時に深度一に潜ったというのならばオレの剣が当たらなかったことにも納得が行く。


「お前がなぜあんな玉を持っている」

「知らん」


 返事はきちんと返ってきた。本当に傷は癒えたらしい。


「あの玉は奪われたものだ」

「奪われただと」

「そうだ」

「言うに事欠いて私のことを簒奪者だとお前が言うか」

「何を怒ってる、テロリスト」

「貴様、奪われた者がお前だけだと思うなよ。私は故郷ごと無理矢理この星に転移させられたのだ。それだというのに何だあのキボッドとか言うふざけた国は。王だという者の下に行ってみたら何の情報ももたらそうとしない」


 後ろで枢密院殿が呆然とつぶやいた。


「キボッドが……勇者召喚…………」


 枢密院殿がそのまま深く考え込む。

 だがしかしオレは、はて、と首を捻った。

 キボッドがいつフォルテに勇者召喚を発注したのかをオレは知らなかった。しかしオレが知らないからといって、オレも母国であるフォルテをふた月ほど前にあとにして紆余曲折の末にダルマーイカ自治領に根を下ろしたわけだから、その間に勇者召喚が執り行われた可能性だってなくはない。

 だがフォルテで執り行われる勇者召喚の儀は、その儀で繋がることが出来た勇者の希望を聞き、無理強いすることなく召喚に応じてくれる者だけを喚ぶ秘儀であった。そして勇者の住む地域を喚び寄せるような物ではなく、契約を交わした当人のその身一つをケルプに喚び寄せるものであった。

 だからフォルテが地域一帯を巻きこむような勇者召喚をしたように云われても違和感を覚えたわけだし、そんな大規模な勇者召喚は出来もしないだろうこともわかっていた。もしそんな大規模な勇者召喚をしたのなら、片田舎とは言えダルマーイカ自治領にもその一方は届いてるはずだ。

 しかしそんな情報は知らないし、枢密院殿が知っていた様子もない。


「それで隣国に来て大暴れというわけか? 迷惑な奴だな。一人で勝手に帰れ」

「ふざけたことを言う。私が帰ってもそこに故郷はない。私の故郷はここにある。勝手は私ではなくお前らであって、そういうことはせめて削った分を元に戻してから言え」

「この国の死んだ人を前にしてそれを言えるのか、お前」

「お前は身一つで来たようだが、お前とて勝手にこの地に連れて来られた口だろうが。この地で私もお前も命を削られてるのを忘れるな。これほどの理不尽はないとは思わないのか。どうもお前はおかしな事になってるようだが、この星の奴らだけが命を削ってると思うな」

「お前の論旨はわかった」


 だがな――。


 リアはお前が不遜に扱うセプティリオンを奪われて、今も目を、それから四肢をなくしたままなのだ。本来なら青春の真っ只中を、咲き誇る生花のような日々を、そんな普通の憧れを無残に散らしているのだ。散らすほどに咲いたこともないその人生を、今もひたすら散らし続けているのだ。


「他に言わせてもらえればコペルニクスは友人だった」

「コペルニクス?」

「団長だ」

「ああ、そこの死んだ奴か。自業自得だろうが。人攫いをしてあまつさえ私を殺そうと嵩になってかかって来たのだ」

「ふう。随分とふざけたことを言ってくれる。知ったことじゃないと力を振りかざすなら、オレも相応の対応をさせてもらうぞ」


 闇の壁の向こうでアルバストの前に立ち、来るならやるといった様子を見せてるようだがあれは、にぎやかし四人組と統括部、いわゆる宰相派か。

 緊迫して静まった秘奥の間に、ぽつりとつぶやきがこぼれ落ちた。


「団長」


 ひとりぼっちで取り残されたような哀切な余韻が圧縮しかかった空白の中に広がった。

 クレツキだった。フェンリルの副団長でもあり、宰相派の子飼いとも言える生い立ちを持つ者――。

 こいつの立場は何とも言えない立ち位置だった。

 親同然だった前宰相を喪い、今また上司であるコペルニクスを喪ったわけである。その二人の親代わりが敵対し牙を向き合ったのわけだが、どちらの味方とも言えるしどちらの敵とも言えないあやふやな物だ。もっとも前宰相のザリバとの繋がりの深さとやらは親代わりと証言した現統括部長の言葉を信じるならばという但し書きがいるが、まず間違いはなかろう。コペルニクスも否定はしなかった。

