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第111話 一本道 その一

 オレは外套の中に隠し持ったリアの右手の指が入った玉を握りしめ、セプティリオンに言い聞かせる。


(動け魔素。媒体となれ。奴らにも味わってもらわねばならぬ。オレたちが苦労させられたこの幻像を奴らに、甘いひと時を奴らにも喰らわせろ)


 魔法陣の底の石がつぎつぎと粉塵となって細かく砕け、魔法陣の下に新たな魔法陣が組み上がって駆け抜けると、その夢うつつは秘奥の間に顕在化した。

 自害をさせるつもりで介入したのに先ほどは動かなかった魔気が、奴らのイメージに乗る形でオレがやられるイメージを走らせたら、魔法陣となった粉塵魔素と合わさってあっという間に深紫の煙が生まれた。


 オレの(くび)に四人組のナイフが当たる。


「じゃあね」「リベンジ」「完了」「…………」


 オレの眼が潰される。

 頸から血飛沫が噴き出して四方に散る。

 親指は両手とも切り落とされ、そこで本当の自分も左腕骨折と、背中に刺傷があるらしいことに痛みが走ったことで気づいた。

 だがオレからの洗脳返しはつづく。ここでやめると完遂しない。

 魔法陣に紫色の煙があふれ返り、心臓には致命の突きをもらい、腹は割かれてから胸へと刎ね上げられた。


 我が妹リアの召喚獣ながら、なんてえげつない映像を見せてくるのだと思った。いや、オレが望んだのか。こんな大事なことなのに…………何だかふわふわしているな。


 中央でコペルニクスが立ち上がった。


「貴様らは狼の尾を踏んだ! ハロルド様、すまんが巻き添えにするかもしれん。俺が深紫の闇を殺る」


 コペルニクスが杖から腕にかけて氷結を纏い、迷わず深紫の闇へと駆け寄ると、その右腕を呪具に向かって突き出した。

 何やってんだ、アイツ、散々警告しただろうが。それに突っ込んだ警邏隊のなれの果てを。


(本当にそう思うのか? 良い奴だぞ、アイツ)


 そうか。たぶんだが、コペルニクスはオレが本当に殺されたと思って…………。


 ああ、あれ? 味方をも欺瞞するから使えないとアルバストらは思ってたのか?

 しかし命令を遂行したら使えないと判断するとは、セプティリオンを奪ったのは奴らのくせに、そんな文句を言われて不当な扱いを受けたのならお前も形無しだな。こっちはお前を取り返そう取り返そうと日々渇望してたのに、傲慢な奴らだ。

 それともオレと喧嘩してたのか? コペルニクスは奴らではなくオレの方を見ているような…………。

 くそ、まだ薄い膜がオレの周囲を覆ってるようだ。精神系の魔法はかかるとかくも厄介な物なのか。オレは手を振って周囲の魔気をかき乱そうとしたが、オレの右手は虚しく空を切るだけだった。


 やはりまずはセプティリオンを取り戻すことから始めなければならない。オレへの洗脳がセプを手にした故なら、奪還は果たしても本当の意味でのセプはまだ奴らの掌中にあるということになる。


 切るか。


 手の中に、薄く赤い糸がある。

 だがそれは悪手だと思い直した。リアの縁まで切ってしまったらリアに会わせる顔がない。


「ここまでだ、セプティリオンス」


 オレはお願いしてみた。

 これ以上は味方にまで害が出過ぎる。


 ――だがこんな幻像を見せることが出来るなんて、まるで幻獣召喚のようだったよ、セプティリオン。ありがとう。次は幻ではない、お前の真の主リアのもとに連れてって起こすから。


 するとリアの指から伸びている糸に残っていたうっすらとした赤みが消え、わずかな間無色となると、やがて再び色味を帯びだし透明感のある緑色が浮き上がってきた。


 まるでリアの瞳の色のようだ。


 本当に透明感のある緑色の糸になった。まるでオレの言葉が通じており、言葉をかけて動かすたびに色が抜けて行き、労ったことで終わりを悟って元の色に戻ったような、そんな感じだった。


「はっ」


 オレも覚醒していた。周囲のことが散漫にならず、きちんと認識できている。

 さまようように視線を巡らせると、秘奥の間の入り口前に陣取っていた集団にも、正気に戻った団員が結構いたようで、そんな彼らがオレの方を何故か見ていた。オレがそちらに向かってしっかりと無事を頷くと、


「よかっ…………た」


 と言ってフェンリルの団員が魔法陣に崩れ落ちた。連なるようにふらついてた団員達もつぎつぎと床に坐りこんでその音が重なり、入り口奥の階段まで見通せるようになった。起き上がろうと藻掻いてる者もいたが力が入らず、正気を保って立っていられるのはオレとコペルニクスとクレツキ、それから枢密院殿だけのようだった。枢密院殿を守るという気概を見せてた警邏隊の三人も、今は床に腰を落としてへばっていた。

