IF:第四話 ユージと掲示板住人たち、ひさしぶりに来訪したケビンを迎える2
「冬の間に頼まれていた品々は、これで以上ですね」
「はい、間違いなく」
「なんだかんだけっこうな量になったなあ。一人で運んできたケビンさんすごい」
「うー、アリスのらんどせるに入らないかも!」
元の世界ではキャンプオフが近づいてきた春のある日。
ユージの家の前では、何人もがイスやキャンプ用チェアを持ち出して集まっていた。
人だかりの中心は、ひさしぶりに訪れたケビンである。
積もる話を後にして、ユージとトリッパーたちは、先に頼んでおいた荷物を受け取ったらしい。
冬にソリで街に行った際に依頼した、食料や衣類、雑貨である。
荷に間違いがないかリストと付き合わせて確認したのはクールなニートだ。
チェックが終わった荷物から、トリッパーの有志が運び出している。
ユージはそんな作業を見守っているだけだ。この場で一番偉い開拓団長なので。
いや違う、「働く」という概念が思い浮かばなかったのである。
10年引きニートだった男にとって「自発的に動く」ことはハードルが高い。
もっとも動かなかったのはユージだけではなく、アリスやコタローもだ。コタローは動いたところで邪魔なので。いかに賢くとも、コタローは犬であった。
「はあ、持って還るのは物資だけかあ」
「当たり前だろ! もふもふを持って還らせてたまるか! ここにいるからいいんだよ!」
「おまわりさん! ここに人さらいがいます!」
「この国では奴隷はものじゃないからね! 主でも好きにはできません! この国では!」
「おい待て、よその国で手配しようとか思ってないな? まあ間に合わないわけだけれども」
「こいつらの発想が怖いです。ほんと今回のキャンプオフは人選しっかりしてほしい」
ケビンとクールなニート、ユージ、アリス、コタローを遠巻きに囲むトリッパーたちはもはや「ガヤ」、あるいは「賑やかし」状態である。マジメな会話に参加する気はないらしい。
「そろそろ夕方ですが……まだ話を続けてもいいですか?」
「そうですね、こちらもいろいろ相談したいことがありますから」
「あ、クールなニートさん、じゃあ私は夕飯の準備してきちゃうね。ケビンさん、新商品の話はまたあとで!」
そう言って、ユージの妹のサクラはさっと席を立つ。
手伝うよ、などと言いながらサクラの夫のジョージも立ち上がり、何人かのトリッパーも続く。
普段は家事班もあるのだが、今日は自発的な動きに任せるらしい。
ユージは動かない。開拓団長なので。
「あっ。新しい服について聞きたかったのですが……まあ、それは夕飯後にしましょうか。明日以降でもいいですしね」
「すいません、俺はそのへんよくわからなくて」
「ユージ、俺もだ。まあ焦ることはない、時間はたっぷりある。元の世界と違って、ここは情報の伝達速度も移動速度も緩やかなのだから」
「はあ、みなさんがいた場所は忙しないのですねえ。ひさしぶりの訪問ですし、私はしばらく滞在するつもりですよ」
この世界にはモンスターがいて魔法があるが、電話やメールや電車やバスや車や飛行機はない。
話を伝えるのは口伝てかせいぜい手紙で、移動は何日もかけて命がけだ。
稀人の世界のスピード感に、ケビンはちょっと引いている。
「んー、メールもネットもあるんだけどね! 俺たちには!」
「そうそう、情報を制するものは世界を制するってね!」
「トニーとミート、でもユージの家のまわりでしか通じないからあんまり意味ないだろ」
「おいエルフスキー、意味ありまくるから。通じなかったら画像も動画もアップできねえし」
ユージの家は、電気もガスも水道もネットも使える。
家の近くであればネットは通じるため、名無しの一人は掲示板にリアルタイムで書き込んで実況していた。自由か。
「なるほど、しばらく滞在すると。ではその槍はまさか……?」
「おお、目ざといですね! これは」
「あのねえ、アリスも気がついてたんだよ! ケビンおじちゃんがヤリを持ってきたって!」
「うんうん、さっきアリスが言ってたもんね。でもほら、いまは大事なお話の最中だから」
ユージ、他人事か。
開拓地に暮らす42人と一匹を束ねる開拓団長なのに。
「はは、大丈夫ですよユージさん。アリスちゃんはさすがですねえ」
槍への横槍を気にすることなく笑顔でアリスを褒めるケビン。大人である。
褒められて喜ぶアリスは幼女で、嬉しそうなアリスを見てデレっと相好を崩す一人のトリッパーは変態だ。
「春にはワイバーンが飛来するでしょう? 空を飛ぶモンスターへの攻撃手段に、投槍はどうかと思いまして」
