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【IFルート】10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた【集団トリップ】  作者: 坂東太郎
『IF:最終章 ユージと掲示板住人たち、異世界と元の世界でキャンプオフ当日を迎える』

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IF:第一話 ユージ、アリスと一緒に春を迎えた開拓地の様子を見てまわる


 キャンプオフの日付が近づいてきても、この世界でやること、やれることは少ない。

 ユージは今日も変わらず、ふらふらと開拓地を見まわっていた。

 開拓団長となった、というか開拓団長にされたユージは、作業する班に組み込まれず自由に動けるようにされていたのだ。

 組織のトップっぽい。

 あるいは、身体能力を活かして一番キツいところに協力する助っ人である。


「あっ、ユージさんとアリスちゃん、コタローさんも!」


「おお、ユージさん、見まわりですか? ぜひ新しい畑予定地を見ていってください」


 今日のユージはアリスとコタローを連れている。

 最近のコタローは狩人で猫人族のニナや弓士のセリーヌについて散歩……もとい、狩りや周辺の警戒で出歩くことが多かったが、今日はユージのお供をする気分だったようだ。

 アリスはアリスで、火魔法や土魔法を頼りにされてユージと別行動を取ることも多かったが、今日はユージの日らしい。

 懐いているのか、あるいはユージを放っておけないと思われているのか。

 幼女と犬に心配される開拓団長とは。


「マルセルさん、マルクくん。張り切ってますねー」


「それはもう! そのために私はこの地に来たんですから!」


 手と一緒に尻尾を振りつつユージたちを呼び止めたのは、この前の秋に開拓地に移住してきた犬人族の親子、マルセルとマルクだ。

 雪解けがはじまると、二人は懸命に土を耕して新たな畑を作りはじめた。

 時にトリッパーのうち農作業組を率い、時にアリスに土魔法をお願いして。


 トリッパーたちが期待した通り、マルセルは農業指導に活躍しているようだ。

 移住してきてすぐに冬になったため、仕事らしい仕事ができなかったのも気にしていたのだろう。

 雪は日陰に残るのみとなったいま、これまでの倍ほどの畑が、植え付けを待つ状態になっていた。


「まだまだ、皆様の食料をまかなえる広さじゃありません。がんばります!」


「あの、アリスちゃん、よかったら僕と休憩——」


「アリス、また土にお願いしてえいってやる?」


「いえ、こちらよりも木の根の処理に行ってもらった方がいいと思います。開拓地の中で使えそうなところはすべて畑になってますから」


「さすが、専門家がいると早いですね。じゃあアリス、向こうを見てまわろうか」


「はーい!」


 マルセルのアドバイスを聞いて、ユージとアリスが歩き出す。

 マルクくんが伸ばした手は、伸ばされたことに気付かれることもなく届かなかったようだ。

 うつむく少年の足を、コタローが軽く押す。まったくあのふたりは、ほらほらげんきだして、とでも言うかのように。面倒見がいい女である。犬なのに。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「ん? どうしたユージ殿? アリスの嬢ちゃんも」


「あ、ブレーズさん。マルセルさんから、伐採を手伝ったらどうかって言われまして」


「伐採か。んんー、どうすっかなあ」


 ユージとアリスとコタローの見まわりは続く。

 二人と一匹がやってきたのは、開拓の最前線、大森林と開拓地を隔てる場所だ。

 簡素な木の柵の向こうには伐り倒した丸太が積まれ、切り株がまばらに残っている。


 いま伐採を指揮しているのは、元冒険者パーティ『深緑の風』のリーダー・ブレーズだ。

 ブレーズの指示に従って、盾役のドミニクや斥候のエンゾ、それにトリッパーたちのうち開拓班が働いている。

 これまでは、この世界の住人であるブレーズたちが知らない「チェーンソー」や「車」があったことから、当初は開拓班の中の誰かが指揮をとっていた。

 だが。


「ユージさん、アリスの嬢ちゃんも、伐採の手伝いはまた今度お願いするわ」


「え? ああそっか、いまは伐採じゃなくて『罠』を仕掛ける方が優先でしたっけ」


「そういうこった。『殺し間』ってヤツだな。なかなか面白い発想で、ハマっちまいそうだ」


 ブレーズが指揮をとるようになったのには理由がある。

 もちろん、パーティリーダーとして指示することに慣れていたから、という理由もあるが。


「今年も来るでしょうからねえ。今回は安全に倒せるといいんですけど」


「ははっ、そこは心配すんなユージさん。これだけ準備して、俺たち元3級冒険者がいるんだ。ワイバーンに逃げられることはあっても、ユージさんたちを危険な目には遭わさねえよ」


