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第五話・暴走

 ラレルは母親の計らいで

「あおぞら」に泊めてもらうことになった。


「ただし! いかがわしいことはしないこと!」


 殊音は鳴とラレルに念を押す。よほど鳴は殊音に信用されていないらしい。ラレルも年頃のせいか、元気なときは1日に10回以上発射するほど性欲旺盛なので、二人をほっといたらあっという間に一線を越えてしまうだろう。もしそれがばれたら、鳴が逮捕されたりクビになったりしてしまう。

 殊音にとってそれはかなり困る話だ。いかに彼女がしっかりしているとはいえ、小学生の一人暮らしが許されるはずがない。殊音は児童相談所か何かによって、もといた家に送り返されてしまうはずだ。


 ラレルは彼女の不安を察知して、童貞はもうしばらく取っておこうと考えなおした。この賢い少女が自分の両親の何が気に入らなかったのかは、ラレルには見当がつくはずもないが。


「わかった、わかった」

 鳴は殊音の説教にうんざりしていたようだ。殊音から顔をそむけ、ラレルに話かけてきた。


「ラレルくん、今日は私と寝ようかー」


「全然わかってない!」


 殊音が声を荒くすると、鳴は不敵な笑みを浮かべ、横目で殊音を見た。


「それじゃあ、殊音がラレルくんと一緒に寝るの?」


「え?」


 殊音は不意を突かれて、目を丸くする。


「あの、僕は別にここでも」


 小学生六年生にもなって、女の子と同じ部屋寝るのはまずいと思い、ラレルはリビングで寝ることを提案した。


「私の部屋でも良いよ。気にしないし」


「小学生同士なら捕まらないもんね!」


 ナルが笑って言った。


「あんたそういうことしか頭にないの? もう27でしょ?」


「心は14歳だよ」


「確かに中学生並だね」




 ラレルは殊音の部屋に案内された。二段ベッドと、タンスと、本棚と、勉強机があった。「なんで二段ベッドがあるの?」


 なんとなく気になったので、ラレルは殊音に聞いてみた。自分がここに来る前からあった、というのが返事だった。


「ラレルは上で寝てね。今、布団持って来るから手伝って」


「うん」


 ラレルは殊音と一緒に自分の寝具の準備を始めた。女の子には近くに立っていることも拒絶される自分と、同じ部屋に寝ることを厭わないどころか、その準備を手伝ってくれる少女がいる。その事実はラレルにとって感激であったが、同時に僅かな恐怖も生まれた。


「どうしてそんなに優しくしてくれるの?」


 小さな声で尋ねてみた。


「どうしてって、場所的に……」


 一瞬何のことかわからなかったが、ここはフリースクール、不登校の子供の受け皿なのだ。おそらくは他人に冷たくされてきた子供達が集まっている場所。優しさや人の温もりが教えられていることは当然かもしれない。 布団を敷き終わって、居間に戻ると、鳴の姿はなかった。


「仕事でしょう」


 殊音がいった。

生活が大変なので、家庭教師や塾講師のアルバイトもしているらしい。そのための予習などの勉強をしているそうだ。残された二人は寝るまでの時間、何をするか話し合った。夜七時過ぎ、普通の小学生ならテレビを見ているかもしれないが、殊音はあまりテレビはみないらしい。ラレルも普段はゲームばかりしていて、テレビ番組はほとんど見ない。見る番組といったらせいぜい深夜アニメぐらいだ。


「そうだ、ちょっと友達呼んでいい? 二人じゃ寂しいでしょ」


「友達って女の子?」


「そうだよー。男はラレルが最初」


 殊音が友人宅に電話をかけると、十分程で玄関のチャイムが鳴った。


「こんばんは」


 現れたのはラレルより15センチほど小さい少女で、紙袋を手に提げてきていた。


「は、初めまして」


 その少女はラレルの顔を見て、ぺこりと頭を下げた。ラレルも挨拶をした。そして殊音が改めて彼女を紹介する。


「この子は槻田舞ちゃん。10歳で、学年でいうと私達より一つ下。」


 舞は、殊音や鳴ほどに比べれば大分人見知りなようで、居間に来てもなかなかラレルとの会話は進まなかった。相手との間に沈黙ができることは多くの人にとって不快なことだが、ラレルにとってはむしろ心地よかった。そもそも口を開けば揚げ足を取られ、罵られる環境で育ってきたラレルにとって、沈黙は自然であり、会話は極めて異常な行為なのだ。しかし、舞を縮こまらせたままでは、彼女が可哀想だろう。殊音がわざわざ呼び寄せたのだから、悪い少女ではないはずだ。ラレルは勇気を出して、彼女に話かけてみた。


「あ、あにょ……」


 舌が上手く回らなかった。ラレルは助けを求めるように殊音の方を向いた。殊音は困った顔をしながらも、フォローをした。


「ごめんねー。ラレルはあんまり話すのが得意じゃなくて。でも、良い人なんだよ」


「わ、私も話すのは苦手だし」


 舞は返事をして、ごそごそと持ってきた紙袋から何かを取り出した。


「これ、親戚から貰ったタオルです。良かったら……」


「あ、どうも……ありがとう」


 ラレルはタオルを手に入れた。


「良かったねー」


「殊音ちゃんのもあるよ」


「あ、ありがとう……」


 女の子からプレゼントを貰うのも初めての経験。ラレルはまた嬉しくなった。タオル自体はどこかの旅館の名前らしきものがプリントされているだけで、貰って嬉しいものではなかったが。