 それにしても先ほどまでは立ってた気がしたが、魔法陣に力でも抜かれたか、クレツキは石の床の魔法陣の上に直截に座り込んでいた。その視線の先にはコペルニクスが死んでおり、浮かべるその表情には覇気が抜け落ちていた。

 今さら本当のことだと真に理解したらしい。


「お前に悲しむ資格はない。国家の運営よりお前の感情の方が上だとお前は思ってるな」


 不愉快そうにクレツキがオレを見た。ふやけた目だった。

 しかしオレは思うのだ。フェンリルとしての命令をことごとく無視し、自分の好き勝手にやって来ておいて今さらコペルニクスが死んだことで悲しむなんて甘えでしかない。そもそもクレツキが動いていればコペルニクスは自分の仕事に集中でき、今もまだ深紫の闇の解析に勤しむことが出来てた可能性が高いのだ。


「俺のどこが自分の感情が優先だというのだ」

「今も悲しんでるのがその証だ」

「貴様」

「コペルニクスは幾つお前に指示を出した? その内の一つでもお前は遂行したか? コペルニクスはお前が動かなくても特に咎めもせずに自ら戦いに赴いて、たった一つの命を削ったわけだが、いいかげんライムにこれ以上恥をかかせるようなら貴重な血筋だろうがオレが断つぞ」

「…………」

「種族特性で孤高を保とうが、やってることは滅ぼされたオオカミと変わりないんだよ」


 フェンリルの名を冠そうがやってることは魔法士団なのだ。個体ではなく群れで生きているのだ。しかもあれだけの個の強さを示したコペルニクスが集団魔法が得意だと言っていた魔法士団だというのに。


「そういえばお前、星読みの塔でも都合が悪くなると黙って消えてたな」


 クレツキの取り巻きが、敗北したと、尻尾を巻いて逃げたと、オレに詰られたと感じたようで激昂する様子をみせた。


「子分はいい。クレツキ、お前はどう思ってるんだ」

「べつに。王杖の目が去れと言ってたから去っただけだ」

「オレにはそんな風に見えなかったがな。それが本当かどうかもわからないし。

 お前とオレでは物の見方が決定的に違うだろうしな。

 ただな、お前が星読みの塔から去るとき、あの時王杖はひと言も言葉を発していなかったぞ」


 このひと言は効いたようだ。

 クレツキが立った。

 だが秘奥の間に、そんなクレツキと同調するように立ち上がったフェンリルの団員は数名を除いて他にいないようだった。おそらく元々子飼いの者達だけなのだろう。オレはコペルニクスに託されたわけだが、それでも流石にこれは溜息しか出ないぞ。


「お前はここに来てもコペルニクスのために立たず、自分の感情を優先するんだな」


 そうやっていくら睨みを利かせようがオレにむかついてぶん殴りにかかるという事は、そういうことだ。宰相派に立ち、サーバという国をテロで転覆させるその手伝いをするということだ。コペルニクスがその最後の力を振り絞ってアルバストに一矢報いたというのに、こいつはそんなこともわからずに感情でテロリストの側にあっさり付くという判断を下しているのだ。

 だから既に立ち上がってた者の中には誰一人心を動かされた者がいないのだ。


 もういい。

 今のこいつは相手にする価値もない。


「枢密院殿、もういいですか?」

「これ以上情報は抜けんようじゃ。しかしやってもいいが秘奥の間を壊すなよ。王都が修復不可能になる」


 コペルニクスがいないから王都の魔法陣に詳しい者がいない。この魔法陣に関わった魔法士団の偉い人たちは、おそらくサーバの各地に飛んでいるはず。枢密院殿の言うことはもっともなことだった。


