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【IFルート】10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた【集団トリップ】  作者: 坂東太郎
『IF:最終章 ユージと掲示板住人たち、異世界と元の世界でキャンプオフ当日を迎える』

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IF:第九話 ユージと掲示板住人たち、キャンプオフ当日を迎える part5


 ユージはぼんやりと夢を見ていた。


 10年間、家の敷地から出られなかった日々のこと。

 狭い世界でコタローと共に過ごし、門の外に出ようとしては諦めた。

 コタローはいつも足元からユージを心配そうに見上げていた。

 外に散歩に行きたいはずなのに、ユージを引っ張ることもなく。


 両親を亡くした時のこと、その後も引きこもった数日、そして、外出したら異世界だった日のこと。

 半信半疑でネットに書き込んで、ゴブリンの登場でようやく数人の掲示板住人が信じてくれた。

 もし謎バリアがなければ、コタローがいなければ、ユージは異世界であっけなく死んでいたかもしれない。

 そもそも家がなければ、電気とガスと水道とネットがなければ、謎バリアがあっても絶望していただろうが。


 ようやく敷地の外に出たこと、ユージと一緒にご機嫌で森を歩くコタロー、アリスを保護した時のこと。

 アリスがいなければ、ユージとコタローは焦ることなく一人と一匹でのんびり暮らしていたかもしれない。

 家があって周辺は採取や狩猟が可能な森で、電気とガスと水道が通じて、ネットが繋がるのだ。

 ユージはまた10年引きこもっていたかもしれない。

 家の敷地から出ても、人と会わず、誰とも会話しなければ「引きこもり」のようなものである。

 もしくは仙人。煩悩だらけだが。


 寝ているのか起きているのか、一人と一匹が浅い眠りでうつらうつらしていると。

 ユージの腰と、コタローの前脚にセットされたPPロープが引っ張られる。

 ガクッとなってユージは目を覚ました。


「おっと、寝ちゃってたみたいだ。コタロー、も起きたか」


 上体を起こして、ぶんぶん首を振るユージ。

 ユージにくっついて眠っていたコタローも目を覚ましたようだ。

 前脚を引っ張られたのと、ユージが動いたことに反応したのだろう。


 眠いのか、ユージはやたらゆっくりした動きであぐらをかく。

 コタローがユージの両足の間の空間に体を乗せてくる。

 ユージはぼんやりしたまま、コタローの頭を撫でる。


 半分寝ぼけた一人と一匹が視線を上げる。


 庭に人がいた。


 窓を開けた和室の縁側付近に座るユージが目を見開き、コタローもパチクリと目を丸くする。


 庭に人がいた、だけであればユージがウトウトする前と同じだ。


 ユージが眠る前、庭にいたのは五人。

 洋服組A、郡司先生、ルイス、コテハンなしの名無しのニートが二人である。


 庭にいるのが五人だけであれば、ユージが驚くことはなかった。


 もっと人がいる。


 しかも。


「あっ、起きたぞ! おーいユージ!」

「コタロー! こっちおいで、って来ちゃまずいんだった!」

「おおおおお! これがユージの家! まさかホントに見られるなんて!」

「おいユージもいるぞ。そこはいいのか」

「アリスちゃーん! ユージ、アリスちゃんはどこだー!」


 まぶしく、騒がしい。

 いや騒がしいのはここ一年いつものような気もするが、それはそれとして。


 夜を迎えて、ユージは光魔法を使って庭に照明がわりの光の球をいくつか浮かべた。

 春になったとはいえまだ夜は長く、深夜三時では空が白むにも早い時間だろう。


 だが、庭は明るかった。


 ユージの家の()()()()から照らす、()()()()()のおかげで。


「あっ、起きたねユージさん!……あれ? 言葉が通じる?」


 ユージの腰とコタローの前脚にセットされたPPロープを引っ張ったのは、庭にいたルイスだったらしい。

 その先に繋がっていたはずの、家の外にいるはずの、トリッパーたちではなく。


 呼びかけておきながら首をかしげるルイスに応えることなく、ユージは呆然と庭と外を眺めていた。


 ユージがウトウトするまで庭にあったのは、屋根付きの車庫と動かない車、プレハブ倉庫、それにキャンプしていた五人だ。

 だがいまそれに加えて、ユージが見知らぬ人がさらに何人か庭にいて、空いていたスペースにはハーフコンテナが二台積み重なっている。


 郊外ならではの広さだったユージ家の庭は、人と荷物で埋まっていた。


 ユージとコタローが眠気に負けるまで、ユージの家の外にはトリッパーたちが集まっていた。

 庭のブルーシートに繋いだPPロープを持って帰還希望組やユージを起こし、その時なにが起きるか撮影を試みるカメラ班である。

 だがいま、固唾を飲んで見守っていたはずのトリッパーたちはいない。あとケビンもいない。


「マジか、マジか! これどうなるんだこれ!? 還ってきたのか? いま飛び込めば向こうに行けるのか!?」

「おらリストにないヤツは下がれ! 警備の人たちやっちゃってくださいお願いします!」

「帰還希望の五人! 早くこっち来い!」

「案外、このままユージ家がまるごと戻って来ちゃったりしてね」

「とつぜん異世界に放り出される先行トリッパーたち!……あ、いまはもうなんとでもなるのか」

「ちょうどケビンさんもいるし、防衛戦力もあるからな。ユージ家がなければ不便な暮らしだろうが」

「待って、ねえ待って! その場合アリスちゃんは!? いまユージの家の中にいるんでしょ!?」


 いるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()と、「イベント警備として」依頼された警備会社の警備員である。


