初めましてができました?
見た目と味がチグハグな果実を食べ終わった後、私は何だかとっても眠くなってこっくりこっくり船を漕ぎ始めてしまった。まだメインのお肉みたいなものも、主食らしいパンも食べていないのに眠くて眠くて仕方なくフォークを握ったままテーブルに片手をついて身体を支える。
4人の男達はそれすらもジッと見つめているものだから何だかとても居心地が悪い。まさか薬でも盛ったのかとも思ったが考えてみれば私が気を失う前は夕方だったし、それに現在窓の外も少しずつ日が暮れてきているのだ。眠いのは仕方のないことだと納得もできる。
だがかといってこの場で寝れるかといえば全くもって無理な話で、現在机の下で思いっきり手を抓り意識を保っているのが現状です……。
い、痛い痛い眠い痛いいt…ねむ眠い眠い眠い。
えーっと、こういう時は確か羊を数えるんだっけ? ……えーと羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹、羊が……あれ? これって眠れない時にやるやつじゃ?
「£&₽ksndhaikansn」
しかしこの状況を見兼ねてかシエンが唱えた言葉を合図にお付きの人と共に部屋を出た。その後何故か知らんが風呂に入れられネグリジェのようなものに着替えさせられそのまま元の部屋に戻された。考えなければならないこととか沢山あるはずなのに身体はいうことを聞いてくれなくて意識を保っていられない。
そして何もかもされるがままだったが流石に限界を感じそのままベッドに倒れこむように横になり眠りについてしまったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜〜
「あの子は眠ったか?」
真っ暗な部屋に淡く光る金の瞳は三日月を作り出す。
「ええ、ぐっすりと。それにしても天井から現れた時は驚いたね。まさか私達の待ち人が普通に扉を開けてやってくるなんて想像していたかい? まぁ扉の位置は異様だったけどね」
「ふふふ……本当に。開いた口が塞がらないとはこのことだね。二百年生きてやっとわかったよ」
「そんなことよりも これで本当に大丈夫なのか?まともに会話もできないんじゃ、あの子の不安も大きいだろう」
「心配いらない。こちらの食べ物を食べ名を交換したから少しずつ不和も調整されるはずだ。かなり警戒されてたから食べてくれるか心配だったが」
「そうだね……けど名前は真名ではないだろうね。僕の龍鱗が反応しなかったもの」
「解決しなければいけないことはまだまだ沢山ありそうだな。けれど、俺たちはこの子を愛するだけだ」
「そうだね。今はゆっくりおやすみ、僕らの愛しい番」
月明かりに照らされて4人の美しい顔が浮かび上がる。夕月を囲むようにして現れた4人は夜が更けるまで夕月の側を離れなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝
「ふあ~……なんか、すごいよく寝た気がする〜」
寝ぼけ眼をゴシゴシしながら目覚めた夕月は大きなあくびを一つ。ここ最近不健康な生活をしてたからなんだか良質な睡眠を取れたようで気分もいい……って違う! 私ったら敵か味方かもわからない人にご飯貰って風呂も借りて終いにはグースカ寝てたなんて! なんたる失態、自分が恥ずかしい!!
ガバッとベッドから降りた夕月は頭を抱えて回り出す。今日こそはしっかり警戒心を持ってあたらなければと意気込み気合を入れる。
ちょうどいい時に扉がノックされ、夕月は今度こそどうぞと声をかけたのだった。
「失礼致します。おはようございます、お妃様。今朝の御気分は如何でしょうか。朝食の前にお水を変えてきましょうか」
「おはようございます。いえ、水は大丈夫です。それよりも昨日私気付いたら寝てしまっていて……」
「いえいえ、私共は少しだけお手伝いさせて頂いただけで殆どご自分でしていらっしゃいましたよ。お疲れだったのでしょう、四天獣の皆様もゆっくり御休みになって頂けるようにと仰っていましたので」
「してんじゅう? ……ん? 何か大事なことを忘れてるような……って言葉がわかる! なんで!?」
驚愕の表情を見せる夕月にクスリと笑ったその人は続けてこう言って見せた。
「それにつきましても四天獣の皆様からお話があると思われます。さあ、まずは着替えて朝食に向かいましょう」
そうやって彼女? 彼? に促され綺麗な服を着せて貰ってまたあの部屋に連れて行かれたのだった。
部屋には既にあの4人が集まっており、小さくおはようございますと言えば彼らからも同様におはようと返ってきた。
