IF:第五話 ユージと掲示板住人たち、プルミエの街で夜の店に連れていかれる
冒険者ギルドでゴブリンとオークの集落討伐の報奨金をもらったあと、ユージたちは市場を訪れていた。
大通りは除雪されているものの、道の脇や裏通りには雪が残っている。
土がむき出しの地面はぬかるんで、人通りは少なかった。
「こんな時期でも青空市場はやってるんですね」
「ええ。ですが、店舗はかなり少なくなっています。農村からやってくる人がいませんからね」
ユージたちを先導するのはケビンだ。
開拓地用の物資の手配を終えて、一行に合流したようだ。
ユージたちが市場や店舗でぼったくられないようにと気を遣ったのか、あるいは新たな商売のチャンスが見つかるかもと期待したのか。
「ですからこの時期の売り物は、冬の手仕事に必要な道具や材料、あとはできあがった物なんかが多いですね」
「はあ、なるほど」
「わあ、ちょっと楽しみです! みんな何を作ってるんだろう」
「たしかに気になるなあ。日本だと場所によってけっこう特色があるぐらいだから」
「大森林のそばということを考えると、やはり木工系だろうか。皮革もありそうだ」
「クールなニート、そこはなんとも言えないんじゃない? 木工系ったっていろいろあるし」
「アリスちゃんが喜ぶものがあればいいのですが」
「言うと思った。なんにせよ、画になる景色になってるといいなあ」
ケビンとユージに続いて、ユージとトリッパーたちがぞろぞろ歩く。
ユージの妹のサクラはまだ見ぬ冬の市場にテンション高く、ドングリ博士やクールなニートは商売の芽にならないか気になっているようだ。
一方で、名無しのミートやYESロリータNOタッチ、検証スレの動画担当はマイペースだ。
ユージとサクラと手を繋いだアリスは、鼻歌を口ずさんでご機嫌だ。
コタローは何がおもしろいのか、道の脇にどけられた雪の小山に上がったり下りたりしながらユージたちに併走している。
「お土産かあ。喜んでもらえそうなものがあるかな」
「よーし若者よ! 女への贈り物なら俺に任せとけ! 何年もイヴォンヌちゃんに贈り物を続けてきたこのエンゾさんになァ!」
やけにテンション高いエンゾが、洋服組Aと肩を組む。
エンゾはニヤニヤと笑っていた。
「……何年もプレゼントしてきたって、それ大丈夫なのかな。エンゾさん騙されてるんじゃ」
サクラの懸念はもっともである。
元冒険者の想い人であるイヴォンヌちゃんは、夜の蝶らしいので。
ともあれ、ケビンをくわえた11人と一匹はプルミエの街の市場に向かうのだった。
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「ヤバい緊張する。高級感がすごい」
「落ち着けユージ。撮影用セットだと思えばなんでもない。それにしても、カメラがない世界ってラクだなあ。日本じゃなかなかこういう店は撮らせてもらえないし」
「動画担当、それ盗撮ってヤツじゃない? 異世界の用心棒さんって歯止めきかなさそうだけど大丈夫?」
「このお店はプルミエの街で一番の高級店ですから。まあ王都と比べるとこれでも安いのですが」
青空市場といくつかの店舗をまわってケビン商会に戻り、夕食をとった後。
ユージ、検証スレの動画担当、名無しのミート、ケビン、エンゾ、洋服組Aの6人は、エンゾの案内でとあるお店に来ていた。
「ホントにあれで喜んでもらえるんでしょうか……」
「間違いねえって! だからほれ、女の反応を見せてやろうって連れてきたわけでな?」
皮張りのソファでくつろいでいるのは元冒険者のエンゾとケビンだ。
いや、嬉々として撮影している動画担当もくつろいでいると言えるかもしれない。
ランプとキャンドルの揺らめく灯が照らす店内は薄暗い。
暖炉には赤々と火が入り、外の寒さを感じさせなかった。
ユージは、テーブルの上のグラスを手に取って唇を湿らせる。
「ごほっ! なにこれ!?」
と、咳き込んだ。
「ユージェ……こういうお店で出てくるんだからお酒に決まってるでしょ……」
「ごほ、ケビンさん、お水ってもらえますかね?」
「待て、ちょっと待てミート。こういうお店に来たことあるのか?」
「あー、付き合いってヤツでね! 俺はあんまり興味なかったんだけど」
6人の中でも緊張しているのはユージと洋服組Aだ。
最初こそ落ち着きがなかった名無しのミートだが、次第に慣れてきたようだ。場の空気に緊張しただけで、「こういうお店」はなんでもないらしい。
エンゾに連れられて6人がやってきた、こういうお店。
「さーて、イヴォンヌちゃんはまだかなー」
エンゾの想い人であるイヴォンヌちゃんがいる、夜のお店である。
幼女のアリスは留守番である。
サクラはアリスの面倒を見るために、YESロリータNOタッチは当然アリスと一緒にいることを、クールなニートとドングリ博士は市場調査の結果をまとめるために留守番を選んだ。
コタローは、落ち着かない男どもを呆れたような目で見送った。まったくもう、へんなおんなにだまされないようにね、とでも言いたげに。
異世界の、夜のお店。
エンゾとケビンはともかく、4人の勇者が戦いに臨むらしい。うち一人に戦う気はない。
「あら、今日は大勢で来てくれたのね」
ゆるやかなウェーブがかかった長い髪は濃いブラウン。
黄色がかった瞳、目尻を下げて微笑む表情は柔らかい。
