表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第九話・どっかにいけ

 その日の昼休み。恵理香はクラスメイトの男子と「休憩」していた。彼、千崎は少年バスケクラブで活躍していて体格が良く、小学生にしては筋肉がついた男子だ。佐藤がいない小学校生活において、恵理香のお気に入りの男子である。


「ふうー。やっぱり飯の後の昼休みはこれだな!」


 そう言いながら保健室を出る千崎に続いた。すると、廊下で一人の大人の男を見かけた。


「あ、イケメン」


 おもわず口に出た。


 若い男だった。ネクタイをしめている姿は教師とかわらない。しかし恵理香はその男を知っていた。週に一度来る、スクールカウンセラーだ。確か、先週か先々週からこの男にかわったのだ。前は中年の女だった。カウンセリングの実力はどれほどのものだったのか、正確にはわからない。


 しかし、あの井締ラレルが度々相談にいっては泣きながら出てきたので、たいしたことはなかったのだろう。最もあの男の悩みを解決できるものなどこの世にいるはずもないが。


 あのブ男のことを考えたら気持ち悪くなってきた。ここはイケメンを観察して心を癒すべきだろう。


「ちょっと先にいってて」


 千崎は、特に疑問を持たずにその場を後にした。恵理香はいそいそと保健室の隣のカウンセラールームに入った。


 カウンセラールームにはソファーが二個あったが、生徒は誰もいなかった。


 普段どの程度利用者がいるのか、恵理香は知らない。親や友人の悪口を言いにきている人がいるということは聞いたことがあるけれど。


 お目当てのイケメン先生は窓際でクリップボードに挟んだ書類を眺めていた。清潔感のある爽やかな男だった。


「こんにちは。今日はどうしたのかな?」


「いや、別にどうってわけでも……」


 しかし、彼女はいくらイケメンがいるからといってどこでもホイホイ入っていくほど間抜けではない。恵里香は心に悩みを抱えていた。だからこそだ。





「これでラレルの安全は確保できた! さあどっからでもかかってきなさい!」


 殊音がビシッと構える一方で、小島その他いじめっ子たちはひそひそと話していた。


「安全なのかな?」


「なんか頭から突っ込まれてたけど」


「それはともかく! あんたたちはラレルになんか恨みがあるの!?」

 殊音はサッと話題を変えた。


「あ? 恨みか。……強いて言えば、やつの顔がきもいことだな!」


「そんなことでいちいちタマゴを投げつけに来ないで!」


「そうは言っても俺たちには大問題なんだぜ。なんとしてもそいつにはまた引きこもって貰わないと困る! そのためならどんな嫌がら


せでもするぜ! ほりゃあああああああああ!!」


 いじめっ子たちは奇声を上げながら、腐った卵を投げてきた。殊音は身体を左右にくねらせ紙一重でかわす。そしてその中の一つを手


でキャッチした。


「おかしいな。前にあったときに比べて随分気合い入ってる……」


「ちくしょう! 俺が全力で投げた卵を何故割らずにキャッチできるんだ!」


「こんなの簡単だけど? お前もやってみろ!」


 殊音は卵を投げかえしたが、その少年は卵を強く握りすぎて割ってしまった。中身が当たりに飛び散っている。


「うぎゃああああ! くせえええええ! 親父! よくもこんな凶器を渡しやがったな!」


 少年は自分の店の前に座っている卵屋に向かって叫んだ。


「ほっほっほ。ちなみにそれはサルモネラ菌が大量繁殖してるから猛毒だよ。つまり君はあと1分後に死ぬ」


「なんだとー!? それじゃあ俺は全身に蕁麻疹ができて死んでしまうのか!」


 こういって、少年は気絶した。


「もう卵ないぞ。しかしあの卵投げてなげかえされるのはいやだな」


 いじめっ子たちは仲間の無様な散り様をみてうろたえだした。一方彼等に凶器を与えた卵屋は不気味に微笑んでいるばかりだ。一体こ


の男は何を考えているのだろうか?



