IF:第九話 ユージと掲示板住人たち、報告を聞いて今後の探索の方向性を話し合う
「みんな、ただい……ま……?」
「おかえりお兄ちゃん! アリスちゃんもおかえり!」
「サクラ姉、ただいま! あのね、アリス、いい子でたんさくしたんだよ! みんなでモンスターもやっつけたの!」
ユージ、アリス、コタロー、ドングリ博士とカメラおっさん。
人里を探して森に入った探索班は、ゴブリンと頻繁に遭遇したため帰ってきた。
もともと敵を殲滅するのが目的ではなく、安全を考えてのことである。
家に帰ってきたユージを迎えたのは妹のサクラだ。
さっそく駆け寄って報告するあたり、アリスはサクラに懐いているようだ。
だが、ユージが驚いたのはそのことではない。
「一番、射て! 退避! 続けて二番、射て!」
家からやや離れた場所の光景を見たからである。
「三番、射て! 続けて一番!」
地面に立てた丸太にクロスボウを放つ男たち。
指揮しているのはクールなニートである。
三人ずつ三隊に分かれて、連続して射つ訓練であるらしい。
「サクラ、これは? その、いつの間にこんなに作ったのってのもあるけど……」
「あ、うん。真・探索班も出てるし、今度街に行く時は何があるかわからないからってクロスボウを増産したみたい。それで、午後の開拓が終わったらみんなで訓練しようって」
ちょっと呆れた感じでユージに教えるサクラ。
ユージと一緒に帰ってきたコタローは、おとこってほんと、しょうがないわね、と言わんばかりの顔つきである。
尻尾をブンブン振っているあたり、実は参加したいのかもしれない。犬なのに。
ユージたち真・探索班が不在の間に、トリッパーたちの心境はだいぶ変化したようだ。
クロスボウを量産して、モンスターを殺す訓練を行う。
発案者のクールなニートに引っ張られての行動だが、それだけではあるまい。
彼らは彼らなりに、この世界の危険性を認識してのことである。たぶん。
「射ち方やめ!」
「な、なんかすごいノリノリなんだけど……」
「うん……。クールなニートさんだけじゃなくて、ジョージもルイスくんも、郡司さんまでね……」
サクラ、目を逸らしての発言である。
的の丸太はハリネズミ状態である。
「へ、へえ、頼もしいなあ……」
ユージ、乾いた笑いを浮かべて虚しい発言である。
アリスは、すごいすごーい、アリスもやりたい! と小躍りしている。
真・探索班は、頻繁にゴブリンに遭遇したために探索を中止して、ユージの家に帰ってきた。
ユージたちが目にしたのは、ゴブリンがたくさんいると伝えるのをためらうような光景である。
殺る気満々か。
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日が暮れて、ユージの家の庭。
夕食を終えたユージとトリッパーたちは庭に集まっていた。
真・探索班の報告を聞くために。
いまユージが代表として、探索の状況と中止したことを説明したところだ。
ユージの説明とドングリ博士の補足で、トリッパーたちも状況は理解したらしい。
ちなみにカメラおっさんは、撮影データの編集作業中のため説明には参加しなかった。
掲示板への報告のためではなく、探索班以外のトリッパーに見てもらうために作業が急がれたのだ。
決してネットにアップする用に急いでいるわけではない。決して。まあアップもするようだが。
「なるほど。であれば中止もやむを得ないだろう。そうか、それほどゴブリンがいるのか」
「おい待てクールなニート。なんでうれしそうなんだ」
「なあ、ケビンさんは大丈夫かな? そんな中を一人で街に帰ったんだろ?」
「『私こう見えて強いんですよ』って言ってたし、たぶん大丈夫じゃないかなあって」
「暢気すぎかよユージ! ケビンさんが戻ってこないパターンも考えた方がいいかも」
「あのね、アリスの火まほーはひっさつわざなの! だいじなときにつかうんだよ!」
「そっかそっか、すごいなあアリスちゃん」
「おいアイツ近づけて大丈夫なのか。あと必殺技だからめったに使わせないってうまいこと説得したな」
ユージの家の庭に集まっているのは32人と一匹だ。
真・探索班の報告を聞いた面々は各所でざわついている。
一部危ない組み合わせもあるが、アリスの話をニコニコ聞いているだけなので問題ないだろう。表面上は。
「それでどうしようかと思って。人里を探した方がいいのはわかるけどさ、やっぱり危ないんじゃないかって」
「お兄ちゃんがまともな意見を……」
「サクラ、ユージさんに失礼だよ。ユージさんはこの世界で生き残ってきた先輩なんだから!」
「でもジョージ、お兄ちゃん、ずっと家から出ないぐらいだったから」
