IF:第十五話 ユージと掲示板住人たち、ゴブリンとオークを集落ごと潰す戦いに参加する
遅くなりました
早朝。
空が鮮やかな夜明けの色に染まる頃。
静かな森に、カサカサと落ち葉を踏みしめる音が聞こえる。
「いよいよか……」
「ちょっと緊張するね、お兄ちゃん」
「正規兵の戦闘を見られるとは。きっと参考になるだろう」
「あいかわらずクールなニートの視点がおかしいんだよなあ。女性を襲うゴブリンとオークを殲滅できるのはうれしいけど」
「バッテリーよし、空き容量よし。ヤバい、テンション上がってきた」
ささやき声で会話を、いや、各々独り言を漏らすユージたち。
ユージの横ではアリスがむふーっと鼻息も荒く、コタローが爪で地面をかいて、やる気満々でその時を待っている。
集団の中央には盾を構えたユージ、その陰に隠れるようにアリス、アリスの横には護衛のつもりらしきコタロー。
二人と一匹の左にユージの妹のサクラ、ジョージとルイスのアメリカ組。
右にはクールなニートや動画担当、エルフスキー、ニートなユニコーン、YESロリータNOタッチが陣取っている。
「緊張すんなってユージさん。こっちに敵が来たら俺たちが守るからよ」
「エンゾの言う通りだ。俺たちはこれでも元3級冒険者。ゴブリンやオークがどれだけ来ようと守りきってみせる」
開拓地に移住した元冒険者パーティ『深緑の風』のリーダー・ブレーズと斥候のエンゾは、ユージたち10人と一匹を守る役目らしい。
間もなく冬を迎える、肌寒い秋の早朝。
ゴブリンとオークの集落の殲滅戦がはじまろうとしていた。
やがて、元3級冒険者の斥候・エンゾがささやき声でユージに告げる。
「合図が来た。開戦だ」
ユージやトリッパーたちにはわからなかったが、場数を踏んだ元冒険者の目は逃すことなく合図を捉えたようだ。
ゴブリンとオークの集落は、森がぽっかり開けた場所にあった。自然にできた空間のようだ。
集落の南側には小さな沼地が存在していた。とても飲めるような水には見えなかったが、この開けた空間と水場があるためにモンスターもこの地に集落を作ったのだろう。
その集落は倒木や切り倒した木々、枝葉を使って掘っ建て小屋とも呼べない粗雑な建物らしきものが20棟ほど点在していた。
雨風を凌げるかどうかも怪しいが、ゴブリンと一部のオークはその空間で寝起きしているようだ。中に入らず雑魚寝しているゴブリンたちの姿も見えるが、おそらく下っ端なのだろう。
集落の中央には数本の木を重ね、枝葉で覆った建家が見える。集落の中心に見えること、しかも周辺の掘っ建て小屋よりも大きい。
攻撃目標を眺めるユージ。その目に、ふわふわと風に揺られるようにゆっくりと飛ぶゆきふりむしの姿が映る。
紅葉の森をふわふわと舞う白いゆきふりむし。
どこかのどかで幻想的な風景。
だが、これからこの場は戦場となる。
「アリス、出番だよ」
エンゾと同じように、ユージもささやき声でアリスに告げる。
右手を上げ、声は出さずにはーい、と口の形だけで答えるアリス。
ちなみに領主は集落南側の沼地の存在を知っており、だからこそアリスの火魔法の使用許可を出したのだった。いざとなれば領軍のバケツリレーで消火する所存である。
ユージの横で、アリスが力を込める。
初撃ということもあり、相手に気づかれる可能性を考慮して詠唱は禁止されていた。んんーっといううなり声がちょっと漏れていたが。
やがて、アリスが頭上にかざした手の上に炎の球が生まれる。
えいっと腕を振り下ろすアリス。やはり小さな声が漏れていた。
ゆるやかな放物線を描いて炎の球が集落に飛んでいく。
放物線の頂上、落下をはじめるところで。
「はじけてとびちれーっ!」
幼いアリスの声が響いた。
炎の球が、バフッと音を立てて弾ける。
小さな火の玉が無数に生まれ、広い範囲に散らばりながら落ちていく。
ユージたちから見てゴブリンとオークの集落の手前側に、無数の火の玉が落ちた。
ボボボボボボボボッ! と連続して、小さな火の玉が爆発する。
それはまるで、広範囲の地面が爆発したようで。
20組ほどの粗雑な小屋が並ぶゴブリンとオークの集落は喧噪に包まれた。
