IF:第一話 ユージと掲示板住人たち、街を目指して冬の森を行く
「じゃあ行ってきます!」
「いってきまーす! みんな、いい子にしてるんだよ!」
「行ってくるねジョージ」
「サクラ、気をつけて行くんだよ。僕たちのことは心配しないで。言葉が通じるんだし、こっちは心配いらないから」
「トニー、物知りなニート、元敏腕営業マン、あとは任せた。寒さがひどければジョージさんに相談して、ユージ家に入れてもらってくれ」
「ああ、クールなニート。雪中行軍だ、何が起こるかわからない。中止の判断は早めにするように」
「この身に代えてもアリスちゃんの安全は守ります! 寒さ対策も必要ですよねえ」
「おいアイツ止めろ! 人肌で温めるつもりだぞ!」
「対モンスターなら間違いなく肉壁になるって安心感はあるんだけどなあ」
よく晴れた冬のある日。
ユージの家を中心にした開拓地の出入り口に、人が集まっていた。
ユージとアリス、サクラの横にはスキー板を取り付けた木箱が置かれている。
家に眠っていたスキー板を活用したソリである。
アリスがソリに乗り込むと、ハーネスをつけたコタローは自らソリの前に向かった。さあゆーじ、いくわよ、とばかりに。引く気満々である。さすが犬。
「くっ、やはり私も!」
「二人とも、行かニャいで近くで引けばいい」
「そうか! お母さんは賢いね!」
「やっべえなにアレすごい。あの会話も思わずソリに興奮しちゃうところも最高すぎる」
「鼻息荒いぞケモナー! コイツも行かせればよかった! 止めるのめんどくせえ!」
「ブレーズ、んじゃ行ってくるわ」
「ああ、ユージ殿たちをよろしくな。あと勝手な行動をしないように」
「そうよエンゾ。せっかくこんないい場所で暮らせてるんだから。ユージさんたちの言うことを聞いてね」
「ははっ、任しとけって。個別行動をする気もねえしよ。イヴォンヌちゃんに会うときだって、誰かと一緒に行きゃいいんだろ?」
別れを告げる者、見送る者。
中には不穏な言葉を発している者もいる。
ロリ野郎とケモナーはいつものこととして、元冒険者の斥候・エンゾの発言も怪しい。夜の蝶であるイヴォンヌちゃんがいる店に誰を連れていくつもりなのか。ユージはオトナの階段を登ってしまうのか。
「よし! じゃあ、出発しよっかアリス、コタロー、みんな」
「はーいユージ兄! しゅっぱーつ!」
アリスの号令にあわせて一行が動き出す。
ソリを引くコタローは興奮した様子で足をかいた。勢いがつくまでの動きだしは遅い。
こうして、雪が積もった森を進んで街へ向かう一隊が出発した。
ユージ、アリス、コタロー。
アリスの面倒を見るべく、サクラも同行している。ユージの了承のもと、家の管理は夫のジョージに任せたらしい。
クールなニート、名無しのミート、ドングリ博士。わりとまともな人員で、ドングリ博士は猟銃の攻撃力も期待されてのことだろう。
YESロリータNOタッチはアリスの肉壁になる気満々で、撮影役として検証スレの動画担当。
それと。
「プレゼントは何がいいかなあ」
「おっ、街で女への贈り物を探すのか? よーし、俺がいい店を紹介してやろう!」
「えっ。ありがとうございます?」
洋服組Aと、道中の護衛兼案内役として元冒険者で斥候のエンゾ。
なにやら肩を組んで、エンゾはニヤニヤと笑っている。
10人と一匹は、開拓地からプルミエの街へ向けて出発した。
ちなみに、ソリに乗るのはアリスだけで、ほかの面々は徒歩らしい。
徒歩といっても何人かはスキーで、残りは手作りした「かんじき」を履いている。
整備されていない森の、雪が積もった中を歩く。
過酷な雪中行軍のはじまりである。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「しっ、静かに」
「エンゾさん? モンスターですか?」
「いや違う。冬の大森林のお宝だ」
ユージたちが開拓地を出発してから二日目。
一行はまず川に出ようと、西に向かって進んでいた。
積雪さえなければ街まで三日だが、いまのペースでは五日はかかりそうだという予想だ。
それでも、整備されていない森の雪上を行くことを思えば早い方だろう。
位階が上がって身体能力も上がっているからこその速度である。
先頭を歩いていたエンゾが、ふと足を止める。
少し後ろで、コタローと一緒にソリを引いていたユージも足を止める。
アリスは「静かに」という指示を聞いて、ソリに座ったまま手で口を押さえた。
クールなニートのハンドサインで、残るトリッパーたちも立ち止まる。
エンゾが腰のベルトから投げナイフを抜いた。
