IF:第四話 ユージと掲示板住人、冒険者ギルドでギルドマスターから報酬を受け取る
少しだけ短めです
ユージたちがプルミエの街に到着した翌日。
元冒険者の斥候・エンゾを含めた10人と一匹は冒険者ギルドの一室にいた。
報酬を受け取りに行くだけにしては大所帯だが、誰も別行動は取らなかったらしい。
ちなみに一行は昨夜、全員でケビン商会に泊まった。
通いの店員が使っている部屋と客間、応接間に分かれての宿泊である。
とうぜん個室ではないが、トリッパーたちは共同生活に慣れてきたらしい。
「さーて、おやっさんはいくら用意してるかねえ」
「あれ? エンゾさん、俺たちは軍の手伝いをしたわけで、お金をもらうのはそっちからじゃないんですか?」
「いまさらかユージ……下請けのようなものだろう。領主か軍が冒険者ギルドに依頼を出して、俺たちがそれを受けた流れになるはずだ。作戦会議の時に冒険者ギルドの職員がいただろう?」
「あー、エンゾさんとクールなニートと何か話してたっけ」
「お兄ちゃん……」
ユージの妹のサクラと同時に、足元のコタローがわふっとため息を吐く。ユージの身内は苦労しているようだ。コタローは犬だが。
「アリス、ばーんってやったから、お金もらえるんだよ!」
「はあ、アリスちゃんはなんと賢く可愛いのでしょうか。神様はいるのですね」
「ほらいつギルドマスターが来るかわからないんだし静かにしてろロリ野郎」
「下請け……孫請け……うっ頭が」
「動画担当、大丈夫か? カメラが震えてるぞ?」
「気にするなユージ。実は俺もよくわかってなかったから」
冒険者ギルドの一室でギルドマスターを待っていても、トリッパーたちは自由なようだ。あとアリスも。
「そうだね、アリスは活躍してたもんなあ。……俺たちはほとんど何もしなかったけど」
「ははっ、ユージさん、それでも参加したのは確かなんだ。日当ぐらいは出るからよ」
ユージたちが冒険者ギルドに向かったのは、依頼を受けるためではない。
秋に行われたゴブリンとオークの集落討伐に参加した報酬を受け取るためだ。
日当プラス成果報酬もあるため、参加したメンバーの中ではアリスがもらえる金額が一番高いらしい。稼げる幼女である。
冒険者の級によって日当の目安金額が違うため、元3級冒険者のエンゾもそこそこ貰えるらしいが。
「ユージ殿、みなさん、お待たせしました」
「あ、いえ、そんなに待ってませんから」
部屋の扉を開けて入ってきたのは、冒険者ギルドのギルドマスターその人だった。
いつの間にか、ギルドマスターがユージ担当になっている。
まあ領主の覚えもめでたい「開拓団団長」となれば当然なのかもしれない。
ユージたちは引退した冒険者を受け入れ、今後も新規で引退した冒険者を受け入れてもらえるかもしれないのだから。
これまでの戦闘経験が役に立ってまわりから評価されるうえにしがらみが少ない「開拓団」は、冒険者に人気の引退先なのだ。
開拓団長との繫がりを強めるために、ギルドマスターのサロモンが対応してくれるらしい。
「おやっさん、俺もいるんだけど?」
「おうエンゾ。ユージさんたちから少しは信頼されてるみたいだな。その調子で頼む」
凶悪な人相のギルドマスターがニヤッと笑う。
エンゾは特に怯えることもなく、差し出された布の小袋を受け取った。
「ユージ殿。こちらが参加された皆様の分です。本当に、まとめてでいいんですか?」
「えっと、はい、あとはこっちでやります」
「ギルドマスター、明細はいただけますか? アリスちゃんの分は別にしたいんです」
「はは、ウチの冒険者たちに見習わせたいほどしっかりしてますな。詳細はこちらの木札に」
エンゾが受け取ったものとは別の小袋がテーブルに置かれた。
横に並んだ木の札にはこの世界の文字が書かれている。
ユージたちは集落討伐に参加したメンバー個別にではなく、まとめて報酬を受け取ることにしたようだ。
