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第103話 孤剣 その四

 騎士団統括部はしつこいらしい。オレとしては正気にもどる可能性も考慮して、倒した後に魔法陣の圏外に運んでくれるよう洗脳を逃れた警邏隊の三人に頼んだわけだが、やはり騎士団統括部のふたりは洗脳ではなく正気を保ったまま我ら枢密院一行に害を為そうとしていたらしい。

 ザリバという名を出した瞬間、自らの信念で動いていたと判断できたようで、


「確保」


 と警邏隊によってこの二人は捕まった。


 ザリバ・エーゲレス、前騎士団統括部長の名前で、サーバの国政会議において我らによって捉えられた宰相派の主要人物であった。


 正気に戻れた数少ない警邏隊のふたりは最善を尽くしてくれたと思う。正気にもどってもまだ本調子にならない体調の中で、真っ先に動いてくれたのが確保してくれた二人だったからだ。

 だが彼らが魔力を封じる手錠を嵌めようとした瞬間、統括部の二人が体当たりをかまして魔法陣の中にダイブした。青白い光がいきなり彼らを襲い、警邏隊のふたりは再び洗脳されて騎士団統括部の二人とともに、向こうに向かいだしてしまった。


 千鳥足である。


 まだ間に合うとオレが思った時には、規則正しく投じられていたボール系の各種魔法の弾幕が厚くなった。

 オレが断ち斬ってた魔法陣もすぐに修復する。忍者刀なら斬ったら斬ったままでつながることもなかったのかもしれないが、オレのアーサー流ではこの魔法陣を押さえ込むことは出来ないみたいだった。

 だが召喚魔法陣を展開したなら魔法陣ごと機能停止できるが、これは召喚魔法を使う気がない以上言っても詮のないことか。

 それにしてもせっかく正気に戻ったのに警邏隊の人も一部奪われてしまったのが痛かった。これでまた向こうは余裕をもった運用が可能になると頭の中で再計算をはじめると、おい、と後ろで枢密院殿の声がした。枢密院殿が助かってる警邏隊の人たちに声をかけたのだ。


「お主らはもう魔法陣に入るな。先程までとは最早ちがう。おそらく魔法陣に触れればたちどころに洗脳されるぞ」

「わ、わかりました」

「あとは儂らに任せておけ」


 枢密院殿が余力のない洗脳の解けた皆さんにそう告げていた。


「それで用心棒よ」

「はい」

「余力はどれぐらいある」

「敵の前では言えませんよ」


 そう言いつつ後ろ手にパッパと指を開き、五本を二回で十割あるので万全ですと伝えた。


「ぬう…………」


 枢密院殿の唸り声が聞こえた。

 演技派である。隠して伝えた甲斐があるものだと思ってボール系の魔法を斬ろうという意気込みで、技倆及ばず弾いていると、唸り声がまだ止まないので、枢密院殿が本気でそう思っているのだとオレは知った。

 それでも無力化までは行かずとも弱体化させることには成功してるわけだし、警邏隊の方ふたりを洗脳されて奪われても、それでもまだ均衡を崩されたわけではない。


「枢密院殿、聞こえますか。入り口です」

「いや」


 まだ枢密院殿の耳には聞こえないようだ。だがオレには聞こえる。

 誰かが来た。また援軍か。

 入り口に新たに殺到してくる足音が重なった。ひとりふたりではない。この足音の重なりぐらいからして、十数人はいそうだ。


 オレは視界の端にアルバスト達をとらえた。

 奴らはまだこちらを見ながら話し合っている。

 手の内を剥かれているのか、攻略法を談じてるのか、その詳細はわからないが、相も変わらず取りに来たはずの深紫の闇をとりにゆく様子もないので、何を考えてるのかがわからなかった。


 いや、取りに行く必要がないのか?


