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第106話 光を当てて浮かび上がってきたこと

 アルバストら王都に混乱をもたらしたテロリストたちを殺そうと、秘奥の間の中ほどにいる奴らへ足を向けると、コペルニクスが踏み出すのをやめてある一点に視線を寄せた。そちらを見やると深紫の闇があった。


「どうしました?」

「深紫の闇もクロック・ストップを突破しそうだ」

「本気で言ってます?」

「ああ」


 だがオレがそんな事を思うと深紫の闇から魔力の塊が魔法陣を走り、オレがそれを避けると同時にその間に別の魔力光がアルバストと四人組の位置する前に回り込んでいた。魔力光が青白く留まっている。ちょうど奴らと我らの中間に位置する模様に陣取っている。


「本当に動いたな。意思もあるようだ。あの闇の中に魔物でも入ってるのか」


 コペルニクスが言うその可能性は十分にあった。なにせ調査のために手を突っ込んだ警邏隊はその腕を真っ二つに割られていた。


「でも前情報があるのに、中から調べようと腕を突っ込むのは前情報を台無しにする自殺行為ですよね。特に腕が真っ二つになるとわかってるのに」

「そうだな。俺自身もこれまでの調査を台無しにしたくない。まだ出たとこ勝負するような時間でもないし」


 にぎやかし四人組を殺しに向かう素振りを見せただけで、本当にそんな事が出来るのかという疑問は、これが偶然でないことが証立てられていた。


「いったん中止だ、王子」

「オレのことはヒューで。慎重に行きましょう」

「了解」


と同時に魔力光がオレの周囲から散って深紫の闇へと帰って行ってしまった。オレの周辺だけポッカリと穴が開いている。他は魔法陣上を魔力光が渦巻いているというのに、オレの周囲だけが、である。


「クロック・ストップがかかってるというのにこいつだけは敵陣営の中でも動けるというのは危険だな」

「はい」


 だがそれ以上魔力光は動かない。


「ヒュー、ちょっと前に」


 言われるがままに前に足の指でほんのわずかににじり寄ると、深紫の闇がその分だけ引いた。魔法陣からはみ出している闇の部分を、魔法陣の上にはみ出さないようにしただけだが、確かにそれはオレがにじり寄った距離分だった。


「俺が調べてる間も無視を気取ってたこいつがヒューには反応するな。やはり召喚魔法はこいつにも脅威なんだろうか」

「オレとしては観察されてる気分ですがね。今も魔力が魔法陣を行き交ってるのにオレだけ避けられてる気がしませんか」

「気がするじゃない。事実だろう。さんざか影響与えようとしていたがここに至るまで全く影響を受けてない」


 オレはその話を聞きながら外套の中から剣を抜き打ちに放った。青白い光が斬れると思ったわけではないが、その瞬間に青白い光がオレに伸びて来た。

 外套を貫いてオレの左肩に光が突き抜ける。


「やっぱこうなるか」

「こうなるかじゃない。思い切ったことをする。慎重に行くんじゃなかったのか」

「敵も味方も欺こうかと」

「若いな。怪我は?」

「威力を知りたかったのでこうしましたが貫通しましたね。光の回復魔法でもう治しましたけど」

「光が使えるのか。召喚魔法士なのに」

「ええ。これは昔からですね」


 とりあえず整理すると、この深紫の闇はオレが四人組を殺しにかかると間に入って衝立となった。攻撃すれば反撃するし、様子見をすれば様子見もする。まるでオレの出方を興味深く見守ってなぞっているかのようだ。それならばオレがこのまま引けばどうなると思ってコペルニクスが最初にいた観測地点にもどったわけだが、深紫の闇も落ち着きを取り戻したのか燐光をアルバストらとの中間地点に引き戻した。

