IF:第十二話 ユージと掲示板住人たち、自力で街と人里を見つける
10人と一匹の強行偵察班は、川ぞいを下流に向かって進んでいた。
35匹のゴブリンとオークの群れを殲滅して以降、モンスターと遭遇することは少なくなっている。
どうやらゴブリンの縄張りは抜けたようだ。
「クールなニート、またどこかで川を渡る? これ、家に帰りづらいと思うんだけど」
「そうだなユージ。だが今日明日はこのまま進もう」
「ユージの家を出て一週間。そろそろ諦めないとなあ」
10人と一匹の先頭を歩くのはコタローだ。
その後を森歩きに慣れたドングリ博士、ユージ、アリス、クールなニートが続く。
ユージたちが家を出て強行偵察をはじめてから、もう一週間が経過していた。
帰りはもう少し早くなるだろうが、いま帰ることを決めても二週間弱、外で生活することになる。
何人かは疲労の色を隠せていない。
なぜかドングリ博士やクールなニートは活き活きしているが。あとコタロー。
「そっか、ケビンさん……はまだかかるよね?」
「おそらくな。だが、急いでもらったのに俺たちが不在というわけにもいかないだろう」
「うんまあ確かに」
商人のケビンは、稀人であるユージたちが領主に会えるよう手はずを整えている。
王都に行って伝手を頼って面会を取り付け、ユージの家に戻ってくるのは、早くてもあと二週間かかる予定だ。
今後の予定を話しながら歩くユージとクールなニートは、ワンワン! とコタローが吠えたてる音を耳にした。
「どうしたコタロー、なんか見つけた?」
立ち止まって吠えるコタローに近づいて声をかけるユージ。
コタローは前を向いて、ブンブン尻尾を振り回す。ゆーじ、あれ、あれをみて、とばかりに。
顔を上げたユージ、遅れて追いついてきたアリス、クールなニート、残る7人のメンバーもそれを目にする。
「あれは……」
「コタローすげえ!」
「おおおおお! カメラおっさん!」
「わかってるってルイスさん。ちょっとその場所を開けてくれ。ちゃんと撮影したいから」
「おお! 街だ! すごい、すごいぞコタロー!」
「落ち着けユージ、みんなも」
ユージの家を出発してから一週間。
強行偵察班は、ついに人里を見つけたようだ。
森を抜けた先、川の向こうにある、石壁に囲まれた街を。
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「え? 街には行かないの?」
「ああ。正確には行けない、だな」
「ユージ、ケビンさんが言ってたろ? 住人証明がないと街には入れないって」
「あっ、そっか」
「あいかわらず抜けてるユージはいいとして、ごめんねアリスちゃん。でもほら、街の中はケビンさんが探してくれてるはずだから!」
「うん……ケビンおじちゃん、がんばって!」
遠目に街を望みながら会話する男たちと幼女。
川を下って街を見つけたが、強行偵察班は街に向かわないらしい。
一度川を渡ったせいで、街は対岸にあるから。ではない。
その程度の理由であれば、また渡河すればいいだけだ。
街に入るには住人証明が必要。
ケビンが教えてくれた情報である。
疑い深いメンバーはドングリ博士の双眼鏡を借りて観察したが、街の門らしき場所では門番が一人一人チェックしていた。
住人証明が必要かどうかは判断できないが、検問はありそうだ。
観察した情報を受けて、強行偵察班は街を避けることを決めた。
街を強行偵察する気はないらしい。
賢明な判断である。
「アリスは賢いなあ。えっと、じゃあ俺たちはどうする? 帰る?」
「わざとわかってないふりしてるだろユージ! 俺たちは、近くの農村を探すんだって!」
強行偵察班の目的は、頻出するゴブリンを叩きつつ人里を探すことだ。
探していたのは入れないと聞いていた街ではなく、近隣の農村である。
