IF:第二話 一部の掲示板住人たち、キャンプオフの準備を進める
宇都宮市の郊外。
何もない空き地の前に、男たちが集まっていた。
「ここに下ろすんですか?」
「はい、お願いします。上に重ねる形で」
「はあ、上に」
ほんとにここでいいのかと確認した業者に応えたのは、一人のおっさんだ。
バインダーに挟んだ書類を見て、予定通りだとチェックを入れる。
とある掲示板で、「インフラ屋」と呼ばれる男である。
「……トランクルームにでもするのかねえ。まあいいや、おーい、合ってるってよ!」
インフラ屋の指示を受けて、業者の男たちが荷下ろしをはじめる。
指示を出したインフラ屋が手伝うそぶりはない。
それも当然だろう。
業者の男たちが下ろすのは、「ハーフコンテナ」なのだから。
農業用のプラスチックのアレではなく、貨物輸送に使われる金属製のアレである。
つまりクレーンの出番であり、素人が手伝うとマジで危ない。
「やってるわね、お疲れさま!」
「お疲れっすー」
軽自動車を乗りつけた女性がインフラ屋に話しかけてきた。
近くを通りかかったついでに寄ったらしい。
コテハン・サクラの友達、である。
女性に話しかけられたのに、インフラ屋には焦りも緊張もない。
普通にさらっと挨拶を返している。さすが妻帯者。ユージやトリッパーたちの大半はそれだけで動揺したことだろう。挨拶一つで。哀しい事実である。
「あれ? コンテナ重ねちゃうんだ?」
「ほら、あっちじゃ何が原因だかわからないから、これ以上スペースは作れねえってさ」
「なるほど、それもそうね」
会話しながら、吊り上げられたハーフコンテナをぼんやり眺める二人。
空き地にはすでにハーフコンテナが一つ置かれ、その上に積み重ねる予定らしい。
「プレハブ倉庫も、屋根付き車庫もそのままだってよ」
「下手に動かしたり壊して、謎バリアがなくなったり……去年みたいにいかなくなったら大変だものね」
「あー、せめて桜が伐れりゃあなあ、もっとスペースできんのに」
「ちょっとあんた、あれはサクラの桜なんだからね。そんなこと言ったら怒られるわよ?」
二人の視線の先にはプレハブ倉庫も車庫も桜もない。
見えるのは空き地と、ハーフコンテナだけである。
「まあなあ、実はあの桜が大事な要素なのかもしれないし。くそっ、検証好きなヤツらも向こうに行ってんのになんの役にも立ってねえ」
「それはほら、しょうがないんじゃない? こんなこと他にないでしょうし、例の件だって今年どうなるかわからないぐらいだもの」
「ここまで準備して『今年は行けませんでした!』じゃ笑えねえけどな。俺だってこっそり有給使って、嫁と子供に内緒でこうしてるわけで」
そう言って肩をすくめるインフラ屋。
会社員であるインフラ屋は、わざわざ休みを取って運送業者に対応したらしい。
「もう言ったら? アタシは旦那とお母さんに言ったけど」
「は? わかってもらえたのか? 頭おかしいって思われない? だいたいクールなニートから箝口令だって出てるわけで」
「何もそのまんま言わなくてもいいでしょ。『友達とおっきなBBQ&キャンプの準備してるんだ。当日は途中で帰るから準備はしっかり手伝おうと思って』って」
「……ウソではないか。俺もそうすっかなあ。ん? 友達?」
「そう、ユニク○の店員さんね! あの子も当日参加するから! メールで誘われたらしいわよ?」
「マジかよマジで声かけたのか洋服組A。本人はいねえのに」
「そうなのよねー。あの子も子供いるから途中で帰るし、たぶん会えないのよねー」
「まあいんじゃね? 帰還組がホントに還れるかわからないし、どうなるにせよ、あっちもこっちもテンションおかしくなってるだろうし」
「たしかに。じゃあアタシたちは予定通り途中で帰るかなあ。あれ? あんたは?」
「俺は最後まで残る。あー、それ考えると俺も嫁にはBBQ&キャンプがあるって言っとくか」
インフラ屋も、サクラの友達を見習ってカミングアウトすることにしたようだ。
と言っても、当たり障りのない情報だけだが。家族持ちには家族持ちの面倒さがあるらしい。
「そうそう、『イベント警備』の見積もりが掲示板にアップされてたわよ。けっこうな額だったけど」
「そこはしゃあねえだろ。いくら郡司先生とその先生? が法的には問題ないって言ってくれたって、無茶するバカが出ないとは限らないわけで」
「うん、掲示板もそんな感じだったわ。今回は人数制限あるものねえ」
昨年と違って今年のキャンプオフは、二箇所で行われる。
メイン会場は市内の森林公園である。
事前に募集をかけるが、こちらには人数制限はない。
まあBBQ&宿泊となればキャンプ場のキャパシティはあるが、テント泊ならそうとうな人数が参加できる。
現在は掲示板に鍵をかけていることもあって、参加者数は特に問題ないと予想されていた。こちらには警備も入らない。
問題は、もう一箇所の会場。
ユージ家跡地だ。
ある意味ではこちらがメイン会場である。