ソファに座った6人の元にやってきたのは、艶やかに笑う女性だった。
ユージの反応はない。
というか、洋服組Aと動画担当も反応がない。
「イヴォンヌちゃん、ここは普段の感じでいいぞ? ユージさんたちはあんまり女慣れしてないみてえだからな」
エンゾ、失礼な発言である。
まあユージたちが女性慣れしていないのは確かだ。いちおう、この場にいないトリッパーには恋愛経験や結婚経験がある者も、既婚者もいるのだが。何人か。
「あら? 先に言ってよエンゾ、かしこまっちゃったじゃない! ユージさんとおっしゃいましたか、地はこんなんですけどよろしくお願いしますね!」
「え? あれ? あ、はい」
余所行きのベールを脱いだイヴォンヌちゃんの豹変っぷりに呆気にとられるユージ。
洋服組Aと動画担当はポカンとしていた。
エンゾは笑顔で、ケビンが微笑みを浮かべ、ミートは小さくかぶりを振っている。
続いて何人かの女性がやってきた。
イヴォンヌちゃんはエンゾの隣に、ほかの女性は男性陣のまわりに座る。
どうやらここは、ユージたちがいた世界のキャバクラ的な店らしい。とりあえず札幌スタイルのキャバクラではない。たぶん。
さすが高級店というべきか、女性慣れしていないユージたちもそれなりに会話が弾んで、というか弾まされて小一時間ほど。
「イヴォンヌちゃん、今日も贈り物があるんだ」
「あら、いつもありがとうエンゾ……ねえ、受け取りは上にしない?」
用意してきたプレゼントを渡そうとしたところで、エンゾは上階に誘われた。
ユージの顔が赤くなる。
ケビンはふむ、とばかりに顎に手を当てる。
上階は何をする場所か知っているのだ。ナニをする場所である。
一階でお酒を飲み、おたがいに気に入ったら二階、女性の個室が並ぶ部屋に行く。
客である男性が言い出しても女性が断ることもあるし、逆に女性から誘われても男性が断ることもある。
……とりあえず、キャバクラではなかったらしい。
「あー、行きてえのは山々なんだけどよ。二人っきりってのはマズイんだよなあ」
エンゾは、チラッとユージたちに目をやった。
新たな開拓民であるエンゾは『開拓地の秘密を守るために』単独行動が許されていない。
そもそも街にさえ帰れないはずだったが、ユージたちと一緒にいることでOKとなったのだ。
ユージたちがこの店に来たのも、エンゾを一人にしないためである。
決して下心でもエロいことしたいからでもない。決して。
「えっと……」
ユージはケビンに目を向けた。わかりやすいSOSである。
だが。
「私は想い人がおりますし、その、同室というのは……」
ケビンはあっさり首を振る。NGらしい。
「ど、どうしよう……」
動画担当と洋服組Aはユージ同様に戸惑うばかりである。
名無しのミートはなぜか「どうでもいいんじゃない?」とばかりに我関せずとお酒を口にした。
それでも、「じゃあどうぞ」とエンゾとイヴォンヌちゃんを二人きりにしなかったのはいいことかもしれない。
古来、睦言では秘密が漏れるものだ。
まあユージたちがそこまで考えていたわけではないだろうが。
けっきょく、助け舟を出したのはケビンだった。
「……まあ、エンゾさんのパーティメンバーは開拓地にいますし、後に続く冒険者のためにも秘密を守るでしょう」
「で、ですよね! じゃあ俺たちは」
「ですが……申し訳ありませんが、隣の部屋をお借りしてもいいですか? エンゾさんとイヴォンヌさんを除いた全員で飲みましょう」
「あら? ケビンさん、飲むだけなのかしら?」
「ええ、特に何をするわけでもなく歓談です。むしろそれ以外をされたら困ってしまいます」
「エンゾ、ユージさんも、それでいいかしら?」
「あっはい」
「ふふ、まあいいわ。じゃあエンゾ、今日は大きな声を出さないように気をつけなくちゃね。みなさんに聞かれたくないでしょう?」
そっとエンゾの足に手を置いてささやくイヴォンヌちゃん。
エンゾはデレッと相好を崩している。Mか。
ユージと洋服組Aは、「隣の部屋って、秘密を漏らさないか盗み聞きするためか」とようやく合点がいったようだ。
盗み聞きされずに情報交換する手段はいくらでもありそうなものだが、そこはケビンが言うようにエンゾを信頼するのだろう。
エンゾとイヴォンヌちゃんと同じ部屋で観戦も参戦も同時開催もせず、隣室で控える、というところが妥協点らしい。
「……なんだか、面倒ですね。エンゾさんもブレーズさんも、みんな信頼できる気がするんですけど」
「ははっ、そいつはありがてえがよ。むしろ俺に付き合わせちまって申し訳ねえな」
たしかに、エンゾが「イヴォンヌちゃんに会いたい」と言い出さなければこんな問題はおきなかったのだが。
まあ、ユージに「人の恋路をジャマする」のはハードルが高かったのだろう。
……もしくは、女性がいる店であわよくばと考えていたのか。
ともあれ。
ユージも洋服組Aも名無しのミートも検証スレの動画担当も、勇者にはなれなかったらしい。いきなりハードルが高すぎる。
名無しのミートは、最初からこの店で勇者になる気はなかったのだが。ユージたちは知らない。
次話、4/14(土)18時更新予定です!
※4/7.20時頃 彼はもうちょっとわかりやすく動揺しない方がいいなーと思いまして一部修正しました
なんのことやら?という方は、本編190話『閑話集8 四人目』をお読みくださいw





