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第1話 闇夜の魔法対風魔の忍術

 道場での剣術の練習が終わり、道場生達は全身から滝のように流れる汗をぬぐいながら井戸端へと向かった。道場生達は練習の終わりにいつも必ず汗を流す。おかげで先生の家の庭先は若い男の放つ汗の匂いで、貴族の庭としてはありえないほどの若い男の生臭さで溢れる。

 熱心な先輩や剣を習い始めたばかりの子供達は、練習時間が終わっても熱心に居残って自主練習に励むが、オレはその姿を横目にしつつ、帰宅組の中に混じって汗を流すために井戸端へと向かった。

 そしてオレ、ヒュー・エイオリーは同い年の十七歳で仲の良いサマース・キーが頭から水をかぶってるその姿を見つけて声をかけた。


「帰りに飯でも喰わんか、サマース」


 サマースは聞こえてないのか、返事もせずにまるで犬のようにぶるぶる頭からかぶった水を振り払ってる。水切りを終えてから、ようやくその目が胡乱げにオレを捉えた。


「ヒューか」

「ああ」

「すまんがタオルを取ってくれ。目に水が入る」

「よかろう」


 それだけ水切りをしといてまだ水が目に入るのかと、オレは師匠のアーサー先生が井戸脇に常備してくれてるタオルを、サマースに放ってやった。サマースはサンキューと礼を言いながら瞑った目のまま器用に受け取って、嬉しそうにごしごしと顔を拭いた。力強い拭き方をするのでタオルの方が痛みそうだ。

 そしてサマースは満足したのか、タオルを首に巻くとオレに尋ねた。


「しかしヒュー、いいのか? いきなりで」

「どういう意味だ?」

「だってほら、お前、妹さんが大変なんだろう」

「ああ、それか。大丈夫だ。メイドさんがついている。それにたまには予定外の行動もせんとな。妹に怒られる」

「ははは。妹さんが怒るか。強いんだな彼女は」


 実はメイドさんと一緒になって妹のリアには怒られるのだが、それは言わぬが花であろう。こうして習いたい剣術も少ない金を工面して、オレを道場に通わせてくれてるのである。怒られると云うことをサマースにこぼした時点で怒られそうだが、これ以上詳細に説明したらサマースにも弱味を握らせることになるし、ほどほどの度合いで道化を演じる今ぐらいが丁度良いのである。

 これが本国に伝われば、それだけ危険度が下がる。


 まぁ理由は知らないだろうが、オレの妹の四肢がないという話をサマースは聞いているようだった。だから迂闊に遊びに行くとも、会わせてくれとも言えないでいるのだろう。道場で初めて出来た友達である。そこらへんはサマースならいつ遊びに来てもらっても構わないのだが、サマースの方に抵抗があるか。

 となるとリアとアンナさんを外に連れ出さないと会わせることは叶わないわけだが、さすがにダルマーイカ自治領に流されてひと月足らずのうちに、リアを衆目の目に晒すのには抵抗がある。


 まあいい。


 いつかは女どもにも会わせなければとは思っている。今はそれだけで充分だ。


「つまりあれだ、なかなかに女には頭が上がらぬと云うよくある話だ」

「それはけしからんな。辺境とは言え、戦はしょっちゅうある。小競り合いなど日常茶飯事だぞ」


 バチリとウインクされた。


 なるほど。家族との会話などは小競り合いと云うことか。辺境とかいうくせに小洒落たことを言う。しかしオレは妹に小競り合いなどと云う感情は全く持ちあわせていない。むしろ逆だ。


「あー、戦いを求めたら平穏でっていう、よくある話でもあるな」

「何だお前、戦いを求めてるのか?」

「魔法使いが剣術を学びたいと思うぐらいにはな」

「あー、まぁ人には向き不向きがあるからな。お前のその前向きなところは買ってるよ」

「なんだかオレは弱いと言われてるような気がするな」

「田舎道場じゃ充分な強さだと思うぜ。でもお前、都落ちだろ?」

「いや、それを言われると辛い物があるな。よし、ますます今日は飯を喰いながら飲む必要が出来たぞ。付き合え」

「む。持ち合わせは少ないぞ」

「大丈夫だ。安くてうまい飯を喰わせてくれる店がある」


 まぁ、メイドさんに教わったのだが──。

 それは言うまい。


 とりあえず、剣士は飲むことより腹の足しになる物を好むのはわかってる。しかしオレももう十七歳になった。酒の一つぐらい飲めるようにならねばならぬ。風魔の里では十五の子供が酒を嗜んでたぐらいだ。

