IF:エピローグ3
ユージがこの世界に来てから五年目の秋の終わり。
ユージは庭の桜の木の前で、ちらほらと舞う「ゆきふりむし」を眺めていた。
「もうすぐ雪が降るのかあ」
独り言ではない。
桜の木の前にはユージのほかにコタローもいた。
何が楽しいのか、ゆきふりむしを捕まえようとテンション高く飛び跳ねている。犬だけに。
やはりユージの独り言か。
春に二度目のトリッパーを迎えて以来、ユージは激動の半年を過ごした。
元冒険者四人組や獣人一家、針子の二人、居合わせたケビンへの説明。
届いた物資にこそ興奮していたが、開拓民の面々は「まあユージさんたちだしなあ」とあっさり納得していた。
ユージとトリッパーが稀人であることも、異なる世界から来たことも、往還に成功したことも。これまでの実績の賜物である。諦められている、とも言うかもしれない。
ただ、ケビンはいつになく興奮していた。
「では『この世界にない物』がまた届く可能性も、いえ、話の通りならば指定できる? まさか、まさか、私が、稀人の世界の物品を購入できる可能性も……? は、ははっ」
と、うわ言のようにブツブツ言っていた。ユージか。いや、商人としては当然の反応だろう。
ともあれ、新たなトリッパーの五人も、いままでいた五人のトリッパーが帰還したことも、開拓民たちにはあっさり受け入れられた。
むしろ「わかってりゃ挨拶できたんだが。水くせえな、言ってくれりゃよかったのに」とエンゾを筆頭に残念がられただけである。
度量が広いのか、すでにユージたちに拡張されたのか。タフな開拓民である。
「ゆきふりむしがキレイだねユージ兄!」
庭で遊んでいたアリスが、ユージに話しかけてきた。
物資が届いても人が増減しても、アリスは変わらない。
やや背が伸びて、届いた服でコーディネートのバリエーションが増えているのはいいとして、基本は変わらない。
トリッパーの悪ノリでどんどんと新たな火魔法を開発して、春に来たワイバーンにトドメを刺したのはアリスだが、基本は変わらない。人間兵器並みの魔法使いだが、変わらないはずだ。
もちろん、この半年ちょっとで変わったこともある。
「ね! キレイだねリーゼちゃん!」
『そう、あれが「サクラ」の木なのね。里にはなかった、稀人さんの』
『へえ、リーゼちゃんは「サクラ」のことを知ってるんだね。エルフは長生きってことは、過去に日本人が教えたのかな?』
謎バリアで守られたユージの家の庭に、一人の女の子がいた。
サクラとアリスと手を繋いで、興味深そうに桜の木を眺めている。
秋も深まった頃に、森で行き倒れているのを見つけた女の子。
家の場所がわからず、ユージたちが仕方なく連れて帰ってきた少女。
エルフの、リーゼである。
連れて帰ると決まった際に二人のトリッパーが「仕方なく、これは仕方なくなんだ。誘拐じゃなくて保護、そう保護で」「ええ、これは仕方のないことなのです。保護者が見つかるまで安全で快適で平和で幸せな暮らしを提供しなければ」などとうなずき合っていたが、それはいいとして。
『まだリーゼ、話していいかわからないから。お父様やお母様やお祖母様に聞いてから——』
『あ、ごめんね、変に聞き出すつもりじゃなかったんだ。エルフの掟? とかエルフの習慣とかあるだろうし、気にしないでね。一緒に冬を越す、長い付き合いになるかもしれないんだもの』
「リーゼちゃん、どうしたの? お腹痛いの?」
「いやアリス、そういうのじゃないと思うよ。『リーゼ、言いたいことは言えばいいし、言いたくないことは言わなくていいから。遠慮しないでね』」
目を伏せたリーゼを心配して、ユージとサクラが声をかける。
アリスだけは言葉が通じず、首を傾げて心配そうにリーゼを見ていた。
ユージたちに保護されたリーゼは、抜け出してきた里への帰り方がわからなかった。
エルフの里は大森林かその周辺にあるらしいが、秘匿されて特殊な入り方をするらしい。
ユージとトリッパーは、森で一人きりになっていたエルフの女の子を保護して、冬を越すまで一緒に過ごすことを決意していた。
もちろん、リーゼと一緒に作って森中に立てたエルフ語の「立て看板」を見て、迎えがくればそこでお別れとなるが。
「プルミエの街には行けるけど、その先はわからないからなあ」
「せっかくバイクもスノーモービルも持ってきてもらったのにね」
「ケビンさん、大興奮だったからなあ。『今年の冬はこっちで過ごします! 街のお店?……会頭を連れ出すか、いえ、いっそ結婚を申し込んでジゼルに』ってブツブツ言い出して」