ユージ家跡地では夕方までBBQが行われ、その後、十数人が所定の場所で待機することになっていた。
家屋があった場所とも、プレハブ倉庫や車庫や桜があった場所とも重ならず、もちろん跡地に置かれたハーフコンテナとも重ならず、向こうからの帰還予定者の待機スペースとも重ならない場所に。
人数を限定すると書き込まれると、掲示板は阿鼻叫喚だった。
鍵付き掲示板のため見ている人数も限られていたのに、行く気満々な掲示板住人たちが多かったらしい。
重ならないスペースが限られていること、そもそも大人数の受け入れ態勢が整っていないこと、もっともな理由を挙げられても阿鼻叫喚だった。
「気持ちはわかるけどな。俺だって独り身ならたぶん」
「ウチも、旦那が理解あればなー」
インフラ屋とサクラの友達は、揃ってため息を吐く。
というかサクラの友達は「旦那が理解あれば」どうだったのか。家族まるごと異世界行きを希望するつもりだったのか。
インフラ屋はインフラ屋で、独り身なら会社を辞めたかもしれなかったらしい。ニートの仲間入りである。
「まあ、あの激戦を勝ち抜けた気はしないけど」
「そうね、たしかに。……でも、地元枠があってもいいんじゃない?」
「いやむしろ地元の俺たちは行かせたくねえだろ。誰がキャンプオフの準備するんだ?」
「いないならいないでみんななんとかするわよ。するわよね?」
「クールなニートとかトニーとミートとか、動きそうなヤツらはだいたい異世界行ったからな、怪しいだろ」
「作業終わりましたー」
「ああ、お疲れさまです!」
二人がありえなかったifの話をしているうちにハーフコンテナは積み上げられたようだ。
ちなみに、中身のチェックは積み込む際に別の掲示板住人の手によって行われた。
また、謎バリアは「高さ」もあるため、ハーフコンテナはこれ以上重ねる予定はないらしい。
「これで、物資の準備は終了か」
「あら、あとは当日に希望者の買い出しがあるんでしょ?」
「それは来てから考えりゃいいだろ。明日あたりから来るらしいけど」
「……早くない? まだ一週間前なのに」
「正確には、もう出発してるヤツらもいるらしいぞ? 遠すぎてまだ着いてないだけで」
「気合入りすぎでしょう……」
頭を抱えるコテハン・サクラの友達。
だが、限られた枠に選ばれた掲示板住人の気が逸るのも当然だろう。
なにしろ「去年同様、今年も異世界に行ける」可能性があり、しかもその異世界にはトリッパーの先達もいて不安は少ないのだから。あとユージもいる。ユージはともかく、現代日本の家もある。ライフラインとネット付きで。
キャンプオフ、一週間前。
ユージ家跡地会場は、おおよその準備ができたらしい。
あとは参加者を待つのみである。
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「兄貴、じゃあ行ってくるわ!」
「耕二、気をつけてな。事故もだが……オロロンラインは避けろよ? 先頭の時は気をつけろよ?」
「大丈夫だって兄貴! 小樽から高速に乗るからさ!」
「小樽? わざわざあっちから……そうか、そうだったな。俺の分もよろしくな」
「兄貴……ああ、任せとけ。兄貴も祈っておいてくれ!」
試される大地から一人の男が旅立つ。
目的地は宇都宮……ではなく、異世界、でもなくひとまず興部である。
コテハン・試される大地の民1を拾って、試される大地の民2はともにキャンプオフに向かうらしい。
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『ルイスくんがウソを言っているとは思わないが……にわかには信じられん』
『あらそう? でも私は行きますからね。異世界ではなく、ウツノミヤに、ですけど』
『私も行こう。君を一人にしたら、ふらっと異世界に行ってしまいそうだ』
『あらあら、うふふふふ』
CGクリエイターのルイスから連絡をもらった、一組のアメリカ人夫婦が日本へ向かう。
いちおう、今回は異世界行きを希望しないらしい。
もっとも、希望したところで人数制限に引っかかって叶わないのだが。
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「……異世界に行く気はないけど、キャンプオフは行こうかなあ。あ、でもみんなを連れていっても大丈夫かな」
とりあえず聞いてみようと、パソコンに目を向ける一人の男。
気をひくように、一匹の犬が男の太ももに頭を乗せる。
自然と頭を撫でながら、男は犬を連れていってもいいかと掲示板に書き込んで問い合わせた。
コテハン・圧倒的犬派、である。
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掲示板住人が、ユージやトリッパーたちに関係する人たちが、それぞれの思いや決意を胸に移動をはじめる。
目的地は宇都宮、キャンプオフ会場。
あるいは。
ユージとトリッパーたちがいる、『異世界』である。
次話、5/26(土)18時更新予定です!





