IF:第三話 ユージと掲示板住人たち、ひさしぶりに来訪したケビンを迎える1
元の世界ではキャンプオフが近づいて慌ただしくなっていたが、異世界の森はいつもと変わらない。
ユージやトリッパーたちが落ち着かない気持ちになったところで、こちらで準備できることなど数少ない。
還るかどうか心を決めるのは大変だが、決めたら準備は簡単である。
実際に行えるのは、せいぜい何を持ち帰るか決めてまとめておく程度だ。
「雪もだいぶ溶けてきたなあ」
「ねえねえユージ兄、そろそろ森に行けるかなあ?」
「んー、まだぬかるんでるところがありそうだからなあ。俺やアリスはまだやめといた方がいいかも」
ユージとアリスは、開拓地の入り口で手を繋いでいた。
ぼーっとしているわけではない。
ユージは開拓団長としての見まわりで、アリスはそのおともだ。どっちが保護者かは不明である。
チラッと足元に視線を落とすユージ。
その先にいたのはコタローだ。
おすわりしたコタローは、なにかようかしら、とばかりに小首を傾げてユージを見つめる。
「コタローは森に行くたびにドロドロになって帰ってくるぐらいだから」
そう言いながら、ユージはかがんでコタローの頭を撫でる。
迷惑そうな言い方なのに、ユージは微笑んでいた。
コタローはつんとそっぽを向く。しょうがないじゃない、たのしいんだもの、とでも思っているのだろうか。淑女でも泥遊びの誘惑には勝てないらしい。犬なので。
「おーい! ユージさーん!」
のどかに過ごす二人と一匹の耳に、人の叫び声が届いた。
もっとも、ユージとアリスはコタローに先導されて開拓地の入り口にいたのだ。コタローはずいぶん前から気づいてたのかもしれない。
「ああっ! ユージ兄、ケビンおじちゃんの声だ!」
「よくわかったねアリス。んー、今年はちょっと早い、かな?」
冬が終わり、雪解けを迎えた森を越えて、開拓地にひさしぶりの来訪者である。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「いやあ、さっぱりしました! まだ森を抜けるには厳しい時期でしたね!」
到着したケビンを見て、ユージはすぐに開拓地の共同シャワーに案内した。
やってきたケビンは泥だらけだったのだ。
コタローのように泥遊びしたから、ではない。
日陰に雪が残る森を抜けると、ぬかるみで泥だらけになるようだ。
むしろ周辺の見まわりに行っているのに、あまり汚れない狩人チームと斥候のエンゾがおかしいらしい。
シャワーを浴びて着替えたケビンを中心に、ユージとトリッパーたち、それに元冒険者パーティや獣人一家、針子の二人も集まっていた。
要するに開拓民総出である。
「ですが、無理をすればいけると。よし、これでほぼ孤立状態も終了か」
「みんなはここで待っててくれ! 俺が助けを呼んでくる!」
「いやだからそれは終わったんだってミート。もう街まで行けるってさ」
「最初はけっこうキツかったけど意外になんとかなるもんだな」
「ユージの家があったからな。これでユージの家が古民家だったらもっと厳しかっただろうけど」
「さすが自給自足を目指す男は言うことが違うなあ」
「春……それは冬眠から目覚める季節!」
あいかわらずトリッパーたちはマイペースだ。
ケビンも開拓民たちも、もう慣れたものである。
「それにしてもケビンさん、今回は荷物が多くありませんか? 背負子にどっさりだしなんかくくりつけられてるし……」
「ユージ、冬に街に行った時に俺たちが頼んだだろ? 忘れたのか?」
「あっ」
「ケビンおじちゃん! ぎょーしょーするの? お店になる?」
「ははっ、アリスちゃん、今回はお届けだけだよ。……私が用意した、頼まれてない品もありますけどね」
ケビンの荷物を見て、アリスはわくわくと目を輝かせている。
かつてアリスが住んでいた村には、ケビンが行商で訪れていた。
ケビンの来訪と、村に臨時のお店ができることはイコールだったのだ。
期待するのも当然だろう。
「そっかあ……」
「アリスちゃん、もう少ししたら一緒に買い物に行こうね。お兄ちゃんとコタローと、私と一緒に」
「うん!」
アリス、お買い物好きな幼女であるようだ。
買わないまでも、見慣れぬ品が並ぶのが楽しいのだろう。
もっとも、魔法を使えるアリスは去年秋の討伐で活躍しまくったためそれなりのお金を持っているのだが。なんなら青空市場の小さな露店なら全種の商品を買えるほどに。