「川と街。おそらく、農村はこの周辺に存在するだろう」
「まあな。普通に考えて、街から道で繋がってるんじゃない?」
「目の前にあるのに街に入れないなんて……」
「はやく帰ってこいケビンさん! 剣と魔法の世界の街! 冒険者ギルド!」
「もうちょっとアップにできる? はあ、いまはこれでガマンするしかないのか……」
「ケモナー連れてこなくてよかったな! エルフはいないってわかってるけど獣人はいるんだろ?」
「リザードマンもいないらしいんで興味ないです。あっトカゲ」
「コイツらマイペースすぎて俺がマトモに思える。俺ほんと常識人」
ガヤガヤと騒ぎながら、来た道を戻る強行偵察班。
人に見つかるとどんな反応になるかわからない、それどころか戦闘になることも考えられるため、森の中を移動するらしい。
目の前の街を諦めて、一行はまた森を進むのだった。
農村は近くにあると信じて。
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「アリス、離れちゃダメだよ。道だって安全じゃないんだから。ほら、手を繋ごう」
「はーい、ユージ兄!」
「なあ、人選間違ってない? なんで俺なの?」
「武器の問題だな。クロスボウは存在するらしいけど、あれは俺たちの自作だから。こっちの武器の方が怪しまれないだろうって。それで、弓矢担当は洋服組A。選択の余地なしってヤツだ」
「はあ、まあわかってるんだけどさ……」
街から離れずに森を探索した強行偵察班は、街から伸びる一本の獣道を見つけた。
あまり整備されていないが、荷車程度なら通れるだろう道。
一行は、この道をたどってみることにしていた。
おそらく農村に続いているだろうという予測である。
道をたどってみるにあたり、強行偵察班は人員を分けている。
道を進むのはユージ、アリス、コタロー。
撮影担当としてカメラおっさん。
そして。
なぜ俺なのか、とグチグチ言っている洋服組Aである。
異世界人に遭遇した場合、こちらが正体不明の武装した集団だとどんな反応になるかわからない。
不審がられないように少人数で。
しかも、ケビンが持ってきた服を着て、この世界の武器を持つ面々である。
ご丁寧に、下着やリュック、持ち物もすべてこの世界で作られたものに取り替えている。
カメラおっさんのカメラ以外。
いちおうカメラもレンズ以外は布でくるんで、パッと見で違和感を持たれないように努力されていた。
四人と一匹を除いた六人は、獣道からそれて併走するように森を歩いている。
カメラおっさんも別働隊でよさそうなものだが、至近距離で撮影する誘惑には勝てなかったらしい。
撮影者のカメラおっさんも、あとで画像と動画を見ることになる者たちも。
「ユージ兄、このみちはどこにいくのかなあ?」
「どこだろうね。きっとどこかに繋がってるよ」
「適当かよユージ。日程に余裕がなくなってきたからな。すぐ見つかりゃいいんだけど」
街を見つけて、迂回するように歩き出してから半日。
夕暮れにはまだ早いが、太陽は傾きはじめている。
元の世界の時間でいうと、午後三時ごろだろう。
先頭を歩くコタローが足を止める。
スンスン臭いを嗅いで、ピクピク耳を動かして。
街を見つけた時よりも警戒しているかのように。
「うん? どうしたコタロー? もしかしてもう人里見つけた!?」
「ユージ兄、ひとかなあ! 村かなあ!」
「ユージ、落ち着けって。もうちょっと行ってみりゃわかんだろ。アリスちゃんも落ち着いてな」
「けっこうちゃんとしてるんだな、洋服組A」
「そりゃこの組み合わせならなあ……」
洋服組A、やればできるヒトであるようだ。
10年引きこもっていた男と幼女とカメラ狂と犬と同じグループに入れられたら、きっとたいていの人はこうなることだろう。
ならなければグループ崩壊である。ヒドいメンバーである。