構える。
エンゾの視線の先を見ても、ユージたちの目では獲物を見つけられない。狩猟経験のあるドングリ博士さえ見つけられない。
首を傾げながらも、9人はエンゾの動きを見守っていた。
コタローだけ、いまにも飛び出さんばかりに足に力を溜めている。もっとも、ソリに繋がっているので飛び出せないのだが。
シュッと小さな音がして、エンゾの手から投げナイフが飛んだ。
木の根元の吹きだまりに、一直線にナイフが飛んでいく。
と、悲鳴が上がった。
人でもモンスターでもない小さな声。
「うし、手応えアリだ。ユージさん、ちょっと待っててくれ」
「あっはい」
エンゾはズボズボと雪に足を突っ込んで、ナイフを投げた先に向かっていく。
ガサゴソと雪の中を探り、やがて片手で引っこ抜いた。
その手は、白い毛皮の小さな生き物を掴んでいる。
投げナイフは獲物の腹に刺さり、一発で仕留めたようだ。
白い雪の中に潜む白い毛皮のウサギ。
エンゾとコタロー以外の9人が見つけられなかったのも当然かもしれない。
「銃でも弓でもなく、投剣で一発か……異世界はすごいなあ……」
「わあっ! ユキウサギだ! おいしーし、皮は高く売れるんだってドニおじさんが言ってたんだよ!」
「よく知ってるなアリスの嬢ちゃん。そう、こいつが大森林の冬のお宝、ユキウサギだ」
「は、はあ……」
「街に行ったら、こないだの集落討伐の報奨金を受け取って、こいつの皮を売って……イヴォンヌちゃんの贈り物の足しにしないとな。おっと、こいつの皮を売った代金はちゃんと山分けするぞ?」
「ありがとうございます?」
「はい! エンゾおじちゃん! お肉はどうするんでしょーか!」
「食うに決まってんだろ! 今夜……はまだおいしくねえな。明日は宴会だ!」
「やったあ! 楽しみだねユージ兄!」
アリスと二人で盛り上がりながら、エンゾは手を動かしている。
あっという間に皮を剥がし、首を落として血抜きを進めている。
アリスはその様子をキラキラした目で見つめていた。
異世界の冒険者も幼女もたくましい。
「おっと、洋服組えーも贈り物を探すんだったな。次にユキウサギを見つけたら狙ってみるか? 稼げる男はモテるぞ?」
ニヤッと笑うエンゾ。
名指しされた洋服組Aのほか、ユージとトリッパーたちはざわっとしていた。
稼げないとモテないのか、異世界も世知辛い、などと動揺したのだろうか。
「はいっ! 次はアリスがえいってやる!」
「ははっ、アリスの嬢ちゃん、火魔法で皮を焦がしちゃ買い取り値が下がっちまうぞ?」
「うー。じゃあユージ兄に狩ってもらう!」
「えっ、俺?」
ソリに座ったまま、期待に満ちた目でユージを見上げるアリス。
コタローは足踏みをしている。かりもしたいしそりもひきたいの、うー、まようわね、とでも言うかのように。コタローにとって、冬の森は楽しみでいっぱいらしい。
「ふふ、がんばってねお兄ちゃん」
「あ、そこは『かわいいウサギを殺すなんて』じゃないんだ」
「殺すために殺すのは反対するけど、そういうのじゃないんだし。皮だって、この世界じゃ代用品はないんだから」
「そっか。サクラもたくましくなったなあ」
オトナになった妹とそんな会話をするユージだが、アリスの視線はユージから逸れない。
ほかのトリッパーたちも助け舟を出すことはなく、ユージを見守っている。いや、洋服組Aは持参した弓に弦を張って、ドングリ博士は猟銃を取り出そうか迷っている様子だったが。
「……がんばってみるよ。でも光魔法は攻撃できないからなあ。気付かれないように近寄って、短槍で仕留めるしかないのか」
「はは、ユージさん。そんときゃ俺とコタローで追い込んでやるさ。な、コタロー?」
ユキウサギの解体を進めていたエンゾがコタローに声をかける。
口元を赤い液体で汚したコタローは、バウッ! とひと吠えした。そうよ、まかせなさい、とでも言っているかのようだ。
ところでコタローは、ちゃっかりモツをもらったらしい。ミートの顔色が悪い。
「すまねえ、待たせたな。んじゃ行くか。ユキウサギを見つけるにはコツがいるからな、あんまし期待しないでくれ。探しすぎて遅くなったら意味ねえしな」
エンゾがそう言うと、ユージたちはまた歩き出した。
開拓地から街までの雪中行軍。
モンスターに襲われることはなく、むしろユキウサギや野鳥を襲いながら、一行は街まで進んで行くのだった。
吹雪かれることもなく、道程は順調だったようだ。
増えていくお肉に、アリスとコタローは終始ご機嫌だった。
次話、3/17(土)18時更新予定です!





