IF:第十六話 ユージと掲示板住人たち、モンスターの集落討伐の後片付けを見守る
「俺たち、手伝わなくていいのかな」
「気にすんなユージさん、まわりを警戒すんのも仕事のうちだ」
ゴブリンとオークの集落討伐は、午前中のうちにあっさり終わった。
ユージとコタロー、トリッパーと元冒険者たちは戦闘さえせずに、あっさりと。
戦闘に参加したのはアリスだけ、それも敵を追い込むための範囲型火魔法を放っただけだ。
「そういうことです。それにユージ殿、彼らは訓練された兵士です。俺たちが手伝うと和を乱しかねません」
掘っ建て小屋が並んだ集落は参戦した領軍に破壊され、ゴブリンとオークの死体と一緒に積み重ねられている。
あとから火をつけて燃やすつもりなのだろう。
領軍が働く中、プルミエの街から参加した冒険者たちは集落を遠巻きに囲むだけだ。
斥候タイプの冒険者が何人かの新人を率いて、周囲を警戒する役割分担である。
いまのところモンスターの残党はいない。
「うっぷす! やっぱり戦場のニオイは慣れないなあ」
「そうだなルイス。だがリアルな戦争を描くにはこうした経験も必要なんじゃないか?」
「これでゴブリンとオークは壊滅か。位階を上げる手段を模索するべきだろう」
「ああ、可愛くて賢くて強いなんてアリスちゃんは天使なのでしょうか」
「よしよしよし。これで襲われて泣く女の子がいなくなったわけだ」
「……これモザイク処理した方がいいだろうなあ。けっこうグロい」
「なんだろ、俺こいつらと同じグループだって思われたくなくなってきた」
ほかの冒険者たちと同様に、ユージたちも集落と森の境目で雑談していた。
初めてのモンスターの集落討伐だったが、その感想はさまざまである。だいたいどこかズレている。
「それにしても、なんだか楽勝でしたね。俺、もっとこう……」
「ははっ、まあ気持ちはわかるぞユージさん。だがよ、今回は捕まってるヒトがいなかったからな」
「えっ」
「救出が必要なきゃこんなもんだ。相手はゴブリン中心で、こっちにゃ魔法使いもいたからな」
「えへへー、アリスがんばったんだよ! えいって!」
「捕まってるヒト……いることも、あるんですね」
「ああ。そうなりゃ巣の駆除の難易度は上がる。見つからないうちに助け出すか、あるいは速攻で奪い返すか……悪知恵が働くモンスターもいるからな」
元3級冒険者パーティ『深緑の風』のエンゾは、そう言って顔をしかめた。
長い冒険者生活の中には、苦い思い出もあるのだろう。
「まあこの辺にゃほかにモンスターの巣はなさそうだからな、ユージさんやアリスちゃんが見ることはねえだろ」
安心しろ、とばかりにユージの肩を叩くエンゾ。
ユージの顔は引きつっている。
アリスはよくわからなかったのか小首を傾げている。
コタローはガシガシと地面の土をかいている。そんなやつ、わたしがちまつりにしてあげるのに、とばかりに。武闘派であるらしい。さすが獣。
「ユージ殿、少しいいだろうか? 話し合いたいことがあるのだ」
「領主様? えっと……」
ユージに声をかけてきたのは領主だった。
最高責任者として配下の兵士たちへ指示を出していたが、やっと落ち着いたのだろう。
不安そうなユージだが、まわりにはクールなニートや妹のサクラといった、頼れるメンバーがいる。
特に内密な話でもないようで、領主はそのまま話を切り出した。
「この地の片付けが終わり次第、この地に軍の駐留所を置こうかと考えておる」
「軍の、ですか?」
「うむ。さすれば開拓地の安全に役立つうえ……侵入者を防げよう」
「そっか、ここは街と開拓地の間だから……」
「この地と川ぞいを押さえれば、ユージ殿の開拓地へ忍び込む者も迷い込む者も止められるはずだ」
ユージとトリッパーたちが稀人であることは秘密だ。
新たに加わった10人の開拓民は「秘密を守れる者」をわざわざ面接して選んでいる。
稀人の存在が公になって狙われないように、という領主夫妻やケビンの配慮である。
「領主様。俺たちの通行は止めないのですか? 秘密を守るにはそれが一番なはずで」
「そこまでするつもりはない。稀人は自由を愛するものだと聞き及んでおる」
「そうか、この国を興したのは稀人だという話でしたね」