「温泉旅行のお土産なんです。旅館のあちこちからいっぱい持ってきたそうで、うちにまだたくさんあるんです」


「持ってきたって、それパクって来たんじゃ……」


「私のは?」


「へ?」


 テーブルの近くにいつの間にか鳴が立っていた。


「私のは?」


 この女は笑顔で繰り返し尋ねた。


「ごめん、ナルのは持ってこなかった」


「えー!?」


 鳴が残念そうな声を上げ、それを殊音が不思議がる。


「そんなにこれ欲しいの?」


「欲しい!」


「じゃあ、私のあげるよ。いらないし」


 舞の顔が歪んだ。


「いらないんだ……」


 鳴は無邪気にタオルを受け取る。ラレルは鳴のその様子を見ていた。その際、一瞬彼女と目があった。


「うう……」


「泣かないでよー。謝るから、ごめんね」


「いいよ。私がこんなタオル持ってきたのが悪いんだから。どうせおしゃれでもないただのタオルだし、パクった奴だし」


 殊音はうつむいた舞の頭をなでていたが、既に舞の目には涙が浮かんでいた。相当傷つきやすい女の子のようだ。ラレルも舞をなだめることを試みた。


「こ、これすごく良いタオルだと思うよ」


 ラレルの未発達なおつむではこんなわざとらしい慰め方しかできなかった。殊音も語彙が貧弱なラレルを哀れむような目で見つめてきた。ところが舞は顔をあげて返答した。


「本当?」


「うん、一生大事に使うよ」


「え……」


 舞はまた俯いたが、それは嬉しかったからのようだ。そのせいで、ラレルは少し調子に乗り始めてしまった。「こんなに良いタオルは今まで生きてきて初めてみたよ! 実に良い触り心地だ!」


 そういってタオルにほお擦りしてみせる。


「そんなに気に入ってもらえてよかった」


 今度は顔をあげて笑顔になった。舞の頭にはラレル以上に単純な脳味噌が入っているらしい。


「今日からはこのタオルと一緒に寝るよ!」


「そしていつも持ち歩くことにする! 風呂も」


「これ以外のタオルは使わないよ!」


 こんな発言も、舞は真に受けているらしく、驚きながらもニコニコしていた。そしてラレルさらには勢いづくことになった。


「これこそ僕が長年求めていた至高のタオルだ! この素晴らしいタオルを侮辱することは許されない! こんなタオルがいらないなどといったのはどこのメスブタだ!」


 しまった! 「イケナイ事」を言ってしまったという感覚がラレルの中に走った。しかしラレルの口は止まらない!


「そんなこという豚はきっと自分の糞尿がかかった藁の布団で寝ているに違いないね!」


「このタオルの素晴らしさはゴキブリでもわかるのに!」


 金髪の少女から熱く鋭い視線を感じるが、ラレルは自分の暴言を止めることができない。普段しゃべることがないのに、いやだからこそかもしれないが、一度勢いがつくと自分でも止められないのだ。ただこの後の起こる危機を感じる感覚だけが先んじている。


「ちょっと、どういうこと!?」


 殊音が怒り出すと、鳴がまたでしゃばってきた。


「ラレルくんの言うとおりだね! こんな素晴らしいタオルの良さがわからないなんて殊音はどうかしてるよ!」


「はあ!?」


「このソフトな肌触りを体験したら二度と手放せないよ! これぞインド産最高級綿120%が生み出す奇跡!」


「そんな高価のものが旅館のあちこちにおいてるわけないでしょ!」


「綿120%なんだ! 知らなかった!」


 舞は驚いているが、もちろん120%なんてありえない。


「こんな高級品を送ってくれた舞には感謝するよー! やっぱり持つべきものは友達だよね、ラレルくん!」


「そうですね。やっぱり友人はモノを持ち寄ってこそだと思いますよ。何も持ってこない人はいらないです」


「ガーン」


 またも口を滑らせてしまったラレル。殊音もさすがにショックを受けて、席を立って走り去ってしまった。


「殊音ちゃんどうしちゃったの?」


 舞がたずね、鳴が答える。


「トイレでしょ」


「本気でいってるのか」


 とは言え、一番彼女を傷つけているのはラレルなので、彼女を慰めにラレルは部屋へ行くことにした。




「どうせ私なんて何も持ってない、藁のベッドで寝てる貧乏なメス豚だよ!」

「ごめん、そんなに傷つくなんて……」


「あれで傷つかなかったらマゾだ!」


「ごめんね。たまに意識が暴走することがあって、自分を制御できなることがあるんだ。ゴールド・エクスペリエンスに殴られたみたいに」


「そんな例えされても……」


「とにかく堪忍してくださいー」


「たまにいるよね。普段は口数少ないのに人の悪口いうときだけベラベラしゃべるやつ。」


 殊音が細目で呟いた。スーパーいじめられっ子のラレルはもちろん、普段大人しい子供達からも散々に悪口を言われていた。しかし自分も同じ穴のムジナだと知ると悲しくなる。


「まあ、別にそんな怒ってもいないし、許してあげる」


 こんなに簡単に許すなんて、頭の病気かと思えるぐらい心が広い少女だ。


「ただ、私は、何かラレルにしてあげられればな、って、ちょっと傷ついただけ」


「こんな僕にそこまで考えてくれるだけでも嬉しいよ!」


 全くだ。


「それに、殊音からもこれ貰ったしね」


 ラレルは着ている服の襟をつまんだ。この服はいじめっ子たちに濡らされた服の代わりに、殊音から貰ったものだ。彼女の弟のものだという。


「ああ……。それ、大事にしてね」


「うん」


 弟はどこにいるのか、聞きたかったが、聞けなかった。けれど、殊音が勝手に話し始めた。



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