 集まった掲示板住人が大騒ぎしている内容に気づいたのだろう。

 ユージはバッと振り返る。

 コタローも体を起こしてユージの横から顔を出す。


 和室では、アリスがすやすやと眠っていた。


 いまユージの家は、元の世界にあるのに。


「えっと……と、とりあえず、起こさないでおこうか」


 ユージ、問題を見ない振りである。

 コタローも、わふっと鳴く声に力はない。似た者同士か。

 まあ一人と一匹とも、この後の流れを想定してのことだろう。


 なにしろ去年、ユージ家跡地にいた30人は異世界トリップした。

 つまり何かしらが起こって、元の世界から異世界に行ったのだから。


「さてっと! じゃあユージさん、僕らは行くよ!」


「ルイスさん」


「ユージ、いままでありがとう。俺……ま、まあまた掲示板に書き込むから!」

「ユージさん、引き続きメールにて状況を報告します。サクラさんにもよろしくお伝えください」

「あああああ! 還ってきた! 還ってきたぞー!」

「よしよしよし! んじゃがんばれよユージ! みんなにもよろしく!」


 大騒ぎする周囲をよそに、縁側に出たユージとコタローと、挨拶する五人はどこかしんみりしていた。

 ルイスは手を振って郡司先生とともにスタスタ歩き出し、名無しのニート二人は何度も振り返りつつ門に向かう。

 洋服組Aは歩き出したのに、門を出る直前で足を止めてまごまごしている。


 四人がユージ家の外に出て、洋服組Aが足元を見つめたり顔を上げたりしているところで。


 まるで、ざあっとノイズが走ったかのように、一瞬だけ景色が変わった。


 大騒ぎして照明が明るい場所から、大騒ぎして暗い森へ。


 すぐにまた元の景色に戻る。


「……いまのは?」


 首をかしげるユージを置いて、コタローが焦ったようにワンワンと激しく吠える。はやくはやく、とでも追い立てるかのように。


「ほら還るならさっさと来い洋服組A!」

「おいいいいいい! ユージなみの勇気かよ! 足を踏み出せ!」

「えっと、俺」


 ユージ家跡地に集まったキャンプオフ参加者は、野外用照明に照らされて必死に中に呼びかけている。

 外側にいた彼らから見ても、なんらかの変化があったのだろう。

 帰還希望組のうち、いまだにユージ家の敷地内にいた洋服組Aに呼びかけている。


「これ、これは! 本当に異世界に行けるかも!」

「マジか。兄貴、俺異世界行ってくる。家のことは任せた。がんばって農家を継いでくれ」

「これ無理やりでも洋服組Aを押し出した方がいいのかなあ。でも人の恋路を邪魔するヤツは、って言うしなあ」


 庭に残った異世界行き希望者やユージが、背中でも押そうかと迷っているうちに。


「文也くん」


 敷地の外から手が伸びる。

 まごまごする洋服組Aを招くように。


 洋服組Aが顔を上げて手の持ち主を見て、足を踏み出す。

 最初はおそるおそるゆっくりと、動きはじめてからは吹っ切れたようにあっさりと。


「ああ、待ってる人がいたんだ。じゃあ大丈夫かなあ。あの頃の、俺と違って」


 ユージは目を細めて、家の敷地を出る洋服組Aを眺めていた。

 コタローがユージの足に体をなすりつける。


 トリッパーのうち帰還希望組の五人が、ユージ家の敷地の外に出た。


 これでユージの家の敷地の中に残るのはユージとコタロー、眠るアリス、異世界行きを希望した五人の掲示板住人、それに持ち込まれた物資だけだ。あと家屋と車庫とプレハブ倉庫。



