第108話 命令違反
(落ち着け)
召喚の間から声が聞こえた。
(小太郎か、しかし)
(だから聞け。龍玉をよく知ってる者が、それを要らないと云ってぽんぽんと配下の者に渡す物か? 龍玉とやらはそんな安っぽい代物なのか?)
(それは…………ないな。この星ケルプに住む者ならば誰もが龍玉のすごさは知っている)
(であろう? お主の父御なら尚のことだろう。よく知ってるはずだ。そうであるならばひとつ、模倣しようとしたのではないか?)
(模倣……、模倣か。なるほど。そういう考え方も有り得るな)
だがそれは父さまが敵に回ったことを否定できるほどの材料ではない。
実際四人組はこちらが警戒してるとわかると、これ見よがしに挑発してくる。
「どんだけ使えるんだろうね」「試せば?」「うなれナイフ」「…………」
中央右の者が軽くひと薙ぎしたが、そのひと薙ぎに恐ろしくキレがある。ナイフという得物の長所は回転をあげて小気味よく攻撃を振るえるのが長所だが、その長所により一層の磨きがかかっていた。
そのお試しの延長で何の気なしにオレに向かってナイフを振ってくる。踏み込みが速く、身体能力も底上げされている。だがオレの剣が届くか届かない距離でのナイフによる陽動で当たらないと見切れた。この後の二人目三人目が本命だ。そう思って周辺視を広げた途端に、ナイフの斬線からセプティリオンが飛んで来るのを発見した。
安全マージンを十分にとってその斬線からも距離をとると、召喚の場から呼びかけられた。
(深度一は)
(使わん)
小太郎から問われ、即答した。
小太郎の言わんとしていることはわかる。ここで簡単に攻撃を無効化するなら深度一に潜ることが一番楽である。
だがここで召喚魔王陣を広げ、もしも奴らに深度一まで学習されて潜ってこられでもしたら、奴らへの優位性さえ失ってしまう。深度一は確実に殺せる時でしか使ってはいけない類のものだと思うのだ。なにしろ同じ召喚獣のセプティリオンが絡んでいるのだ。使えば使われる。召喚魔法の遣い手としての格はオレの方が上であると思いたいが、オレとリアは兄妹だけに同格でもおかしくない。
そこは父さまが生まれた我が子にどう設定したのかによるが――。
(お主は自分で書き換えたろうが)
(それはリアの時に召喚の儀を突破されて必要に迫られたからだ。だからといって父さまの影響下から抜け出たものと安易に考える気はない)
すべての召喚魔法陣は王であり祖を引き継いだ父さまに帰結してるのだ。
「ちっ」
話していたら躱した後の追撃も奴らに取られてしまった。
新たな斬線から更に後退してセプティリオンから距離を取る。それが敵には意外だったらしい。微妙に隠蔽しながら二度三度連撃をと繰り返すと、きちんと避けきったオレに尋ねてきた。
「見えてるのー?」
「さあな」
「素直じゃないねー」
「あのな、お前にどう見えたかだろうが。オレの言ったことをこれまで一度でも聞き分けてきたか?」
「勇者さまは愛想がない」
「それもだ。何度否定しても意味がないってのは疲れる」
「なら死んでくれ」
急に地声を低くしたリーダー格が手の平を逆さにしたまま玉を出した。
目を凝らすが玉の中は見えない。見えるとしたら天道神さまには見えてるだろうが、オレには薄いと云っていた赤い糸は見えなかった。代わりに思わず唸った。
合図もなく、予備動作もなく、玉からいきなりセプティリオンの群体が飛び出して来たのだ。オレは半歩ずつ大きく円を描くようにして懸命に避ける。
「やっぱり見えてるじゃねーか」
その指差した右手の玉へと思い切り踏みこんで剣を一閃する。
剣先が当たった。当たったが、敵の手が弾かれるだけで玉自体は無傷であった。
「頑丈だな。無傷かよ」
敵がニヤリとした。斬れないのならいずれ手詰まりになると考えたのだろう。それとも自分たちの負けがなくなったと読んだか? だが龍玉なら物理じゃ傷がつかないのは当たり前。宇宙の二度の滅びに耐えたダブルリグレットの龍玉だ。それを想定して作ったのなら剣の攻撃の一度や二度で傷つくようなら模造品すら名乗れやしない。
(おいヒュー)
(斬ろうとしたことを咎めるなら無駄だ。セプティリオンは機械召喚体の群体だ。オレが斬ろうとしたところで斬れやしない)
(それも知ってたのか?)