ゲギャグギャフゴゴと、悲鳴を上げながら小屋から飛び出すモンスターたち。
炎の海を目にして反対方向に逃げる。
モンスターの集落はパニック状態である。
「なんだコレすげェなアリスの嬢ちゃん……」
「開拓地でオークを倒したときにも思ったが……見たことのない火魔法を……」
ユージたちを護衛していたブレーズとエンゾは目を丸くしている。
「ア、アリス? これは何かな?」
「うーんとね、アリス、みんなからいろいろ教わったんだよ! それでね、今回はこれがいいだろうって!」
「へ、へえ、そうなんだ……」
アリスの火魔法の威力と効果に、ユージの顔も引きつっている。
アリスは「すごいでしょー!」とばかりにニッコニコだ。
「予想以上の効果だな。この威力なら、直接小屋を狙ってもよかったか」
「は、ははっ、俺は戦争でも撮ってるのかな? まあ戦いではあるけども」
「うーん……異世界だし、いいのかなあ。でもなあ」
「気にするなルイス。これは魔法で不発弾はなく、相手はモンスターなんだ。そう、気にしちゃダメだ」
「はあ、やっぱりアリスちゃんは最高ですっ!」
「汚物は消毒だ! エルフを狙うゴブリンとオークは殲滅だっ!」
一方で、トリッパーたちのテンションがおかしい。
そしてアリスの新たな火魔法はクールなニートが原因らしい。
アメリカ組が引き気味である。
「うろたえるなッ! 儂らの役目はかわらん! 弓隊は矢を射かけろ! 歩兵は盾と槍を構えろ!」
パニックとなったモンスターたちは、炎の海から逃げていく。
暴走する集団を前に、領主の声が響いた。
アリスが範囲型の火魔法を使えると聞いて、昨夜決められた作戦はシンプルだ。
火魔法でゴブリンとオークを追い立て、半包囲で待ち構えた領軍がモンスターを討ち取る。
あまりの威力に領軍にも混乱が広がりそうだったが、領主の一声で落ち着きを取り戻したらしい。
集落の討伐は作戦通り進んでいた。
ちなみに、もしアリスが火魔法を使っても動かなかった場合、ブレーズとエンゾやほかの冒険者がゴブリンとオークを追い立てることになっていた。
新人冒険者は包囲に参加、高位の斥候たちが勢子となる第二案だ。
想像以上のアリスの火魔法で、必要はなかったようだが。
ゲギャグギャ、フゴッとモンスターの悲鳴が響く。
ユージとトリッパー、冒険者たち、兵士たちに囲まれて逃げ場はなく、ゴブリンとオークの討伐は順調に進んでいく。
半円状の包囲の外から矢が放たれ、あっさりと倒れるゴブリン。
矢が刺さりながらも逃げた先には、盾を構えた兵士たちが隊列を作っている。
粗末な棍棒の攻撃は兵士の盾に防がれて、隊列の間から突き出される槍にゴブリンは数を減らしていく。
危なげない戦いぶりである。
「え……なんか、兵士のみなさん強いような……俺たちが戦った防衛戦より余裕っぽいんですけど……」
「人型のモンスター相手に集団戦となれば、冒険者よりも兵士の方が向いてるからな。訓練の成果が活かされるってヤツだ」
「それに、夜に俺たち斥候組が、集落に捕まってるヤツはいねェって確認したからよ。救出が必要ないなら『待ち』で充分だからな」
ユージに解説するブレーズとエンゾ。
集落全体で200はいただろう。
大半はゴブリンでたまにオーク、どちらも強いモンスターではないと言っても、バタバタと倒れてその数を減らしていく。
危なげないその戦いに、トリッパーたちはもはや単なる観客だ。一人撮影係だ。
あとコタローはユージの足元でちょっとそわそわしている。
いっちゃだめ、だめよね、きょうはゆーじとありすのおもりだもんね、ああもう、こっちにもこないかしら、とでも言っているかのようだ。敵には容赦ない女である。
「まあ、これからが本番だけどな。雑魚はともかく、そろそろ集落の長が……ああ、アイツらだな」
エンゾの解説を聞いていたユージが、集落の中心に目をやる。
そこに現れたのは、ほかのオークよりもふたまわりも大きな巨体。
2mを超す身長もさることながら、横幅もでかい。
建物がわりにしていた木を左右それぞれの手につかみ、そのまま武器として使うつもりのようだ。
あんなでかいヤツどこにいたんだ、と小さな声でユージがつぶやく。