 ふたたびノイズが走る。


 今度はちらちらと、家の敷地の外が、元の世界と異世界と切り替わるように何度も何度も。



「ユージ! 向こうでも元気でな! みんなによろしく!」

「ユージさーん! いろいろ準備したらユージさんやジョージやサクラさんにメールするね!」

「なあこれ去年イケて今年もイケそうなわけで来年もイケんじゃね?」

「ユージ、いままでありがとう!」

「ああああああ! 俺準備する! 来年向こうに行けるようにこの一年で準備する!」

「おい待てもう俺は事務局やらねえからな。これ以上規模がデカくなったら手に負えねえ」

「ユージさん! サクラによろしくね! こっちは、というかこの二人は私に任せて!」


 途切れ途切れで、ユージに声が届く。

 応えるようにコタローがわふわふ鳴いて、ユージが手を振って。



 ノイズが止まった。


 景色は変わらない。


 一瞬、静寂が訪れて。



「おおおおおお! おかえりユージィ!」

「焦った、めっちゃ焦った! 戻ってこなかったらどうしようかと思った!」

「ああああああアリスちゃん! アリスちゃんはいますねユージさん!」

「おおっ、ホントにハーフコンテナまである。すげえなこれ」

「…………撮影班、どうだ?」

「どうだろうなあ。コマ送りにしても何か映ってんのかなあ」

「細かいことは気にしちゃダメだよクールなニート! 魔法の問題じゃない? ほらなんか魔力的な」

「な、なんでしょう、あれは。大型の金属? まるで船に乗せる木箱のような」



 爆発的な騒ぎが戻ってきた。


 ユージ家の敷地の外は暗い森だ。


 ユージの家は敷地ごと元の世界に行って、ふたたび異世界に戻ってきたらしい。


 おそらく、一年前、30人のトリッパーがこの世界にやってきた時のように。


「えっと…………」


 ユージは何もしていない。

 眠りかけたものの途中で起こされて、いくつか言葉をかけて、あとはただ見ていただけだ。

 コタローも何もしていないし、アリスにいたってはずっと眠っていて何が起きたか知らないだろう。


 だが、とりあえず。


「おかえり、お兄ちゃん」


「サクラ、みんなも。ただいま。……あれ、ただいまってちょっと変じゃない?」


 ユージは、集まっていたトリッパーたちとケビンに挨拶をして、ほっと安堵の息を漏らすのだった。

 ワンッ! と勢いよく鳴いて、ただいま! とでも言いたげなコタローとともに。



 ユージがこの世界に来てから四年目。

 元の世界から物資が運び込まれて、一部のトリッパーが入れ替わった。


 それでも。

 ユージの生活は続いていく。


 引きこもることなく、一人と一匹だけの世界ではなく、この世界で。



次話、7/14(土)18時投稿予定です!

次話からエピローグの予定ですが、エピローグが何話になることか……

ちなみにIFルートでは、本編エピローグの「????視点」はありません!w

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― 新着の感想 ―
[良い点] そこに気付いた「かふ」さんエライ!
[気になる点] そう言えば物知りなニート帰らなかったんだ?
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