第101話 孤剣 その二
「シットスミス、どうだ」
「…………」
「構わん、話せ」
「切れては繋がる、切れては繋がる、その繰り返し」
「本当か?」
「本当だよ上役ー」「こいつの光の探索魔法は問題点を照らし出すー」「ましてや今はー」「…………」
「あー、わかった。そうかそうか」
「本当にわかってるのかー? 技倆で斬ったんだぞー」「親指はまぐれじゃないってことだぞー」「下手な振りしてやることはやるぞー」「…………」
そんな声が聞こえて来た。いや、聞かせてきてるようだ。
向こうはそれなりに納得しているようだが、こうもあっさりとこちらの手の内を剥かれるとは思わなかった。忍者刀なら繋がりはしなかったのかもしれないが、剣なら魔法陣の流れに寸断程度しか出来ないだろう。
オレは視界の端に、にぎやかし四人組の一番右端にいる無口な男、シットスミスとか云うふざけた呼び名をコードネームにしている者を視た。
オレのアーサー流をある意味見切った男。
だがその男は手柄とも思ってないようで、ただ淡々とにぎやかし組の中で沈黙を貫いていた。
それにしても光魔法にはあのような使い方もあるのか。
オレは光魔法にあのような使い方が出来ることをまったく知らなかった。
しかしやられっぱなしでいるつもりもない。オレはオレで奴らの手の内を剥く。
つなぎ直すのにおよそ一分弱。正気にもどった警邏隊も再び操ることは出来ないようで、その点は想定外だったらしく奴らはこっそりと慌てていた。
正気にもどった警邏隊の三人が魔法士団のすぐそばまで後退して、残ってる仲間を見守っている。その内の一人が小さく口を開きかけたので、オレも気になってさりげなく背後に眼を配ったのだが、そこではコペルニクスがもっさりと動いていた。どうやらフェンリルの団長殿は動けない振りして、この状況の根幹である深紫の闇に近づこうとしているらしい。
しかしあの遅々とした歩みではフェンリルというより亀である。
だが問題はそこではない。
問題は敵か味方か。
止めるべきか止めないべきか。そこが問題だ。
味方ならば、オレの加勢をせずに深紫の闇を優先したわけで、それはまぁ原因へ向かうためなのだろうが、敵ならば、オレが洗脳集団にその内やられるものと見切って、まっさきに深紫の闇を回収しにかかったと、そうなるわけ、か…………?。
待てよ。
ならば何であいつはアルバストの目を掻い潜るようなことをしてるのだろう。トロい動きでわざわざそんなこと、別にしなくても良いのではないか?
ちがう。そうじゃない。洗脳された振りをしてゆっくりと動いてるのだ。
これならば使えない洗脳相手として無駄に命令を下されることがない。
事実アルバスト達はオレのことを監視しつつも警邏隊をふたたび操るための準備で咒札を用意しているではないか。
コペルニクスは戦力として勘定されてないのだ。洗脳が失敗したと見なされている。だが完全に失敗したとまでは思われてないようである。
そのギリギリのラインを狙ったのか?
――ハハハ。
そうか、そういうことか。
つまりは枢密院殿が正しかったということか。
コペルニクスはコペルニクスで自分で洗脳を防いでみせたのだ。
ならばアルバスト達はなぜコペルニクスを嗜めない。自分たちは安全地帯にいつつも深紫の闇由来の人心操作でオレを襲わせつづける以上、それが前提であるはずだった。しかし現状ならば、自分たちの作戦の肝の近くに失敗した洗脳体がいないよう、出来るだけ遠ざけるべきだと思うのだが、それをする気配もない。
もしかしたら優先順位が奴らの中でも思わぬ形となっており、その間に入って来たイレギュラーをどうにかするまではオレを疲れさせるのが狙いなのだろうか。
イレギュラーはオレか?
オレは一度、降霊召喚でにぎやかし四人組を一蹴しているし、考えてみたら、ヒュー・エイオリーの姿でも深度一に対応し、奴らの間では勇者という認識も少なからず向けられている。
ふむ。
となると脅威の排除を優先して戦力のあるうちにオレに集中することにしたのか? 確かに良い手だとは思うが、それならそれでコペルニクスを一顧だにしていないのは何故か。手札の内と考えるなら、孤立していようが遅い動きだろうがこちらに向けるべきだが、配下の四人とも目配せも合図も交わしていない。
ましてやコペルニクスが居るのは秘奥の間の中央。深紫の闇があるあの位置は自分たちの作戦の肝だというのに、あまりにもその肝を大事に扱う様子がない。
誘うか。
向こうの狙いとオレのわずかな挙動。奴らが何を優先させるのか。
オレが足先を一瞬だけ援護に向かう気配を匂わせれば何かが――。
「お前も戦え」
食いついた。
アルバストが確信に満ちた口調でコペルニクスに命じている。やはり配下なのか?