「まずは保存食をお渡ししておきましょう。食料は不足しなかったようですが……」
「ええ、余しています。ですが注文した品ですし、きちんと購入しますよ」
「そうそう、なんなら持って還るしね!」
「待てトニー。食べ物の持ち込みは避けた方がいいんじゃないか? 外国のお土産だってモノによっては持ち込み不可で」
「あいかわらず硬いって物知りなニート! そもそも俺たちが還って大丈夫なのかってね!」
「トニーとミートのノリがやばい。いいのか洋服組A、止めないとダメージ食らうのはお前だぞ」
いつものごとく、ケビンと話を進めるのはユージとクールなニート、アリスやユージの妹のサクラといった面々だ。
トリッパーたちが混ざると話が進まないので。
いまも、ユージたちが会話するたびにトリッパーどもはざわざわと勝手な話で盛り上がっている。あとリアルタイムで掲示板に書き込んでいる者もいる。自由すぎる。
「ケビンさん、頼んでいた品の受け取りはあとにして、見て欲しいものがあるんです。サクラさん」
「うん。ケビンさん、これが冬の間に私たちとユルシェルとヴァレリーで作った、新しいデザインの服やカバンの試作品です」
「おおっ、こんなに! これはこれはこれは!」
サクラと、針子のユルシェルとヴァレリー、三人がケビンの前にダンボール箱を並べる。
以前トリッパーたちが物資を持ち込んだ際のダンボールを見て、ケビンが目をきらめかせたのはまた別の話だ。
ケビンは、いまにも揉み手せんばかりの勢いでダンボール箱の中をあらためていく。
スーツっぽい上下、ワンピース、セーター、スカート各種、下着、カバン、リュックにランドセル……。
ダンボール箱の中には、この冬の間に作られた試作品の各種が詰め込まれていた。
一着一着手に取るたびに、ケビンの笑顔が深くなっていく。
「すばらしい、すばらしいですよ! すばらしすぎて手が足りなそうです! 領主ご夫妻にお話を持って行くか……いや王都の会頭に……待てよコレなら会頭を納得させてジゼルを……」
興奮のあまり叫び出し、ブツブツと考えはじめる。
サクラと二人の針子、それに一部のトリッパーはニヤニヤとうれしそうだ。
「おっと、失礼しました。まずはユージさんやみなさんの意向を確認しなくてはいけませんでしたね」
ケビン、我に返るのが早い。
さすが「稀人」と協力関係を築いてきただけある。それもユージ相手に。
「そうですね、そのあたりはこちらもケビンさんの意見を聞いてからと思っており——」
「ねえねえ、ケビンおじちゃん、あのヤリはなあに?」
「アリス、いまお話中だから後にしようね。ほら、俺と一緒に見守って」
「いやユージは会話に参加しろ開拓団長ォ!」
「言うなトニー。俺だって傍観者に徹してるわけで」
「はあ、やはり幼女は自由でなくては! 気になったことを口にしてしまうアリスちゃんは本当にかわいいです!」
「黙れロリ野郎。お前は傍観者に徹してろ」
「クールなニート、相談は長くなりそうだし先に荷物を受け取っちゃえば? 俺たちが頼んだんじゃないものもあるみたいだし」
気になったら口にせずにはいられない。
それもまた、幼い子供の特権だろう。YESロリータNOタッチもたまには正しい。動機はともかく。
「そうしましょうか。ケビンさん、いいですか?」
「ええ、いいですとも。確かに長くなりそうですし、これは私が提案するべきでしたね」
クールなニートとケビンはなんだかわかり合っている。
すぐに反応を見られなくて、サクラと針子の二人は肩を落としている。
アリスはうれしそうで、ユージも頬が緩むのを隠せていない。あとお澄まし顔なのに尻尾がぶんぶん揺れているコタローも。
ユージがこの世界に来てから四年目、トリッパーたちが来てから二度目の春。
ひさしぶりに訪れたケビンを前に、話は尽きないようだ。
何度か街で顔を合わせたとはいえ、冬の手仕事の成果もあれば相談事もある。
ユージとトリッパーと開拓民と、ケビンの会話は続く。
思ったよりも長くなりそうで切れ目が悪く、次話も会話が続きそうです。
次話、6/2(土)18時更新予定!
【宣伝】
小説家になろう公式コンテンツ「N-Star」に連載していた
坂東太郎の別シリーズの書籍化が決まりました!
MFブックス様より7/25発売です!
とりあえず「小説家になろう」上で読んでみたいという方は以下からどうぞ!





