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第四話・危険人物

「俺、生まれてこの方友達なんてできたことなかったから、母さん混乱しているんだよ」


 それでも殊音は顔を歪めていた。売女のように扱われたことがショックだったのだろうか?


 帰り道で先程の女の子達に会うことはなかった。しかし、行きと違って帰りはラレルと殊音の間で会話は少ない。


 緑色の屋根の「あおぞら」まで戻って来ると、西の空が赤くなり始めているのが見えた。


「ラレル、」


「え?」


 そこまで来たときに、殊音が話しかけてきた。


「ん、んと、ラレルはカレー好き?」


「好きだよ」


「そう、良かった。私頑張って作るからね」


「わざわざありがとう。こんなに人に優しくして貰ったのは初めてだよ……」


 ラレルは目に涙を溜めていた。


「そんな大したことじゃないでしょ!」


「でも、家族以外と食事するのは初めてなんだよ。家族とも、もう何年も一緒ご飯食べてないし」


「そ、そう。お父さんもお母さんも忙しいの……?」


「いや、テーブルの上が調味料とか電気ポットとかでちらかっててさ、スペース的に一人ずつしか食事ができないんだよ」


「なんじゃそりゃ! 片付けなよ!」


「めんどくさくてね……」


 始めて呆れた顔をしてドアを開ける殊音。ラレルはようやく彼女の素を見た気がして、なんだか嬉しくなった。


「ようお帰り! カレーはもう出来上がるとこだぞ!」


「はあ? 私が作ろうと思ってたのに」


 玄関で鳴が出迎えの言葉をいうと同時に殊音の顔がさらに歪んだ。


「早く作って早く食べたいじゃない」


「そんなこといったって、これ炊かないと」


「おおっ!? 一袋まるごとお米貰って来たの!?」


 結局、殊音は米を炊く係になった。一方、情けないことにラレルは食事の準備をただ見ていた。


 ラレルは学校で、様々なことを押し付けられていた。学校の帰りはいつもランドセルを5つは持たされた。落とすたびに殴られた。殴られて落としたら、もっと酷く殴られ、蹴られた。


 掃除当番も毎日ラレルが一人でやった。教師もその状況に何も疑問を持たず、教室が汚いときはいつもラレルに文句を言っていた。


 ラレルは一人で飼育係も黒板消し係もやった。図書委員の仕事もしょっちゅうやらされた。


 昼の全校放送も無理矢理やらされた。しかしこれは、全校の女子から

「声がキモいからやめて」

とブーイングがきたので、二度とはやらされなかった。


 ただ、ラレルにも押し付けられないものがあった。


 そう、食べ物に関しては、ラレルが仕事を押し付けられることはあまりなかったのだ。というより、誰も食事に関してラレルを関わらせようとはしなかった。


 給食当番も、どうでも良い献立のときはともかく、クラスメイトから、ラレルは片付け以外何もしなくて良いと言われていた。


 ラレルが盛り付けをしているときに、誰かにいじめられてカレーなど好きなメニューをひっくり返されたら、たまらないからだろう。重要な献立の日は、給食当番からラレルは隔離されていた。