「なるほど! でも俺、うまく当てられるかな……」
「なあに、心配いりませんよユージさん。ここには元3級冒険者のみなさまもいるでしょう?」
「はあ。でもブレーズさんたちは投槍使ったことありますかね?」
「ユージ、まだ時間はあるんだ、練習すればいいだろう。飛行を阻害する手を打っているわけで、スピードを殺して弓矢とクロスボウと合わせて数を放てば」
「おおっ、やはりあの伐採はそういうことでしたか! みなさま考えてらっしゃいますねえ」
ブツブツと考え出したクールなニートの独り言で、ケビンは対ワイバーン作戦の一部を理解したらしい。異世界の元行商人は物騒だ。
「ケビンさん、投槍は少し加工してもかまいませんか? 刺さった時に流血させる溝を彫れれば、いや、歪む可能性があるか? だがグラインダーなら」
クールなニートも物騒だった。平和な国で暮らしていたはずなのに。
「投槍かあ、ブレーズさんとかエンゾさんはすぐ使いこなしそうだなあ。位階が上がって力が強くなってるんだし、俺だって」
「あのねえ、アリスは火まほーでばーんってやるの!」
モンスターとの戦いに関してはユージも物騒な発想になっている。アリスは当然として、コタローも。
この世界で暮らしていくには大事なことなのだろう。
「ユージさん。よろしければ、私がお教えしましょうか?」
「え?」
「今回はしばらく滞在するわけで、その間に飛来したら……ええ、私も戦いますよ。なにしろ私は『戦う行商人』ですから! もう行商人じゃなくなっちゃいましたけどね!」
ぐっと力こぶを作ってアピールするケビン。
二の腕はぷよぷよだ。
異世界の元行商人は物騒なだけでなく、戦闘もできるらしい。ユージたちもその姿は垣間見ている。
「ありがとうございます、ケビンさん。今年はワイバーンとの戦いも楽になりそうだなあ。みんながいて、ケビンさんもいてくれて……あっ」
「ユージ、何に気づいたかはわかる。だが、避けようがないだろう」
「ワイバーン戦……あっ! その前に!」
「トニーも気づいてなかったのかよ! 作戦と順番考えたら気づくだろ!」
「俺はわかってたぞ。なにしろ撮影の準備があるからな」
「俺も俺も。だから機材を発注したわけで」
「撮影班のやる気がすごい。でもそっかあ、つまりアレがバレるのか」
ユージが気づいてなかったのと同じように、トリッパーたちの何人かも気づいてなかったらしい。
春の風物詩、ワイバーン戦。
開拓地は伐採を進めて戦場を整えて、武器を用意し、おおまかな作戦も決まっている。
だが。
「みんなでワイバーン戦……ブレーズさんたちも、マルセルさんたちも、ケビンさんも。でもワイバーンが来るよりキャンプオフの方が先で」
「そうだユージ。つまり10人の開拓民に知られるわけで、いずれにせよケビンさんには隠せなかっただろう」
「でもたぶん夜だし、みんな寝てるだろうし……無理か」
「無理だろうな。当日ともなれば、みんなが夜まで普段通り過ごせるとは思えない。そもそも前日、いやそれ以前から普段通り過ごせないだろう。とても隠せるとは思えない」
みんなでワイバーンと戦う。
ユージとアリスとコタロー、トリッパーたち、それに10人の開拓民、みんなで。
そして、いつもであればワイバーンが飛来するよりも、キャンプオフの方が先だ。
クールなニートが言うように、隠しようがないだろう。
「……先に話しておいた方がいいかなあ」
「ユージ、まだどうなるかわからないんだ。結果が出てからの方がいいんじゃないか? ユージが還るつもりなら別だが」
四年前に、ユージが自宅ごとこの世界にやってきた日。
一年前、サクラや掲示板住人がこの世界にやってきたのも同じ日だ。
今年も、元の世界ではキャンプオフが予定されている。
還れるかどうか、今年もこの世界にトリップできるかどうか。
いずれにせよ、変化があれば10人の開拓民には隠しようがないだろう。開拓民と繋がりが深い、ケビンにも。
「俺は、還るつもりはないよ。アリスもコタローもいるし、サクラだってこっちに来ちゃったし」
気負うこともなくさらっと言うユージ。
クールなニートとユージの会話を、ケビンは黙って聞いていた。
ユージがこの世界に来てから四年目、トリッパーたちが来てから二年目の春。
春の風物詩となったワイバーン戦が近づき、それよりも早くキャンプオフ当日を迎えるだろう。
ケビンも加えて、43人と一匹が過ごす開拓地は、騒乱の春となるようだ。
次話、6/9(土)18時更新予定です!
※6/9追記 更新遅れます……明日10日(日)18時までにはなんとか!





