IF:第五話 ユージと掲示板住人たち、移住希望の異世界人を迎え入れるための準備をはじめる
「よーし! 第二仮屋も柱はOK!」
「うむ、順調だな!」
「次、第三仮屋いくぞー! 建設班集合!」
異世界の森に大きな声が響く。
プルミエの街でユージたちが移住候補者を面接して、帰ってきてから数日。
ユージの家とその周辺、この国で「開拓地」として認められたエリアは、活気に満ちていた。
移住候補者用の住居の建設である。
「ユージ! ちょっとこっちの木材持って!」
「あ、うん。これでいいかな?」
「って持ち上がるのかよ! くっそ俺も早くモンスター倒してレベルアップしなきゃ!」
「位階な、位階」
「アリスちゃん、こっちの地面をへこませてもらっていいかな?」
「はーい、サクラおねーちゃん! 土さん、ちょっと下にいってー!」
位階が上がったユージは身体能力を活かし、魔法幼女アリスの魔法も投入して、仮の住居は急ピッチで建設を進められていた。
ユージとアリス、コタローはともかく、トリッパーたちが真剣に。
どうやらトリッパーたちは、異世界人と一つ屋根の下で暮らすのはイヤらしい。
同じようなタイプであるトリッパー同士はともかくとして。
まあたしかに、その場にいるのに黙々と、持ち込んだノートパソコンやタブレットやスマホで会話するトリッパーたちと一つ屋根の下で暮らすのは、この世界の人たちにはハードルが高いかもしれない。
「弓士……でも女の人か……俺、うまく会話できるだろうか」
「大丈夫だって洋服組A! 俺も一緒に弓を習うから!」
「はいはいアパレル店員さんとメル友な人はこっちの女性と会話の練習してくださいねー」
「ふふ、私、こっちの料理を教わるんだ!」
「おおっ、それはおもしろそうだねサクラ。撮影してもらって、レシピと一緒にネットにアップしようか」
ユージたちが街から帰ってきてから、トリッパーたち全員を集めた集会が開かれた。
議題は面接内容の共有と、受け入れるかどうかの検討である。
一番簡単に移住へのゴーサインが出たのは、戦闘指南役である冒険者パーティ『深緑の風』と拠点管理の元奴隷の五人だった。
「でもクールなニート、ホントによかったの? そりゃモンスターがいる世界だし、みんな強くなった方がいいって俺もわかってるんだけどさ」
「ああ、不安になるのもわかるぞユージ。だからこうして家を分けているんだ。もしもの時は、みんなでユージの家の謎バリアの中に逃げ込むことになるだろう」
「あ、うん、それはかまわないんだけど……」
「だがユージ。ギルドマスターに信頼され、代官様の調査でも欠点がなく、ケビンさんも太鼓判を押した。遠近揃った冒険者のパーティで、移住を希望した理由も理解できる。ここまでの好条件はそうないだろう」
「だいじょーぶだよユージ兄! あのね、おかーさんがね、4級以上のぼうけんしゃさんはしんらいできるのよって言ってたんだから!」
「わあ、よく覚えてたわね、アリスちゃん」
偉い偉い、とばかりにアリスの頭を撫でるユージの妹のサクラ。
それにしても、7才の幼女に諭される32才のユージはなんなのか。いや、ユージが過ごした世界とは常識が違う異世界なのでしょうがないのだ。きっと。
ユージの足元にいたコタローは、わんっと一つ吠えてユージの顔を覗き込む。あのひとたちはだいじょうぶよ、ゆーじ、とでも言うかのように。
冒険者パーティ『深緑の風』は、コタローのお眼鏡にかなったらしい。役に立つかどうかは別として。
「そろそろエルフ! エルフに着せる服の絵を描いてくれ! こんな感じで!」
「何を言ってるんですか? 幼女用の服しか必要ないのでは?」
「おい誰だコイツを針子組につけようとしてるヤツ。ムリだろ」
建設班の横では、テーブルとイスを並べて何人かの男たちが座っている。
戦闘指南役の冒険者パーティに続いて、開拓地への移住が決まったのは針子の二人だ。
ケビン商会が雇い主で、そのケビンが「責任を持つ」と言ったことで針子の二人はあっさり承認された。
検証スレの動画担当が撮影していた映像はトリッパーたちも確かめたが、ハイテンションなのはスルーされたらしい。
