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第109話 奪還、そして

 光速移動を終えて秘奥の間のさらに奥にオレたちは着地した。

 アルバストたちがオレたちの姿を見失って、倒したのかと確かめ合っている。

 魔法には当たらない方向に移動したが、弾速の速いものもあったようで丁度その位置に自ら飛び込んだらしく被弾していた。外套が焦げている。警邏隊の三人も似たような距離で移動していたが、初めて触れずに移動させた割りにはうまくいったようだ。存外に短距離ならぶっつけ本番でもどうにかなるらしい。


「熱っ」「あつ」「おわ?」


 ちょっぴり喰らっていたらしい。ごめんね。

 離れれば無事で済むのだろうが、この三人はどうせ離れてもまた戻ってくるだろうし、そもそも入り口はフェンリル魔法士団の洗脳組に押さえられている。警邏隊の三人はもう好きにさせた方がいいだろう。オレにとって肝心なのは枢密院殿なのだ。

 その枢密院殿に頭を下げた。


「遅れました」

「いや、よくぞ守ったピュー。気にするな」


 そんなことをふんぞり返って言われた。

 声で我らの存在に気づかれたようだが、どうせ隊形を組み直すのに時間がかかるのだから気にしない。

 それにしても命令に反して魔法を使ったのだから、命令違反であり要望でもなかった。てっきりお小言をもらう物と思ってたのだが、気にするなと言われて胸が熱くなった。なぜだろう。おそらくこの得も言えぬ感覚は、きっと、感激してるのだろう。フォルテでは召喚魔法も特殊スキルも恥を掻くような真似だけはしないでくれと貴族からよく懇願されたが、よくぞやった、みたいなことは一度も言われたことがなかった。

 一掃できるところをチマチマ狩られては邪魔なのですと面と向かって窘められたこともあった。

 要望も出してないし、要請もしておりません。

 無能を他国に喧伝する気ですか。

 フォルテの秘密を訓練気分で明かされては困るのです。

 色々と言われたものであった。

 そしてオレが魔法を開示したことで、枢密院殿が任務に弊害が出る可能性もあるのだ。有耶無耶にはできない。


「しかし、今さらですが秘匿しておくつもりのものが使わされてしまったのですぞ」

「命がかかった場での判断じゃ。問題ない。よくぞ守った道場生」


 枢密院殿は重ねてそう言った。

 道場生とも言った。


「誰もいないところに、また、お主は現れたのじゃ」


 胸が痛い。心ノ臓に血流が一挙にドクンと溢れ出したような感じだ。

 脳裏を過ったのは枢密院殿と出会った時のことである。枢密院殿がお仲間を求めて誰一人仲間になってくれなかったあの一事だ。あの時はアーサー騎士団ですら枢密院殿に加勢をしようとしなかった。そんな誰も引こうとしない貧乏くじを引き受けたのはどこの道場生だとこの御仁は言ってるのだ。

 聞き返せはしないが胸が熱くなった。

 戦場に似つかわしくない感情だ。だが熱を感じて再び敵に対峙する気持ちは晴れやかだった。向こうも向こうで隊列を組み直しながら全員による一斉魔法攻撃の準備をしている。詠唱が終わる。そして特大の集団魔法が来た。

 前列に並ぶにぎやかし四人組までもが魔法を重ねている。


「これは」


 前衛職までもが参加してるが厳密に言えば四人組のそれは魔法ではなかった。セプティリオンによる魔法の底上げであった。うねるように魔法の領域が広がって魔法になれと喚ばれるように喚んでは喚び合って集まり、魔気が変質させられて行く。

 その気になればすぐにでも秘奥の間全体の魔気をその支配下に置くだろう。


 これは避けられない。


 ある意味召喚魔法であった。しかもフォルテの王族でオレと血を分けた妹の召喚獣からの攻撃だ。オレの剣などあっという間に食い破られる。


「さすがに無理だな。潜れば潜ってくる」


 機械召喚の反応速度は速い。だがやるだけはやってみようと思う。

 枢密院殿を死なせるわけにはいかない――。

 間に合え。


(召喚魔法陣展開)


 瞬間王都の魔法陣を覆うようにオレの召喚魔法陣が展開する。


(セプティリオン。いや正式名称セプティリオンスよ。フォルテの第七王子ヒュー・フォルテ・ハーグローブが我が妹に成り代わり、フォルテの第三王女リア・フォルテ・ハーグローブの名において命じる)

(ほほう)(これはこれは)(あら)


 小太郎、天道神さまと来て、最後に時量師神(ときはかしのかみ)さまの興味深げな声がしたが、そのすぐ後に、オレの眼にも薄い赤い糸が浮かび上がって来るのが見えた。

 何故だか知らんが見える。オレにも見える。


(もとに戻れ)

(正気に?)((ぎょく)に?)(リアに?)