「ふふ、ほんと、興奮しすぎて人が変わったみたいだったもの。それでも私たちのことを考えてくれるのはすごいと思うなあ」
どこかのんびりしたユージとサクラの発言は、さすが兄妹である。
四年目の春に届いた物資の中に、春から秋に森を移動する足としてモトクロスバイク、冬用の足としてスノーモービルが用意されていた。
いまのところモトクロスバイクはトリッパーたちの誰も乗りこなせていないが、雪が積もってからのスノーモービルの方が難易度は低いらしい。
ともあれ、いまのところユージたちは、スノーモービルを使って遠出をする予定はなかった。
雪が溶けて春になってから、「冒険者をやっている大人のエルフがいる」とわかっている王都まで出かけるつもりだ。
「マレカージュ湿原を通りましょう! リザードマンがいるって聞きました!」と興奮するトリッパーや「大人のエルフ……ついに本物の……待って、そのあとはリーゼちゃんをエルフの里まで一緒に送った方がいいのでは? エルフとの旅路……エルフの里……ぐふ、ぐふふ」と怪しい笑いを浮かべるトリッパーもいたが、それはいいとして。いいのか。
「ほんと、ケビンさんと会えてよかった。……俺だけじゃなくてみんなが迷惑かけてるみたいだけど」
ケビンとの出会いを思い出してボソリと呟くユージ。
もしケビンと出会わなければ、ユージは一人でひっそりと森に暮らしていたかもしれない。コタローもいるため一人と一匹か。
それ以前に、アリスと出会わなければ。
森で迷った新人冒険者がユージの家を見つけても、ケビンと出会うことはなかっただろう。
ユージにとって、アリスは変化のきっかけで、幸運の女神だったのかもしれない。あとコタロー。
「ふふ、でもお兄ちゃん、みんなは迷惑かけてるだけじゃないよ? 強くなって護衛もできるようになったし一緒に服や保存食やいろいろ開発してるし、ちゃんとケビンさんの商売の役に立ってるんだから。お兄ちゃんだって」
「そうだといいなあ。ほら、領主様と春に会った時も、ケビンさんにはいろいろ話してもらったから」
「それを言ったら、領主様だって『稀人がたくさんいる』『この世界にはない知識や物資が届く』メリットを感じてくれてたじゃない。公になって理不尽な要求されたり狙われたら独立するまでだーって言ってくれて」
トリッパーは五人が還って五人がやってきた。
人数のうえでは変わらないし、領主が手配してくれた身分証を代わりに使うことはできただろう。女性が一人いて性別が違うが、隠せないこともないはずだ。
だが、ユージたちはあらためて全員で面会に行った。
正直に話した方が信頼関係を強化できると考えたのだ。
なにしろ、来年の春もそのまた先も、元の世界と繋がるかもしれないのだから。
「そもそも辺境は昔の稀人が開拓した土地、かあ。どんな人だったんだろう」
「お兄ちゃん、気になるけどいま考えてもしょうがないって。それも春になって王都に行ってからね?」
「アリス、春がたのしみ! あっ、でもリーゼちゃんと一緒の冬も楽しみなんだあ!」
ユージとサクラの言葉を聞いていたのだろう。
アリスはにこにこと笑って、一緒に暮らすのが楽しみだとご機嫌だった。
王都に行くのはエルフに会いに行くため、過去の稀人の情報を調べるため、そして、アリスの家族の消息を探すためである。
家族と離れて寂しくないはずがないのに、アリスは笑顔で暮らしていた。夜になると思い出されるのか、寝るときはユージかサクラにくっついていたが。
「春、春かあ。サクラ、ルイスくんの話はホントなの? 向こうで映画の話が動いてるって」
「私も信じられないけど、たぶんホントだと思う。ふふ、お兄ちゃん、うまくいったらみんなでハリウッドデビューだね!」
「はは、ははは……」
サクラにポンと肩を叩かれて、ユージは乾いた笑いを浮かべた。
春に元の世界に還ったルイスは、「ユージさんたち次第だけど」と言いながら、「ユージたちが異世界にいること」を映画化する話を提示してきた。
OKすれば、次回のキャンプオフ当日にひとまず下調べのために何人か送られてくるらしい。
このところユージたちは、掲示板住人も交えて受けるかどうか話し合いを続けていた。
意外なことに乗り気だったのは、クールなニートや日本に還った郡司だ。
もっとも、「有名になりたいから」ではなく「世論を味方につけてユージ家跡地を死守する」ためらしいが。