 そう思うと、取りに行かないのはある意味当然とも思えた。そもそも喚べばすぐに戻って来るセプティリオンをわざわざ取りには行かぬという話だ。

 王都の魔法陣に介入でき、意図した者を深度一に潜らせることが出来る手段は、どう考えてもエルフであるアルバストに出来るわけがなく、出来るのは奪われたリアの召喚獣、セプティリオンということになる。


 そして召喚獣は召喚主の意に沿って動く。こっちに来いと口にすれば、すぐにでも来てくれる。だから取りに行く必要など全くないのだ。


 ここでセプティリオンを使ってるからソマ村では使えないと判じたのであろうか。極小の機械の群体であるセプティリオンをアルバストは分けて使いこなしてる…………。もしそうならコペルニクスに伝えるべきか。


 いや、嵌められてるのか?


 この時間のかけ方もオレが国政会議の場で悲鳴を聞いた際に何を言ったのかを、きちんと調べ、嵌め手として用意してきたとも考えられる。むしろ放置してこちらの手札を晒させる方がセプティリオンの使い方としても有用に思える。


 小太郎が、トンと召喚の場を叩いた気がした。しかしオレは黙って受け流した。小太郎は泥沼だぞと言いたいのだろう。だが深紫の闇の中身に関して小太郎の意見は聞いたが、オレの人生を生きるのはオレである。見解の相違を確認できない以上、今のこの流れで小太郎の意見に乗る気はない。

 本当に必要なら小太郎ならば言葉にするだろうし――。


「いや、オレが調べればいいのか」


 なるほど、合図を送ってみたわけか。


「枢密院殿」

「なんじゃ」


 オレは背中で深紫の闇に向かっても良いかと伺いを立てた。

 しかし返事は来ない。駄目、ということらしい。そして枢密院殿が言葉にしない以上、アルバストそれと匂わせるようなことも言いたくない、となる。

 こそっとした声が届いた。


「魔法士団の統括部連中はテロリスト達に報告していない。コペルニクスの正体は奴らにはバレていないのじゃ」


 納得した。この場はライムの魔法士団としてコペルニクスが取り仕切ることが前提なのだ。


「わかりもうした。こちらが動けば魔法士団統括部につけ込む隙を与えるわけですな。不許可の秘奥の間での行為を勝手に行った、と」


 オレが枢密院殿に振り返ると、枢密院殿は首を振った。


「ちがうのですか?」

「それだけでは足りん」


 階上から駆けつけてくる足音がまた一段と大きくなった。


「む」


 枢密院殿も気づいたようだ。その足音はもはや隠しようがないほど大きくなっている。

 枢密院殿が今この時に伝えるしかないと、声を通常にもどして言った。


「むしろこの場にいる全員が喜び勇んでお主を殺しに来るぞ」


 それはここに向かってくる集団も含めて言ってるのだろうか。言ってるのだろうな。


「返り討ちにしては?」

「疲れとるから儂に判断を仰ぐようになっとるくせによく言うわ。己のして来たことと今の自分の発言とで、自分がどんだけ弱っとるか、それぐらい把握せい」

「参りましたな。枢密院殿はオレの父親じゃないんですから」


 思わぬことを言われて、思わぬ減らず口が出た。

 まずいと思った時には魔法が飛んで来てた。慌てて剣で明後日の方にはじきかえしているが、きちんと枢密院殿を狙っているから、オレに回避という選択肢はない。これだけ考えても囮は囮、囮から抜け出せないのだ。



 ふう。



「誘いにもこんな形でしか乗ってくれませんぞ」

「なかなかイヤらしい奴らじゃの」


 そう枢密院殿が仰った途端にサンダーボールが飛んで来て、統括部としては返事をする暇すらなくしたいようだが、それはアルバストの狙いではない。オレも枢密院殿に心配の声を聞かされて気がついた。

 オレの心配をしてるのだという体を取りつつ、アルバスト達の狙いはオレの体力を削ることだ、と枢密院殿は伝えてくれてたのだ。思えば異界渡りで小太郎に教えを請うた時、真っ先に指摘されたのが妹を守るためにお前は何日間不眠不休で戦えると、そう問われたことを思い出した。その状況が正にこれなのかも知れない。