クールなニートはここまで読んでいたのか、あるいはダメなら別働隊と人員交換すればいいと考えていたのか。
ともあれ。
足を速めたコタローに続いた四人と一匹は見つけた。
石の壁ではなく、木の柵に囲まれた農村を。
木の柵の外側、農地らしきところで、ゴブリンの群れと戦う男たちを。
「ユージ兄、たいへん! たすけにいかなきゃ!」
「ちょっと待ってアリスちゃん! カメラおっさん、別働隊はなんて?」
「待て、いまズームする……GOサインだ」
「よし! じゃあ俺とコタローが行ってくる! アリスは後からね、合図したら必殺技を使っていいから!」
「はーい!」
「あ、ユージ! ……まあいいか。カメラおっさんはアリスちゃんと一緒にいてくれ。俺、ユージを援護してくる」
「了解。見直したぞ、洋服組A」
「しゃあないでしょ、ユージに負けるのもしゃくだし」
走り出したユージとコタロー、ブツブツ言いながらその後を追う洋服組A。
カメラおっさんは撮影しながら、後衛にまわったアリスと一緒に歩き出す。
木の柵の前でゴブリンと戦う男たちのところへ。
そして。
「ニャにものッ!?」
「大丈夫ですか! 俺、手伝います! ゴブリンを殺せばいいんですよね?」
「ありがてえ旅の人!」
「冒険者さんが助けに来てくれたぞ! みんな、がんばろう!」
「ああ、ワタシの畑が……」
「お父さん、危ない! いまはゴブリン退治が先だよ!」
駆けつけたユージが、ゴブリンの後ろから短槍を突き刺す。
村人はとりあえずユージを味方だと認識してくれたようだ。
「コタロー! あっ、その犬も味方です!」
「犬……? この動きで?」
「いまは考えちゃダメだべ! 味方ならなんでも助かるだ!」
ゴブリンの間を駆けまわって、爪と牙で攻撃するコタローのことも。
戦闘に慣れていなそうなへっぴり腰の村人が5、6人、時おり木の柵の内側から矢が飛んでくるのは、狩人あたりの攻撃か。
ユージが来るまでは苦戦していたようだが、それでもゴブリンは10匹もいない。
ユージの短槍、コタローの爪と牙プラス風魔法、ついでに洋服組Aの弓矢。
しかもゴブリンたちの背後からバックアタックである。
村人とユージたちに挟まれて、ゴブリンの群れは立て直すことなく殺られていく。
洋服組Aは誤射対策に横にまわりこむほど余裕で、アリスはけっきょく温存されて。
ユージと村人たちは、ゴブリンを殲滅した。
倒しきったところでユージは顔を上げる。
森で保護したアリス、冒険者三人組、ケビンに続いて。
ユージ、異世界人との邂逅である。
双眼鏡を使って遠くから見ていた別働隊が、「おいあれ獣人だろ!」「ケモナー連れてこなくてよかったマジで!」「犬タイプ! 猫タイプもいる!」「二足歩行バージョン! はやくリザードマン見たい!」などと大騒ぎしていたことは知るよしもない。
あと。
「なあカメラおっさん、交渉役は任せていいんだよな? 俺ただのニートだったんだけど……」
「そうだな、ユージと洋服組Aより俺の方がいいか。まあ大丈夫だろう、窮地を助けたわけだし、マイナスなイメージはないはずだから」
固まるユージに近づく二人の男が、交渉役に不安そうだったことも知るよしもない。
人選ミスである。
ともあれ、強行偵察班は、ついに人里を発見して異世界人との接触を図るようだ。
ゴブリンに襲われたのは村人にとって不幸なことだが、ユージたちにとってはプラスに働くことだろう。たぶん。
戦場になって荒れた畑を見て四つん這いで涙する犬の獣人も、きっと戦いに手を貸したユージのことは怒っていないはずだ。きっと。
……アリスの必殺技を温存して正解である。
使っていればゴブリンはもっと早く掃討できただろうが、同時に畑ももっと荒れていたはずなので。
次話、3/18(土)18時投稿予定です!