 このまま観察してもいいのだが――。


「これだと動きませんよ、ほぼ間違いなく」

「それはそれで好都合だ。今のうちにやっておこうか、ヒュー」

「情報交換ですか?」

「そうだ。まずは基本姿勢の摺り合わせだが、調査をエスカレートさせて試すのはバカのやることだ」

「はい」


 耳が痛い。


「それにここはどこだ」

「秘奥の間ですね」

「そう、ここはサーバの王都の根幹、秘奥の間だ」


 自身が組み上げた魔法陣だとでも言いたいのだろうか。いや、サーバの王都の根幹と形容したことが言いたかった事か。

 だがそれを言われると仮初めにもフォルテの王子であるオレがあの深紫の闇に触れるわけにはいかなくなる。


「コペルニクス…………」

「まずは情報の蓄積だ。俺の部下からも派手に撃ち込まれてるがどうする。迎撃を禁じられてるようだが避けられるか」

「あー、えーっと、それは」


 今度は闇魔法で目隠しもされてない。反撃はすぐにバレる。


「いざとなれば全力で行きます」

「部下は両手を斬り落とすぐらいで勘弁してやってくれたらありがたい」

「戦闘中ですよ?」

「よろしく」


 有無を言わさず困ったものだ。だがこちらも枢密院殿を守るのが第一だ。そこは変わらないし、方針の確認ならコペルニクスのようにはっきり言っておくべきか。


「ではそのように。部下の魔法を封じる方向で動きます。こちらからも訊きますが、深紫の闇は現状どう判断してます?」

「魔物はないな」

「それはなぜ」

「魔物も生物だ。生物固有の生命活動の痕跡が全くない。魔気も魔水も魔素もまったく消費していない。そのくせ魔力を送り出している」

「そんな馬鹿な。そんな物があるんですか?」

「ある。おそらくは呪具だ。王都の魔法陣の上にべつの魔法陣を介して埋め込まれていると見たんだが」


 思い当たることがあった。


「その別の魔法陣とやらはたぶん咒札(じゅふだ)ですよ」

「咒札? なるほどな、それならいけるわけだ。出所に関しては随分とまぁ気になることを言うが先に進むぞ。全体をつかむのが先だ」

「了解です」


 情報の蓄積というやつだな。


「まずは魔法陣に関してだ」

「あ、はい」

「ここの魔法陣は、魔法テロに使われるのを恐れて秘奥の間の魔力は、魔気、魔素、魔水はもちろん魔法も供給源として吸いこむように設計してあったのだが、そこを悪用された。指示は管理者権限が付与されて出来ないはずだったのだが、そこを深紫の闇は突破した」


 秘事だろうがもうオレは関係者と見做されたようだ。


「それでだ。魔法陣の読み込みも魔力の流れも、あの深紫の闇一点だけで書き換えられている。他は正常なのだ」

「つまりあれを排除すれば王都全域を元通りに修復は出来る、と?」

「そうだ。だがそうなるとあの深紫の闇の異質さが際立ってくるわけだが…………」


 コペルニクスが一度元凶である深紫の闇を見た。秘奥の間の中央で何事もなかったかのようにその場所に鎮座している。それからアルバストらに目をやった。


「もうあまり時間はない。じきに奴らは動き出すぞ。捕らえるなら今だが」

「今奴らが動けないからと言って手を出すのは悪手だろう。深紫の闇がクロック・ストップの中を動けてるんだ」

「それはヒューもだろうが」

「オレは召喚魔法があるからな。コペルニクスのクロック・ストップとフォルテの深度一はアプローチが違うだけで効果は似ている部分がある」


 コペルニクスが驚いたような顔をしてオレを見た。


「ちなみにコペルニクスに言っておくが、オレが深度一を展開してもこの領域を出たら普通に時間は動いてるぞ。ここら一帯だけが時間の流れが遅くなる」

「それはフォルテの?」

「秘事のひとつだな」


 深度一は門外不出だ。知ったところで出来はしないが、コペルニクスならそれをクロック・ストップでなんらかの形で介入できるであろう。フォルテにとっては脅威であろうがオレからしたら頼もしい共闘相手であり、流石は王杖候補といったところか。


「もうすぐ動き出すなら時間がないぞ。交わせるだけ情報を交換しよう、団長」

「ああ」

「ちなみにオレが疑問に思ったのは、深紫の闇の介入でこの部屋に入って来た味方でなかった者たちが軒並み精神系の魔法を喰らってたことだ」

「呪具に意思が?」

「ああ。かといって味方であると判じたはずの者達も絶対の仲間というわけでもないらしい」

「そうか。ところで首魁の女が部下に渡したあの丸いのは? わかるか?」

「あれはリアの右手の指。こいつらに奪われてた物ですよ」

「何? 理解が追いつかないが、そんな物ならそれは取り返したいんじゃないか?」

「お仕事優先です。オレの事情で雇われた枢密院殿の仕事を台無しにするわけにはいかない。もちろん、可能であれば奪い返しはするが、このまま泳がせて奴らの情報が欲しいのも事実。倒しますけどね、枢密院殿のお身体の保全が最優先なので」

