IF:第六話 ユージと掲示板住人たち、キャンプオフ当日を迎える part2
「よし、『開拓民の救世種』焼けたぞー」
「いやもうジャガイモでいいでしょ、だいたいおんなじなんだし」
「何を言ってる? ジャガイモと似てるのは見た目だけでこれはまったく別の作物で」
「はいはい、トニーも物知りなニートもそのへんで。肉が焼けたぞー」
「ケビンさんが持ってきたヤツだからなんの肉かはわからないけどね!」
4月12日。
ユージの家とトリッパーが建てた平屋の間で、BBQが行われていた。
参加した30人のトリッパーたちはわいわい楽しそうだ。
ほとんどのトリッパーは、BBQなのにノートパソコンやタブレット、スマホに夢中なようだが。
「差し入れありがとうございます、ケビンさん」
「いえいえ、気にしないでくださいユージさん。いやあ、春を祝うお祭りをすると知っていればもっと持ってきたんですけど」
「おにくおいしーね、ユージ兄!」
「たくさん食べるんだぞ、アリスの嬢ちゃん。冬の間にさんざんユキウサギを狩ってやったからな!」
「楽しかった。来年も狩らニャいと」
「次の冬はボクもやるよお母さん! そ、それで、アリスちゃんに……」
「はは、では私もニナに教わろうかな」
「ユキウサギの毛皮かー。ねえユージさん、処理の方法を知らないかしら?」
「え? ユルシェル、服と皮だけじゃなくて毛皮にも手を出す気なの?」
30人のトリッパーたちから少し離れた場所で、残る開拓民たちがBBQを楽しんでいた。
ユージとアリス、元冒険者パーティ、獣人一家、針子の二人である。
雪解けを迎えて開拓地にやってきたケビンもいる。
あとユージの足元で骨をかじるコタロー。
元いた世界で行われたキャンプオフに合わせて、ユージたちもBBQを開催したらしい。
クールなニートや物知りなニートあたりが、「無事に冬を越したお祝いに」とそれっぽい名目を開拓民とケビンに伝えて。
スマホやタブレットやノートPCはスルーである。
秋の終わりにやってきた新たな開拓民たちも、ユージとトリッパーたちの奇行には慣れたものであった。
「おーい、ユージー! こっちもキャンプファイヤーやるってー!」
「アリスちゃん! 準備は万端ですからよろしくお願いします!」
「おいやめろロリ野郎。アリスちゃんの火魔法じゃ爆発するだろ」
辺境の大森林にトリッパーたちの楽しそうな声が響く。
日が傾いて薄暗くなってきたため、「明かり」という意味でもキャンプファイヤーするつもりらしい。
「よし、じゃあ行こうかアリス」
「はーい! ねえユージ兄、アリス、えいってやっていいの?」
「……爆発させないタイプの火なら」
「んじゃユージさん、俺たちはここでメシ食って、終わったら家に戻るから」
「すいませんブレーズさん。みなさんを信じてないわけじゃないんですけど……」
「気にすんなユージさん。冒険者なんて隠しごとを抱えたヤツばっかだからな。いつか話してもいいと思ってもらえたら話してくれや」
ニカッと笑うブレーズや新たな開拓民を置いて、ユージとアリス、コタローが立ち上がった。
がふがふと骨を噛んでいたコタローがピタリと止まって顔をあげる。あら、わたしったらはしたない、むちゅうになっちゃったわ、とでも言っているかのようだ。
ユージたちに続いて、ケビンも立ち上がる。
「ユージさん。私は、本当にいいんでしょうか?」
「はい、ついてきてください、ケビンさん。……みんなにも相談して、ケビンさんには見てもらおうって決めましたから。あっ、ほんとブレーズさんたちに見せたくないってわけじゃなくて!」
「ははっ、わかってるって。んじゃ俺たちはゆっくりやって、ほどほどでお開きにすっから」
差をつけたようで申し訳ないと思ったのか、ペコペコと頭を下げるユージ。
新たな開拓民たちは、気にしなくていいのに、と口々に言っている。あるいはユージとトリッパーたちの奇行に慣れすぎたのかもしれない。
「んーっと、じゃあいくよー?」
「ちょっと待ってアリス! 使う魔法を教えてもらっていいかな?」
「退避、退避ーッ!」
「カメラよし、って火魔法を写すのはキツイかなあ」
「ホース、は伸びないか。バケツリレーの準備はしておこう」
「アリスちゃん、地面に広がる火魔法でいいんじゃないかな? 狭い範囲にできる?」
一足先にトリッパーと合流したアリスはノリノリだった。
慌ててユージが止めに入る。
コタローもアリスの前に回り込んで飛び跳ねて止めに入る。
元の世界でキャンプオフが行われている、当日。
ユージたちがいる世界でも、騒がしくBBQとキャンプが行われているようだ。
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4月12日。
キャンプオフが行われている宇都宮の森林公園では、遅れてキャンプオフに駆けつける人たちもいた。