 家庭科の調理実習でも、ラレルは片付け以外に出番を与えられなかった。料理のために持ってくる材料も、ラレルが触った食べ物など気持ち悪くて食べられないと言われた。


「お前は何もしてないんだから食べるな」


 結局ラレルは調理実習を毎回「見学」していた。彼が家庭科の時間に物を食べることはついになかった。




「あー、ラレルくん」


「はい?」


 戸棚から食器を出しながら、鳴はラレルに声をかけた。


「ラレルくんって、料理できるの?」


「全然できないです」


「それなら、お姉さんが今度教えてあげるよ」


 ラレルはどう返事をして良いか迷った。何しろ初めての経験なのだ。ラレルが答える前に殊音がつぶやいた。


「なんでナルが教えるのよ」


「殊音ちゃん、ここは一応学校だよ? 家庭科の授業として」


「あんた料理私よりもずっと下手でしょうが」


「なんだとお? 私はあれから修行したのだ! 今日の私のスペシャルカレーを食べて跪けば良いわっ」


 こうして食卓にカレーが並べられた。黄色く縁取った、ヒヨコの模様がついた皿に、チャーハンの如くご飯が山のように盛られ、その上に黒い液体がかけられている。


「いや、もう色からしてヤバいじゃん。何入れたの?」


「にんじんじゃがいもたまねぎぶたにくカレールー」


「その他に!」


「隠し味として、ジャムとバターとマヨネーズとケチャップとたくわんときゅうりとかぼちゃと梨と素麺かな」


「別に全部黒くないし、なんの色なんだこの邪悪な色は……。

ていうかそんな食材あるならカレーになんて使わないでよ!

うちは貧乏なんだからね!」


「ご近所に少しずつ分けて貰ったんだよー。ラレルくんがうちに来たお祝いに!」


「なおのこと無駄使いしちゃだめでしょ」


「無駄じゃないもん。きっと美味しいもん」


「味見すらしてないのか」


「いただきまあす!」


 三人は食事を開始した。散々文句を言った殊音であったが、特に躊躇することなくこの不気味なカレーを口に入れた。


 ラレルも長年の被イジメ経験により、数々のおぞましい非食物を食べさせられてきたので、ただの下手な料理など何の問題にもならず、パクパク食べていた。


 一番食べることをためらっていたのはこれを作った鳴自身であった。彼女の動きはスプーンを持ったまま止まっていた。


「うーん、我ながら個性的な一品だね……。ラレルくん、おいしい?」


「まずい」


 先に殊音が答えた。険しい顔をしながらも、どす黒いカレーライスをどんどん食べているのだが。またラレルの方は、どちらかと言えばこのカレーを気に入っていた。


「とっても美味しいですよ。消しゴムとかゴキとか犬のフンに比べれば……」


「え、何?」


「……いや、なんでもないです。すごく美味しいです」


「本当!? 良かったあ、じゃあ私も食べよう」


 鳴は安心してカレーをすくって食べた。しかし、


「ぬおおおおおおお!!

 まずいっ!! 気持ち悪い! なんかジャムとマヨネーズと素麺がヌメヌメしてるし、果物はドロドロだし、油っこくて頭痛い!」


 鳴は食べたものをゲロゲロと皿に吐きもどしていた。


「気持ち悪いのはあんたよ! 子供じゃないんだからちゃんと全部食べなさい! こんな料理作った方が悪いんだから!」


 殊音が机を叩いて怒鳴るが、やはり鳴は駄々をこねる。


「いやだよー。私は悪くないもん。こんな下衆な料理作ったアホがいけないんだもん」


「自分のことじゃない……」


「ねえ、ラレルくん。お姉さんが余した食べかけ食べる?」


 食べかけというか、吐きかけだが。しかし、ラレルにとって鳴のような美人の吐いたものなら大歓迎だ。


「喜んでいただきま……」


 そこまで言って、殊音の顔が全力で軽蔑していることに気づき、ラレルは言い直した。


「も、もうお腹いっぱいです……」


「うーん、じゃあ殊音これ食べてよ」


「自分で食べろって言ってるでしょ!」


「わーん」


 結局、鳴は殊音に強引に食べさせられた。吐き出しそうになっても、殊音に顎を力強く抑えつけられていた。




 鳴はなんとかカレーを食べ終わると、水を一気飲みして、話し始めた。


「そういえば、私、ラレルくんがどんな子なのかあんまり聞いてないね」


「はあ」


 そんなこと言われても、まさかエロゲが趣味とは言えない。ラレルが返答に困っていると、殊音が助け舟を出してくれた。


「どんな子でも良いじゃん。だいたい、私、あんたのこともよく知らないし」


「えぇ!? もうひと月も同じ屋根の下で暮らしているのに! きっと殊音は誰よりも私のことを知っているよ!」


「うーん。特別に知っていると言えることは、ナルがショタコンであることと、自分の部屋に大きさの違う電動コケシを11個も隠していることくらいかなー」


「ぎゃばああああああ!!」


 教育者としての重大な欠陥を暴露されてしまった鳴は奇声を上げて机に突っ伏してしまった。


「ラレルは? 何かこいつに聞きたいことない?」


 ぽんぽんと、鳴の肩を叩きながら殊音はラレルに聞いた。


「え、えーと」


「な、なんでも聞いて良いよ。今の私に隠すことはありません……」


 鳴は手を力なく振りながらそう言った。


「えーと、じゃあ好みのタイプとか」


「十二歳以下の男の子だよね」


 殊音がそう言っても鳴は黙っていた。この人は本当に危険な女性なんだ、とラレルは思った。それは嬉しいことだけどね!