(知ってたと言うより体験談だ。あの時は手刀というか、手を突っ込んだだけだったが)
(それで知ってるとぬかすか)
(ぬかすさ。ひとひらの機械召喚体にすら触れられなかったんだぞ、結果として)
(一片も?)
(ひとひらもだ)
(それはすごいな。了解した)
玉もどきの丸いのは壊せてもセプティリオンは無傷であったはず。小太郎の心配には及ばないのだ。あちらも案の定アルバストに呼び戻されて怒られている。
その合間にもオレは密かに魔法士団を援護する。身内がいるため全凍結のような大技を使えないコペルニクスに代わって、幾らでも光の癒やしを発動できるオレがフェンリルの団員の傷を癒して行ったのだ。血脈を切られて死にそうになってた者も一命を取り留め、ついでに自分の頬についていた傷も癒す。
だが正気に戻った者は癒されても魔法陣に魔力を吸われて立ち上がることも出来ないらしい。これは王都より秘奥の間の方がよりつよい効果が出ているようだった。たまたま四、五歩の距離まで近づいた団員にオレは話しかけられた。
「なぜ助ける」
勘の良い奴だ。治癒魔法を使ってるのはオレだと気づいたらしい。だが無視する。
父さまが敵になったのなら、王室外交としてもオレがライムの盾にならねばならんし、それを言うわけにもいかん。ただフォルテとライムの全面戦争をさける言い分がフォルテには必要だった。
「団長に聞いてくれ」
オレは一顧だにせずそう言い残して、その団員から距離を取った。コペルニクスから頼まれた件もあるから、あながち嘘でもない。だがオレの使命はあくまで枢密院殿の用心棒である。怒られてるリーダー格を補うように残る三人が牽制してくるのに、洗脳が解けた今その場に留まってつきあう必要はない。
男は残念そうにしていたが、敵を引き離してると思ってくれたらしくそれ以上目立つような真似はしてこなかった。
魔力がないというのは魔法士にとっては辛い。
だがその魔力を奪った魔法陣も、今は鳴りを潜めてコペルニクスからの解析に耐えている。
「なーんで」「反撃を仕掛けてこないのー」「舐めてるのー」「…………」
四人が揃った途端にそんな事を言われた。おそらく星読みの塔でオレに指切りされた小太郎並の技倆をオレに想定してるのだろうが、生憎あれはオレであってオレでない。
「だがそれは酷い言いがかりというものだ。お主ら、自分の動きが格段に良くなっといてそんな戯れ言を言うのか」
ましてやこんな玉が存在する以上は、もしも父さまが裏切ってた場合ならキボッドがフォルテに頼んだことになるだろうか。オレが知らない以上ライムに王室外交に派遣されてからの話ということになるわけだが――。
「お主らが集ったのはここ一ヶ月の話と言ったところか?」
「…………」「…………」「…………」「…………」
誰一人答えなかった。
いや、リアの召喚魔法を封じているのだ。セプティリオンを行使してもいる。おまけにそれを守るためにダブルリグレットまでもが参考にされている。フォルテの王家も形無しだ。しかしこの話はライムの属国であるサーバの王の代替わりになって表に出て来たのだ。
一ヶ月どころの話ではない。
オレは魔法を放とうと呪文を口走り始めた魔法士団の数人をまとめて蹴り倒して、四人組への援護を断ちながら言った。
「すまんな。お主らには先ほど知ったばかりの話であったな」
ダブルリグレットも龍玉も世界中の誰もが知っている。小馬鹿にされたと思ってもおかしくない。
このオレが思わぬ事をしてると思うとちょっとおかしみを感じたのだが、そのわずかな機微がリーダー格の癇に障ったらしい。
「死ね」
当たり前のように言われた。
いや、それもおかしな話なんだな。
セプティリオンとダブルリグレットに襲われたのならオレという存在などとっくのとうに息絶えている。
だがそれは為されていない以上、導かれる答えは逆説の証明であった。