「闇魔法、重力操作」


 深紫の闇がオレの重力操作にまとわりつかれてその勢力を押し戻されていた。

 先ほどよりも闇魔法が通る感じがする。深紫の闇に付随するように魔法陣を走っていた魔力光も今はその光が衰え、スピードもゆったりしたものになっている。

 アルバストらとの間を遮っていた壁が音もなく崩れてゆく。魔素となって魔法陣に吸収されているようだが、そこでアルバストが呪具を発動した。


「離れていても操作できるのか」

「しかも指示無し、無詠唱じゃ」


 枢密院殿が後ろからそんな解説するのを聞きながら、オレは重力操作が斬り裂かれる光景を目の当たりにした。魔力光が再び速やかに流れ出す。

 アルバストの顔は綺麗になっていた。右の頬が深くえぐれていたはずなのに今は染みひとつない。四人組が真剣な顔をして立ちはだかった。これまでとは雰囲気が違った。


「ピュー位置を変えろ。遺体を無碍には出来ぬ」


 クレツキの杖がみるみる短くなって散華した。やる気がないから粘りがない。コペルニクスならそんな簡単に消耗させなかった。


「ピュー、集中しろ」

「はい」

「異界渡りは人を狂わす。どうやらこの噂は本当のようじゃな。エルフであるだけに精神が頑強で人格の歪みがああなったのやも知れぬ」

「!」

「どうした」

「その考えはありませんでした」


 言い残してオレは前に出た。

 やはり枢密院殿は状況がよく見えている。確かに異界渡りをするとほとんどの者が発狂する。深淵な異界渡りの夜の空間に、身の置きどころも心の置きどころも失って進むも引くも地獄となり、正気のままでいられなくなるのだ。

 深度一に潜っているので現実世界に戻れば刹那の時間だというのに、異界渡りに失敗した者は例外なく幾年もの年を経たように肌が荒れ、正気をなくし、それまでの立派な人格が見る影もなくなる。

 アルバストは星の一部ごと転移したから、あのような状態になったのだろうか。

 元がわからぬが、フォルテにこの事例を伝えたら八番隊隊長のモートレー辺りは大喜びして研究しそうだなと思った。

 するとそんなやる気に満ちた顔をオレは笑われた。


「業腹だがあの女の手伝いをしないといけないのでな。やる気になってるのは結構だが踊るなら勝手に踊ってくれ」


 リーダー格の男がいつになく真剣な声で言った。まるで人違いのようだ。

 だがこれでオレは奴らが何を目論んでいたのかを正確に理解した。奴らは撤退の準備をしていたのだ。だから話しかけて来るオレたちの動向をこれ幸いに、その準備のためにじっと大人しくして進めていたのだ。その仕込みを終えて、今アルバストが無造作に深紫の闇に近づいて行く。


「回収する気か」

「私のなのでな」

「そちらは欠員なし。こちらはフェンリルが瓦解した。お代が釣り合わないと思わないか?」


 アルバストが深紫の闇に手を入れながらオレに言った。


「そうか。ライムの魔法士団が一つ潰えたも同然なのか。それは悪くない取り引きだった。ではな」


 そんなことを言い残してそのまま呪具を引き抜こうとする。こんな時でも深紫の闇は晴れずにその身に闇を纏ったままだったのが意外だった。オレはてっきりその姿を拝めると思ったのだが。


 ――深紫の闇の所持者ではないのか?


 呪具の所持者でないから、呪具の方で便宜を図らないのではないか。そのように見えた。

 運びづらそうだと思いつつ見守ってると、深紫の闇がその闇の形をどんどん集束してゆくので少々慌てた。剣だというなら伸縮自在とは思えないので、この現象は深度一に潜っているものと思われた。


 どうする。

 対応出来るが、した瞬間にオレの正体がばれる。召喚魔法士という存在はそれだけ希少な遣い手だし、枢密院殿の用心棒としては外交問題になるかもしれない。

 王都の秘奥の間という場所も場所だ。


 それでもやるか。


 オレはコペルニクスの静かな遺骸を視界の隅に捕らえると、覚悟を決めて潜ろうとした。するとコペルニクスを見やった視線をもどす最中に、秘奥の間の入り口辺りで急に人波が割れるように脇へと退いているのが映った。響めきと顔をほころばせた警邏隊の姿がやけにまぶしい。

 オレの位置からでは彼らの先に何があるのかはまるで見えないが、突然に雷鳴と共にアルバストらの撤退準備を嗜めるような黄色い稲光がアルバストらの方へと幾重にも迸り、オレは警邏隊の人たちと同じように心強さを感じた。


 アルバストらは釘付けにされている。

 入り口の方からそれをした張本人の朗々とした声がする。


「だがあんたらは残ってくれ。他の者は帰っていいぞ」


 王杖第三席、サドン・バーストが秘奥の間にやって来た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