IF:第八話 ユージと掲示板住人たち、キャンプオフ当日を迎える part4
「ユージ、これ、差し入れだって」
「ありがとう……なんだろこれ」
「ガレットみたいなヤツ?って言ってたよ。クレープは乳製品が手に入らなくてアレだけど、これぐらいならできるからー、だって」
「はあ、みんなすごいなあ」
洋服組Aから差し出された皿を手に取るユージ。
陽が落ちて、辺境の大森林はすっかり夜になっていた。
だが、ユージ家の庭は明るい。
アリスが眠る和室を除いて電気がつけられて、しかもユージの光魔法で庭を照らしているのだ。
めずらしくユージの魔法が役に立っている。
ユージがこの世界に来てからちょうど四年。
元の世界でキャンプオフが行われている日、ユージの家の庭には何人かの男たちが思いおもいに過ごしている。
洋服組Aはときどきブツブツ言いながらぼんやりと。
たまに家の敷地の外のトリッパーに話しかけられ、夜食のガレットを配るなど動いているのも洋服組Aだ。
なんだかんだ、動けるニートであるらしい。
まあそうでなくては、服屋の店員さんとメールをやり取りすることもないだろう。
それにいまはニートではなく「開拓民」であるのだし。
「まずは先生と打ち合わせて……どこまで情報を公開するべきか……最も早く帰ってくるためには」
ブツブツ言っているのは洋服組Aだけではない。
キャンプ用のディレクターズチェアに座った郡司先生は、ブツブツ言いながらメモを取っている。
還れるかどうかはまだわからない。
ただ、もし還れても、できるだけ早く戻ってくるつもりらしい。
トリッパーからしたら、郡司先生は元の世界にいた方がいろいろ動いてもらえてありがたいだろうに。
だがトリッパーも掲示板住人も、冗談交じりにそう言うことはあっても、本気で郡司先生に要請することはなかった。気持ちはわかるらしい。
「還ったらまずアレを買って、ああっ、アレも欲しい! そうだ、言葉はどうなるんだろ? まさか何ヶ国語でも話せる可能性がある? やった!」
上機嫌でノートパソコンを叩いているのは、CGクリエイターのルイスだ。
「元の世界に還ること」にマイナスなイメージはないらしい。
と言って、還れなかったとしてもルイスが落ち込むことはない。
ポジティブなのではなく、単にマイペースすぎるだけなのだが。
クリエイターっぽいし、実際にCGクリエイターである。
この世界に来て、とりあえず獣人の毛並みやワイバーンの骨格や鱗の質感は勉強になったようだ。ポジティブか。
「異世界、来たかったんだけどなあ」
「そりゃな。でもこれじゃしょうがないだろ。掲示板で叩かれるかと思ったら、わりとみんな理解してくれたし」
「まあなあ」
ケビンが差し入れに持ってきたこの世界のお酒をちびちびやりながら、二人の男が暗い顔で話している。
二人ともコテハンなしの、名無しのニートだ。
還れるかどうかわからないけれど、還ることを希望した二人である。
ユージの家があって、この世界でも電気とガスと水道とネットが使える。
それでも、元の世界で育ってきた二人にとって、この世界はキツかったらしい。特に衛生面で。
ユージの家は謎バリアで守られているし二人も中に入れるようになっているが、それでも命の危険もある。
還ることを望むトリッパーが出るのは当然だし、二人というのは案外少ないかもしれない。
「アリス、夜食をもらったけど……寝ちゃったか、そりゃそうだよなあ」
ガレットを乗せた皿を持ってユージが和室に近づくと、アリスは布団をかぶってスヤスヤと寝息を立てていた。
隣に寄り添って寝そべるコタローが、ふいっと頭を上げてユージに目を向ける。もうよるだもの、こどもはおきてられないわ、とばかりに。慈母のような目線である。犬なのに。
ユージが縁側に腰掛けると、コタローがユージのヒザに頭を乗せた。
無意識にコタローの頭を撫でるユージ。
ぼーっと庭を見ながら、ユージは微笑んでいた。
「これで、俺とコタローが家ごとこの世界に来てから四年目だっけ」
家ごとこの世界にやってきた当初、一人と一匹だけだった。
モンスターがはびこる世界で、家と周辺にいるのはユージとコタロー、一人と一匹だけ。
ユージは家の敷地の外に出ようとしては震えてコタローに助けられ、モンスターと戦ってはコタローに助けられ、掲示板に書き込んでは掲示板住人たちに助けられてきた。