 飯と酒、どちらが自分に合ってるのかを知るのも、また修行であろう。


 理由を付けただけだ。腹減った。



 それにしてもサマースはよく喋る。饒舌な人とは、こういう人のことを云うのだろうか。食べれば食べるほど気前よくこの国のことを教えてくれ、飲めば飲むほどサマースという自身のことを教えてくれる。しかし飲み喰いしながらの女子(おなご)の話にはいささか参った。

 話の取っかかりはオレだった。


「言葉遣いを直せとか無茶なことを云うので困ってる」


 そう告げたら、妹さんとメイドさんの言う通りだと逆にサマースに肯かれてしまった。


「お前の言葉遣いはかしこまってて、貴族とか王族みたいなんだよな」


 そう思いきり指摘されてしまっては、オレとしても二の句も接げない。妹とメイドさんに指摘されてるのもまさにそこの所なのだ。


 どうしたものかと返答に困っていると、それよりもどこかに娘しかいない貴族の話は聞いたことないかだとか、どうにかしてそういう家に転がりこみたいだとか、サマースが次男坊だか三男坊だか知らないが、長男に生まれることの叶わなかった者の悲哀をここぞとばかりに相談されてしまった。そして、生き馬の目を抜くような生き急ぎ感というものを存分に見せつけられてしまい、ライムという国はこういう国なのかと少々面食らった。


 人には悩みがある。


 その流れでサマースから、お前は兄弟で何番目だと訊かれて、七男坊だと答えたら、いかにも気の毒そうな眼をして、それで都落ちかと妙に納得もされた。

 オレとしては実際は都落ちどころか国落ちなのだが、そこは触れない。酔ったサマースの声は大きい。この大きな声で喋りつづけられたら、こちらの素性などあっという間にこのダルマーイカ領内に轟いてしまう。

 だからオレが実はフォルテ王国の第七王子で、フォルテ王国からの人質としてライム王国に送られ、ライム王からも使いどころがないと困られ、属国のサーバのサーバ王に押しつけられ、妹の状態を耳にしたサーバ王からも手に余る物件として、ダルマーイカ自治領に追いやられたなどと、そんな身の上話をサマースのように面白おかしく大声では言えなかった。

 もしも素性をこの場で明かしたら、オレたち兄妹はそれはもう辺境の噂話としては垂涎物のおもちゃとして扱われることになるだろう。


 それは世間知らずのオレでもさすがに勘弁してもらいたかった。


 そして益々調子を上げたサマースが、大きな声で盛んにオレを励ましていた。

 話を聞いてみると、七男坊というのは、それはもう絶望的に家を継ぐようなことはないらしい。


「そしたらお前、よほどの剣の遣い手になるしかないが、お前は都落ちだ。女もそういう目で観る。ましてや七男坊なら財産なんか塵ひとつ無い」


 俺より大変だぞと言わんばかりに、飲め、と酒を勧められた。

 いやまさに仰る通りだった。

 なので勧められるがままにワインをぐいと煽ってみたが、ワインとは果物の汁のようだ。こんな物では酔うことなど出来まいと思い、サマースに合わせてその後はぐびぐび呷った。


「一緒に嫁を捜そうな。でも気に入ったのは俺が先にもらうぞ」


 と、サマースがオレから勇気をもらったとでも言いたそうにして、その無骨な手で肩をバンバンと叩いてゴキゲンに宣言してた。

 オレとしては、わかったわかったと頷いておいたのだが、オレの返事などサマースにはどうでも良いようだった。

 まぁ肩もバンバン叩かれ、無事サマースとは気心の知れた友人となれたようだし、それはそれで達成した感はあった。


 しかしサマースの言の一部を否定させてもらえるならば、そもそもオレは結婚などする気がないと云う事だけは強調しておこう。

 わざわざサマースの話の腰を折ることもないので存分に語らってもらったが、そもそもオレは妹の四肢を取り返さねばならぬ身だった。

 母も死んだし妹を嫁に出さねばならぬ身でもある。

 そんなオレが結婚などをしたら、妹のリアの世話をするたびにリアに文句を言われるようになる。女っ気がない今でさえ、せっかく異国に来たんだから自分の面倒などでなく、仲良くなった友達と飲みに行けと云われる始末なのだ。