集落討伐の際、逃げてくるかもしれないモンスターを警戒するため開拓地に残った者もいた。
今後はともかく、今回は「開拓団」の報酬として受け取るらしい。
もっとも、一部は参加者に支給されるようだが。
それとアリスの分はあとで分けるらしい。
きっとそこからお小遣いが支給され、残りは貯金されるのだろう。子供のお年玉と違ってなくなることはない。たぶん。
「そういえばユージ殿、領軍の駐留地には寄られましたか?」
「そっちは通ってきてないんです。雪がどうなってるか不安だからって」
「なるほど、そうでしたか」
「わざわざユージに確認するとは。何かあったのですか?」
冒険者ギルドにやってきた目的、報奨金の受け取りは終わった。
ここからは雑談、あるいは情報交換タイムらしい。
「いえ、以前、ユージ殿たちに絡んだ冒険者がいたでしょう? 代官様と一緒に冒険者ギルドに来られた時に」
「ああ、斧の冒険者さんと猿、じゃなくて猿人族の人!」
「そうです。アイツらがね、領軍へ協力する役務に就いてたんですが……」
「まさか逃走したとか? それでユージや俺たちに警告を」
「いや違うんですよ。アイツら、冒険者を辞めて領軍に入りまして」
「……え? その、兵役? でしたっけ、そういう」
「ああ、よそにはそういう領地もあるようですが、この辺境にはありません。領主様や領軍の訓練を見て何を思ったのか、アイツら自身の希望です」
「なるほど、それで。彼らが駐留地にいるのですね?」
「いままで通りの仕事をさせたうえで、新兵として訓練するそうです」
「かーっ、マジかアイツら。まあ性根を叩き直すには冬の森はいいのかもしれねえけどよ」
ギルドマスターの話を聞いて、エンゾがぺちっと手を額に打ちつけた。
ユージはいまいちよくわかっていない。
サクラは「フリーランスから会社員になったようなものね」などとふむふむ頷いている。微妙に違う気もする。
「情報ありがとうございますギルドマスター」
「まあ冬のうちに儂が見に行くつもりです。……抜け出せたら」
ぼそっと呟くギルドマスター。
元1級冒険者は、事務仕事から抜け出す口実を常に探している。そして逃がさぬようだいたい秘書役のギルド職員から監視されている。
ユージたちが待つ部屋に一人でやってきたのは、この後さっそく抜け出すつもりなのかもしれない。
「よし! んじゃ行くとすっか! おやっさん、また春にな! まあ俺はユージさんたちが許してくれたら、だけどよ」
「ああ、マジメに働いて信頼を勝ち取れよエンゾ……待て、この後どこに行くつもりだ?」
「大丈夫だおやっさん、単独行動はしねえから! 行く時はユージさんたちと一緒だから!」
「あっ、おい待てエンゾ!」
「ギルドマスター、ではまた春に。……俺たちがいれば、ですけど」
「クールなニート?」
ユージの疑問の声は、ガタガタとイスから立ち上がる音にかき消された。
首を傾げるユージはアリスに手を引かれ、コタローの先導で冒険者ギルドをあとにする。
このあとユージたちは、ケビンに合流して冬の市場や店舗をまわる予定になっていた。
規模は小さくても、いちおう冬でもお店はやっているらしい。
ギルドマスターの心配は無用だったようだ。この後、という意味では。
「さーて、店でお土産を見つくろって……一緒に行く人を探さねえとなあ。ユージさん? それとも……」
秘密を守るためまだ単独行動を許されていないエンゾは、市場とお店めぐりの後にどこかに行くつもりのようだが。
ユージがこの世界に来てから三年目、トリッパーたちが来てから最初の冬。
プルミエの街で、ユージたちは先達に導かれるらしい。
ケビンから冬の市場と店舗を、エンゾからは……。
ユージは今日、オトナの階段を上るのかもしれない。
いや年齢的には32歳のおっさんなのだが。
次話、4/7(土)18時更新予定です!





