IF:第六話 ユージと掲示板住人たち、プルミエの街を出て開拓地への帰路を行く
プルミエの街を出て北、雪が降り積もった農地の間を通り過ぎる一団の姿があった。
「コタロー、速い、速いって!」
「うわあ、うわあ! びゅーんってなってすごーい!」
「ははっ、がんばれユージさん!」
先頭を行くのは一匹の犬だ。
キリッと前方を見据えて駆けていく。
やや後ろに、数人の男の姿があった。
腰にベルトを巻いて、そこからロープが伸びている。
ロープの先はソリに繋がっていた。
乗り込んだアリスは高速で過ぎ行く景色にテンションが上がっている。
「ふふ、お兄ちゃん楽しそう」
「コレを見てそんな反応するサクラさんってやっぱユージの妹なんだなあ」
「喋るなミート、舌噛むぞ!」
「ああ、無邪気に喜ぶアリスちゃんは天使のようです」
ユージと愉快な仲間たちである。
ケビンから防寒具と保存食を受け取った一行は、プルミエの街を出て開拓地への帰路についた。
行きで使ったソリには荷台が連結され、コタローにくわえてユージとクールなニート、ドングリ博士と洋服組Aの四人がロープを引いている。
荷物が増えた分、交代でソリを引くらしい。
張り切ったコタローのスピードについていくのがやっとのようだが。
「うし、この勢いで今日は領軍の駐留地まで行っちまうか!」
張り切っているのはコタローだけではない。
周囲の警戒と先導を担当するエンゾも、コタローと併走してノリノリだ。
やけにツヤツヤした顔なのは街でいいことでもあったのだろうか。
イヴォンヌちゃん効果である。
「コ、コタロー、ちょっとスピード落として! 危ない、危ないから!」
「ちょっ、みんな! そんなスピード出したら荷物が危ないんじゃ!」
いくら位階が上がって身体能力も上がっているとはいえ、あまりの速度にユージはビビったらしい。
あと荷物を心配する洋服組Aも。
雪煙を巻き上げて、10人と一匹とソリが進む。
ユージがこの世界に来てから三年目、トリッパーたちが来てから最初の冬。
街での用事を終えて、一行は帰路を急いでいた。
けっきょく、勇者はいない。
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プルミエの街を出て農地を通り過ぎ、森に入ってしばらく。
昼休憩を終えても、ユージたちはまだ爆走していた。
木立があるためさすがにスピードは落ちたが、それでも往路より速い。
「コタロー、ユージさん、速度を落とすぞ! ゆっくり、ゆっくりな!」
元冒険者のエンゾから指示が飛ぶ。
まるで言葉が理解できたかのように、コタローがスピードを緩める。
急ブレーキをかけないあたり、ソリのことまで考えているようだ。賢い犬である。
「エンゾさん? どうしました?」
「ん? ああ、先の方に駐留地が見えたのよ。下からじゃわからねえだろうがな」
ユージの頭上から返事が聞こえてくる。
元3級冒険者パーティ『深緑の風』のエンゾは地上ではなく、頭上の木々を飛びまわってユージたちに併走していた。
エンゾいわく、「雪の上を走るよりこっちの方が速い」らしい。異常である。
突っ込まないあたり、ユージたちもすっかりこの世界に慣れてきたようだ。
「おお、もうそんなところまで来てたんですねえ」
「獣道程度でも道があると違うか。やはり開拓地まで道を……だが秘密を守るには……」
「ほらほら、そういうのは後にしようよクールなニート!」
「やっと休憩か……プレゼント、大丈夫かなあ」
「あ、ゆっくり走るならカメラ準備していい? このペースなら撮れるはず」
帰路、ユージたちは川ぞいではなく駐留地まで続く獣道を通ってきたらしい。
プルミエの街の北側は森が広がるばかりで、住人はいない。
なのに大量の荷物をソリに乗せて街から出れば、怪しむ者もいるかもしれない。
そのためユージたちは「駐留地にいる領軍へ物資を届ける」フリをしたのだ。
まあ、そのカモフラージュのために、領主は大森林の中に駐留地を造ることを決めたのだが。
「おーい、みなさーん!」
スピードを緩めたユージたちの前方から声が聞こえてくる。
少し遅れてガサッと木が揺れる音も。
エンゾ同様に木の上にいたらしい人影が降り立つ。
「ああっ! おさるさんだっ! おさるさんだよユージ兄!」
「喋る猿……?」
「ははっ、アレは猿じゃなくて猿人族だな」
「あー、センパイ方からそう呼ばれるんでもうそれでもいいんですけどね。おひさしぶりです、ユージさん」
「えっ。『ひさしぶり』?」
「おいなんで忘れてんだユージ。冒険者ギルドで絡まれただろ」
「危機感なさすぎィ! ユージ、ほら! デカい斧持ちと一緒に冒険者ギルドにいた人だって!」