 春の風物詩、ワイバーン対策のためである。


 いま、木々の伐採は開拓のためではなく、ワイバーンの飛行を阻害するために行われていた。

 ある程度の広い空間を確保して、ジャマになる木々を残す。

 ところによっては木々の間にロープを張って自由な飛行を妨げる。

 そのうえで、弓矢やクロスボウ、魔法で攻撃する。


 それが、今年の対ワイバーン作戦の骨子であるらしい。


「あのねえ、アリス、新しい火まほーがあるんだよ! みんなに教わったの!」


「それは頼もしいなあ。期待してるぞアリスの嬢ちゃん!」


「うん!」


「アリス? それはどんな魔法かな? えっと、俺やブレーズさんの指示なく撃たないようにね? ほんとフリじゃなくて」


 拳を握って張り切るアリスを前に、ユージの顔は引きつっている。

 ユージはアリスの「みんなに教わった」発言が不安でしょうがないらしい。

 トリッパーたちが持ち込んだパソコンやスマホはネットに繋がり、ネットに転がっている様々な動画を見ることができる。アリスに見せることができる。

 アリスが得意とするのは火魔法だ。

 ユージが不安に思うのも当然だろう。


 引きつるユージをよそに、コタローは後ろ脚で地面を蹴っていた。わたし、わたしもやるわよ! と言わんばかりに張り切っている。

 幼女と犬は、血気盛んであるようだ。


「じゃあ、こうなったら針子の二人の様子でも見に行こうかなあ」


「そうだな、こっちは俺に任しといてくれ。見まわりはセリーヌとニナが出てるしな」


「わかりました。んじゃ行こうかアリス、コタロー」


「はーい!」


 チェーンソーの駆動音が大きくなったタイミングで、二人と一匹は開拓班から離れていく。

 検証スレの動画担当のミニバンは去年のワイバーン戦で廃車になったが、カメラおっさんのワゴン車と名無しのSUVは木材運搬で活躍中だ。

 持ち込んだガソリンは残り少ないが、どうせ大森林に車が通れる道ができないならと、開拓と運搬で使い切るつもりらしい。

 いちおう、今年のワイバーン戦では「車で特攻」作戦はないようだ。

 ガソリンと消耗品が持ち込める可能性があることを考えて、これ以上の廃車は避けたかったのだろう。危険だし。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



「こんにちはー!」


「あらアリスちゃん、どうしたの? お兄ちゃんも」


「わあ、サクラおねーちゃん、なにそれ!?」


「えーっと、サクラ、今日は入って大丈夫かな?」


 続けてユージたちがやってきたのは、針子の作業場となっているテントだ。

 ためらいなくズカズカ入っていったアリスと違って、ユージは入り口で声をかける。

 冬に入った際に、下着作製中だったため妹のサクラと針子のユルシェルに怒られたのだ。

 ユージ、臆病者(チキン)か。いや、慎重な行動である。


「ふふ、お兄ちゃん、今日は大丈夫だよ。どうぞー」


「よかった。それでアリスは何を……カバン?」


「んー、まだ試作中なんだけどね。アリスちゃん、ちょっと背負ってみてくれるかな?」


「はーい!」


「ここを腕に通して、それでこうして、はい、OK。どうアリスちゃん? 痛いところはない?」


「うん!」


「アリスが革のカバンを背負って……ランドセル?」


「頑丈だしたくさん入るし、売れるかなあって。でも色がね、薄茶色かブラウンしかできないみたいなのよねえ」


 雪に降りこめられた冬の間、新たな開拓民もトリッパーたちも遊んでいたわけではない。

 サクラと針子の二人を中心に、この世界にはないデザインの服やカバンが試作されていた。

 アリスが背負ったのは、ちょうど完成したばかりの試作品だ。

 イメージは「ランドセル」らしい。


「やっぱり赤、ううん、最近だとピンクも人気なんだっけ? 革用の染料も手配してもらおうかなあ。でもこっちの材料でできた方がいいわけだし……」


「赤? このかばん、血で染めちゃうの?」


「いやアリス、血って。血染めって」


 物騒すぎる。

 そもそも、モンスターの血は青い。

 アリスは何の血で皮を染めるつもりなのか。人げ……モンスターではない獣の血だろう。きっとそうだ。


「ねえサクラ、このカバン、ちょっと角ばりすぎじゃない? 可愛さを考えるならもう少し丸みを」


「そうねユルシェル。でも、角の方が容量が大きくない? 悩みどころだなあ」


 アリスの物騒な発言に青ざめるユージをよそに、サクラはユルシェルと改良点を話し合っていた。

 もう一人の針子であるヴァレリーは、我関せずとばかりに黙々と針仕事を続けている。

 ガールズトークに混ざるつもりはないらしい。


「うーん、これもケビンさんに見せて意見をもらいましょうか!」


「うん、それがいいかも。よし、じゃあ次いきましょ次! あ、アリスちゃん、ありがとね」


 けっきょく、異世界版ランドセルの型は保留とするようだ。

 サクラがアリスの肩からランドセルを外してユルシェルに渡す。

 ユルシェルはそのままヴァレリーに手渡す。

 ヴァレリーは針仕事の手を止めて立ち上がり、試作品の保管場所にランドセルを置く。

 試作品エリアには、服やカバンが積み上がっていた。


 試作品の山を見て、アリスはにこにことご機嫌だ。

 「売り物にならなかったら、私が仕上げてアリスちゃんにプレゼントする」という某トリッパーの言葉を覚えているのだろう。

 何才であっても異世界であっても、女子は女子であるらしい。


「そういえば、そろそろケビンさんが来るはずだよなあ」


 ポツリと独り言を呟くユージ。

 コタローは、試作品の山に突っ込むべきか迷っている。くっ、あいかわらずわたしをゆうわくするひらひらね、とばかりに。



 ユージがこの世界に来てから四年目の春。

 春になってキャンプオフが近づき、トリッパーたちの一部が盛り上がっていても。

 ユージもアリスもコタローも、この世界の住人である開拓民も、生活はほとんど変わらないようだ。

 まあ、新しいデザインの服や革製品の試作品が大量にできた時点で、変わっているといえば変わってるかもしれないが。文化侵略という意味でも。




次話は5/19(土)18時更新予定です!


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