向こうから青白い光が魔法陣を走ってきてオレを照らし出し、四人組が同時に四方から仕掛けて来た。オレは外套を広げて牽制しつつ、一番最初に刃を交えることとなるシットスミスに剣を振るう。だが躱された。距離を取らせるのが目的だからこれでいいといえばいいのだが、やはり能力が底上げされている。残る三人に牽制の剣を回すと、距離を取らせたシットスミスにセプティリオンをかまされた。
「な、お前も持っていたのかっ」
リーダー格一人だけが持っていたのではないようだった。セプティリオンに力を分け与えられはしても、玉を持たない状態ならセプティリオンも持たされず、当然動かせるとも思っていなかった。
しかもオレの剣速がガクンと落ちる。左腕が垂れる。剣が握れない。動けない。どうやらセプティリオンによる刃物攻撃を喰らっていたらしい。オレが嫌そうにした瞬間に四人組の攻撃も再開した。
「ぐっ、くっ」
完全に数勝負で押されていた。背反世界を展開しているが、奴らにはもっと強い向かい風を送り、オレ自身にはもっと強い追い風が必要だった。しかし現状分析をしただけで事態は更に不利になった。
まともに三筋の銀蛇が左腕に噛みついた。
弱点を狙うのはわかるが、オレの血が飛ぶのが青白い光のおかげでよく見えた。しかもそれだけでは終わらず、上から下からの斬線にセプティリオンが乗って飛んで来る。外套を回して対処すると、ガガッと音がして外套の中に隠された忍者刀にセプティリオンが遮られたようだ。ついでに正気を失ったままの魔法士団員の足を払って奴らの方へと蹴り転がして、どうにか時を稼ぐ。
「くふふ」「厄介だろ?」「小さい傷ばっかで不満だけどね」「…………」
オレは外套をのぞきこむ。左腕の傷はいくつもあるがどうにか無事だ。
「うふふ、案外に」「固いよね」「でも本人は傷だらけ」「…………」
「傷がなんだ。お前らとて回復手段がないではないか」
咒札は残り三枚だったはず。だがこちらがそれをつかんでる情報は与えない。
「ならご要望にお応えして」「がっかりターイム」「どうぞ」「…………」
また先手を取られた。
奴らの背後で呪文の詠唱が始まる。
洗脳が解けたフェンリル魔法士団の団員はそのまま魔法陣に魔力を吸われて昏倒して動くことすら封じられているが、洗脳にかかってる団員達は倒された洗脳状態の仲間達を回復してまわり、回復役が回復魔法をかけるのは極めて正しい行為なのだが、洗脳されてる奴だけ助けるとなると、どうしようもない理不尽を感じてしまう。
その仲間達の姿を昏倒して倒れた団員達が、冷たい床に頽れたままに見上げては、生気を帯びた目で悔しそうに眺めていたが、オレの方は堪らない。
無力化したはずの洗脳組のフェンリルの団員が復活し、あまつさえたった一人、実質オレしかいない敵対者に対して、鍛え上げた魔法士団のお歴々がその集団魔法を放とうと準備してるわけだ。ちょっと暴力が過ぎるだろう。
オレとしては撃たれる前に仕留めるしかないわけだが、そこへアルバストからの指示が飛んだ。
「やれ。手を抜くな」
また青白い光が来るかと身構えたら、四人組が動き出した。だが魔法士団に向かうオレの動線と微妙にズレている。
――あ。
息を止めて後ろを見やると、枢密院殿と警邏隊の三人がオレの動き出しに遅れて付いて来ていた。
つまり枢密院殿狙い――。
オレは慌てて枢密院殿の前に出るよう軌道を修正するのだが間に合わない。そこへもって魔法が降り注いでくる。四人組もオレの脇を抜けて行き、リーダー格はすり抜ける際にしっかりオレへの牽制も入れていた。その時になってようやく枢密院殿が魔法に気づいて、おっ、と口をすぼませた。
「光あれ」
オレは枢密院殿の前に出てこんどこそ矢面に立つと、もう一度、今度は無詠唱で飛んだ。
あとがき
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