「ユージさんはともかくアリスちゃんには手を出させませんよ。この私が!」
「ややこしくなるから変態は下がってよう。ほら俺と一緒に」
ユージたちに挨拶する猿、もとい、猿人族の男。
ユージは首を傾げているが、検証スレの動画担当や名無しのミートやYESロリータNOタッチや洋服組Aは、誰だかわかったようだ。
とうぜん、クールなニートやドングリ博士やサクラも。あとコタローも。
「ああ! おひさしぶりです! そういえば領軍に入って駐留地にいるってサロモンさんが!」
「猿人族が猿呼ばわりされてんのか。こき使われてるみたいじゃねえか」
「はい。でもけっこう楽しいっすよ。自然の中にいると落ち着くっていうか……俺、王都育ちの都会人なんですけどねえ」
ポリポリと頬をかく猿人族の男。猿っぽい仕草である。
「ユージさんたちはどうしてこちらへ? おっとすみません、まずは駐留地にどうぞ。いま上官に連絡してきますんで」
「あ、はい、お願いします」
そう言い残すと、猿人族の男はスルスルと木に上って、枝から枝へ飛び移って行った。
森の中なら雪が積もっていても関係ない猿人族の男は、駐留地周辺の警戒を任されていたらしい。
「あの人、なんか印象変わったなあ……」
ポツリと呟くユージ。
聞こえたのか、クールなニートやほかのトリッパーたちもうんうん頷いている。
過酷な森の生活と軍隊暮らしは、ならず者の性根を鍛えたらしい。
あるいは、自然とともに生きることで猿の心が癒されたのか。王都育ちのシティボーイらしいが。
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「ユージさん、みなさん! 差し入れありがとうございました!」
「っした!」
「あっはい」
「手軽に温かいスープが食べられて感動しました! アリスちゃん、ありがとうございました!」
「っした!」
「へへー、アリス、火まほーが得意なんだよ!」
領軍の駐留地。
陽も落ちた大森林に野太い声が響き渡る。
「な、なにかしらコレ」
「斧使いもすっかり丸くなったみたいだね! なんか憑き物が落ちたみたいになってる!」
「いやミート、それよりこの昭和スタイルに突っ込め。卒業式かよ」
「アリスちゃんが温めたスープを飲んだのです。きっと心が洗われたのでしょう」
「この世界の新兵訓練はどんなものなのか。彼らがこうなるならあるいは導入も」
「検討しないでくださいクールなニート。みんな死んじゃいそう」
「では、木こりと猿はこのままユージ殿たちに付くように! ユージ殿、何かあれば彼らにお申し付けください。彼らが失礼なことをした場合は……」
駐留地の領軍を束ねる指揮官が、大柄な斧使いと猿人族の男をギロリと睨みつける。
睨まれた二人は微動だにしない。
冒険者ギルドでユージに絡んだ二人組は、すっかり軍隊式に慣れたらしい。指揮官の剣幕にむしろユージの方が引いている。
「わ、わかりました、その、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします!」
「っす!」
木こりと猿を残して、指揮官は簡素な掘っ建て小屋に戻っていく。
ユージたちが差し入れした保存食と、アリスの火魔法のお礼を言うためにわざわざ足を運んだらしい。
冬の森では、食料と火はなによりの差し入れだったのだろう。
「ユージさん、寝床の準備は大丈夫ですか? 俺たち手伝いますよ!」
キラキラと純粋な目で問いかける木こり。
冒険者ギルドでユージに絡んだ頃とはすっかり表情が変わっている。
「あれ、この人こんな感じだったっけ……」
「ふふ、お兄ちゃん、それを言ったらお兄ちゃんだってあの頃と比べたらずいぶん感じが変わってるよ」
「ぐっ。なんだろう、サクラさんの直球で俺までダメージが」
「気をしっかりもて洋服組A! 大丈夫、大丈夫だ! 洋服組Aには弓矢の才能があるみたいだしなんか女の子とメールしてるしいまの洋服組Aは大丈夫だ!」
「チッ、リア充が。盗撮班が必要だな」
「落ち着け動画担当。盗撮は犯罪だ。この世界じゃなければ」
領軍の駐留地に着いても、ユージたちは騒がしい。
木こりと猿はよくわからないなりにそばで控え、コタローは、こいつらもう、ほんとに、とばかりにわふっとため息を吐く。上から目線である。四つ足でコタローの方が低い場所にいるのに。
ともあれ。
ユージの家と周辺の開拓地からプルミエの街に雪中行軍した一行は、のんびりと帰路を進むのだった。
モンスターに遭うことなく、天候にも恵まれて。
雪が積もった森も、上がった身体能力と魔法のおかげで問題なく。