一体どういうことだ? どうして寝ているうちに言葉がわかるようになっている? これが所謂補正っていうものなら昨日のうちにして欲しいものだと内心納得いかないわ腹立たしいわで忙しかったが大人しく席についた。
「さて、改めて自己紹介をするね。私の名はクォルツ。四天獣の一人にして東の守護者だ。そしてギルバートは北を、シエンは南を、ハルディオは西を守護している。色々順を追って説明していくがこの中に君に危害を加えようなんて者はいないから安心してほしい」
柔らかな金の目に見つめられ一番の懸念事項は見透かされてしまったらしいことがわかった。けれども安心しろと言ってできるほど単純な奴だったらここまで警戒したりしない。信用するかどうか彼らのこれからの行動次第だという意味を込めて夕月も返事を返す。
「……ユエと言います。初めまして。色々お聞きしたいことは沢山ありますが、とりあえず不可抗力とは言え勝手に侵入したことを深くお詫びします。それと寝床と食料を分けて頂いて感謝しています。本当にありがとうございます」
「ユエ、そんなに硬くならなくてもいいんだよ。君が突然現れたのには勿論驚かされたけど、私達にとったらとても喜ばしいことだったんだから」
ニコニコと微笑むクォルツは機嫌がよさそうにそう言うと同意を得るかのように残りの三人を見渡した。
腕組みをしてこちらを見ていたギルバートが代わって口を開く。
「兄上、彼女は説明を聞いて納得するまではよろしくするつもりはないらしいぞ。早く話してあげたらどうだ」
「まあまあギルバート兄上。クォルツ兄上も彼女とお喋りしたかっただけだよ。ごめんねユエ、皆君に会えて舞い上がってるんだよ」
パチリとウインクをするシエンに返す返事が見当たらずしどろもどろしてしまう夕月をよそにハルディオはテーブルに肘をつきながら話し始めた。
はじめに話されたのはこの場所の成り立ちについて。内心そんなことよりも何故いきなり言葉が通じたのかとか、夕月はどうしてここにいるのかとか聞きたかったのだがそこはおとなしく聞くことにした。
「……昔この世界で最も大きく力のある国家が4つ存在した。それらは隣接するように存在し小さないざこざを繰り返しては領土拡大のために尽力した。気候も文化も全く異なる4国だったが、信仰心の厚さはどれも目を見張るものがあった。彼らはそれぞれ別の神を祀っていたがその違いもあってか過去最大規模の戦争が起きた。今までにないほど苛烈で甚大な被害を受けた4国はそのまま破滅の道を行くかと思われたがそこに天から4匹の獣が舞い降りた。獣は人に姿を変えそれから長きに渡り国を見護り、再び争いを起こさぬよう国民を諌めた。その4匹の獣を人々は四天獣と呼び平和の象徴として崇めた。それが我々だ」
ハルディオの言葉に誠心誠意集中して耳を傾けたが途中からファンタジー感が満載で脳が拒否し始めたんだけど。え? 人間離れした顔立ちだなぁとは思ってたけど……今からでも逃げたほうがいいかな?
「……そんな顔しないで、ちゃんと全部説明してあげるから。四天獣のお陰で国は平和になった。争いも少なく実りも豊かになり人々は感謝した。けれど人とは生きる時間の流れが違う四天獣は次第にお互いだけで生きていくのが辛くなった。自分達を地上に遣わせた神々に願い彼らは共に生きていける存在を望んだ。同じ時を生き命を育める存在……花嫁をね。すると天はこの世界ではないどこからか僕ら四天獣に合う花嫁を探し出し連れて来てくれた。そして四国の丁度中心地に宮を作り、共に生き老いて死んでいった。それがここアストリビアだよ」
「けれど、彼らの死後また新たな四天獣が産まれた。その亡骸からな。そうやって今まで産まれては国を護り花嫁を得て死ぬことを繰り返して来た。しかし問題が起きてきた。我々に合う花嫁の不足だ。残念ながら時とともに我々神獣に合う花嫁はどの世界でも減ってきているらしい。以前は四天獣それぞれにいた花嫁もいつしか二人に一人、そしてついには四人に一人と花嫁の数は減っていった」
「だけど問題はそれだけではなかった。以前は私達が成獣になる頃に現れていた花嫁も、数の減少に伴い出現が遅れた。私達と唯一時を共に歩める者の不在はどうしても心を痛める。私達の心が乱れれば国も荒れる。だからこそ私達はずっと待っていた……私達と時を同じくする花嫁をね」
口を閉じた四人の視線が夕月に突き刺さる。
皆が夕月の口から出る言葉に耳を傾けようとしている。待ち望んだ花嫁、これからを共に過ごすと信じて疑わない目に夕月は何を思うのか。