IF:第二話 ユージと掲示板住人たち、雪が積もった森を抜けてプルミエの街にたどり着く
「ユージにいー! コタロー! はやーい!」
「ちょっ、ちょっとお兄ちゃん、もうちょっとゆっくり! 怖い、怖いから!」
雪が積もった静かな森に、幼女の歓声と女性の悲鳴が響き渡る。
ユージたちが開拓地を出発して街に向かってから五日目。
雪が溜まった川ぞいを避けて、ユージたちは川と並行に森を南下していた。
「サラマンダーより?」
「それはやめろミート。あとユージ、ちょっとスピード落とせ! 転んだらカメラが危ないから!」
「ユージの身体能力が異常過ぎる。やはり位階を上げるべきか……」
爆走するソリを引いているのは、ユージとコタロー、それに元冒険者の斥候・エンゾだ。
固められていない雪の上を、かんじきを装着しただけで走っている。
アリスが大喜びして、ユージの妹のサクラが悲鳴を上げるほどのスピードで。
ちなみにコタローはかんじきさえ装備していない。さすが犬。
「クールなニート、ユージよりエンゾさんの方がおかしいって。そりゃこのスキーはクロスカントリー用じゃないけど、スキーをはいた俺より速いし自由自在なんて」
クールなニートの独り言に反応したのはドングリ博士だ。
ユージの家には、古いスキー板が四組あった。
ユージの両親とユージ、サクラの四人分である。
両親は、引きこもっていたユージのスキー板も捨てなかったらしい。
ユージが外に出て昔のように家族でスキーに行くことを夢見ていたのか、あるいは倉庫にしまったまま忘れていたのか。いまとなってはわからない。
だが、ユージが外に出るようになったこの世界で、四人分のスキー板が役に立ったことは確かだ。
ユージの母親のスキー板はソリに使われ、サクラのスキー板はその予備となった。
ユージの父親のスキーはドングリ博士が、ユージのスキーはスキー靴が入ったトリッパーが交代で使っている。
スキーをはいていないユージやトリッパーたち、エンゾはお手製のかんじきだ。
圧雪されていない雪上を行く。
想像以上に大変で体力を使うはずなのだが、ユージとコタロー、エンゾ、トリッパーたち10人と一匹は、スキーとかんじき、ソリで順調に進んでいた。
「これ位階が上がってなかったらキツかったね! もっとスキー板を用意しておいた方がいいかも?」
「だとしたらクロスカントリー用のスキーが欲しいな。練習すればなんとかバイアスロンも」
「いや、どうせ用意してもらうならスノーモービルの方がいいだろう。こちらでは免許もライセンスも必要ないんだ」
「そっか、その手があったね! どうせバイクもガソリンも準備してもらってるんだし!」
「ああ。帰ってから頼んでも、キャンプオフまでには間に合うだろう」
「車が通れる道があればラクになるんだけどなあ」
爆走するソリをのんびり追いかけながら、名無しのミート、ドングリ博士、クールなニートが会話をかわす。
今日も含めて五日間の雪中行軍で、必要な物資を洗い出しているらしい。
「うまくいけば来年はバイクあり、スノーモービルありだね! 移動がラクになりそう!」
「これもう文明ハザードだろ。撮りまくってる俺が言えることじゃないけど」
「そこはなあ。俺は銃を持ってて、そもそもユージの家があるわけで」
検証スレの動画担当も含めて、四人は真剣な表情で話し合っている。
ノリノリのアリスはともかく、全速力でソリを引くユージは気楽なものである。
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お昼休憩を入れて、午後。
アリスの火魔法でお湯を沸かしてインスタントスープで体を温めた一行は、ようやく森を抜けた。
森に造られた領軍の駐留地には寄らず、まっすぐプルミエの街に向かったらしい。
暗くなる前に到着できそうなことがわかり、ユージたちはのんびりと歩みを進めている。
「街に着いたら、防寒グッズを探さなくちゃなあ。シートとか、あとはダウンみたいなヤツがあるといいんだけど」
「お兄ちゃん、まずはケビンさんに相談してみた方がいいと思うよ。行商人さんだったんだもの、詳しいんじゃないかな」
「あのねえ、寒さには毛皮がいいんだって! だから狩りはだいじなんだよ!」
冬の開拓地で必要な物資、それに雪中行軍で欲しいと思ったものをあげるユージ。
アリスが狩りに積極的なのは、生き抜くために必要だったかららしい。意味もなく血気盛んだったわけではないのだ。たぶん。
「雪の中を五日間。けっこうキツかったなあ」
「でもほらきっといい画が撮れたって! それに魔法がなかったらもっとキツいと思うよ?」
「ああ、アリスちゃんのおかげで温かな食事を簡単に用意できたのは助かった。元の世界の雪中行軍の方が大変なのは間違いないだろう」
「アリスちゃんさまさまだね!」
「可愛いだけではなく優秀な魔法の使い手でもある。アリスちゃんは唯一無二の存在です」
「ロリ野郎の発言がなんか宗教じみてきてきて怖い」
プルミエの街の石壁に向かって、雪原を進むトリッパーたち。
ユージやアリス同様に、目的地が見えてトリッパーたちもリラックスしているようだ。
雪中行軍の五日間は天候に恵まれて、雪が降ったのは半日だけだった。
休憩や野営の時にはアリスの火魔法で暖を取り、お湯を沸かして温かな食事を摂る。
スキーやかんじき、ソリで進むのは大変だが、そこは上がった身体能力でごり押しできる。
クールなニートが言うように、この世界の雪中行軍の方が難易度は低いのかもしれない。
実際、元冒険者のエンゾは平気な顔で一行を先導している。あとコタロー。
「でもクールなニート、五日間かかるってなったら、もしものことがあってもウチから街までの往復は厳しいような……」
「まあ、そうだなユージ。今回持って帰る物資を厳選しよう」
「ははっ、心配いらねえってユージさん。いざって時は俺とブレーズが全速力で行きゃもっと早く着けるだろうからよ」
「……え? あの、けっこうペース速かったような」
「ユージさんたちの案内役なんだ、これでも抑えてたんだぜ? 3級冒険者の本気はこんなもんじゃねえって」
そう言って、エンゾはニヤッと笑った。
プルミエの街でも上位だった元冒険者は、さらに速いペースで雪中行軍が可能らしい。
「やはり積極的にモンスターを討伐して位階を上げるべきか……」
「ちょっ、またクールなニートのスイッチ入っちゃった!」
「無視でいいだろミート。それより前向いてくれ。街に近づいていくシーンを後ろから撮るから」
「ねえねえユージ兄、ユキウサギのお肉はそろそろ食べごろかなあ?」
「アリスちゃん、せっかくだからケビンさんに美味しい調理法を聞いてみよう?」
騒がしいままに、一行は街に近づいていく。
先頭を歩くコタローは、ほんとみんな、まいぺーすね、とでも言いたげな目をしている。尻尾が揺れているあたり、そんなところも楽しんでいるようだが。
ユージがこの世界に来てから三年目、トリッパーたちが来てから一年目の冬。
雪が積もった森を抜けて、ユージたちは無事にプルミエの街にたどり着いた。
過酷な行程を覚悟しての雪中行軍だったが、思ったよりも簡単に。
けっきょく、この五日間でモンスターに襲われることはなかった。
秋に行われたモンスターの集落の討伐は、ちゃんと効果があったらしい。