掲示板住人のうち、仕事していて休めなかった人たちである。
もしくは、参加するかどうか迷っていたものの昼間の中継を見て参加を決めた人や、現地に来たが参加する勇気が出なかった掲示板住人である。
「あ、きたきた。おーい!」
「ごめんね、遅くなっちゃった」
だが、遅れて参加したのは掲示板住人だけではない。
「思ったより人が集まってるんだねえ。あ、さっきお店に来てくれた人たちも」
「あー、あの子たちは、話しかけてこない限りは放置してあげてくれるかなーって。それより子どもは大丈夫だった?」
「うん、お母さんに預けてきたから。そっちは?」
「ウチはさっき旦那が迎えに来たよー」
「……え? 連れて来たの?」
「ああ、まあいろいろあって」
ははは、と乾いた声で笑うのは、コテハン・サクラの友達だ。
キャンプオフの準備をしてきたサクラの友達は、理由も話さず忙しそうにして夫に疑われたのだろう。
最終的には「異世界」については秘密にして、キャンプオフのことは打ち明けたのだという。
おかげで子どももBBQに参加できたらしい。楽しめたかどうかは別として。
「今日はお疲れさま。あの子たちも感謝してたよー。『普通に見られる』って」
「うーん、アパレル店員としては、それってあんまり褒め言葉じゃない気がするんだけど」
「気持ちはわかるけど、いまはこれで充分だと思うよ」
キャンプオフの会場に遅れてやってきた女性は、ユニク◯の店員さんであったらしい。
女性二人が話し始めると、近くにいた男たちがススッと離れていく。
気を遣って、ではない。
ガールズトークを前にどうしたらいいかわからなかったのだ。哀しい現実である。
そのまま二人の女性が話し込み、ふとまわりを見た店員さんが手を止めた。
遠巻きにチラチラこちらを見る男たちに気がついて、ではない。
店員さんの視線は、インフラ屋が用意した屋外用モニターで止まっていた。
「……あっちも、映ってるんだ」
「あー、うん。音声は変になっちゃうから聞こえないけど、映像は生だって」
インフラ屋が用意した屋外用モニターは大きなものではない。
60インチほどのサイズが四台で、それぞれ別の画面が映されている。
二台は現在のキャンプオフの様子が映り、一台は掲示板をリアルタイムで。
そして、最後の一台はキャンプファイヤーに火をつけようとしている人たちが映っていた。
ユージとトリッパーたちがいる、異世界である。
「わっ、何もないところから火が出てきた!」
「ああ、アリスちゃんの火魔法ね。私もはじめて見た時は驚いたなあ」
ちょうど、アリスが火魔法を放つところだった。
まるで、店員さんに「映ってるのは異世界だ」と証明するかのように。
「あ、文也くん……洋服組Aくんが映った」
「ふふ、そうそう、ここではコテハンでね。本名は二人のときに呼んであげなさい」
ついつい名前を漏らした店員さんの顔を、サクラの友達がニヤニヤと覗き込む。恋バナの匂いを嗅ぎつけたらしい。ちょっとウザい。
洋服組Aとユニク◯の店員さんは、サクラの友達の仲介でメールをやり取りする仲になっていた。メル友である。
いや、洋服組Aは店員さんの案内で服を買ったことがあるのだ。つまり直接会ったことがあるわけで、一般的な「メル友」とはちょっと違うのかもしれない。
「どうなる、のかなあ」
「さあ、どうなるのかしらね、ほんとに。でも、洋服組Aくんが帰ってくるなら……デートするんでしょう?」
「…………うん」
サクラの友達は店員さんをからかったわけではない。
心配そうな表情を見て、未来を想像させて励ましたのだ。たぶん。
「よーし、じゃあユージ家跡地組はそろそろ移動するぞー! おい待て、関係ないヤツまで立ち上がるな! こっちはちゃんとリスト持ってるんだからな!」
モニターに映る異世界は薄暗く、キャンプファイヤーの火がトリッパーたちを照らしている。
宇都宮も日が傾いて、森林公園も暗くなってきた。
「さあ、私たちも行きましょ! ほら心配したって何か変わるわけでもないんだし!」
「そうよね……よし!」
サクラの友達も、店員さんも立ち上がる。
勇気付けるかのように勢いよく。
まあほかのユージ家跡地組は二人の女性よりも勢いよく、歓喜の雄叫びさえ上がっていたのだが。
4月12日。
四年前の深夜にユージが家ごと異世界に行った日で、一年前の深夜に30人の掲示板住人が異世界に行った日。
ユージが元いた世界で、一部の掲示板住人たちがユージ家跡地に向かう。
そのまま異世界に行けることを願って。
あるいは、異世界から、還ってくることを願って。
どんな結果が待つにせよ、ユージとトリッパーと開拓民と掲示板住人と一人の女性にとって、特別な日になることだろう。
次話、6/23(土)18時更新予定です!
※6/23追記 更新遅れそうです。23日の夜のうちには!