魔法士団統括部はすでに奴らの手に落ちてる。魔法士団が団長といえども落ちていてもそこに不思議も意外性もない。副団長のクレツキは思い切り宰相派であったし、その上司の団長ならばどの派閥に属するかは推して知るべしだ。
だがコペルニクスは動かない。
それどころか咒札をコペルニクスへのラインに乗せて発動させようとしている。洗脳を重ね掛けしようとしてるのだ。咒札から魔法陣に沈められた魔力が、魔力光を放って魔法陣のうえをひた走りに走っている。これを中てさせてはいけない。
斬る。
そのつもりで魔法陣に剣を突き立てようとした時、光が弾けた。
魔法陣を走っていた光は影も形もない。完全に中空に散逸し、最早その欠片も周囲に見出せない。
「ぬ?」
「偽装せい」
枢密院殿が短く、オレの後ろからそんな事を言った。オレはそのまま剣をひるがえして魔法陣に斬りつける。
結果は変わらんが、これで奴らにオレが自分たちを襲った物を防ぐついでにコペルニクスの魔力光も防いだと、そのように見えればいいなと思った。つまり枢密院殿は、コペルニクスは奴らの手に落ちたと、そうアルバストらに誤解させるためにオレにひと芝居を打たせたのだ。
コペルニクスが実際に防げたかどうかは知らない。
うずくまったコペルニクスが全く動きを見せなくなったので、洗脳がかかった可能性もある。しかし動かないからこそ我らには胡散臭い。だが、
「ようやった」
と枢密院殿からお褒めの言葉をこっそり頂いた。なぜ誉められたのかがわからないでいると、コペルニクスが左手を魔法陣にくっつけたまま、微妙に親指をサムズアップしてるのに気がついた。
操られてる素振りを醸し出すため力なく床に座り込んではいたが、手はベタッとさせていなかったはずだ。
それが今はそんなハンドサインを出している。
これはコペルニクスが動けるのに動いていないことを意味する。つまり魔法陣からの攻撃をコペルニクスは自らの手で防いだと、そう裏打ちがなされたことになる。
これでハッキリした。
枢密院殿が言う通り、コペルニクスは洗脳されてないし、ここでは味方のようだ。枢密院殿の言は確かに本当だったのだ。
そして枢密院殿がこのタイミングで偽装しろと仰ったからには、オレにこのまま囮役をこなして的になれと暗に指図してるわけだ。枢密院殿が敵味方のあらゆる動きを見逃しているはずがない。
オレが向かうつもりであった深紫の闇にはフェンリル魔法士団の団長をやるから、団長が何かをつかむその時まで辛抱しろと、時間を稼げと、それを敵から興味を引かれてるオレがやれと、そう命じられたのだ。
随分あっさりと難しいことを注文する。
「断るか?」
「まさか」
それは用心棒の仕事を放棄することを意味するではないですか。
いいでしょう。
辛抱することには慣れてます。
オレが眼を薄くしぼって全体視に切り替えると、おーおー、目の光りもないのにオレを見て襲いかかるという衝動のみでゆっくりと向かってくる警邏隊の方々がいた。
彼らはオレのすぐ近くにまで来るとようやく人並みな動きを披露するらしい。急に動きが速くなった。だがその動きは警邏隊で鍛え上げたはずのその技を忘れ、呼吸を忘れ、てんでバラバラな息の合わない集団行動であった。ただ命じられるままの攻撃をオレに仕向けてくるだけだ。
「無駄なことを…………」
そう思った時、つと思った。
思えばオレも彼らと似たような者ではないかと。
オレが今ここに居るのは弱いから――。
何かに破れたからここにいる。
全体視には、警邏隊だけでなく、魔法士団統括部や騎士団統括部の面々のすがたも映っているが、彼らもわかりやすい。わかりやすいだけにそれはないだろうという思いも湧き上がってくるのだが、オレは彼らに白眼視されていた。
その眼には意思がある。
どうにも彼らの様子を見ていると、彼らの白眼視に対して、お主らはサーバという国をオスニエルにもたらすためならばテロリストにすら協力を仰ぐのかと云った反骨心がむくむくと育って来るのだ。おそらくあの辺りが正気組の一角なのだろうが、そこにオレは反応して、一方的なその評価に不満を感じて思わず戦闘にのめり込んでしまったらしい。
襲ってくる警邏隊の方々を、今までと違って少々乱雑に処理していた。
振り返るとオレはフォルテでもそうだった。
