IF:第八話 ユージと掲示板住人たち、各班の報告と気づいたことを話し合う
ユージがいる世界に30人がやってきて、それぞれ行動した初日の夕方。
ユージとアリスも含めた32人と一匹は、庭でBBQをしていた。
肉や野菜を焼くだけで済むお手軽メニューなので。
ちなみに、これでBBQ用の炭や食材はほぼ使い切った。
いくらユージの家に冷蔵庫があるといっても、大量に貯蔵できるわけではない。
日持ちしにくいものはこれで使い切り、しばらくまとめ買いした保存食が続くことになるだろう。
採取、狩猟、農業、行商人ケビンとの取引による食料の安定供給は急務である。
キャンプオフと違って、この日のBBQは静かなものだ。
各自が自由に話すのではなく、報告会も兼ねていたので。
各班の担当者が、次々に報告をはじめる。
報告者以外は、話を聞きながらBBQしていた。
「ということで、簡易トイレはあとは屋根をつけるだけで、明日には完成する予定! 持ってきたコンクリとか使ってちゃんとしたトイレを作るのはその後かなー。ただ、言ったように排水が課題になりそう」
「トイレットペーパーがなくなったら草かあ……」
「32人。トイレットペーパーなんてすぐなくなりそう」
「ウォシュレットがあれば専用タオルを使うユージスタイルでもいいんだが」
「くく、そんなことだろうと思って! 俺が持ってきた最終兵器を使わせてやろうか?」
そう言って、一人の男がかざしたもの。
それは、白い筒型の道具だった。
「名無し、なにそれ?」
「キャンプオフにトイレ設備がないって聞いて、用意しておいたんだ! そう、これは携帯ウォシュレット! 水を入れて、単三電池で動く優れモノだ!」
白い筒を伸ばしてスイッチを押す名無し。
先端から、勢いよく水が飛び出した。
キャンプオフ参加者からはおおーっ、と歓声がおこり、アリスは、まほー使える人がいるんだね! などと言っている。単純な幼女である。
「なあ、俺思ったんだけど、それならユージの家の庭からホース伸ばせばいいんじゃね? ほら、途上国だとそういう原始的なウォシュレットもあるんでしょ?」
名無しのミートの発言である。
もっともである。
まあ勢いを調整するのは難しく、実用性には欠けるかもしれない。
「あー、みんないったん落ち着いてくれ。トイレ問題は理解した。ひとまずの簡易トイレと、今後のトイレ建設はそれでいいと思う。やはり問題は排水か……」
好き勝手に騒ぎはじめる掲示板住人たちをまとめるのは、ここでもクールなニートである。
ユージはクールなニートの隣に座っているが、特にまとめようとはしていない。
君臨すれども統治せずである。王か。違う、能力の問題である。それもそれでどうかと思う。
「お水? サクラおねーちゃん、アリスがえいってお水だす?」
「うーん、お水を出すよりもどうやって流すかだと思うの。どっちかっていうと、アリスちゃんに手伝ってもらうのは土魔法で排水路を作る方かな?」
「サクラ、でも川まではけっこう距離があるよ? 俺が見つけたときは、歩いて一日かかったから」
アリスは今日、ユージの妹のサクラと一日を過ごしていた。
土魔法でトイレ建設の役に立っては褒められて、火魔法を使ってはすごいと言われて。
ご機嫌な一日で、すっかりサクラにも懐いたようだ。
ひょっとしたら今日を純粋に楽しめたのはアリスだったのかもしれない。
みんな、それぞれに心配事が見つかったので。
「ここから西に一日だっけ? ということは多く見積もって一時間で5km、6時間歩いたとして30km。アリスちゃんも歩けるんだし、未整備の森ならそこまではいかないか。15kmから20kmぐらい? もっと短いかもね」
「ドングリ博士、ちょっと適当すぎませんかねえ」
「20km。走って2時間かー」
「え、おまえ駅伝選手? 2時間とか絶対ムリだろ」
「くっそ、重機を用意してくればよかった!」
「いや重機はさすがにムリだから。中古でもめっちゃ高いし、レンタルだと借りパクだし」
「距離はあるが……やるしかないだろう。トイレはコンポストがうまくいったとしても、シャワーも風呂もユージの家を交代で使わせてもらうだけで済むか? 川から水を引いて、川に流す。用水路はいずれ必要になるだろう」