 時量師神さまと天道神さまが次々とツッコミを口にするが、小太郎も追随して自信なさげに最後に答えた。オレ自身としては何もするなというつもりで命じたわけだが、結果はすぐに出た。すでに発動された魔法に対してオレの召喚魔法陣が深度一から絡みついて、オレの瞳の色である紫色に染め上げて行く。

 これが正しいかもわからないしセプティリオンスも潜るような動きを一瞬見せたが、介入する召喚魔法陣にオレの色を乗せたことで、絡んできた魔気に乗っている魔力と魔法陣を認識し、それが自分と同じ樹形図に属する陣模様だと了察したようで、それまでの手広く広げた魔法への介入をやめて、集団魔法が行き先を失ってしまった。様々な属性を含んだ暴力の塊が指向性と意思をうしなって様々な方向へと散華し、魔気へと還元した。


「秘奥の間の防御機能か?」


 ぽつりと枢密院殿がつぶやいた。

 いかに枢密院殿の眼でも、深度一に展開された召喚魔法陣は位相がずれているので見えない。

 あれほど凶暴だった魔法が指向性を失い、霧散し、残滓は王都の魔法陣へと吸収されおったとぶつぶつつぶやいて、枢密院殿がコペルニクスへと視線を送るが、コペルニクスは魔法陣に短杖を当て解析している。

 敵も同様であった。


「あ?」「あれ?」「使えねー」「…………」

(本当かよ)(演技ね)(本当を偽る演技とちゃんと申せ)


 魔法は消えたがセプティリオン自身は放たれたままだった。今度は浸透するつもりではなく斬り裂く方向のようであったが、奴ら、ナイフも構えず棒立ちになって攻撃が継続されてることをごまかしている。


 見えてるんだよ――。


(背反世界)


 セプティリオンの群体が止まった。そしてオレの背反世界の風に乗って楽しそうに遊びだしている。

 もうセプティリオンは命令を書き換えられているから、惰性が止まればこうなる。

 見た目的には何も起きていないが、その事実に四人組は不思議そうな顔をした。


「安定しねーなっ」「てかやっぱ駄目だろ」「上役が正しかった」「…………」


 そんな文句を言っている。だがこいつらは口にしてる事とやってる事がバラバラで、自分たちに注意を引きつけておいて後方からはしっかりと様々な光彩の魔法を用意しており、直後に三度(みたび)集団魔法が飛んで来た。

 甘くない奴らだ。

 だが襲いかかる魔法を今度は足下の魔法陣から氷が盾となって突き出て来、大魔法第三弾は氷盾に当たって強大な反応を散らしながら立ち消えとなった。盾の向こう側では極彩色がうずまいて輝いてるが、盾自身はそんな集団魔法を物ともしなかった。

 その邪魔立てした分厚い氷の壁に、四人組の目がいっせいに深紫の闇と対峙するコペルニクスへと注がれる。

 冷気が届いたか、コペルニクスが短杖をキュッと振り下ろすと四人組に向かってニヤリとしてみせた。


「あー、あっちの団長だったか」「うわ、マジうぜー」「上役ー何やってるのー」「…………」


 三人目の言葉でコペルニクスの担当はアルバストということがわかった。アルバストが深紫の闇も操ってると確定でいいだろうか。ならば足止めぐらいやっておけと言いたい気持ちもわかる。


 洗脳組の魔法が魔法陣の中に溶けこんで行き、氷結もどきの盾も一緒になって魔法陣の中に吸収されて行く。

 コペルニクスは自分がやったこととされたが、特に不満も漏らさずツンとすまして表情ひとつ変えていない。

 これで最前の光魔法もコペルニクスがやったことと誤解してくれたら嬉しいのだが、そううまくもいかないだろう。


 オレは一番近い敵を急襲する。奴らの手口を真似るのだ。

 奴らの連携への相談と、ボーッとしてる洗脳組の準備をされる前に、今度こそ先手を打つ。


 するとまるで魚群が水中でいきなり方向転換するように四人組が逃げた。オレが追う気配を見せると、へたり込んだ魔法士団の間を縫うように駆け抜けて、泳ぎ切られてしまった。