 やられたわけではなさそうだが、


「魔力切れか?」


 そのつぶやきを狼のような遠吠えが掻き消した。見るとクレツキが吠えており、それによって深紫の煙が中空に消えて行き、敵側もその動きを止めていた。


「あれも敵だ」


 アルバストが騒いでる。それを現統括部長が勢い込んで止めていた。


「待て、彼は副団長だがランプ様の息子のような者だ」

「前の統括部長のか?」

「そうだ」

「なるほど。だから介入できたか」


 そういってアルバストがこちらを見て目を瞠った。


 洗脳が解けて深紫の煙が霧散したのはいい。だが煙が消えたことで皆が正気づき、洗脳下にあった影響も解けて、こちらに呼び戻してしまったのだ。


「クレツキ!」


 しかしクレツキは知らんぷりでその場を一歩も動かず、奴らの目だけがギョロリと動いてオレの姿を追いかける。


「おい貴様!」


 とんだ邪魔をしてくれたもんだ。


「団長命令だ」


 それは確かにコペルニクスは団長命令を下していた。だがそれは随分と前の話であっただろうに、どこで気が変わったのか、邪魔をしたのか。確かに洗脳返しは味方をも混乱に巻きこんだので引き時であったが、それまでのクレツキは一切オレたちのために動こうとしなかった。一度は殺そうとした相手だ。どちらの意で動いたのかは怪しいものだ。

 実際近づいてこないではないか。

 もっともそれはオレにも言える。あいつにも含むところがあるのだろうが、オレにもあいつが近づくのを許す気はない。枢密院殿を殺しかけた事実は重い。

 オレは油断なくアルバストらと対峙していると、


「団長!」


 とクレツキが叫んだ。

 見るとコペルニクスは深紫の闇に愛杖である魔熊の杖をほんとうに突っ込んでいた。


「貴様の指示か、今さら出て来て場をかき乱すとはな」

「テロリストに上から論評される覚えはねーよ」

「偉ぶるのも大概にしろ。吠えようがそれじゃ何も出来んだろうが」

「阿呆か。俺は自宅に予備で五本も魔熊の杖を持ってるんだぞ」


 オレは思わず笑ってしまったが、アルバストはカチンと来たようだ。

 だがコペルニクスは一切を気にせず、左手で深紫の闇にあらたな短杖をつっこむと、右手に深紫の闇を押さえてた魔熊の杖を取り出した。その先端を見る。


「こいつは本当に何なんだ? 今に限って無傷だぞ、おい、やる気あんのか女エルフ」

「場末の団長ごときが舐めた口を利くな。やれ」


 だが命じられた宰相派の面々は魔力を抜かれてへたり込んでおり、体力が尽きていた。警邏隊は正気にもどって疲弊しており、やはりこちらもアルバストに従う素振りはないようだが抵抗する力もない。

 アルバストが一喝した。


「魔法士団、きちんとぶっ放せ」

「馬鹿かよ。こんな狭いところで士団級の魔法を撃つような教育を俺がするかってんだ」


 コペルニクスが自分の団員に頭ごなしに命令したアルバストを揶揄した。


「きっ! 貴様!」

「さっきだって威力は控え目だったろーが。洗脳されようがいいように扱き使われようが、根っこの部分じゃ身体に染み込んだ状況判断が優先されて、お前のごときの洗脳じゃ覆せてねーんだよ。わかれ、そんぐらい」

「貴様とて命令を拒絶されたばかりだろーが」


 アルバストが怒りの無詠唱で魔法を放った。水の粒がコペルニクスに向けて飛ぶ。しかもその極小の水の粒は、ひとつぶ一粒が矢尻の形をしており、獰猛な鋭さを持って天井からの光源を浴びて煌めいていた。


 オレは深紫の闇に手を突っ込んだコペルニクスに代わって対抗する。


「水帝龍水弾」


 その矢尻をオレが水帝龍水弾で飲みこむようにして無効化した。大きな流れが小さな流れを飲みこんだようなものだ。水の龍はその場で巨体を一回転して捻りを入れる。

 アルバストが驚いていた。


「それは私の」


 言い淀んでるが、そりゃ思い当たるところがあるだろうとオレは思った。何せこの魔法はソマ村でオレが喰らったお前の魔法なのだからな。

 アルバストがギリッと歯噛みした。直後、疑義の目を向けてきたのだが、その時にはオレの猿まね魔法は何故かコペルニクスに凍らされていた。振り返り、何で利敵行為をするんだと眼で尋ねたら、コペルニクスの眼がオレの方こそ問題だと云わんばかりに咎めていた。

 背後からの気配も色濃くなった。どうやら枢密院殿も思うところがあったらしい。言葉にしないところを見ると、どうやらオレは間違いを犯したようだ。


「やれ、ガウェイン」


 風に乗ってアルバストの声がした。

 おそらく四人組の誰かに命令したのだろうが、何故か奴らは誰一人動かなかった。それと同時にそんな四人組の行動を取り繕うかのように深紫の煙が魔法陣からでてきて洗脳をかけ直そうとする。すかさずオレもセプにお願いしようとしたのだが、それをする前にコペルニクスが動いていた。