「一度は親指を切り落とされたのじゃ。無策で来るほど血の巡りの悪い奴らなら、テロなどしないといったところかの」


 枢密院殿は変わらず、恐るべき忍耐で物事をジッと見極めていた。



 ◇



 つぶやいたハロルドは周辺視から対象視に切り替えて、今は自分の従者、ヒューを視ていた。

 本命と言うべき敵のテロリスト達は、未だ事態を動かさず、じっとヒューのことを観察している。やはり星読みの塔でヒューに手酷く痛めつけられたことが地味に効いているようだ。自分たちからこちらに手を出す素振りがない。

 秘奥の間は箱が広く、幅が六〇メートルはあろうとも、アルバスト達との距離はわずか二十五、六メートルぐらいしかない。離れてるとはいっても、この程度ではいったん開戦すればないも同然の距離だ。魔法の撃ち合いなら絶妙な距離となるだろうし、事実、こちらの様子見をさせている統括部の連中には、魔力を消費しないよう初期魔法で攻撃をさせている。


 これは魔法ならばヒューからの反撃はないと考えているのだ。


 王都の民と同じように魔法陣に魔力を吸われて、魔気を動かすことも出来ずに剣で耐え忍んでいると、そう見えているのだ。

 だがそれは見立て違いである。儂が指示を出したのだ。

 いや、確かに、儂から魔法は使うなと指示は出したが、いざとなったらこの男は使いかねんとも儂は思っている。

 今でも思っているし、思っていたと言うのが今の状況でもあった。


 ヒューの体調は深刻だ。

 今は気が張ってるから疲れを感じてないが、これを一瞬でも敵に空白を開けられたら、おそらく途端にヒューは疲弊する。

 そもそもソマ村からこっち、奴は魔法を使いすぎなのである。普通の魔法使いならとっくに魔力不足で一歩も動けなくなっててもおかしくないものを、それをまぁポンポンぽんぽんと高位の魔法をこれでもかと使いおって、いや、使わせてた儂にも非はあるが、それにしても高レベル魔法のオンパレードである。


 特に光速移動はエグい。


 あの光速移動はこれまでの常識を覆している。サマースと労力を分け合っていたとはいえ、途中までは小隊と、王都までは道場の先輩と儂を含めて光速移動させて、ソマ村からふたりで運びきりおった。

 しかもワイバーンの移動速度に遅れぬよう無理をさせてしまったという自覚もある。

 やはり魔力枯渇に追い詰められる前に、魔法は禁じるべきなのである。


 魔法がなくてもヒューにはまだ剣があるという側面もある。元々はアーサー道場に通う剣士なのである。しかし剣があっても本来なら休ませろという話である。そのことに気づいているのかいないのか、今も儂の目の前でヒューが魔法を左右に打ち分けている。


 だがその剣もいよいよもってキレがなくなってきた。


 負傷もしているし、その負傷を手当てする暇もないのが地味に痛い。魔法を禁じてるからポーションか薬草がいるのじゃが、それを渡す時間を敵は与えてくれない。ならばヒュー自身による光魔法による治癒がいちばん手っ取り早いのだが、しかし、ヒューは未だ儂の言いつけを守っている。

 これらの状況から敵に魔法が使えないと思わせる偽装をやめ、ここで魔法の解禁を言い渡そうとしたら、それを先読みされて否定されてもしまった。

 本人としてはまだ余力を残してるつもりなのであろう。


 困ったものである――。


 一つの傷であっという間に均衡が崩れて全滅する部隊を、儂は数多く見た。

 特にライムの魔法士団と騎士団がフォルテの攻廷騎士団を相手に模擬戦をした際に、われらがライムの魔法士団と騎士団がわずかな綻びを突かれてあっという間に総崩れになったのを何度も見た。