ワンッと同意するかのように吠えるコタロー。
アリスは小首を傾げ、ユージをじっと見ている。
「ねえユージ兄、アリス、またまほーでえいってする?」
「ど、どうかなあ。合図があるまでは動かない方がいいと思うけど……」
「そうだなユージ。指揮官がいるんだ、ここは指示に従うべきだろう。残念だが」
「残念だがって、クールなニートさんがおかしい……」
「でも言う通りだよサクラ。作戦にない行動は混乱を招くからね」
「ああああああ! もっと近づいて撮りてええええええ!」
「オークは殲滅対象だろ。人型モンスターのオスは全員殺せ」
「物騒だぞユニコーン! 俺も同じ意見だけどさ!」
暢気か。
ボスらしきモンスターの登場だが、ユージはともかくトリッパーたちは余裕であった。あるいは、モンスターと元3級冒険者や兵士たちの力関係を理解したか。
天にも届けとばかりに、フゴーッと大声で咆哮するオークの長。
なんらかの命令であったのか、恐慌をおこして逃げまわっていた残り20匹ほどのゴブリンとオークたちモンスターが落ち着きを見せる。
が、動きを止めたゴブリンとオークに次々と矢が刺さり、倒れていく。
冷静になっても、雑魚は雑魚なのだ。
むしろ遠距離攻撃されているのに足を止めるなど悪手である。
そんな光景に憤るかのように、オークの長は左右の手に持った丸太を振りまわしはじめる。
ブウンッと聞こえてきそうな迫力ある動きに、遠方から眺めているにも関わらず、ユージが身を硬くしたその時。
「ふははははッ! 歯ごたえのありそうなヤツがいるではないか! コイツは儂が相手しよう! 我が斧槍の錆びになるがいいッ!」
ハルバードを振りまわして、オークの長の前に立つ一人の男。
大森林やプルミエの街を含む辺境のトップ。
領主その人である。
どうやら『騎士』は名目だけでなく、実力もその役割にふさわしいらしい。
オークの長と相対した領主の両腕とハルバードは、ほんのり青く輝いているように見える。
一瞬のにらみ合いの後、領主がハルバードを横薙ぎに振るった。
あっさり、まるで熱した包丁でバターを切るかのごとくあっさりと、オークの長が持つ丸太が斬り裂かれ、そのまま腹までかっさばかれる。
だばーっと腹から血を、というか内臓をこぼすオークの長。
こらえるように立っていたが、領主に容赦はない。
勢いのまま振りまわされたハルバードは方向を変えて、オークの長に叩き付けられた。
頭が割れる。
体の中ほどまで、ハルバードが食い込む。
領主が力任せに引き抜くと、オークの長はドオンッと音を立てて倒れた。
瞬殺。
圧勝である。
集落を半包囲していた領軍が沸き立つ。
あっさり長がやられて呆然とするゴブリンとオークに矢が乱れ飛んで仕留めていく。
殲滅はもはや時間の問題であった。
「す、すげえ、なんだあれ……領主様は貴族なのに……」
「武闘派貴族ってヤツだな。辺境の領主様は大変なこって」
「エンゾ、本来の『武闘派貴族』は必ずしも戦えるわけじゃない。領主様が特別なんだ」
「青い光……斬れ味をよくするのか? いや、ギルドマスターはあの光でアリスちゃんの魔法を消したような」
ユージの呟きにエンゾとブレーズが反応する。
クールなニートは違うポイントに反応している。
検証スレの動画担当は、もっと近くで撮りたかったと涙目だ。
アリスはさっそく、拾った木の枝を振りまわしてマネしている。開幕の魔法以降は見守るだけだったため、アリスはヒマしていたようだ。
コタローはガウガウガウッと吠えながら、ユージとアリスの足下を跳ねまわっていた。領主の本気に大興奮である。うれションはしない。コタローは淑女なので。犬だが。
ユージとアリス、コタロー、トリッパーたち、移住した元冒険者が参加したモンスターの集落討伐。
初撃を担当したアリス以外は、観戦するだけで戦いが終わる。
こうして、ユージたちを悩ませたゴブリンの頻出は、原因から絶たれるのだった。
一発だけでは物足りなかったアリスや、見ているだけだったクールなニートは不満そうだったが
次話、2/17(土)18時更新予定です!
遅れないでいける、はず!





