IF:第十一話 ユージと掲示板住人たち、開拓地を襲うモンスターの集団を撃退する
ちょっと長め(5,600字前後)です
「いよいよか……」
「ユージ兄、だいじょうぶ?」
「ユージ殿、心配することねえって。いざとなれば俺たちに任せてくれりゃあいいんだ」
辺境の大森林の木々が紅葉に染まった秋。
ユージの家のまわりの開拓地に作られた柵の内側で、ユージが声を震わせていた。
アリスは心配そうな顔でユージを覗き込み、コタローは後ろ脚で地面をかいている。まだ、まだかしら、と言わんばかりに。
緊張したユージをなだめているのは、この秋に移住してきた元冒険者パーティのリーダー・ブレーズだ。
ゴブリンが50匹ほど、オークが10匹ほど。
あわせて60匹前後のモンスターの軍団が、開拓地に近づいてくる。
ユージは防衛団長として、ほかの41人の指揮を執ることになっていた。
元冒険者の斥候・エンゾと、猫人族で狩人のニナは別働隊として外に出ているため、正確には39人と一匹の指揮だ。
モンスターの集団と戦うのは、ユージを含めた40人と一匹である。
アリスも、獣人一家の子供のマルクも、まだ幼いなりに戦闘に参加するつもりらしい。
余裕なアリスと違って、二足歩行するゴールデンレトリバーのマルクの耳はペタンと伏せられ、尻尾は足の間に挟まれているが。
「拠点を守る戦い……これが武者震いか……」
「そうだぞユージ! ききき緊張するな!」
「ミートが壊れた! トニー! トニーはどこだッ!?」
「大規模戦闘、つまり戦争、しかも防衛戦だよジョージ! くっ、もっといろいろ造っておくべきだった!」
「落ち着けルイス。要塞化への道は一日にしてならず、だ」
「狙いより数。引いて射つだけ。引いて射つだけ。引いて射つだけ」
「おい待て誰かクールなニートに突っ込め。武者震いっておかしいだろアイツほんとに現代人かよ」
緊張しているのは、ユージだけではないようだ。
トリッパーたちも平静ではない。
いつもと変わらない様子なのは元冒険者たちぐらいで、獣人一家や針子も緊張を隠せないようだった。
40人と一匹が見つめる柵の向こう。
木は伐採されて切り株が並ぶ開けた場所の先の、森。
まだ残る下草がガサガサ揺れる。
「ユージ殿、そろそろ見えるはずだ。気負わず頼んだ」
「が、がんばります」
「ねえねえユージ兄、アリスばーんってやる?」
「アリスちゃん、それは合図があってからね。お兄ちゃん、落ち着いて訓練通りやれば大丈夫だって!」
ぐっと唾を呑み込んだユージの、視線の先。
ガサガサ揺れる葉擦れの音の合間に、声が聞こえてきた。
「おっし、見えた! んじゃ俺たちは散開するぞ!」
「わかった。はニャれるけど逃がさニャい」
「ブレーズ、こっちァ問題なしだ!」
モンスターの集団をバラけさせないように、付かず離れず追い込んできた元冒険者の斥候と狩人のニナの声である。
二人は役目を果たしたようだ。
そして。
森の切れ目から、モンスターが姿を現した。
木の枝を手にゲギャグギャと騒がしい緑のモンスター。
50匹ほどのゴブリン。
ブモブモと鼻息を漏らす巨体はオークだ。
斥候の言によれば、10匹ほどだという。
あわせて60匹。
これまでユージたちが見たことのない、モンスターの大群だ。
「は、迫力あるな……」
「あああああ! 近づいたアングルの画が欲しい! こうなったら外へ」
「おいやめろ動画担当。フレンドリーファイア喰うぞ」
「イケる。俺たちはやれる。ワイバーンだって倒したんだし」
「射っていい? ねえこれもう射つべきじゃない?」
「ユージ、慌てるな。初撃は充分引きつけてからだ。心配するな、木の柵があるし補強もしたんだ」
「う、うん……」
独り言で自らを励ますトリッパーたちをしり目に、クールなニートがユージに声をかける。冷静か。防衛団長はユージなのに。
40人と一匹が、現れたモンスターを見つめていると。
合図でもあったのか、ゴブリンとオークが一斉に走り出した。
木の柵に向かって。
食料で、繁栄の道具である人間たちに向かって。
ゲギャグギャ、ブモーと、口々に叫びながら。
「は、はは、なんだこれ」
「ワイバーンより迫力あるな! やっぱり団体様は違う!」
「動画担当もたいがい頭おかしい」
「幼女を害する怪物など、この私が許しません!」
「おい自分が幼女を害さないみたいに言うなロリ野郎」
「がんばろうなマルセルさん、マルクくん!」
「ゴブリンとオークは敵だ! 何度エルフが蹂躙されたことか!」
「それ物語の話だよね? もうヤダこいつら!」
60匹のモンスターが向かってくる姿に、トリッパーたちは動揺を隠せない。
一部おかしなテンションになっているようだが。意外と冷静なのか。
「まだだ、まだだぞユージ。もう少し引きつけて……よし!」
「じゃあ、作戦をはじめます! 光よ光、輝きを放て。でも俺は禿げてないよ!」
木の柵の内側。
先頭に立つユージの額のあたりから、指向性を持った強烈な光が放たれた。
ワイバーンの飛行も阻害した光魔法の目つぶしである。