ユージたちは変わらずに開拓や冒険を続けているが、元の世界は騒がしくなっているようだ。
徐々に広がっていく情報と元の世界の動きよりも、トリッパーと掲示板住人が「洋服組Aと店員さんのデートの話」に盛り上がっていたが。ユージだけでなく全員抜けているのか。
「……私が還っても、しっかりね、お兄ちゃん」
間もなく雪が降り積もって冬になる。
キャンプオフ当日を迎えたら、ユージの妹のサクラとその夫のジョージは元の世界に還る決断をしていた。
繋いだサクラの手を、アリスがぎゅっと握りしめる。
「アリス、いい子で待ってるよ。また会えるって、待ってるから」
「ふふ、ありがとうアリスちゃん。そうね、ちょっと先になるけど、また来るよ。今度は、三人で」
サクラとジョージが還る理由。
それは、サクラが妊娠したからである。
医者にかかれないためまだ確定ではないが、おそらく。
もし違ったとしても、サクラは一度還るつもりだとユージに話していた。
いまのユージを見て、大丈夫だと安心したのかもしれない。
「お兄ちゃんは……還らないし、還るつもりはないんでしょう?」
あらためて、サクラがユージに問いかける。
質問を聞いていたアリスは、真剣なまなざしでユージを見上げる。
アリスの足元でコタローも、黒い瞳をくりっとユージに向ける。
ふっと、ユージは顔を上げて。
庭を見て、一緒にこの世界にやってきた家を見て、敷地の外で「ゆきふりむし」に興奮しているトリッパーたちや、もうすぐ冬かとげんなりした表情の開拓民を見て。
最後にまたサクラとアリスとコタローと、新しく家にやってきたリーゼを見て。
「そうだね、うん。俺は、こっちで生きていくよ」
そう、決意を告げた。
微笑みながら。
10年引きこもって、家の敷地を出る時に震えていたユージの姿はない。
ユージがこの世界に来てから、四年と半年ちょっとが経つ。
10年間引きニートだった男は開拓者となり、トリッパーたちを迎え、冒険者となり、開拓団長となった。
家の敷地を出るどころか、異世界の森を行き、片道三日かけて街まで往復し、次の春には異世界の大都市に行こうとしている。
いつの間にか、ユージの世界は広がっていた。
コタローと一緒に家を出た時から。
掲示板に書き込んだ時から。
アリスを保護した時から。
しどろもどろでも、ケビンとやりとりした時から。
ひょっとしたら、10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移していた、その時から。
きっとこの先も、ユージは世界を広げていくのだろう。
もしかしたらこの世界だけではなく、元の世界でも。
「だから……コタローも、アリスも、よろしくね」
「うん、ユージ兄!」
「わんっ!」
ユージはもう、家が必要な引きニートではなく、一人でもないのだから。
「おいユージ! 俺たちもいるぞ!」
「ゆきふりむし……北海道にもいたなあ」
「それとは別のヤツなんじゃない? こんなに大きくなかったし、アレはよく見るとかわいくない虫だったし」
「必ず二、三日後に雪が降る、となると魔力が関係しているのだろうか」
「よーし、動画と写真とどっちがファンタジー感出せるか勝負だ!」
「雪中行軍の季節か」
「え、待ってそれはおかしくない?」
「わかってないなあ! リーゼちゃんはエルフなんだからそういう服じゃなくて!」
「エルフといえど、幼女に寒さは大敵です。暖かな格好でモコモコになった幼女こそ至高」
「待って、リーゼちゃん何歳だっけ? コイツ守備範囲広くない?」
「もうすぐユキウサギ狩りか。今年は罠をいくつか……」
「はあ。彼女できるんだったら俺も帰ろうかなあ」
アリスとコタローだけでなく、騒がしすぎるトリッパーたちもいるのだから。
…………しんみりするユージをよそに、あいかわらずカオスである。
きっと、この先もずっと。
(了)
……ということでIFルートも完結とします!
所感は活動報告にて!
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とりあえず「小説家になろう」上で読んでみたいという方は以下からどうぞ!
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新作、はじめました。
そしてはじめたと同時に完結まで一括投稿という暴挙に出ました!
約10万字程度で終わりまで読めますので、よろしければ以下からどうぞ。