 オレはフーッと息を吐いた。

 世は難しい。

 辛い思いばかりをすると人は人に対して優しくなるらしいのだが、妹とメイドさんに言わせるとオレはその度が過ぎるらしい。

 別に兄貴が妹のために、動けぬ妹の名代になるのはおかしな事ではないだろうに。

 召喚魔法で知らぬ間に贄とされた妹なのだ。

 王族の血だ。嵌めた奴は強力な召喚魔法を手に入れたことだろう。

 オレはその仇を討つために、妹の各身体の部分を取り返すために、名代となろうとしてるのだが、このことは兄としてはごく当たり前のことだろう。何故なら妹にはもうオレしかいないからだ。

 こんな事を言ったらまた妹とメイドさんに怒られてしまうが。



 オレは存分に飲み食いした後、サマースと別れて家路についていた。このダルマーイカ自治領に来てからひと月、豪農の納屋に帰るのも慣れたものであった。

 火照った頬に、歩く速度で抜けて行く風が気持いい。オレは親友となったサマースとの飲食を思い出しながら気分良く農家の納屋に向かってただただ歩いている。すると月がぼんやりとした明かりをそっと降ろして道を照らしていた。見上げると月はひとつ(かさ)を持っていた。


月暈(つきがさ)か……」


 暈の光が緑から黄色に移ろって、赤になり、また緑になった。

 ダルマーイカ自治領の月は美しかった。

 この月の光景を、今はまだ目の見えない妹にも見せて上げたいものだとオレは思った。そのためには妹の両目をいつの日か取り返して上げねばならぬ。

 月の暈は、闇夜を歩くオレたち兄妹の道標のように思えた。


 その光景をよく見て妹に説明して上げようと、地平はどうなってるかと視線を下にさげてみると、美しい光景にはあまりにも無粋な黒色が農道の外れにあった。


「闇魔法か。あからさまだな」


 こんな美しい月夜に、闇魔法で周囲から隠しているのである。しかも街から外れた農道しかないこんな場所で、である。

 一瞬小太郎を召喚しようかと思ったが、召喚したら文句を言われるだろうなと思い直した。()の地とこの地の時間は同じ流れにある。こちらが夜なら、あちらも同じ夜のはずだった。召喚した瞬間、え? 嫌だよ。俺もう寝るし、と断られるのは呼び出すまでもなく目に見えていた。


 まぁ、このぐらいなら自分でやるか。


 夜の戦いは小太郎からも教わった。オレと妹の悲願のためにも場数は踏んどいた方がいいだろう。それにこのケースは、小太郎から学んだ技術を試すのにも最適な場になるかもしれない。


「よし」


 考えはまとまった。その間にも、時折闇魔法の効果範囲から抜け出てしまうのか、めくれ上がったウールのスカートから女の白い生足が飛び出して来る。襲ってる者の姿は見えぬが、女が襲われてるなら相手は男だろう。

 近づくと魔気が切れてきてるのか、闇の濃度が薄まっていた。


「待て」


 オレが闇の中に声をかけると、屈み込んで女の胸元を探ろうとしていた男が目を見開いて驚き、素早く立ち上がった。その動きが敏捷そうだった。

 それから倒れたまま起き上がれない女を隠すように立ちはだかると、無言のままにオレを睨み上げた。男は左手に抜いたままの剣を下げたままであり、戦うことも辞さないと暗に訴えていた。二十三、四の若い男だったが、月明かりに露わになったその顔を、オレは知らなかった。


「物盗りか?」


 男の構えをオレはじっくりと観察した。未だ黙ってはいるが、男には逃げる意思は微塵もないようだった。仕留めた獲物を、ほかの男に奪われまいとしている我欲に正直な獣のように気負っている。


「返事がないところを見ると、怨恨の方か?」


 女子(おなご)にこっぴどく振られて、力尽くで物にするという粗野な振る舞いが、このライムという国では、いや、辺境のダルマーイカ自治領ではまかり通ってるのかも知れない。