「右手の指、と言ったな」


 オレは肯いた。


「つまりリア姫の四肢は奴らに奪われたと?」

「ええ。あそこの女エルフと、それからホリーがその情報を握ってることが確定しましたね、まずは」

「国際問題、しかも王族の国際問題となるとはな。そればかりかライムの属国に過ぎないサーバが五大国最強のフォルテに手を出したことになる」


 コペルニクスがオレを注意深くうかがった。


「本当に奪わんのか?」

「難しいですね」

「…………抑制の効いた精神力だ。見上げた者だな」

「あなたの部下よりはね」

「痛いことを言う。実際フォルテの恐ろしさを垣間見た気がするよ。しかしそうか。そういう相手なのか」

「なかなか尻尾を出しませんね。非常に用心深くて狡猾です。ちなみに我らが邂逅してからの奴らの行動はこうです。本日午前、ソマ村を強襲。これはオスニエルを国外に逃がすためでした」

「なに」

「それからワイバーンで王都に潜入。星読みの塔で資料の強奪、それから我らと戦闘しましたが枢密院殿に不測の事態が起きて逃げられ、王杖第三席サドンと合流して枢密院殿の無事を確保しつつ情報交換。その(のち)、奴らがここに何かを取りに来ることがわかり、我らはここに来ました」

「おいおい、それだけ追いかけて尻尾を出さないと?」

「ええ」

「探し物が深紫の闇なのは間違いなかろうが、物を目にしても尚闇に包まれてるか。確かにヒューの言う通り用心深い。だが逆に言えば奴らもヒューをしつこい奴と思ってるだろうな」

「どうでしょう…………。スキルで顔も変えましたし、枢密院殿が奴らと顔を合わせたのはここが最初です。ソマ村では枢密院殿は土塁に潜み、徹底して枢密院のお仕事に特化してましたから」

「正体がばれてないのか」

「はい。ただし、向こうはオレを勇者だと思ってるようですがね」

「それはあながち間違いでもないだろう。誰かさんが異界渡り経験者であることは有名な話だ。それも二度にわたってだ」

「ですがあいつらはオレの真名を知りませんぞ」

「我々もわかっていないがな」

「ええ。そうですね」


 オレは唇を噛みしめた。

 確かに奴らの情報は少ない。オレたちが情報を擦り合わせてもこの程度しかない。だがそれとて天道神さまが赤い糸の話をしてくれたからオレは奴らがセプティリオンを持っているとわかったに過ぎない。

 相手が語らずに、何を考えてるのかを探るのは難しい。こちら以上の情報があれば知性によってはとてつもない武器を相手に持たせることにもなるし、そうそう迂闊に動けないのだ。


「餌を撒いてるわけだな、ヒューは」

「食いつきは悪いですがね。下手な釣りですよ」

「それだけ宰相派が密かに準備を進めていたというわけだ」

「沈黙にはいろいろあって、どうでもいい沈黙もあれば、沈黙の奥に潜む恐ろしさってのもオレは知ってます。宰相派はとりたてて恐怖を感じませんが、アルバスト達の沈黙はオレは恐ろしい。強力な手札を持ってるのは間違いないのですから」

「あっちの立場での君から見てもか」

「むしろそっちからこそが恐ろしい。かつて王族が出し抜かれてるんですよ」

「姫か…………」

「はい」

「ならば訊くが、クロック・ストップはどう思った。どこか改善した方が良いと思うところはあったかい?」

「クロック・ストップはこれでいいんじゃないですか」

「ふむ。それはどういうことかな?」

「長い時間を止めるとこちらに疲労が溜まります。向こうは数が多いから時を止められても全員がいっぺんに殺されるわけではないですよね」

「ああ」

「そうなると必ず撃ち漏らしが出ます。撃ち洩らした相手がいっぺんに向かって来たら今度は団長がピンチになりますよ? クロック・ストップで疲れ切ったところに元気な敵に殺到されて、しのぎ切れますか?」

「騎士がいればその時間差は埋められるんだがな」

「あいにくオレのアーサー流はそこまで強力じゃないですよ」

「まぁ晩餐会から考えても始めてひと月といったところか。初心者だよな。それでよくハロルド様の用心棒として宰相派を撃破できたもんだ」

「あれはサマースがいたからですよ」

「なるほど。いい相棒に恵まれたか」

「話を戻しますが、クロック・ストップで長時間止められるからといってギリギリまで粘るのは、もうわかってるでしょうが悪手です。むしろ要所ようしょで時を止めた方が絶対にいい。疲労は抑えられるし、敵の混乱は広がる」