「おじさん、どうしてこんな酷いことするの? ラレルは何もしていないじゃない」


 殊音はその男に訴えた。


「君こそどうしてあんな気持ち悪い男を庇う」


 男はゆっくりと腰をあげ、殊音を見下ろした。


「何言ってるの? 当たり前のことじゃない」


「殊音ちゃん。私は、ここにいるみんなは、そのゴミ箱にいるゴミ虫が嫌いなんだ。嫌いなものに腐った卵をぶつける。これは人類誕生


以来行われてきた本能的活動なのだよ。それを止める権利は誰にもない」


「そんなわけないでしょ! 少なくとも卵ぶつける人間はそんないない!」


 卵屋は無視して続けた。


「あのね。人を守るっていうことは美しいことだ。だけど、守る人間は選ばなきゃいけない。人に害をなす人間を生かしても仕方がない


んだ」


「ラレルのどこが害なの!」


「その気持ち悪い顔は殺人に匹敵するほどの害だ」


「適当なこといわないで!」


「大げさではない。現に一人の少女が……」


「え?」


「いや、しゃべりすぎたな。そろそろ井締ラレルには退場してもらわねばならない!」


 周囲に背筋が凍るようなエネルギーが走る。商店街に来ていた人々が殊音の様子を冷ややかに眺めているのだ。


「ふむ。卵をぶつけて、いやがらせをしてやろうと思ったが、君はいやがらせで退くような子じゃあないみたいだ」


 そういって卵屋は自分の店から巨大な青いプラスチックの箱を取り出した。


「どうやら君を殺すつもりで戦わなければならないらしいな」


「一体何!?」


 卵屋はカチリと音を立ててロックをはずし、箱の蓋をあけた。箱の中から何か邪悪な妖気がほとばしるように感じられる。


「一年物の腐った卵だ。これを食えば一発であの世へ行く。名づけて地獄の卵(ヘルズエッグ)