あいかわらずふざけた詠唱はともかくとして、ユージたち人間を見つめながら突進していたゴブリンとオークの群れに効果はてきめんであった。
目が見えなくなっても、全速力で走っていた勢いは止められない。
足をもつれさせ、転んで後続に踏まれる者。
切り株の間に張られたロープにひっかかって転ぶ者。
目が見えなくなってめちゃくちゃに棍棒を振りまわす者。
足を止めて後続にまきこまれて転ぶ者。
大混乱である。
知能が低いゴブリンとオークに、目つぶしは覿面の効果があったようだ。
さらに。
「投網隊! お願いします!」
ユージの指示が飛ぶ。
意外に冷静である。
あるいは、決められた順番通りにこなそうとしているだけかもしれない。
「はい、ユージさん! いきますよ、みなさん! せーのっ!」
ユージの指示で、二人一組でロープの束を投げる四人。
針子コンビと、犬人族のマルセルとマルクである。
ワイバーン対策に細いロープで作られたネットだ。
適当に投げられたそれは、一部のゴブリンに引っかかったのみで大部分は地面に落ちた。
女性であるユルシェルやマルクでは飛距離が出なかったようだ。
「ごめんなさいお父さん、みなさん、ボク、ボク……」
「問題ねえって、マルク。ゴブリンもオークもバカだからな、地面に落ちてるロープに引っかかるヤツだっているんだぜ? ほら」
役目を終えたマルクは、しゅんとしている。
届かなかったことを気にしてるらしい。
まあ元冒険者のブレーズが言うように、空を飛ぶワイバーンとは違って地面にあるだけでも効果があるようだが。
実際、足を引っかけて転ぶゴブリンが続出している。
ユージの目つぶしと合わせて効果が増したようだ。
作戦通りである。
60匹のモンスターの突進は、すでに止まった。
いまや、柵の外で右往左往しているだけである。
「ユージさん、頃合いだ。あの二人も充分離れてる」
「はい、ブレーズさん! 弓隊! ボウガン隊! 射て!」
防衛団長のユージの指示が飛ぶ。
しっかり防衛団長として働いている。まあタイミングはブレーズに教えてもらったようだが。
「さあいくわよ! こういう時は精度より数! 迷わずどんどん射ちなさい!」
「引いて射つ。引いて射つ。引いて射つ。引いて射つ」
「う、うわあ、すでにグロいんだけど……」
「がんばれミート。うん、これなら銃を使う必要ないな」
開拓地から、矢が飛んだ。
「おおっ! なんだか楽しいねジョージ! これが戦い、撃つ喜び! ハマる人たちの気持ちがはじめてわかったよ!」
「それはどうかと思うぞルイス。身を守るためとはいえ、たしかに命を奪っているんだから」
「過剰防衛。いや、モンスターはヒトではなく害獣なのだ。であれば」
同時に、クロスボウのボルトも。
元冒険者パーティの弓士・セリーヌがリーダーとなった弓隊・ボウガン隊である。
ムダに弓矢の才能があったらしい洋服組A、グロ耐性がなくて遠距離班を希望した名無しのミート、猟銃を使った経験があるドングリ博士たちの弓隊。
ボウガン隊にはアメリカ組や郡司が参加しているようだ。
弓士のセリーヌの指示を守り、数を優先した矢とボルトが次々と飛んでいく。
ボウガン隊は四人。柵の隙間から。
弓隊は六人。セリーヌが脚立、洋服組Aがワイバーン戦で壊れた動画担当のミニバン、ほかはやや離れた場所の盛り土の上、木の柵より高い位置から。
櫓を組まなかったのは、安定性の問題だろう。
精度は低くても、10人が連続で放てばゴブリンにもオークにも当たる。
光で目つぶしされ、ロープで勢いを殺された60匹のモンスターたちが一匹、また一匹と倒れていく。
ゴブリンより頑丈なはずのオークも、急所に矢が突き立って倒れていく。
弓士のセリーヌが集中的にオークを狙っているようだ。
戦場となった空き地には青い血が流れ、惨憺たる光景だ。ミートの胃袋は大丈夫か。
「な、なんかこれだけで勝っちゃうんじゃ」
「ふむ……この程度の知能であればやはり牧場を」
「相手の数も質もわかってたわけだからな。だが油断すんな、ユージさん」
数は力である。
この場合、モンスターの数ではなく、弓矢とボウガンの数が。
ユージこそ魔法を使ったものの、多くのトリッパーたちはまだ何もしていない。
すでに戦いは終わりかけているのに。
だが。
ただ一匹だけ、無傷のオークがいた。
次々とゴブリンが倒れて数を減らし、オークが集中砲火を浴びる中、錆びた剣で矢を払っているのだ。
それを見た弓士のセリーヌの指示で、弓隊・ボウガン隊は先にほかのオークとゴブリンを減らすことにしたのだろう。
そのオークに矢を放つのはセリーヌだけで、それも牽制のようだ。
やがて、戦場に立っているのはそのオークただ一匹となる。
「ブレーズさん、あれは……?」
「この群れのボス、オークリーダーだな。ユージさん、みなさんを下げてくれ。俺もいいとこ見せねえとな」
元冒険者パーティのリーダー・ブレーズが、作戦にないことを口にする。
ユージ は おどろき とまどっている!
