IF:第五話 ユージと掲示板住人たち、キャンプオフ当日を迎える part1
「おおっ、あそこにいるぞ!」
「ああ、ついにこの日が来たか……」
「まあ俺たちは行けないわけだけれども」
「言うな名無し! あっ俺も名無しだったわ」
4月12日。
JR宇都宮駅の西口を出た男たちが騒ぎ出す。
服装も年齢もさまざまで、男たちに統一感はない。
テンション高い男たちのやや後ろには、ときどきチラチラと進行方向を確かめながらうつむいている男たちもいる。
リュックを背負ってトートバッグを肩からさげて、それぞれ大きな荷物を持った男たち。
宇都宮への観光旅行である。
違う。
「おっ、キャンプオフ参加者か? ホームセンター班とユニク◯班、早入り班は集合場所が分かれてるから気をつけろよー」
4月12日。
とある掲示板住人たちが待ち望んだ、キャンプオフの日である。
「はいユニク◯班はこっちですよー。そんなに怯えなくていいからね、私も現地の店員さんももう慣れたから」
宇都宮駅西口のペデストリアンデッキ上で、服を買いに行く・髪を切りに行く掲示板住人たちを集めているのはコテハン・サクラの友達だ。
わかりやすく自作の看板を持っているのに、サクラの友達を遠巻きにして近づこうとしない掲示板住人もいる。
普段接することがない、サクラの友達のような女性が苦手なのだろう。気持ちはわかる。
なにしろサクラの友達は、地方都市在住でアクティブな若めのママさんである。ヤンママではない。たぶん。
「ホームセンター班はこっちなー。向こう行きの物資は買ってるのと、ユージ家跡地に泊まれるヤツはもう決まってて追加はないから注意するように。まあフツーのキャンプ用品は売ってるしめっちゃ広いから楽しいぞー」
もう一人、立て看板を持って掲示板住人を集める者がいた。
コテハン・インフラ屋である。
インフラ屋の注意事項を聞いて、がっくりと肩を落とす掲示板住人もいる。
あわよくば、を期待していたのだろう。
まあ、郊外の超大型ホームセンターが楽しみなのか、目を輝かせている者もいたが。あとキャンプ&BBQに張り切る男たちも。
4月12日。
四年前の深夜にユージが家ごと異世界に行った日で、一年前の深夜に30人の掲示板住人が異世界に行った日。
ユージ家跡地に泊まることが決まっている掲示板住人にとって運命の日で、帰還に挑戦するトリッパーにとって運命の日である。
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「そろそろみんな集まってるのかなあ」
「ユージ兄、さくらがきれーだね! ことしも咲いたね!」
「異世界で見る桜か。不思議なものだね」
「あらジョージ? この一年、私と異世界にいたでしょう?」
「ジョージ、サクラさんは日本語で聞こえてるから通じてないみたいだよ! いやあ、一番の不思議はこの言語翻訳かもね!」
4月12日。
朝食を終えたユージたちは、縁側に座って庭を眺めていた。
PPロープで区分けされた庭の様子を、ではない。
庭に一本だけ植えられた、桜を眺めていたのだ。
お花見である。
ちなみにコタローは縁側ではなく、桜に近づいて地面に落ちた桜の花びらの匂いを嗅いでいる。
「おーい、ユージー! せっかくだからみんなで掲示板見ない?」
「キャンプの中継もあるってさ! ホムセン班と◯ニクロ班は撮影しないらしいけど!」
「商業施設内はたいてい撮影禁止だからな」
まったりしていたユージたちを呼びに来る男たちがいた。
わいわい騒がしく、小学生男子のようなノリで。
「せっかく休みにしたんだし、みんなで見ようか」
「あっ、先に行っててお兄ちゃん。クッキー焼けたら持って行くから」
「わあ! アリス、サクラおねーちゃんのクッキー好きなんだあ!」
「ありがと、アリスちゃん。でもウチの砂糖じゃなくてケビンさんが持ってきたハチミツを使ったヤツだからなあ。いままでのとちょっと違うかも」
「大丈夫、サクラが作ればなんでもおいしいよ」
「それはそれでどうかと思うよジョージ!」
縁側でお花見していたユージたちが立ち上がる。
友人夫婦のバカっぷりにルイスは首を振り、いつの間にか近くにいたコタローも、わふっと同意する。おんなはほめればいいってものじゃないのよ、とばかりに。上から目線である。犬なのに。
4月12日の午前。