 そこから鑑みると、ヒューの顔をえぐったあのファイアボールの傷で、彼奴がその場に崩れてもおかしくはないのだ。


 今はいい。今はまだいいのだが、それでも魔法を叩き落とす動作に弛緩した様子がある。

 喋りながら動くことがもう…………、キビキビと出来ないのだ。先にも述べたがソマ村からボヌーヴ川堰堤付近の戦場、それから王都に入って星読みの塔での連戦。

 やはりいくらなんでも戦いすぎだ。

 そのうえ桁外れの移動距離でもある。改めてこの王都への移動はヒューとサマースの従者二人におんぶに抱っこであった。

 そもそも連絡兵だったらソマ村から王都にかけてオスニエル王子の裏切りとテロリストの一報を入れた時点で、お役御免である。あとは旅の疲れを癒し、国府からは莫大な恩賞を与えられることだろう。


 メッセンジャーなら情報を伝えたらそこで仕事は終わる。ポーターなら人を運びきったらそこで仕事は終わる。

 然るにこの男は何人分の仕事をここまでこなしていたことになるのか、戦闘も含めれば恐るべき過剰労務と言うべきだろう。


 ヒューは連絡兵どころか移動と連戦の連続である。その間もずっと頭を悩ませて落とすべき落とし所に落とし込んでいる。

 ソマ村の時点で休ませるべきだった。

 しかしそれをしたら王都が急襲されるのを見逃すことにもなっていた。この魔力を剥がされて動くことすらままならなくなった王都を、何もわからぬままにテロリスト達の蹂躙を許すことになっていた。


「ぬう。儂も何か出来ればいいのじゃが」

「ふっ」


 ヒューが鼻で笑いおった。


「なんじゃ。お主がいくら孤剣を(かこ)おうとも、最早まったく笑えぬ事態じゃぞ」

「いえいえそうではなく、お味方のいない枢密院殿が、国政会議にはじめてお味方を求められた時が懐かしいですなと、そう思いまして」

「懐かしい? 懐かしむほど昔ではないわい。それがなんじゃ」

「枢密院殿には剣がふた振りも付き申した」

「ふん。ひと振りはここにないがの。これを事由にお主も見捨ててもよいのだぞ」


 せめて最後の力を残すことにはなれたかと、王都に入ってから戦闘で魔力は使わせない方向で基本来たが、それがここに来て幸いになった気がする。

 いかに疲労困憊で移動と連戦の連続であったとしても、光速移動の一つや二つの余力は残しているはず。

 いや、それとも足下の魔法陣に魔力を吸われて、こやつも実は魔法を使えない状態なのか?

 自分で疑問に思って、こいつが魔法を使えないわけがないと思ってる自分に笑ってしまう。


 ヒューのためにもコペルニクスには頑張ってもらいたいところだ。

 そのコペルニクスからハンドサインが来た。

 魔法陣を、青白い光を指差している。


 魔力、封印、供給、吸収、洗脳、三倍と、そこまでわかったか。

 最後に三倍と来るとなると、敵はこの魔法陣の強度を任意で決められるようだ。一倍から三倍、一気に負荷をかけでもされたら、それだけで倒れるかもしれんな。

 しかしさすがはコペルニクス。

 戦闘中のこの短い間で、よくぞここまで敵の手の内を暴いた。

 警邏隊では深紫の闇に手を突っ込むと切れると、そこまでしかわからなかったが、やはり魔法陣その物を解析できる人物は強い。だがそのコペルニクスを持ってしても、未だ魔法陣に喰い込んだ元凶、深紫の闇に関しては調査が難しいらしい。

 報告に含まれていない。


 つと、ヒューの声が聞こえて来た。


「オレは枢密院殿が初めて求められたお味方でしょう」


 先ほどの会話のつづきのようじゃ。


「そうじゃの」

「そんな味方に見捨てられたら、折角その歳まで生きてこられた晩節が台無しになりますぞ」

「お主は…………、お主自身が晩節になるよりかはマシであろうが」



 ふと前を向けば――。



 色とりどりの魔法がこちらに向かって飛んで来ている。王都民はこの城塞都市にはびこる魔法陣によって魔力を吸われて立ち上がることさえ億劫そうな人々ばかりなのに、こいつらテロリスト組はそうやって手に入れた魔力を湯水のごとくオレにぶつけて来ている。