防衛団長として指示を出せたのは、事前の作戦にそっていただけだったらしい。
ブレーズが歩き出し、柵の出入り口に近づいた。
どうやらオークリーダーは強敵らしい。
トリッパーやほかの開拓民を下げたのはそのためだろう。
せめてもの餞に、この場の最強が相手してやろう。背中で語る漢であった。さすが、パーティの紅一点を落とした男は違うのだ。
その動きに気付いたのか、フゴーッと天高く咆哮するオークリーダー。
覚悟を決めたのか、飛来して体に刺さる矢を無視して前屈みの体勢をとる。
玉砕特攻、命を散らして、せめて一太刀。
さすがのユージも、そんな意志を見て取った。
「おお、敵にも武士が……」
クールなニートの弁である。『敵にも』とはなんなのか。この場に武士はいない。
一人と一匹の視線が交差する。
そして、両者が駆け出そうとした瞬間。
「すっごくあっつくておっきいほのお、出ろー!」
戦場に、似つかわしくない幼い声が響いた。
アリスである。
アリスの火魔法である。
ブレーズの頭上を越えて、火の玉が飛んでいく。
バレーボール大で青白い火球が、放物線を描いて。
オークリーダーは、錆びた剣で振り払うつもりらしい。
あるいは、一般的な火魔法なら、その試みは正解だったのかもしれない。
実際ブレーズは、火魔法を受けるつもりのオークを見ても油断なく構えている。
「ブレーズさん! 下がって!」
「青白いって大丈夫か!?」
「おいおいおい誰かアリスちゃんに燃焼について教えたか!?」
「伏せろ! いや下がれ!」
「みんなミニバンか盛り土の陰に!」
トリッパーたちは大騒ぎである。
首を傾げているのは、元冒険者たちも含めた新たな開拓民たちだ。
そして。
ユージと一部の人間にとってやたらスローモーションに見えた火球が、オークリーダーの錆びた剣と接触する。
ゴウッと、業火が広がった。
オークリーダーの体が炎に包まれる。
「は、はあ? なんだこれ。火魔法の火球だろ? こんな威力だったか?」
「あ、やっぱり違うんだ。アリス、合図があったらって言ったろ?」
「えー? だってユージ兄、あと一匹なのに、アリスなにもしてなかったんだもん!」
「その、ごめんお兄ちゃん。ブレーズさんが向かう前に私が聞かれて、いまならいいかなあって言っちゃって」
役に立てると張り切ってたのに、戦いは終わりそうだった。
ぷっくりと頬を膨らませるアリスは、出番がないのがご不満だったようだ。
こっそりサクラに相談して、いちおう許可を取ったらしい。
アリスの暴走というより、サクラの独断を責めるべきだろう。
ともあれ。
炎が消える前に、オークリーダーは地に倒れた。
いまは地面に転がったまま、ピクリともせず燃えている。
「水! 水を!」
「慌てるなトニー! アリスちゃんの火魔法用に用意した水瓶がそのへんに」
「ホースなら引っ張ってこられるかなあ」
「バケツリレーするぞバケツリレー! 延焼を食い止めろ!」
「ああ、さすがですアリスちゃん……かわいいうえに最強な幼女……」
「ごめんみんな後は任せた臭いがヤバい、うぷっ」
「ミートォオオオ!」
トリッパーたちは大騒ぎである。
「は、はは、なんだこれ。出番なしで終わっちまった」
冒険者らしい口調になったブレーズたち元冒険者や、新たな開拓民は呆然である。
ワフーンッと、コタローがどこか力が抜けた遠吠えをあげる。
開拓地は、モンスターの軍団の襲来を無傷で退けたようだ。
防衛団長ユージが指揮をしていたかどうかは別として。
延焼を気にしてすでに動き出したため、40人の勝利の歓声はない。しまらない勝利である。あるいは、防衛団長のユージらしい成果なのかもしれない。
いつもより長めでしたが、キリのいいところまで……
次話、1/20(土)18時更新予定です!