オレの異界渡りは、母さまの息子ということで期待をされていた。母さまが未来をもたらし、その息子はどんな勇者スキルを手に入れたのだろうというワクワク感が会場全体に拡がっていた。だがそのお披露目の席で、オレが得たのは変身スキルであり、これが証拠だと自信満々に蠅になったことで、敵を殲滅するどころか逃げ回るためのスキルだと腐されることとなったのだ。
針の筵であった。
王子であるのに、久々の異界渡りだったのに、その成果がこれなのか、行かせる意味があったのか、そういった白眼視。
言葉もないまま幾人もの貴族が祝賀会から出て行き、それまで第三后の門閥であった貴族たちも派閥から抜けていった。
これらの人の流れは召喚魔法に始まって特殊スキルで止めを差したのだろうか。
そんな人を見るような眼ではない眼を向けられ、島の周囲からすっかり水が引いたような、王子という地位だけが高い陸の孤島にオレは孤立したのだ。
その時と似たような目がオレに向けられている。
騎士団統括部、魔法士団統括部からの目は冷たい。
正気であろうがなかろうが、オレを見る目はゴミを見るような目だ。
オレは敵からそういう眼を向けられるほど、いったい何を重ねてしまったのだろうか。
サーバという国は、今はまだアート王を頂点に戴く国のはずである。それなのになぜ――。
反骨心を抱いてはいけないのだろうか。
口にせずとも邪魔と思われてるのだろうか。
敵と思われてるのか、バカと呼ばれてるのか。
とっとと死ねと思われてるのか。
味方であって味方でない。
ここでもそんな感じになってるのだろうか。
なってるからこうなってるのだ。オレは自嘲した。
そういえば自治領に流れ着いてからはどうだったであろう。
捨て扶持で養われて、白眼視する気配に苛立ち、前途に望みを見出せない不遇感に心を押し込まれつつ、それでも敵の姿を掻い潜らなければならぬと息を顰め、ひっそりと力をただただ蓄えていた。
そうだ。
敵の姿もわからずに息を顰めて月日を過ごし、家族を背負い、どうにか命を繋いできたのだということをオレは忘れてはいけない。なにしろ敵は、十になったばかりのまだ幼さの残るリアから手足を奪い、両の眼を奪い、それでも足りないとばかりに未だリアから赤い糸を通して魔力を奪っているのだ。
その度にリアは苦しみ、抜かれる魔力をどうにか埋めようと病床で戦い、そのまま深い眠りについてやり過ごすのだ。
リアの青春とは何なのだろう。
リアは、妹はオレ以上に苦しんでいる。
だがリアはオレに泣き言をこぼさない。
星読みの塔で枢密院殿のお花摘みに、たった一度つきあっただけでもあれだけ大変だったのに、リアは日々の生活をその状態で過ごし、そんなリアの心持ちを思うと、我が妹は本当に強い女子なのだと改めて思う。
リアはこれが自分の人生だと思ってるのだろうか。
だがオレがリアに与えてやれる生活はそれだけでしかないのだ。それ以上をもたらしてあげられないのが現実なのだ。
辛く、先の見えない日々。しかもアンナさんの助けがなければ、もっとままならない環境しか整えてやれないわけで――。
オレは、オレのことをまかり間違っても強いなどと思ってはいけない。慢心してはいけない。
操られた者などいつでも排除できると高を括っていたが、オレの強さとはしょせんそんな程度の物なのだ。
歪められ、ねじ曲げられた道をまっすぐに立て直す力もない、そんな存在なのだ。
だがリアは毎日耐える。
眼がなくとも物事をよく視る。
四肢がなくとも手持ちの手札で事に当たる。
人生は試練の連続で、青春は忍従の連続。
そしてリアが苦しめば逆に利する者もいる。
それはそう、我らを嵌めた敵だ。
そしてその敵はリアに詫びることもなく、今なお奪った召喚獣を使い倒して、リアのことなど一切気にしない。
だから――。
だからオレに余裕を持つ余裕などないのだ。
敵は人への配慮などまったくしない極悪非道な存在である。今も目の前には洗脳された人たちが群れをなしてオレへと近づいて来るではないか。
これが平常なのだと思い知れ。
オレが強いからどうにか出来るのではなく、オレが弱いからこの事態に陥ったのだと己を弁えろ。
無駄打ち、無駄玉、残し物、余り物、それが何だ。それはオレなのだ。
アルバストはオレの上を行ったから、あの女エルフはリアのセプティリオンを手にしているのだ。それが直裁だろうが間接だろうが、セプティリオンを所持するだけに足ると認められなければ召喚獣を所持することなど出来はしない。