 そうなるとこれはもう放っては置けない。自分には四肢を失ってる美しい妹がいるのだ。抵抗する女を剣で斬った上に、尚も抵抗した女を気を失わせるまで追い込み、その後躊躇うことなく女子(おなご)の胸元をまさぐるような、こんな野獣を野放しには出来ない。


「貴公」


 オレのことを品定めした男が突然に口を開いた。口調は横柄である。狩った獲物を取り上げられて堪るかと云った口吻(こうふん)である。


「余計なことに首をつっこまぬ方がいい。通りすがりの異国者なら、そのまま通り過ぎるが良かろう」


 オレはムッとした。警告のつもりだろうが、悪事を働く者から頭ごなしに説教されるほど落ちぶれた覚えはない。


「左様な物言いをされると、余計に首をつっこみたくなる(たち)でな」

「何?」

「そうですかと言って、このままこの場を見捨てて立ち去るわけにはいかんな」

「邪魔立てするか?」

「闇魔法も地に落ちたものよ。さっき女子(おなご)の胸元に手を突っ込もうとしておったな。答えはないが、見たところ強姦魔のようだ。邪魔をする一択しかないようだ」

「後悔するぞ」

「左様か」


 男の身体が素早く動いた。先手必勝、男は横にそれて薄まった闇をオレの方へとけしかけたのだ。

 闇につづいて足音がする。牛車や馬車が重い荷を引いて通る、こんな踏み固められた農道で、そんな下草だらけのところから不意打ちをかけても、どこにいるかは丸わかりである。

 オレが闇に入った瞬間、斬りかかって来た。だが半歩退いて躱すと、闇の中に身を置いたまま、闇が止まるまでその中にトントンと追いかけて闇の中にあえて踏みとどまった。


「貴公、何のつもりだ」

「なってないな。月明かりの下で闇魔法だなんて怪しんでくれと言ってるようなものじゃないか」

「そうか」

「忍者は闇に溶ける。こんな風に」

「忍者?」


 ヒュゴッと闇の中から音だけがした。

 その時には男は目に鋭い痛みを覚えていた。まるで何かが目に突き刺さってしまったような、酷い痛みだった。


「ぐあっ」


 男が呻いて闇雲に剣を振り回しはじめた。鋭さはあったがそれは最初の内だけで、すぐに目の痛みに意識を奪われ動きが鈍った。

 そこを背後に回りこんで男の頸筋に忍者刀を()てた。


「貴様、闇の中で」

「動けるさ。忍者とはそういう者だ」


 右目の痛みで首を右に傾げて痛みに耐えてるのだ。右から回ればオレの姿など追えはしない。しかも風下にまわってるから風の音がオレの立てる微かな物音を背後に押し流す。痛みに呻いていては聞こえやしない。


「貴様の闇魔法が自分だけを味方すると思ったら大間違いだ。それで、まだやるか?」


 男はすぐには返事を出来なかった。どうにも信じられぬらしい。

 だがいくら考えても音もしなかったはずだ。いつ背後に回られたかもわかるまい。その葛藤が刃筋を通してオレの手に(ふる)えとなって伝わって来た。

 オレは頸筋に()てた忍者刀を少し押し込んだ。


「このまま引けば死ぬ」


 男が息を飲んだ。それから言った。


「それではどちらにしろ死ぬのではないか」

「あい、いや、そういうわけではない。貴様が女にまだ狼藉を働くなら斬るということだ。逃げる分には追いかけはせぬ。引くか、引かぬか、どっちだ」

「わかった。引く」

「よかろう」


 言ってオレは男の尻を蹴って、オレの来た街の方へと蹴り飛ばした。つんのめって四五歩ほど離れたが、また剣を構え直す気配を見せたので、


「すぐ医者に診せぬと毒があるから目が見えなくなるぞ」


 と告げた。


「潰れてないのか?」

「潰してはおらぬ。急いだ方が良かろう。もっともそれよりもオレとやるという事を選ぶのなら、次は斬る」

「貴公、何者だ?」

「名乗るほどの者じゃない」

「ふん」


 男は鼻を鳴らして後ろに下がった。左目を押さえたままである。


「そなた、余計なことをしたな。言っておくが、その女にかかずらうと、ろくなことにならんぞ」

「それはオレが判断する」


 男は尚もじっとオレの風体を確かめると、不意に背を向けて足早に遠ざかって行った。街の明かりの方へと消えて行くその後ろ姿は、闇魔法の使い手のくせに破れて光の下に出向くという、何とも形容しがたい皮肉であった。