「なるほど。それがフォルテの謎の一つでもあるのかな」

「内緒ですよ」

「わかってる」


 コペルニクスがポンと手を叩いた。。


「そういえば礼を言ってなかったな。さっきは剣で無駄撃ちをしてくれて助かった。おかげで俺が消したことに奴らは気づかなかった」


 魔法陣の魔法を消したのはコペルニクスだったことか? だがあれは枢密院殿が囮になれとオレに指示を出していただけのこと。


「雇い主の意向です。オレは用心棒だから」


 ほう、とコペルニクスが意外そうな顔をした。


「ならいい。ところでうちの副団長クレツキと何かあったのか」

「殺されかけましたね」

「それはまた大層な国際問題になってるじゃねーか。あの馬鹿は」

「そこもいいですよ。それより宰相派ですか、あいつは?」

「あー、ジョージ前宰相には子供の頃から可愛がられてたんだ。親がいなかったからいわば親代わりだな」

「ほう」

「その様子じゃまったく相手にならなかったようだな。だがあいつは俺とは相性が良いんだぜ。あいつは魔法の威力を倍増させることができる種族特性のハウリングがあるんだ。おかげで俺のクロック・ストップが広範囲にかけることができて魔法士団による集団戦では無類の威力を発揮する」

「それはすごそうですな」

「実際凄い。だからあいつには一人でもそれが出来るようになってほしくてな、クロック・ストップを仕込んでるんだが…………なぁ」

「出来るのか? この魔気や魔素、魔水すらも動きを止めさせるのは相当な魔力が要るぞ」

「筒抜けだな。フォルテの騎士団でも出来そうかな?」

「まず無理だろうかと。物質の三態に一度に介入するんだ。召喚魔法ではない考え方だ」

「そうか。ならさっきの借りも含めて下手くそな言い訳は俺のせいにしておいていいぞ。あれじゃハロルド様が訝しむ」

「何のことだ」

「光のカーテンウォールさ。見事な召喚魔法だったぜ、王子」

「…………わかったの、か?」

「わかるさ。この秘奥の間で魔法が使える意味を、他国の王子ならもう少しその意味を考えた方がいい。それに魔気を吸う深紫の煙が戸惑ってたからね。まぁ戸惑いは、それは俺にも言えることだが」

「何か?」

「この魔法陣、いつのまにか不可思議な魔法を発動できるようになってんだよね。だがそれがわからん。読み解けない」

「それは第四の物質ですね。その第四態とは王杖のサドンといっしょに星読みの塔でやり合いましたよ。雷にも似た魔法ですが、それを物質の新たな形としてプラズマと定義し、魔法を独自の方向へ進化させたのです。おそらくクレッシェあたりが関わってるんじゃないかと」

「咒札か」

「ええ」

「そこに王咒(おうじゅ)はいたか?」

「見かけてませんし、サドンも言及してませんでしたね。でもそうか。居てもおかしくはないのか」


 確かに条件が揃っているのである。

 王咒とはクレッシェの王付きの魔法使いである。いわばライムの王杖と同格の魔法使いであるのだが、コペルニクスがここでその存在を疑ったのは、咒札に精神系の魔法が仕込まれてたことにある。クレッシェは五大国の中でも特に精神系に作用する魔法に長けた国であり、その精神系の魔法がサーバの王都全体の規模にわたって広がっていたとなると、自前の魔法陣を利用されたとはいえ、野良の精神系の魔法がそれを為したとは考えにくいのだ。しかしそれが五大国のクレッシェが同じ五大国のサカード手を組んでこの状況をもたらしたと考えるなら、考えられなくもないのだ。だからコペルニクスはクレッシェ切っての魔法使い、王咒が動いてたのではないかと危惧したのだ。


「五大国が割れたな。クレッシェ、サカードが怪しい。咒札はクレッシェ、精神系魔法はサカード。手を組んでないとは言い切れまい」

「クレッシェだけではない可能性か。頭に入れてお、くっ」


 オレの眼前で青白い魔力光の光が強まって右に動いた。オレがわずかに身動ぎして深紫の闇に身体を向けたことにすぐに反応したのだ。

 いつ襲いかかって来てもおかしくないが、幸い攻撃はされなかった。だがこんなのは偶々だ。運が良かったにすぎない。


「深紫の闇は王子に興味津々だな。不思議なもんだ」


 そんな楽観的な状況か? だが確かに不思議だ。


「オレが枢密院殿を守ってる時は、この燐光はオレに攻めてこなかったんだよな。だがクロック・ストップの世界が始まった途端、オレのことを急に意識し出したかのように立ち塞がった」