元の世界でもこの世界でも、それぞれの場所に掲示板住人たちが集まりつつあった。
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宇都宮の市街地から車でおよそ30分ちょっと。
平日の午後遅めの時間帯にもかかわらず、宇都宮の森林公園にはたくさんの人が集まっていた。
「『量産型大学生っぽい』ってよ……へへへ……」
「はあ、今日来てよかった……」
人だかりから外れてベンチでしみじみする男たちがいる。
午前中に服屋と美容院に行ってきた「ユニ◯ロ班」である。
パッと見ると年相応でありふれた格好だが、宇都宮駅に集合した時はそうではなかった。
彼らにとって「量産型大学生」「ありふれた格好」は、褒め言葉だ。
うつむいて涙を流す者もいるほどに。
かつての洋服組A・Bであり、異世界に飛ばされなかったユージである。
慣れない外出で疲れたのか、BBQがはじまってもぼーっと座っている者も多かった。
時おり肉や飲み物を運んでくるだけで、ほかのキャンプオフ参加者が変に声をかけることもない。
ユニク◯班は、ゆっくりとキャンプオフを楽しんでいた。
今日の成果を身につけて。
「おい大丈夫か、そっちすごい煙だけど」
「よーし、肉が焼けたぞ!」
「え? バーベキューってこういうものじゃないんですか?」
炭火コンロからもくもくと上がる煙に驚いて、今日の事務方であるインフラ屋が慌てて様子を見にきた。
静かに過ごすユニク◯班のような人たちもいたが、大半はBBQで盛り上がっていた。
ユージのこと、異世界の写真や動画、これまであげられてきた情報の数々。
話のネタは事欠かない。
しかも、いまは掲示板は鍵付きで、情報が情報のため誰とでも話せるわけではない。
キャンプオフに集まった掲示板住人の多くが盛り上がるのも当然だろう。
ちなみに大半はお酒を飲んでいない。飲み慣れていないので。
「待ってなんか変な匂いするんだけどこれなんの肉?」
「え? BBQって言ったらラム肉だろ?」
「なんでだよ! フツー牛肉だって! どこの常識……あっ」
「ドングリ博士がいないからヘンなモノは出ないだろって安心してたら!」
「おいヘンなモノってなんだ、お前いま道民を敵にまわしたぞ」
「くっ、俺はいま試されているッ!」
住んでる場所が違えば常識も違う。
異なる世界に行ったユージやトリッパーたちでなくとも、掲示板住人はそんなことを実感できたらしい。
キャンプオフに参加した掲示板住人のうち、一番遠方から来たのは試される大地の民2と試される大地の民1である。
ちなみに一番遠いのは興部から来た試される大地の民1だが、一番移動距離が長いのは試される大地の民2だ。
喜茂別在住なのに、興部まで試される大地の民1を迎えに行ったらしい。
その後、苫小牧で大洗行きのフェリーに乗船したのだという。経由地までの距離がひどい。むしろ経由地とは言わない。
「はあ、犬飼いたいなあ」
「コタローかわいいよコタロー!」
「いやその子はコタローじゃないから。似てる子も連れて来たけど」
森林公園のキャンプ場に集まったのはニンゲンだけではない。
もちろんエルフがいるわけでもモンスターがいるわけでもない。
掲示板住人たちの間を動きまわってるのは、コテハン・圧倒的犬派が連れてきた犬たちだ。
訓練されているのか、初対面の人間がリードを持っても怯えることなく、気ままに動きまわっていた。
まあプロでもある圧倒的犬派が、人懐っこい犬だけを選んできたのだろう。
とりあえず、コタロー並みの賢さと身体能力を見せる犬はいない。当然である。
4月12日。
四年前の深夜にユージが家ごと異世界に行った日で、一年前の深夜に30人の掲示板住人が異世界に行った日。
ユージが元いた世界ではキャンプオフが開催され、ユージがいまいる世界では掲示板やネットを使った中継でその様子に盛り上がっていた。
「集合場所を間違えてもう一つの宇都宮駅に行った」「集合場所まで来たけどなかなか声をかけられなかった」「用意したアルコールがめっちゃ余りそう」「レンタルした屋外用モニターが昼間のうちは見づらい」などの小さなトラブルはあったものの、いまのところ大きなトラブルはない。
いまのところ。
遅くなって申し訳ありません。
次話は通常通り6/16(土)18時更新の予定です!
次話もキャンプオフですー