 オレは今なお倒れてる女の元へ駆け寄った。背嚢を背負ってたらしく、旅支度した女だと言うことはわかったが、ウールのスカートを履いて下女のような格好をしていた。しかしその格好に対して、手にしたナイフを見、訓練を積んだ女なのだとわかった。

 旅支度で真っ先にナイフを取りやすい位置に用意する女はおるまい。

 しかも一人旅をして来たと、そういうことになる。


「ふむ。こんな人気もない農道をか」


 オレは不穏な物を感じたが、まずは手当てが先だった。女はうつぶせに倒れ、その美しい横顔を月明かりに照らされて目をつぶっていたが、オレが屈み込んだ気配に気づくと、目を開いてそのまま起き上がろうとした。


「ぐ」


 血を吐くような苦悶が女の口から洩れた。女は自分のスカートがめくれるのも構わず左足を畳んで下草を踏みつけると、左手の肘で上半身を起こそうともがいた。右手にはナイフがある。そのナイフをしっかり握り締め直そうと懸命になっていた。


「味方だ。先の奴は追い払った。安んじるが良い」


 女の目がオレのことを値踏みした。だがその目に汗が入る。目を動かすだけでももう大変なのだ。


「必ず助ける」


 そう言うと女の身体から一気に力が抜けた。女はまた下草のうえに頭を落とした。呻き声だけがつづいている。

 オレは女を抱え起こすと素早く傷を調べた。皮で補強した袖口が裂けて、右の腕が二カ所ほど斬られていた。だが皮の袖口のおかげで傷は浅く、女を倒すに至った傷は、左肩に斬りかかった一太刀のようだった。かなり重い傷のようだった。血が肩から胸元にかけて流れこんでいる。


 オレは腑に落ちなかった。


 この女はあの闇魔法の使い手に対して、かなり手強く抗ったようだった。そして男の方も容赦のない剣をこの女に浴びせた。

 どうも強姦を目的とするには、女の準備が襲撃を前提に準備をしてるようにしか見えないのである。


「すぐに手当てをしてやる。なに、家はすぐそこだ。安心いたせ」


 オレは女の肩口に、道場で使ったタオルを押し込むと、肩を貸して歩かせることは傷口があるため出来ないので、背負うことにした。

 ヒントをくれたこの女子(おなご)の背嚢は、しばらくここで待っていてもらおう。なに、またすぐに医者を呼びにここを通りかかることになる。その時に持ち帰るからジッとしていろ。


 しかしこの女子(おなご)を匿いでもしたら、またメイドさんに怒られるような気がした。こと人の世話に関しては、オレは異界渡りをしてる時はまるっきりメイドさんの世話になってるので頭が上がらない。


「平穏を求めたら戦いでっていうのも、またよくある話、か」


 力が抜けて軽くなった女子(おなご)を背負うと、ずるりと落ちそうになった。これは遠慮をしてる場合ではないな。オレは女子(おなご)の腿と臀の境目辺りに手をやると、きちんと女子(おなご)を背負った。

 その時思ったのは思いも寄らぬ女の肉感さや柔らかさと云ったものではなく、妹とは違って足がついてるというのは背負うだけでもこうも違うのか、ということだった。でもやはり、思ったよりも肉感的だ。

 間近で吐き出される吐息が頸筋にかかり、この女の若い身体が発散する匂いもあるので、あらぬ誤解を受けるのは間違いないところかと閉口した。ましてやこの若い女子(おなご)を背負うような姿をリアとアンナさんの目に留まらせてしまったら、ここら辺でも一悶着あるのだろうな──。


 さて、家に帰ったらどうやって女どもに事の顛末とこの事を言いくるめようかと頭を捻りながら、オレは重い荷物を背負って家路についた。

 背負った女子(おなご)の重みが、ろくなことにならんぞという男の声を思い出させた。


見つけて頂きありがとうございます。ダブルもありますので更新頻度は遅くなると思いますが、楽しんでいただけるよう頑張ります。

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