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どうやら呪われているらしい

作者: 雲鈍

 この部屋はどうやら呪われているらしい。入居者は次々に変わるし、長く居着いた試しがない。そして部屋を出て行く時はみな、口をそろえて「お化けがでた」と。……失礼な。ここには僕というジェントルマンしかいないのに。


 さて、他愛もない世間話に付き合ってくれる淑女の君に、礼として最初に種明かしをしておこう。そう、僕が幽霊。地縛霊。この部屋に潜み、影から人を驚かし、その滑稽なさまをさめざめと笑う、陰気な存在だ。おいおい、かといって塩を振りまくのは少し待ってくれ。除霊とかそうじゃないとか関係なしに、人の頭に塩をふりかけるって失礼だろう?

 ……だろう? そう思うだろ?

 わかってくれたらいい。これまでの無礼は許そう。許すから早く、その右手にもった塩を袋の中に戻すんだ。


 僕が幽霊になった経緯? 君も凡なことを聞きたがる。この部屋に「一人で」やってきた変人のくせに、思考は大衆と同じかい。ま、それは僕の論じることではないけど。

 長く話すのは苦手だから、結果だけを言うと。

 僕は気がついたら、幽霊になっていたのさ。


 ……え?

 具体的に何があったのかを知りたい?


 わかったよ、了承したから、その右手を下ろしてくれ。幽霊だからといって、過度に脅かすのはよくない。それに僕はほら、こうして言葉も通じるわけだし。


 一人の少女が、空腹で泣いていたんだ。僕は隣に住んでいた。少女の泣き声を聞いて、……菓子パンだったかな、食べ物を分けてあげようと思ったのさ。部屋をノックして、扉を開けて。遠目に異様に伸びた髪の毛と、膝をかかえて震える少女の姿。僕は声をかけようとして。「大丈夫?」と。けれど。

 気がついたら、この部屋に居た。今度は、部屋の外から中をみるんじゃなく、内から外を眺めていた。逆転しちゃったわけだ。ま、いろいろ考えた。僕は死んで幽霊になったとか、少女の霊に取り憑かれたとか。……住人も何度か入ったけれど、僕の姿に気づいてから、みな部屋を後にしたよ。そりゃそうさ、とびっきり脅かしてやったからね。勇気をふりしぼって塩を持つ変な女の子以外は。



 僕の中の結論は、こうだ。

 呪われているのは、この部屋自身。

 部屋が人を「取り込み」、そいつの存在を「亡かったことにする」んだ。そしてゆっくりと時間をかけて咀嚼する。最初に身体が消えて、次に魂が溶ける。すると微かにあった存在感さえ、まるでモヤのように薄れてしまう。

 まるで食中植物のよう。甘い匂いで誘って、中に引きずり込み、エサにして養分を吸い取るんだ。何が養分たるのか、それはまだわからないけれど。

 怖い? そうだろう、僕だって怖い。なんせ昨日の出来事だって、忘れてしまうのだから。……自分の名前なんて、とうに思い出せない。え? 違うって? ……怖いのは「部屋」じゃなくて「僕の存在」?


 ふむふむ。難しいことを言うんだね。

 どうして僕だけが永くとどまれるのか。

 僕が部屋の主なんじゃないかって?

 はは、そう願いたいものだけれど。


 ま、話は終わりなわけさ。

 君も満足したら--納得しなくてもいいけれど。

 部屋を出なさい。出たら、しっかりと扉を閉めるんだ。最後に、僕が百均で買ったいかつい封印のテープを、扉に貼って起きなさい。そうしておけば、この部屋を訪れる人は確実に減る。君みたいな変人を除いては。


 僕と入れ替わった少女について知りたい?

 うーん、そうだなぁ。

 その子が部屋の外にでたとき、何度か遊んだ記憶があるよ。

 笑顔が可愛い子だった。

 でも、手足は不相応に細かったな。もしかしたら、虐待されてたのかもしれない。

 その子のことをもっと?

 え? 君に似てないかって?


 ……わからないな。僕はもう、自分の名前もおぼつかないから。


 ありがとう? 意味がわからない。僕が何をしたって?

 台所を見ればわかる? ……何もないよ。男の腐乱死体があるだけで。



「あなたは、守ってくれたの」

「うるさいマスコミと、養父の暴力から」

「自分を殺して、ここを「呪いの部屋」にしたことで」

「誰もこなくなった」

「私以外」


 ……そんなこと。



「でも、もういいんです」

「ありがとう」

「お世話になりました」




 少女は、右手の塩を、僕の頭にふりかけた。

 ああ、そうだったな。

 僕は思い出して。

 ……死んでも守る、そんなちっぽけな誓いを思い出して。

 死んで守っても、意味なんかないじゃないか。

 それでも、守れてよかったと思うべきなのか。

 でも妙に気恥ずかしくなって。

 死にたくなるのだった。



「さよなら、また来世」



 少女の言葉に、僕は頷いて。


 ああ、憑かれたなぁ、と。

 思うのだった。


 さらさらさら。


 ……。


 …。

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