 コペルニクスが風を切って短杖を振るう。すると奴らのいる一帯からまるでハリネズミのような氷が飛び出し、トゲトゲの氷山となって発動を終えた時には煙を切り刻んでしまっていた。たったの二行程でオレたちの眼前の魔法をことごとく鋭く断ち切っている。


 少々たまげた。本職とはかくも凄いものなのか。


 オレの魔法なら発動、成長、展開、迎撃、といった感じになるのだろうが、コペルニクスの魔法は圧倒的な速さで物量に対抗してみせた。凍りついた魔気が、魔気と魔水の中間のような形となって冷たい石の床の上に舞い落ちる。

 アルバストが苛立ちを見せた。


「どうした。お前らも行け。私がこっちの相手をしてる間に勇者の一人ぐらいどうにかしろ」

「イヤだね」「同じく」「同じく」「…………」

「団長とやらに私がかまけてる間にそれぐらい出来ただろうが」


 だがその剣幕にも四人組は首をふるふると振って拒絶した。

 近寄りたくない。近寄ったら怪我をする。事実リーダーは右手首を斬り飛ばされている、みたいな態度を露骨に見せている。


「これまで疑ってたが、おそらくお前らの言う通りの相手だぞ」

「だから怪我じゃなくてさー」「欠損したらさー」「どうするのさー」「…………」

「咒札で治せばいいだろうが」


 だが四人組のリーダー格が出し渋る。既に切られた右手首をぷらぷらとさせて切断面をアルバストに見せている。だからこうなんだろうが、と云った感じで。


「まさかお前たち」


 ジトッとした眼で問いかけたアルバストに四人組が肯いた。


「シトラス」

「残念ながら本当でさぁ」「さぁ」「さぁ」「…………」

「だからあれだけ無駄遣いするなと」

「親指無しじゃこいつらには勝てませんよ」


 キッとアルバストが明後日を睨む。そこにいた相手はオレも名前も忘れたお偉いさんだった。


「ガブラ!」


 入り口の隅で坐りこんでる統括部長がやれやれと首を振った。


「事後だ。私も知らん間に消費していたようだな」


 消費したのはそれだけではないだろう。

 傘下のようだが庇護下にはないのか、坐りこんでる宰相派の面々の姿はあちこちが破れて凍りつき、凄愴なものになっていた。

 四人組が騒いだ。


「水の癒やしじゃ欠損は戻らないよなー」「ソマ村に炎系の魔法使いを連れて来なかったのが徒となったよー」「上役のミスだよー、勇者相手にさー」「…………」


 アルバストが我に返ったようにハッとして気持ち悪そうにこちらの様子を窺った。


「そういえば洗脳をされて殺されてたはず、だったよな」

「幻返しだろー、もうこれ」「マジ勇者じゃねー」「普通の男にゃ出来ないよー」「…………」

「奴がお前らに殺されてたのは幻だったと言うのか」


 信じがたいと言わんばかりにアルバストがつぶやいた。それから何故か敵であるオレに当たり散らしてきた。


「貴様、本当にそんなことをしたのか? 有り得ないと片隅にも思ってなかったが、貴様、本当に風魔の小太郎なのか? ヒュー・エイオリーではないのか」

「だからそう言ってるでしょうが上役ー」「そうだそうだー」「こんなのが他にいるかよー」「…………」


 馬鹿を言えとアルバストが色を()した。


「大体そんな認識阻害があるか! あってたまるか! 顔が違うんだぞ! ましてや幻返しなんてエルフでもそんな魔法は無詠唱で出来んぞ! 大がかりな魔法陣を事前に組んでようやく組み上がる、そういう類の魔法だ! この城塞都市を見ろ! 我らとてこの都市の攻略にどれだけの時間をかけた! そもそもこの魔法都市で今、魔法が使えるのは我々だけのはずなのだ!」


 オレがすっとぼけた顔で突っ立っていると、


「そう、そもそも、そもそもだ! どうやってあんな辺鄙なところから王都に移動してきた! ワイバーンで移動したんだぞ、私らは!」

「ふっ」


 コペルニクスが部屋の中央において鼻で嗤った。

 その報復は迅速だった。アルバストが有無を言わさずプラズマと唱えた。

 瞬間黄色い瞬光が走り、凶悪な音を立ててコペルニクスへと一瞬で襲いかかる。だがプラズマが迸ったときには光をも飲みこむように氷結が蠢いて、氷の中で光があちこちへと跳ね返っては見る影もなく光は消えていった。それは深紫の闇に返却されたのか氷結に飲みこまれたのか、もはや秘奥の間に光の痕跡は一切残っていなかったためにわからなかった。ただただ封殺されたという事実だけが厳然とあった。


「そんな馬鹿な…………」

「初見で防ぐ?」「ありえねーでしょ」「うっそ」「…………」


 オレはコペルニクスがプラズマを氷結させたんだと思う。


「理解したか? したのなら死ね。魔法の深奥をその目で見て」


 コペルニクスが深紫の闇に手を突っ込んで対峙しながら、アルバストらに左手で印を切った。


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