「あ、そうだ、思い出した! クールなニートさん、明日から班を増やした方がいいと思うの!」
「サクラさん?」
「家事班が必要だと思うんだ! 今日はBBQで済ませたけど、みんなの分の料理と……洗濯も必要でしょ? その、みんな、ちゃんと着替え持ってきた? ほとんどの人は同じ服で二日目だよね?」
サクラの問いかけに、男たちが視線をそらす。
二十人ちょっと。
「あ、俺とコイツは、昨日ユニク○で服を買ったから、着替えあります。な?」
「う、うん。そっか、まだ昨日のことか」
服を用意してきたのは洋服組A、Bと呼ばれた男たちと数名である。
各自のでかい荷物の中には何が入っていたのか。
だいたい「異世界に必要なのはコレだろ!」と思い込んだものばかりだ。
もともとキャンプオフは一泊だけ。
異世界に行ったあと、服や下着が必要だと考えた者は少数派らしい。
中には下着の替えさえない者もいる。
「やっぱり! みんなの分も洗濯しないとだし、採ってきた食料はまとめて管理した方がいいと思うし、料理するならまとめてがいいし……ね、必要でしょ?」
「たしかに。いざこうして異世界に来てみると、いろいろ抜けているな。みんなも気づいたことがあったら言ってほしい」
それぞれの妄想やシミュレーションと違って、ここは現実である。
最初からすべてに備えておくことはとうてい不可能だろう。
クールなニートは、ほかに見落としがないか意見を募っていた。
なにしろクールなニートも含めた頭脳班は、元の世界で大きなミスを犯していたので。
インフラ屋やサクラの友達が誘拐犯だと疑われないような方法を話し合うのはこの後である。
「あ、じゃあ俺からもいいかな?」
「ユージ?」
「えっと、今日班行動してて思ったんだけど、みんな自由行動の時間もほしいと思うんだ。疲れとかもあるけど……それより、みんなこの世界でいろいろやってみたいでしょ? 俺だって、アリスに聞いて魔法の練習する日もあったし、ネットばっかりやる日もあったし」
「おおおおおおお!」
「ユージィ! ユージのクセにいいアイデアだぞ!」
「私、アリスちゃんに魔法を教えてもらいたいです!」
「俺は別にいいかなあ。あ、でも自由にさせてもらえるなら探索班についてくわ!」
「日課のネットサーフィンを」
「アニメ見たい。異世界でアニメ見られるってすげえな!」
「休みを作るのは賛成だ。楽しいって思ってても心身に疲れは溜まっていくから。ある日、急に動けなくなるんだよなあ」
ユージ、もっともな意見である。
ユージの提案は、キャンプオフ参加者から喝采で迎えられた。
何しろブラックからのドロップアウト組もいるので。
「それも見落としていたか。ああ、自由行動も休みも必要だな。班分けとローテーションを考え直そう」
ユージの意見は採用されたようだ。
異世界トリップしてきた30人よりも、ユージの方がこの世界の経験は長い。
探索も採取も開拓もユージがずっとやってきたことである。
いくら憧れのファンタジー世界であっても、息抜きや休みは必要だ。
この世界で二年を過ごしたユージは、それを体感していたのだろう。
休みと決めた日、一人でパソコンの前でナニをしていたのかはナイショである。
「気づいたこと、かあ。今日のゴブリン見て思ったんだけど、やっぱりみんな早いところ位階を上げた方がいいと思うんだよね。作業効率も上がるだろうし」
「ゴブリンなあ。俺、探索班だったけど、一対一で接近戦できるか自信ないわ」
「俺も。掲示板ではユージだせえ! とか言ってたけど、ゴブリンの死体見たらちょっとね。ユージすげえわ」
「うーん、俺だって最初はビクビクだったし、慣れだと思うよ。謎バリアの中から攻撃できればいいんだけど、みんなは最初から外で作業してるからなあ」
今日、探索班は三匹のゴブリンと遭遇し、討伐した。
探索班以外の全員は、その死体を見ただけだ。
だが、戦闘である。
もちろん武器は用意されているし、いざとなれば謎バリアもある。
とはいえ、日本では体験することがなかっただろう命のやり取りだ。
ビビるのも当然だろう。
「ユージ、最初に位階が上がるまで、ゴブリンを何匹倒したか覚えてるか?」
「え? コタローとどっちがやったかわからないヤツが多いしなあ。最初は五匹の襲撃で、あと三匹は遭遇戦でやったから……五匹ぐらい?」