「うむ。それに……ケビン殿が売り出した保存食は、領軍への導入も検討しておる。稀人に自由に動いてもらうことが我らの利益に繋がりそうだと実感したのだ」
「なるほど……」
「そっか、簡単なヤツはもう売り出してるんだっけ」
「むっ? まだ種類があるのだな? 新たな試作品ができ次第、領主の館へ持ってくるようケビン殿に伝えてくれ」
「ありがとうございます」
「試作品かあ……まだいろいろ試してるんだっけ」
辺境の領主直々の売り込みのお許しに、クールなニートが頭を下げる。
ユージは何がすでに商品となっていて、何が開発中か覚えていなかったようだ。大丈夫か。そもそも当初は、ユージがケビンに話を持っていったのに。
ユージはトリッパーたちが来たことで気が緩んでいるのかもしれない。
それまではアリスとコタローと、二人と一匹で暮らしてきて、ユージが稼がなければいけなかったのだから。いくら優秀でも、アリスは幼女でコタローは犬なので。
「この地に駐留所を置くかどうかも保存食も、いずれにせよ春の話になるだろう」
「春、ですか? 領主様、それは」
「あー、そっか、ゆきふりむしが出ましたもんね」
領主の言葉にクールなニートが首を傾げ、ユージが頷く。
いつもと逆の反応は、この世界に来てからの年月の差だろう。
ユージは三年目で、クールなニートたちトリッパーはまだ一年目だ。
「そーだよユージ兄! ゆきふりむしがきたら、もうすぐ雪がふるんだよ!」
拾った木の枝を振りまわすのに飽きて、地面に何か描いていたアリスが反応する。
教えてあげたいお年頃らしい。
「うむ、その通りだ。雪に降りこめられれば動けぬゆえな。ユージ殿、冬越えのための食料は大丈夫か?」
「えっと……」
「ユージさん、心配はいりませんよ。ケビンさんと一緒に、俺たち開拓民も食料はごっそり運んできましたから」
「雪、か。雪上を移動する方法も考えた方がよさそうだな」
「ユージがアップした写真だと、毎年けっこう積もってたからなー」
「雪かあ。反射を考えないといけないし真っ白だし、けっこう大変なんだよなあ」
「落ち着けルイス。CGで描くんじゃなくて現実の話だ」
「もこもこに着込んだアリスちゃんを生で見られるわけですね!」
ゴブリンとオークの集落跡地に、ちらほらとゆきふりむしが舞う。
タンポポの綿毛のように白く小さいゆきふりむしは、冬の訪れを告げる現象だ。
これが起きると、二、三日のうちに雪が降るらしい。
「雪かあ。早いとこ帰った方がよさそうだなあ」
「そうだなユージ。本格的に積もる前に、食料と防寒対策を確認した方がいいだろう」
「うむ、我らも片付けが終わり次第、街に戻るつもりだ。何かあれば相談するがいい」
「ありがとうございます」
一度空を見上げて、領主は兵士たちが作業を続ける中心部へと戻っていった。
片付けはほぼ終わり、あとは粗末な小屋に使われていた木材と死体を燃やすだけとなっている。
領軍は準備をしていたらしく、アリスの火魔法の出番はない。
とうぜん、集落の南にあった淀んだ沼の水の出番もない。
「……なんだか、呆気なく終わったなあ」
「ははっ、ユージさん、モンスターの集落に囚われのオヒメサマやエルフサマが出るのはおとぎ話の中だけだって! 普通はだいたいこんなモンよ」
ポツリと独り言を漏らしたユージを、エンゾがガシッと肩を組んで諭す。
開拓地から12人と一匹が参加した、ゴブリンとオークの集落討伐。
けっきょくアリス以外は実戦に参加することなく、討伐は終わるのだった。
囚われのお姫様も、エルフの女の子の姿もなく。
「ま、もう一年かそこら、ゴブリンとオークどもを放置してたらどうなったかわかんねえけどな!」
森の彼方に目をやってエンゾが独りごちる。
まるで、もし一年遅かったらエルフの女の子でも助けることになっていたかのように。
……ユージがこの世界に来てから三年目。
間もなく秋は終わり、冬を迎えるようだ。
トリッパーたちにとっては、この世界に来てから初めての冬である。
次話、2/24(土)18時更新予定です!
たぶん今章エピローグで掲示板回、の予定。
IFルートは次章とその次、あと二章で終了、の予定。