 新たな戦力も、もうすぐそこにまで来ている。それが儂にもよくわかっている。

 それを此奴はずっと薙ぎ払ってきたのだ。


「疲れはせんのか」

「はて」


 魔法陣から青白い光が伸びてくる。レジストできるのかもしれないが、そんな能力があると敵に情報を与えるのも癪なのか、ヒューはひょいとよける。

 そして儂に答える。


「疲れるというのは生きてる証拠です」

「そうじゃの」

「オレはいつも魔力を奪われて疲れている妹を見ている。妹は四肢がなくとも、目が見えなくとも、それでも懸命に生きている。生きているのです」

「うむ」


 メイドのカーラから聞き及んではいたが、言葉のかけようがないほど苛烈な話であった。



 ◇



 枢密院殿が押し黙ってしまい、オレは敵の火の粉を払いながら視界の端にアルバストの姿を捉えた。

 アルバストはすかした顔をしてこちらを眺めている。

 そんなリアの四肢を奪った輩が、深紫の闇の奥にリアのセプティリオンを隠し持っている。それだけではない。自身の咒札かなんだか知らないが、アルバスト自身もリアの召喚獣を死蔵している。ソマ村で戦った際に使えぬと言ってリアの召喚獣をしまい、その後使おうともしていない。

 それを使いたくて使いたくて仕方がない、焦がれている者がいるというのにだ。

 自分の物となるはずだったものを横から奪われた者がいるというのにだ。

 しかも召喚獣だけでなく自分の身体も、召喚陣を介して持って行かれた者がいるというのに、使えぬと平気で言うその神経が気に入らぬ。

 四肢もないまま眼も見えぬままに、来る日も来る日も召喚陣を研究している女子(おなご)がいるのだ。


 アルバストはすましてこちらを観察している。

 (はら)の底に(くら)(おり)が溜まるような気もするが、こちらの感情を敵に見せるつもりはない。

 それは耐えに耐えてる思惑を開示することになる。

 我ら兄妹の秘めた思いはそんなに軽いものではない。


「だから言えませんよ、そんなこと」

「なぜじゃ。なぜ言わぬ」

「言わないのは、生きていく意地です」


 枢密院殿が後ろに控えたまま、オレに何の反応も返してこなかった。

 降りかかる火の粉を払う。くそ、初級魔法ばかりだ。だが後ろに通すわけにはいかない。オレは黙然と統括部のぶつけてくる思惑とそのいやらしさを、ただひたすらに味わわされていた。


「その若さで命を散らすこともないのだぞ、ピュ-」

「放っておけるわけがないではありませんか」


 伝えたいことはあったが振り返ることは許されなかった。敵の攻撃はつづく。足音は今にもこの秘奥の間に姿を現しそうだ。その最中にもヒューの脳裏にかつての自分とあの日の枢密院殿のかおが脳裏を過った。


 あの顔を忘れることはない。


 あの顔は我らと同じであった。

 お仲間を求められた時の、八方道が塞がった時の枢密院殿のあの顔が、異国暮らしを命じられてオレとリアとふたりでフォルテを出るものと肚を括ったその時に重なるのだ。

 あの時は、オレたち兄妹にアンナさんが手を挙げてついて来てくれた。あの時の嬉しさと心強さをオレは忘れない。


 枢密院殿はどう思ったのだろうか。


 いや、騎士団ではなく、アーサー道場の練習生をそのまま従者としたのだ。オレが感じたような嬉しさを覚えることはあるまい。心細さを噛みしめたに違いない。さぞ不安を押し殺して国政会議の場に臨んだことであろう。


 だが不思議だ。


 枢密院殿からすれば頼りない従者であるオレだが、オレの心持ちとしては、リアを守る心境にも似たものが今この戦いの最中(さなか)にも胸のうちに湧く。


 孤剣だろうが孤独だろうがやるしかないのだ。


 ――オレは用心棒なのだ。


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