IF:第十一章 プロローグ
ちょっと短めですが、プロローグなので……
うっすらと雪化粧をはじめた森。
静けさを破るかのように、女の子の元気な声が響く。
「やったー! これがソリなんだ! ねえねえサクラお姉ちゃん、アリス乗ってもいい?」
「ふふ、アリスちゃん、もっと雪が積もってからにしようね」
「はーい! いつかなあ、明日かなあ、明後日かなあ」
「さすがにそんなにすぐには無理じゃないかなあ」
完成したばかりの木製ソリに手をかけ、満面の笑みを浮かべてサクラに問いかけるアリス。
横にいるユージは、気が早いアリスの言葉に苦笑している。
コタローはすでにソリの前方にスタンバっていた。引く気満々である。犬なので。
冬はまだはじまったばかりで、雪はうっすらとしか積もっていない。
木の根や大きめの岩はいまだ剥き出しで、ところどころ土も見えている。
この状況でユージ宅に眠っていたスキー板を使ったソリに乗ったら、すぐ壊れることは確実だろう。
「アリス、もうちょっとガマンしような」
「はーい!」
言いながら、ユージも肩を落とす。
32歳だが、ソリ遊びを楽しみにしていたようだ。童心を忘れないおっさんである。いや、きっとアリスとコタローが喜ぶ姿を見たかったのだろう。きっと。
ユージがこの世界に来てから三年目、トリッパーたちが来てから一年目の冬。
トリッパーたちと新たな開拓民を迎えた初めての冬は、ユージとアリスとコタローにとって初めての「賑やかな冬」となりそうだ。
もしモンスター集落の討伐が一年遅れていれば、アリスは新たな友達を見つけて、きっとさらに賑やかな冬となったことだろう。
ユージたちには知る由もない。
「こんにちはー。どう、クールなニート?」
「ユージか。そうだな、メンバーはだいたい決まってきた。まあ荷物次第で変えるつもりだが」
冬になると、開拓や農作業でできることは限られる。
トリッパーたちは空いた時間を利用して、冬の間の手仕事になりそうな商品を探し、あるいは試作をはじめていた。
もちろんほかに作業をしているトリッパーもいる。
特に物知りなニートやドングリ博士の知識、ネット情報を参考に防寒対策を進めている者たち。
そして、クールなニートが希望者を募った一団。
「スキーか、ひさしぶりだなあ!」
「何気にうまいなミート。掲示板住人だからって運動できないわけじゃないか」
「これは……猟銃も持って行くべきでは」
「クロスカントリー、じゃなくてバイアスロンだっけ?」
「くっ! これじゃ撮影は難しそうだ! こうなればソリ班に、重さで断られたらアリスちゃんに教え込んで」
「ダメですよ動画担当さん。幼女は撮るのではなく撮られるべきです」
「おまわりさんコイツです!」
「えっと、ほんとに大丈夫? 街まで三日はかかると思うんだけど」
「まあ、元冒険者さんもついていってもらうし、雪中キャンプの練習もするつもりだ」
歯切れが悪い。
クールなニートは、冬の間に街まで行ってみる部隊を編成中だった。
通常であれば三日かかる距離を、雪が積もった森の中を行く。
しかもモンスターがはびこる世界の森の中を、である。
当然、雪中キャンプが必要になるし、危険だらけだろう。
「食料は足りるんだし、無理しなくていいと思うけど……」
「ユージ、『追い詰められてはじめて向かう』より『もしもの時は行ける』と思える方がいいだろう。多少は気持ちがラクになるはずだ」
「そういうもんかなあ」
クールなニートは、リスクを取る価値があると思っているようだ。
それも当然かもしれない。
森の中に一軒だけ建つ家で、雪に降りこめられて孤立する。館モノである。
いやまあ、すでに平屋も仮設住居も存在するので建っているのは一軒だけではない。そもそもユージの家は館と呼べるようなものではなく、ただの一軒家である。
「思ったより寒いし防寒具をお願いします……」
「異世界なのにヒマすぎるので娯楽をください。もう仕事でもいいです」
「断熱シートが足りない。ダウンジャケットも足りない。ヒート○ックも大人買いするべきだった」
「薪ストーブは一つしかないし暖炉は仮設だからな。レンガも欲しいところだけど」
「ほんと、この世界の人たちはよく寒さに耐えてるわ」
「やっぱりもふもふこそ至高! 人間にも毛皮が必要です! いや待て寄り添ってもふもふに包まれるって手も」
「やめろケモナー。寒空に叩き出すぞ」
あいかわらず騒がしい。
開拓と農作業でできることが限られているいま、トリッパーたちはヒマを持て余しているようだ。
雪が積もって以降、トリッパーたちは三交代でユージ宅の一階に泊まっている。
寒さ対策である。
それでも、手軽に防寒着も防寒グッズも買えない世界の寒さは厳しいらしい。現代っ子である。
「それでクールなニート、いつ出発するか決まった? ウチはサクラに任せて俺も行くつもりなんだけど……」
「冒険者さん次第だな。エンゾさんがついてきてくれる予定だから、あとは話を通して」
「ねえクールなニートさん、ほんとにいいのかな? 冒険者さんは秘密を守るためにこの開拓地を出ないはずで」
「まあ彼らは信頼できそうですし、大丈夫だと思いますよサクラさん。……一人にするつもりはありませんし」
クールなニートは、案内役に元冒険者パーティ『深緑の風』の斥候・エンゾを連れていくつもりらしい。
ゴブリンとオークの集落は潰したとはいえ、モンスターがいる世界の森で、初めての雪中行軍である。
案内役は必要だと判断したらしい。
「はいっ! アリスも行きたいです!」
「ええっ? アリス、それは難しいんじゃないかなあ」
「そうよアリスちゃん、私と一緒に家で待ってよう? まだ読んでないご本もたくさんあるよ?」
「えー? アリス、村でえい!って雪をとかしてたんだよ?」
「そっか、火魔法が使えるから」
「ユージ、そこはサクラさんと話し合っておいてほしい。燃料なしで暖を取れるのは助かるが、危険はあるからな」
クールなニート、雪中行軍に乗り気な幼女の説得をユージに任せるようだ。コタローはユージとサクラのまわりで跳ねている。わたしはいくわよ、いついくの、いまでしょ、とばかりに。ちょっと古い。
ユージがこの世界に来てから三年目、トリッパーたちが来てから一年目。
雪に降りこめられた開拓地には、のんびりした時間が流れていた。
幸いなことに、元冒険者パーティのリーダーと弓士、盾役と元奴隷の二組には仮設住居が間に合ったようだ。
いや、間に合わせたのである。
できることが少なくなったこの世界の冬に、新婚さんがすることなど決まっているのだから。
トリッパーと新たな開拓民は必死で間に合わせたのである。
次話、3/10(土)18時更新予定です!
※小説家になろう公式コンテンツのN-Star第二陣として連載はじめました!
ひさしぶりの三人称で、コメディは薄め……薄め、かなあ。
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