「なるほど。位階を上げるのに五匹必要だと仮定して、全員が一つ位階を上げるのに150匹。それで身体能力は10%の向上。二、三回は上げたいところだが……」
「いやいやゴブリンすごい数になるからね。そんなん一度に来たらどん引きだから」
口に出して考えるクールなニートに突っ込んだのは名無しのトニーだ。
謎バリアがあって、銃があって、それぞれ武器があって、アリスの魔法がある。
現段階でも、謎バリアの中に引きこもる篭城戦なら150匹は余裕だろう。
どん引きなのは確かだが。
「なあ、ゴブリンって何食うの? もしゴブリンにメスがいて、食べ物によってはアレじゃない? ゴブリン牧場みたいなさ。育てて殺って、体は牧場の中に置いておけば……」
「う、うわあ、鬼畜だ! ここに鬼畜がいるぞ!」
「名無し、そんなヤツだったのか……」
「非常に合理的だ。とても日本人の発想とは思えないが。いや、フィクションが豊富な日本人だからこその発想か?」
「ヒュー、外道ゥー!」
「ゴブリン牧場って! それ絶対反乱されて俺たちが追われるヤツじゃん! バッドエンドなヤツじゃん!」
名無しのナイスアイデアは、150匹のゴブリンに囲まれる想像よりもどん引きされたようだ。
成功すれば効率がよさそうなことは確かだが。
「ゴブリン牧場、か。位階を上げる安全策。誰もが安全に強くなる策か。ふむ……」
「いやいや考えなくていいからクールなニート!」
「ボツ! ボツでお願いします! 俺ぜったい管理班やらねえからな!」
「う、うわあ、考え込むとかアイツ、マジかよ」
「そういえばクールなニートも戦闘関連はダメなヤツだった!」
「やめよう? な? 俺、接近戦もがんばるから。ゴブリン牧場とか人間としてダメな感じだと思うから」
クールなニートの物騒な呟きに、男たちは必死になっていた。
食べ物とメスの存在によっては効率的っぽいが、外道にはなりきれないらしい。
チキンな男たちである。
「なあ、俺、モンスターで思い出したんだけど」
ガヤガヤと騒がしい中、検証スレの動画担当が口を開く。
ゴブリン、戦闘と話が広がり、自分の担当分野である動画撮影から連想したのだろう。
「いま、春だろ? ワイバーンが来るのって、この後の時期じゃなかった? いままではユージとアリスちゃんとコタローしかいなかったけど、ここには俺たちがいて、開拓も進めてる」
検証スレの動画担当は、戦闘のたびに、その場に行って撮りたいと言い続けていた。
ユージが撮り逃がした、ワイバーンも。
庭が静寂に包まれる。
動画担当が何を言いたいか察したのだろう。
「これさ……俺たち、ワイバーンに見つかるんじゃね? ゴブリンどころかワイバーンを倒さないといけないんじゃね?」
32人が静まり返る。
いや。
31人が静かになる。
一人と一匹は、口を閉ざすことなく張り切っていた。
「アリス、ワイバーンがきたらまほーでえいってやる!」
アリスである。
そして、ワンワンワンッ! と勇ましく吠えるコタローである。
幼女と犬は血気盛んであるらしい。弱肉強食で育ってきたので。
30人が異世界トリップを果たした、初日。
各班に別れて行動した面々は、夕方に報告会と意見交換を行った。
現実世界の状況報告や対応は後まわしにして、ひとまずこの世界について、である。
気づいていなかったこと、想像していなかったことはいくつもあった。
排水問題、家事、休み、戦闘。
そして。
春になると毎年近くを飛んでいた、ワイバーン。
32人と一匹の異世界開拓記は、前途多難であるようだ。
とりあえず。
最初の難関は、いかにしてワイバーンをやりすごすか、あるいは討伐するか、であるらしい。
次話、11/29(火)18時投稿予定です!
ぶっちゃけこのタイミングでワイバーンは想定外でした。
でも、気づかれる可能性はあるよなあ、と。
プロット組んでないのでどうなるかは作者もわかりません!w
※10年ニート本編に投稿している三話分のIFルートに関しまして※
本編側と重複投稿となっている三話分は、11月末日に削除します。
本編は完結済みとして、今後、IFルートはこちらのみにアップします。
ご注意ください。