ユージの発言に過剰なリアクションをするサクラ。
ちょっと涙ぐんでいる。
10年間引きこもっていた男は、普通に発言しただけで身内から感動されるらしい。
哀しい事実である。
「モンスター、ゴブリンがいるってわかってる森を抜けて、人里を探すかどうかかー。どうなのクールなニート?」
「川ぞいにゴブリンが頻出する。であれば先に川を渡って、川を挟んで対峙すれば楽勝じゃないだろうか。位階を上げるにもいい手だろう」
「いやそういうことじゃないから! なんで戦う方にいってんだよ!」
「落ち着けトニー。ほら、クールなニートが言ってることは間違ってないしさ」
「おい、それでゴブリンが川を渡れないからって上流に来たらどうするんだ? ユージの家に近づくぞ?」
「そのための訓練だろう。渡河するのは何人かの別働隊で、本隊はここ。ゴブリンが近づいてきたら本隊を三隊に分けてクロスボウを連続で」
「いやだからなんで戦う方にいってんだって! これ戦争じゃねえから!」
なにやら考え込んでいたクールなニートに話しかけた名無しのトニーだが、完全にやぶへびである。
薮をつついて蛇を出している。
クールなニートは探索をどうするかではなく、いかにゴブリンと戦うかを考えていたらしい。
「クール」はどこにいったのか。
戦闘狂か。薩摩武士か。三河武士であった。いやクールなニートは三河人だが武士ではない。
「クールなニート、戦いは避けるべきだろう」
トリッパーたちの中心人物だったクールなニートを止めたのは、掲示板でもこの世界に来てからも、ムダ知識と有用な知識を提供してきた物知りなニートである。
戦闘狂を止める人がいて安心したのか、ほっと息を吐くユージとサクラ。
だが。
「補給がない中で戦端を開くのは愚策だと歴史が証明している。いまは物資を集めるべきだ」
「コイツもかよ! もっと安全にいこうって!」
物知りなニートは、単に時期尚早だと言いたかっただけらしい。
現代日本とは比べものにならないほど危険な異世界に来て、好戦的になったのか。
あるいは、実はユージとトリッパーたちは森の奥で孤立している、という現実を見てのことかもしれない。
自力で人里を見つけなければ、32人と一匹の生殺与奪はケビン次第なのだ。
ゴブリンを排除して人里を見つけ、ルートと情報源を確保して自力で生きていけるようにするべき。
クールなニートと物知りなニートはそう考えているのだろう。
きっとそうだ。
「今回、真・探索班は探索を優先していた。いわば偵察だな。人里に出るまでにゴブリンが大量にいるとわかったいま、威力偵察に切り替えればいい」
「ねえそれほんとに威力偵察? むしろ殲滅する気じゃない?」
名無しのトニーのツッコミが虚しい。
状況は厳しくとも、人里を探すことは続けるらしい。
ケビンを信じ切るのではなく、ほかの情報源を探す。
ゴブリンが出るとわかっていても、基本方針は変えないらしい。
「よし、じゃあボクも行くよ! 向こうもいったん落ち着いてきたしね!」
「ルイスくん、大丈夫? 行かせていいのジョージ?」
「うーん、まあいいんじゃないかなあ。飛び道具もあるし」
「はーい! アリス、アリスも! アリス、ひっさつわざでバーンってやっつける!」
「アリスちゃんを危ない目に遭わせられません! 今度こそ私も行きます!」
「だからお前が一緒の方が危ねえんだよ!」
「カメラおっさん、撮影班は交代するか?」
「いや、俺は動画に弱いからさ。動画担当が残ってこっちのリアルタイム中継を優先させてほしい」
「りょーかい! じゃあ探索は任せるわ!」
「クロスボウがあるなら俺も……街とか村なら獣人さんが……」
「落ち着けケモナー。俺たちは、いる・行けるってわかってからでいいんじゃないか?」
「エルフがいる王都は遠いからって余裕かよ」
「この世界の爬虫類が見たい! ドラゴンじゃなくてもリザードマンじゃなくてもいいから!」
探索は続ける。
そんな話に、トリッパーたちは思い思いに希望を述べている。
ゴブリンやモンスターにビビらなくなったのは訓練の賜物か、この世界に慣れてきたのか。
あるいは平凡な開拓に飽きて、ファンタジーを感じたくなったのか。
ともあれ、何人かのトリッパーは、威力偵察であっても乗り気なようだ。
今度こそ俺も行く、と呟いているクールなニートを筆頭に。
あと、わたし、わたしも、とばかりにユージにのしかかってアピールしているコタローも。
ゴブリンと頻繁に遭遇したため、探索を諦めて帰ってきた真・探索班。
どうやら今度は、接敵と殲滅を前提に新たな探索班が組織されるらしい。
ゴブリンたちの危機である。
次話、2/25(土)18時更新予定で、おそらく掲示板回です!