 とすると、ここ「あおぞら」に通っている男の子は鳴に襲われちゃったりするのだろうか。


「大丈夫、手を出したことはないもん」


 鳴がつぶやいた。


「あったらクビだよ」


 この会話を聞いて、ラレルの頭は突如切り替わった。二人を眺めながら、心の中でラレルは思索を始めた。


「そう、ここの運営状態は何か不自然だ。まず、なんでこんなイカれた女性がフリースクールを建物ごと任せられているのか。そして殊音はどうしてここに住んでいるのか……。こんな食事もままならない貧乏教育施設に子供を預ける道理はない。」


 神妙な顔をしているラレルに殊音が気づいて、微笑みながらいった。


「ちょっと鳴がこわくなった?」


「いや、襲われるのは嬉しいです」


 つい即答してしまったラレルに、むしろ殊音の方が怯えたそぶりをみせた。同時に鳴がギラギラした目つきでラレルを睨み始めたが、ラレルは素早く話題を切り替えた。


「明日は他の生徒達もここに来るんだよね?」


「そうだよ。みんなで一緒に勉強したり、遊んだりするの」


「それで、殊音はどうしてここにいるの?」


 一瞬、目を泳がせたが、すぐに返答がきた。


「私、家出してきたんだ」


「どうして?」


 ラレルはつい、そう返してしまった。殊音は再び目を泳がせていたが、今度はラレルが先に口を開いた。


「俺も、家にいたくなくてここに来たんだ。だから、同じだ」


 すると殊音はうつむいてしまった。ただどういうわけかラレルには、それは嫌な気分になったからではない、と強く感じることができた。


「へー、そうなの。じゃあ今日泊まっていく?」


「な、何いってんの? まさか本当に変なことするつもり?」


「とりあえず、ラレルくんのお母さんに電話するかー」


 突然顔を上げた鳴は、殊音を無視して立ち上がり、受話器を取ってラレルの家に電話をかけた。このときラレルは、鳴が何も見ないで番号を入力していたことに気づいた。


「もしもーし、こちら『あおぞら』の……」


 ラレルと殊音は顔を見合わせていたが、鳴が電話している間ヒマなので、あっち向いてホイをして遊んでいた。なんだか、随分と仲良くなれた気がした。


 鳴の方は、顔をしかめたり、首を捻ったり、きょとんとしていたりと、忙しく表情を変えながら話していた。


「母さんがまたおかしなこと言っているんだな」


「どんなこと?」


「きっと今度は鳴先生を性犯罪者扱いしているに違いないね」


「それは合ってるけどね」


 殊音が酷なことを言った直後、ナルは受話器を置いた。


「ラレルくん、ラレルくん」


「母さんはなんて言ったんですか?」


 鳴は唾を呑んでから、目を輝かせながら答えた。


「『ラレルを男にして下さい』って!!」


「はあ!?」


 鳴は口を半開きにしてラレルの方へ向かってくる。


「『うちの子は自分に自信にないから、先生が身体で色々教えてあげてください』って……」


「ちょ、ちょっと待って! その言葉の意味を勘違いしてない!?」


 殊音はラレルの腕を掴みながら彼に擦り寄っている。ラレルは心の中で、自分の早すぎる童貞卒業を恨まないで下さいと、全国のモテない男及び痴女マニアの方々にお願いしていた。


「してないよ! だってラレルくんのお母さんはちゃんと『性的な意味で』って言ってたもん」


「なんて親なの! 自分の息子をあっさり痴女にあげちゃうなんて!」


「僕は母さんが何を考えているかわからないよ。でもそれが嬉しいと思ったのは今日が初めてだ!」

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