「そんな名前つけて恥ずかしくないの!?」


「くらえ!」


 しかし、殊音はその卵を例の如く二つともキャッチした。


「馬鹿な!?」


「結局割れなきゃ同じことじゃない。一年ものの威力この目で確かめさせてもらうよ!」


 殊音はくるりとその場で回転し、周りにいた少年達に卵を投げつけた。


「ぶぎゃああああ!!」


「ぐぎゃああああああ!!」


 二人のいじめっ子少年はコンクリートの地面に倒れこみ、うめき声をあげながらゴロゴロ転がりはじめた。おそらくは一年ものの


あまりの臭みに耐え切れず、苦しみの絶頂を味わっているはずだ。サルモネラ菌やら何やらで身体中を犯され、この二人の命はおそらく


もういくばくもないだろう。そして死亡した後は腐った卵で死んだ少年としてワイドショーのヒーローになることは間違いない。


「さあ、こうなりたくなきゃ諦めて逃げな!」


 殊音が猛々しく構えると、小島をはじめ残ったいじめっ子たちは逃げ出した。


「ちくしょうおぼえてるなよ!」


「復讐されたくないからな!」




「これで残りはおじさんだけだね」


「フ。うっとうしいガキがいなくなってちょうどいい」


「もういっていいかな? 私達食料を調達しに山へいかなきゃいけないから。まあ迷惑料としてここの卵は貰っていくけどね」


「こんな腐った卵でよければいくらでも持っていくがいいさ」


「いるか! 店に並んでいるやつだよ!」


「そうはいっても、私の店に並んでいるやつはほとんど本来の賞味期限を何日も過ぎたものばかりだよ」


「な、なんだってー!」


「賞味期限詐称は業界の基本だ!」


 これを聞いて周りのギャラリーたちがざわつき始めた。この卵屋は最早終わりだろう。


「ふっふっふ。みんなには秘密だよ」


 もう遅い。


「じゃあ私が貰っていた卵はその賞味期限が切れた卵のさらに売れ残ったやつだったの!?」


「そういうことだ!」


「一体どれくらい店頭においていたの!?」


「それは言えないな! 一ヶ月から二ヶ月だなんて口が裂けてもいえない!」


 殊音は俯いた。彼女の二つの髪留めがカタカタ揺れだした。


「よ、よくも……」


 そして殊音は顔上げた。卵屋は、恐ろしい形相の殊音を見ているのだろう、一歩後ずさりした。


「よくも私に腐った卵をナマで食べさせたな! この詐欺師!」


「ナマで? 生で食べたのか!」


「ガス代がもったいないから!」


「お腹壊した?」


「壊してない! 健康快適! 毎朝快便!」


「じゃあいいじゃないか!」


「良くない! 腹壊してからじゃ遅いんだ! 消費者の怒り思い知れ!」


 殊音はコンクリートを蹴破るかのように跳ね上がり、卵が入った箱を飛び越え、卵屋の胸板のすぐ前で、身体を縮め全身のバネを使っ


て渾身のドロップキックを奴にぶち当てた。


「じゅばあああああああああああああああああああ!!」


 卵屋は数メートル吹っ飛び、自分の店の中の壁に激突して倒れた。一方殊音は華麗に宙返りして着地した。


「終わった……」


 しかし、卵屋は卵がならぶ金属の棚に手をかけ、よろよろと力なく立ち上がった。


「くそ……。何が消費者だ、ただでもらっていった癖に……」


 そういいながら卵屋は棚の下においてあった金庫に手をかけた。


「ガキが調子に乗りやがって……こうなれば貴様をこの秘蔵の卵で始末してやる……」


「!? まだあるの!」


「十年ものだ!」


「十年!?」


「これならば割れずとも悪臭を発生させつづける! 喰らえ!」


 しかし、殻ももろくなっていたので卵屋が握りこんだ瞬間に割れてしまった。


「ぐじゃじゃああああああ!!」


「自爆しやがった……」


 しかし、卵屋の親父が割った殻の中からは、悪臭も液体も出てこなかった。


「あれ、おかしいな」


「十年もたてば中身が乾いて臭いもしなくなるんじゃない?」


「そうか! ぜんぜん気づかなかった!」


「ばかみたい。私たち忙しいからもう行くね」


「待て! まだ勝負はついていない!」


 殊音はその場を立ち去ろうとしたが、自分の店の中でぶっ倒れているうるさい卵屋が不快に感じたようだ。彼自慢の腐った卵を箱から


取り出し、二三発彼の顔面にぶち当ててからラレルが入っているゴミ箱を開けた。するとバナナやリンゴの皮、野菜の葉っぱを頭に乗せ


た、あるいは体に巻きつけた、極めて不細工な少年が中から現れた。


「うわっ! どうしたのその格好!?」


「どうしたのじゃないよ! ここ生ゴミいれるゴミ箱じゃないか! これじゃあ卵ぶつけられるのと同じだよ!」


「ご、ごめん生ゴミ用のゴミ箱とはしらなかったの! 中に野菜の皮とかのゴミが入ってたから、食べ物用のゴミ箱だと思ったの!」


「それを生ゴミっていうんだよおおおおおおおおおお!!」





 さすがにそのままでは歩けないのでラレルはまた家に戻り、風呂に入って戻ってきた。


「ラレルってさ、街歩いてるといつもこんな風に喧嘩売られるわけ?」


「顔が気に食わないとかいわれたりして、知らないおじさんに殴られることはよくあるけど……」


「そうなの!?」


「だけど他に原因があるのかもしれないなあ」


「何か心当たりある?」


「ねえ、殊音。あのオジサンはひょっとしてロリコンだったりしないかい?」


 殊音は驚いた。そしてしばらく考えこんだ。


「ときどきお尻触ってきたり、ご飯をおごるかわりに抱かせてくれとか言ってきたことはあるけど」


「いやそれ思い切りロリコンじゃないか」





「先生たちから君のことはここに来る前から聞いていたんだ」



「ふーん」


 どうでも良いような返事をした。しかし、恵理香はこのイケメンカウンセラーに、自分がどのように伝わっているのか気になった。


「勉強もできて、スポーツもできるって。すごいね」


 恵里香はもっと別のことで褒めて貰いたかった。例えば「可愛い」とか「美人」とか。


 恵里香はモテる女の子である。だが、まだ小学生なためか男に直接容姿を褒められることはあまりなかった。


「今日はちょっと来てみただけ? でも何か悩みがあるならいつでも遠慮なく言ってね」


 カウンセラーがそういうと、恵里香は早速悩みを考えた。そうしてこの男と仲良くなりたかった。


 しかし、困ったことに恵里香の悩みは思い起こすだけで気が狂いそうになるものだった。


ちなみに卵は殻が無事ならば中身が毒になることはないそうです。

卵は丁寧に扱おう(-_-;

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