 そんな奴らにアルバストから、逃げるなと文句が入る。


「いや、だからシットスミスはポーション飲み切っちゃったから傷つけられたくないんじゃね?」「つか、これで狙われるの割に合わなくね?」「俺らも魔法攻撃されたもんなー」「…………」

「だから貴様ら、逃げるな」


 それでも四人組は逃げる。

 確かに最初の洗脳組の一斉魔法攻撃のなかをこいつらは枢密院殿に向けて突っ込まされていた。


「こんな開けたところでこいつの剣の間合いに入る馬鹿がいるかよ」「そもそも最初に何故だか立ってる場所がずれてたのー」「答えは出たしー使えん玉でここまで仕事はしたんだしー後の片付けは自分でやってねー」「…………」


 にぎやかし四人組が迷わず撤退していた。洗脳組へとオレが突っ込めないことをいいことに彼らをオレへの足枷とし、つぎに来るのがコペルニクスからの大技だろうという計算も働いてるらしく、この会話の間隙すらも逃すまいと、それはもう見事な逆進を眼前で繰り広げた。

 そうしてアルバストに判断を迫っているのだ。

 だがオレがそれに付き合う義理はない。枢密院殿を守り、枢密院殿が待つコペルニクスの結果を待つために動くだけだ。

 オレは追った。そう簡単には撤退させない。ついでに洗脳組に光の回復魔法を発動して密かに治して行く。


「王妃気取りにいきなり付き合わされた身にもなれ。決めろよ上役」「早く援護してー」「魔法をこいつは使ってるんだぞー」「…………」


 駆け抜ける四人組の言葉に珍しく苛立ちがあった。しかしアルバストは援護をしない。確かにこいつにはソマ村で操っていた強力な魔法があるから、前衛が撹乱し魔法でとどめを刺す、あるいは魔法で足止めした瞬間に前衛でとどめを刺すとか、そういう基本戦術をやられただけでオレの方は相当困ったことになる。


 だがそれをしないのは、たぶん、ホリーの手伝いをするのが嫌なんだろうなぁ。


 するとリーダー格が見切りをつけたかアルバストへの視線を切って、へたり込んでるフェンリルの団員たちの間を縫いながら、しつこいオレに向かって玉を投げつけようとした。


「おい」


 とアルバストが鋭い口調で咎めた。

 盾にしてたら怒ったから今度は投げつけるのだー、とリーダー格の男がわけのわからんことを言っているが、それもオレには関係ない。尚も詰め寄る。


「要らないが支給品だぞ」


 アルバストが怒鳴った。

 言い終わらないうちにリーダー格の左手から魔法が襲いかかって来た。と同時に右手に持つ玉も投げようとしてる。しかし投げるべき位置になっても指先から玉が球離れしない。むしろ握り込んでるような、そこに目が止まってオレも気づいた。これは投げた振りをしてわざと玉を放さないのだ。つまり偽投だ。

 オレをこの場所で警戒させることに意味があるのだ。そういえば奴らは逃げる際に左右に動くがオレは微妙に真っ直ぐ追いかけてたような…………、そして足下を見やると咒札(じゅふだ)があった。


「!」


 ここは、あいつらが立ってた場所か。

 左で投じたのは魔法じゃない。魔力を飛ばして罠を発動させるつもりだったんだ。気づいた時にはもう咒札に魔力が到達する。


「光あれ」


 オレは光速移動してリーダー格の手を斬り飛ばすと、オレのいた場所で雷撃が天井へ向かって幾本も立ち昇った。轟音とともに天井のパネルが粉々に粉砕される。

 サンダースピアだ。

 奴らが今度こそ瞠目しているが、オレとて秘匿してきた魔法を表立って使わされたのだ。右手首だけではお代が足りない。


「や」


 やれ、と言いたいのか? つまり四方からの包囲攻撃。


 オレは跳び上がると目だけで光速移動し、中空に飛ぶ玉をつかんだ右手首を外套で覆うようにしてしぼめ、すっぽり覆うと回転しつつ引き寄せた。外套内に潜めた秘密兵器の数々に右手首が引っかかって回収に成功、着地すると同時にリアの右手の指を奪還する。