家、家の電気とガスと水道とネット、家の敷地内を守る謎バリア、一つでも欠けていたら、ユージの異世界生活はすぐに終わっていたことだろう。頼れる淑女、もとい、頼れる犬の存在も不可欠だった。
「この一年は、みんなも来て、いろいろあったなあ」
アリスを保護して二人と一匹の生活となり、冒険者と遭遇して、ケビンと出会った。
さらにちょうど一年前、ユージの家に30人のトリッパーがやってきた。
ユージの妹のサクラも、その夫のジョージも。
「みんなでワイバーンを倒して、開拓して農業して、街にも行った。開拓民になって、それどころか俺が開拓団長で、みんな以外の開拓民も迎えて」
言いながら、ユージはコタローの頭を撫でる。
気持ちいいのかコタローは目を閉じて、尻尾をゆっくり振っている。
ユージは庭に目を向ける。
元の世界に還ることを目指す五人は、ブルーシートの上で過ごしている。
郡司先生はシートの上にキャンプ用のディレクターズチェアを置いて座り、名無しの二人はシートに直接座っている。
ブルーシートにはPPテープが結ばれて、ユージの家の敷地の外に繋がっていた。
ユージはテープをたどって、敷地の外に目を向ける。
夜半も過ぎて、新たな開拓民たちはすでにそれぞれの寝床に帰った。
敷地の外にいるのは、残るトリッパーたちと、ケビンだ。
「ほら、うとうとしてるぞ! 引っ張れ!」
「はいみんな起きてー」
「くっ、俺たちも水鉄砲が使えれば!」
「まあほら、こっちはデカい音を出しても許されるからその分は楽だよね」
「そろそろなのでしょうか。どうなるのでしょうか。ああ、ユージさんと出会えてよかった!」
一年前、この世界に掲示板住人たちがやって来た時、ユージもトリッパーたちもいつの間にか眠っていて、どうなったかわからなかった。
だが今年は違う。
この世界でも元の世界でも、何台ものカメラで動画を撮影中だ。
そして元の世界では異世界転移を希望する掲示板住人を、この世界では帰還を希望するトリッパーを起こしておくべく、周囲には人がいる。
元の世界では水鉄砲を掛けて、この世界では「下に敷いたブルーシートを敷地の外から引っ張る」ことで起こすらしい。
ちなみに、トリッパーたちは水鉄砲もホースによる放水も試したが、いずれも謎バリアに阻まれた。
ブルーシートを外から引っ張るのは苦肉の策である。
「起きてたらどうなるのかなあ。起きてられるのかな。まあ、俺は寝てもいいから気楽だけど」
ユージの声に応えるように、コタローがわふっと鳴いた。そうね、わたしもきらくだわ、ちょっとねむくなってきたもの、とでも言っているかのようだ。
トリップがあった昨年の状況をできるだけ再現する。
そのためユージとコタローとアリスは家の中で過ごしている。
が、この世界のユージの家の庭に五人のトリッパーがいるのは、去年はなかった状況だ。
この世界でも元の世界でも、「庭にいる人が起きている」ことも、去年はなかった。
今年も異世界転移するのか、戻れるのか、あるいは何もおこらないのか。
人が起きていることでトリップは左右されるのか。
掲示板でも議論されたが、当然、結論は出ない。
ただ、一年前に家の敷地内にいたユージとアリスとコタローが元の世界に戻っていない以上、「敷地の中にいても、この世界で寝ているだけでは戻れない」と予想されている。
そのため、庭のトリッパーたちは起きているのだ。
深夜まで起きるのは慣れているし気を張っているはずなのに、五人は時おり寝落ちしそうになっている。
気楽なのはユージとアリスとコタローだけだ。
「行ったり来たりできるなら、俺も戻ってもいいんだけど。アリスと一緒に……は、さすがにやめといた方がいいんだろうなあ。サクラもジョージくんもいるし、やっぱり俺はこっちで」
空に浮かぶ月と、ユージの光魔法に照らされた夜桜をぼんやり見ながら、ユージは呟いた。
コタローはわふっと鳴いて、そうねゆーじ、とでも言いたいらしい。
周囲の喧騒から除外されているかのように、一人と一匹はのんびり、そして。
縁側に座るユージは、気持ちよさそうにうとうととまぶたを閉じて、そのままコテンと体を倒した。
寄り添っていたコタローも、そのまま眠りに落ちたようだ。
庭と敷地の外の喧騒を、どこか遠くに聞きながら。
遅くなりました……
次話、7/7(土)18時投稿予定です!