「ヒューの攻め気がない時は攻めないで、攻め気の時は攻めてるとも受け止められるが」

「それだと攻められるのがオレってのはいただけないな」

「俺にはまったく介入しなかったぞ。それは今もだがな。俺とて結構魔法陣に魔力を流したのだが」


 確かにそうだ。この秘奥の間で魔力を流して検査していたのは、この魔法陣の生みの親でもあるコペルニクスだった。だが、そのコペルニクスにしても魔力光は大して反応を見せていない。


「そこらへんからのアプローチでやってみるか」


 試しにオレが手を前に出してみると、魔力光は一瞬引き寄せられかけ、それから距離を置いて離れた。触れたそうで触れたくない。寄れば離れ、離れれば寄る。そんな感じだ。

 だがコペルニクスが同じような動きをしても魔法陣は反応しなかった。


「何かむかつくな。俺はフェンリル魔法士団の団長なんだがな。おまけにここ王都の魔法陣を設計した一人でもある」


 オレが手をかざすと燐光がスッと伸びて来て、オレが伸ばした分だけ伸ばすということにもなってしまった。何だろう、ある意味意思の疎通が出来てしまった状態になった。


「何なんでしょう、これは」

「さてな。挨拶でもされてるつもりなのか? 敵と命じられたのにまるで仲間扱いのような、戸惑ってるような、わけがわからんが魔気の動きが微妙な感じに見受けられるが」

「挨拶? これが挨拶ならコペルニクスの挨拶よりはマシでしたよ」

「ん? 城塞都市での事か?」

「そうです。オレは最初、あなたは敵かと思った」

「うーん参ったな、俺は王剣筆頭から話を聞いてたんだがな。サーシア様は出会ったらまず悪戯をしかけるって感じだったんだろ? そいつを真似てみたんだが息子には不評だったか」

「母さまが?」

「ああ。サーシア様は残念なことをした。俺も一度はサーシア様に会ってみたかった。この世界にメートル法や質量の基本単位を定義し、科学文明と魔導文明との融合に道筋をつけた御方だぞって、どうしたんだ?」

「いや、そんなに悪戯好きだったかなと。王族、貴族、平民、亜人種、異国人となんでもかんでもようこそドンと来いだったのは覚えているが」


 コペルニクスが見たこともないような目をオレに向けていた。


「幼き日も最早遠く、か」


 オレはその感慨に返事を返したくなかった。


「やはり王子はこの深紫の闇には触れない方がいい。足止め、迎撃だけが使命でなく、召喚魔法の解析も目的に入ってたのなら、すでに見せすぎてしまった可能性すらある」


 だからサーバの王都の根幹と言ったのか?


「もう動き出す。短い間だったが有意義だった。戻ってくれ王子」


 コペルニクスの感知能力は流石であった。オレの目にはまだ異常が映らないが、クロック・ストップを使ってる当人は自分の魔法の緩んできてるところがわかるらしい。

 やがてオレの眼にも魔気のズレが細かく、振動を始めたのがわかった。これがクロック・ストップが解けて動き始める予兆なのだろうか。オレは枢密院殿の前にまでもどって腰を軽く落とし、降り注ぐ魔法の群れを再び見上げながらアルバスト達の方を気にした。

 奴らは相変わらずクロック・ストップの餌食になっている。

 だがここで殺せなかったのは地味に痛い。

 つぎに視線を動かすと、深紫の闇のもとへと舞い戻る青白い燐光のうしろすがたが目に入った。魔法陣の急所に陣取って状況の把握に努めるコペルニクスがその脇にいる。

 コペルニクスは三十の半ばくらいだろうか。色味の濃い金髪に太い眉が印象的な男だった。母さまより少し年下のようにみえる男だが、そんな男にオレは改めて王子と呼ばれた。こんな声でオレのことを王子と呼ぶ者は本国にもいなかった。

 そして、殺し合いが始まる前にこんなに穏やかな気持ちになるとも思わなかった。

 コペルニクスが短杖を抜いて時が満ちるのを静かに待っている。洗脳された部下もこの場で倒すつもりなのは明らかであり、そんな決断の出来るコペルニクスは旅の道連れとしては悪くない相手のようだった。


あとがき


 ブクマありがとうございます。


 二、三日前に出来るはずだった物がここまで日数がかかってしまい悲しいです。皆様の健やかなる日々をお祈りいたします。


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