「貴様っ!」


 リーダー格に睨まれたが、オレは返事をせずにごそごそと玉から指を引き剥がすと、要らないリーダー格の手首を外套の影から冷たい石床に捨てた。

 ぽとりと落ちる手首に、うむ、と枢密院殿が納得したような声を出した。

 だが納得してない声が召喚の場からした。


(戻っとらんぞ、リアには)


 天道神さまだ。そのまま天道神さまが何も言わずにオレの両目に憑いてくれ、天道神さまが見た事実を実際に見せてくれた。

 外套の内側をのぞくように視界を展開すると玉が灰色になっており、その奥にうっすらとしたリアの右手の指が五本、たゆたうように浮いていた。

 頼りなげなその指は昔見た頃より少しだけ長くなっている。だが玉の呪縛から解放された様子もなく、いつまでもそこに浮いている。


 おかしい。


 オレの知るダブルリグレットの龍玉なら父さまが望んだ瞬間に父さまの下へと引っ込むはず。だが、奪還したオレが望んでるというのに玉が指の中に消える様子もない。

 それに召喚が解除されたなら自動的に送還され、元の位置に戻るはずだがそれも為されてない。


 ふむ。


 玉が展開したままリアの元へと戻らないその事実にも類推はつく。

 オレの第一感だが、おそらく指を取り戻せても手の甲が取り戻せていないので、リアの身体へと戻れないのではないかと思う。この状態でリアの元に戻ってもリアの指だけが(ちゅう)に浮くことになり、普段の生活で使おうにも使えないのは明白だ。だからセプティリオンは現状のまま戻ろうとしないのだろう。

 痛そうなリアの指が玉のなかで灰色に沈んでいる。

 オレとしては個人としてもこの玉を手離すわけにはいかなくなったわけだ。


(ありがとうございます天道神さま)

(よいよい。よかったの)

(はい)


 そう返事をすると天道神さまが召喚の場へと戻って行った。時の流れと視界の感覚が元に戻るのを感じながらオレは手にした玉をギュッと握りしめ、そこに見えていた薄い赤い糸の幻を追い求めるかのように、その痕跡を辿った。

 どこまで伸びているのか、どこに繋がっているのか。

 つと声がした。


(ない。ないぞ。寄越せよこせ)

(あ、また急に)


 ん?


(早くはやく。命令したくせに)

(今日何度目だろう…………。我慢よ。耐えるの。じっとしてて、じっとするから。セプ…………)


 リアか? リアだろう。リアの声だ。オレが間違えるはずがない。

 だがなぜだ。なぜ聞こえる。

 枢密院殿が細かく動いてオレの背後へと警邏隊を引き連れて移動している。

 枢密院殿には見えているだろうか。

 これが奴らの秘密であるなら、この機会を放棄するわけには…………。

 そう思った矢先に深紫の煙が魔法陣からとつぜんに噴き出し、オレの周囲が煙で一段と濃くなった。さっきまでは光ばかりが魔法陣を行き交っていたのに、オレが願うと同時に深紫の煙が魔法陣に溢れ――。


 オレも意識が飛んだ。いや飛びこんで来たのだろうか。何かが脳髄に一挙に押し寄せて来るような。


「おか……し……いな」


 洗脳されてしまうのだろうか。これがその……感覚なのか?


「これ……まで効かな……かったのに…………」


 ああ、オレが息を吸い、吐き出したのか。

 呼吸だ。

 なつかしい。


「ピュー! おいピュー! それ以上はまずいぞ。おい聞こえてるか、攻撃を許可する。反撃しろ、ピュー!」


 そんな慌てた枢密院殿の叱咤が飛んで来たが、直後にここにきて深紫の煙のほうが来るとは…………という悔恨の声が煙に乗って届いた。


「守れ、何が何でも守れ!」


 コペルニクスも叫んでる。

 そのコペルニクスに向けて、深紫の闇からプラズマが迸った。


「これは命令ではない、ライムからの外交戦である」


 コペルニクスの声がプラズマの中に轟き、そして掻き消えた。


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