無駄というものは人の心を挫く。
だがオレが試されてるのは、きっとそこなのだろう。
無駄になるのかならぬのか、結果の如何にかかわらず文句を言うことも顧みられることもないままに、オレがやらねばならぬのだ。目的を聞かされず、結果を求められず、結果も報されず、ただただ足下を走る魔力光をコペルニクスの下に行かせず、洗脳された集団を自分に引きつけるだけの囮役。
そんな作業のくり返し。
だがオレが心を押し殺して警邏隊の人たちを相手にしている今この時も、アルバスト達の眼がオレから外れることは一瞬たりともない。こんなつまらない作業のような状態になっても、オレはジッと観察され続けるのだ。
ああ、こんなオレだが――。
こんなオレだが、無駄な事の成否はこの孤剣にかかっていた。
オレがいま撃退したこの警邏隊の人が何人目の警邏隊の人なのかは知らない。だが傷を負わせても、倒しても、転がしても、彼らは治癒され、また立ち上がってくる。その度にオレは警棒をかいくぐって蹴りを入れたり、壁に吹き飛ばしては死体を踏み越えるようにまたやって来る警邏隊の人たちをあしらったりする。時には正面から外れて同士打ちを誘ってみたり、警邏隊の人にわずかに残る味方への攻撃は中止するという、そんな本能を利用して極力彼らに配慮をする。
「ぬん」
そんな間隙を縫うように魔法陣にも攻撃を加える。もしかしたらコペルニクスにも影響は出てるのかもしれないが、割とうまいこと魔法陣の循環は阻止できてると思う。
枢密院殿からは、良いとも悪いとも声がかからない。おそらく枢密院殿はコペルニクスに集中してるのだろう。それを妨げてはいけないこともよくわかっていた。
オレがこうして防いでる間にコペルニクスは秘奥の間の中央後方で…………。
何をやっておるのだ、あの男は。
何があったのか知らないが、いつの間にかコペルニクスは魔法陣のうえに膝を突き、その身を屈めてまるで何かの影に隠れるような感じで、そろりとアルバストらの姿を窺っていた。まるで密林の中にでもいるような立ち振る舞いだ。
――だがあんなところに木はないぞ。それどころか遮る物のないすっからかんの魔法陣の上である。
フェンリル魔法士団の団長がやることにしては、いささか間抜けな行動であろう。団長という肩書きと、王都の街中で一度クロック・ストップを喰らってこのオレ自身が破れていなければ、とてもではないが信を置かずに、気でも触れたかと疑ったことだろう。
何かがあるのだ。
だが何があるのだ。
魔法陣の上には深紫の闇があるだけではないか…………。
あ。
間抜けにもオレ自身もコペルニクスにたばかられていたようだ。
そうか、そういうことか。…………そういうことだったのか。
コペルニクスはちょうど紫の闇を盾にして、アルバスト達の視界から見えずらい位置に位置取りして身を隠していたのだ。
「ふっ」
我知らず吐息がこぼれた。団長は団長であった。オレからすれば何もない見通しのいい場所にしか見えないところなのに、まるで密林にでもいるようにあんな行動を取るとは、恐ろしく気合いの入った隠形である。
あれはオレが声をかけた途端に破れる。そんな隠形だ。
だがそれをしてるということはコペルニクスは我らが裏切るなどとは毛ほども考えていないのだ。
統括部の連中にも深紫の闇に真正直に近寄らないことで、魔力を吸われて正気を失ったと見なされるように絶妙なところに位置している。そういうところでも欺いているのだ。
やるな。
心に気合いを入れようではないか。
枢密院殿の手持ちの札が一枚しかないのなら、無駄な的役も黙ってこなそうではないか。
オレは道化のように統括部やテロリスト達の視線を集めながら、願望を口にすることもなく、ひたすらに警邏隊の皆さんを押し留めよう。魔法陣に走る魔力光を斬ろう。
いや――。
斬れ、斬れ、斬れ。
オレの孤剣は無駄ではない。的になる価値があるのだと、それを今ここに示すのだ。
当方は一期一会な方にぶしつけなお願いをする気はなく、それなのに会ったこともない当方に、このお話に付き合ってみようかなと表明してくれた方に失礼を働いてしまいました。お礼も言わないなんて選択肢は当方にありません。
前回のあとがきで申し上げるべき御礼でしたが、へろへろになってて気づくこと能わず申し訳ありませんでした。改めまして、ブクマありがとうございます。