まあ、誰だって興奮しちゃうものの一つや二つ持ってるよね、と。意外に懐が深いのか。
針子が移住して新たな服を開発することが決まって、何人かのトリッパーはすでに張り切っている。
それと、掲示板で繋がった元の世界の住人たちも。
意外な才能を見せたYESロリータNOタッチをはじめとして、掲示板には「作らせたい服」「着せたい服」のアイデアや絵がどんどん投稿されている。
しかもトリッパーたちは、ノートパソコンやタブレットやプリンターやプリント用紙を持ち込んできているのだ。
この世界に衣料革命が起きる、いや、起こされる日は近いのかもしれない。
「こっちの世界の農業が楽しみだ。狩人も来てくれるなんて運がいい」
「くっ、一緒に暮らせないなんて! そうか、俺が獣人さんたちの家に住めばいいんだ!」
「止めろ。絶対に止めろ」
「ほんとに大丈夫かコイツ? やっぱり違う人を探した方がよかったんじゃないか?」
最も揉めたのは、農業指導者である。
候補に挙がったのは犬人族の男奴隷。採用が決まれば猫人族の妻と、犬人族の息子が一緒に移住する予定となっていた。
32人と一匹が暮らす開拓地にとって、食料を安定生産するために農業指導者は必須である。
候補者の能力も、面接の印象も悪くなかった。
問題となったのは、「奴隷を購入するか否か」である。
クールなニートや郡司、アメリカ在住だったサクラとジョージとルイスを含め、トリッパーたちは全員で議論を重ねた。
まあ何名かは圧倒的賛成だったようだが。なにしろコテハンに「ケモナー」とつけているトリッパーもいたので。
ともあれ、結果として。
「契約金があるタイプの仕事で、毎月のお給料もちゃんと支払って、寮完備、かあ。そんな仕事があれば俺も……」
「お兄ちゃん……その、いまはこうして働いてるんだし、ムリしなくていいんだよ?」
「そうだユージ、そう考えられなくもないだろう。それに、提示した契約で了承を得られれば奴隷ではなく」
「郷に入っては郷に従えってヤツだね!」
「いやそんな軽い話じゃないだろミート」
「名無しこそもっと気楽に考えろって! 異世界ファンタジーだぞ? 俺たちがいた世界で奴隷がなくなったのはいつだ?」
「やめろやめろ蒸し返すな」
「たしかに法は現地主義……しかし居住の自由が……」
「ほら見ろ郡司先生がまた考えはじめちゃったじゃん!」
農業指導者である犬人族の男も、一家まるごと受け入れることになった。
最初に払うのは、奴隷を買った料金ではなく契約金。
奴隷として賃金を払うのではなく、きちんと雇用して給料として支払う。
トリッパーたちは、そんな落としどころで雇うことを決めたのだ。
現在は、その形で「奴隷として」ではなく、契約者として移住してもらえないか、ケビンを通して奴隷商館に検討させているところである。
もちろん、この国の奴隷に保証されている衣食住は、この契約でも保証することが盛り込まれている。
だがそれでも「大量の稀人がいる」という秘密を隠すため、街と自由に行き来することはできない。
居住の自由がないあたり、郡司はまだ納得できていないようだ。
日本にも寮に入ることが必須な会社もあるのだが。
ともあれ、ユージアリスとコタローとトリッパーたちは、移住希望者の受け入れに向けて動き始めた。
奴隷ではない契約がうまくいけば、移住してくるのは合計十人である。
「仮屋でもまずは三つ! 冒険者パーティにカップルが二組いるらしいから、目標は五つだな!」
「くっそリア充爆発しろ!」
「やべ、俺なんか一人余ったぼっち冒険者さんに親近感わいてきた」
「やっと女の子が増えるのかあ。そうだ、女子会しようっと!」
「え、サクラさんってもう女子じゃ」
「止めろ死ぬ気か! 俺たちを巻き込むな!」
最初は、ユージとコタローの一人と一匹で、森の中にポツンと一軒の家があるだけだった。
ユージがアリスを保護して二人と一匹に。
三年目の春にはトリッパーたちが大挙して、32人と一匹。
そしてユージの家のまわりは急ピッチで開拓され、素人建築の掘っ建て小屋であっても、すでに何棟かの家が建っている。
トリッパーたちが作った畑では、間もなく元の世界から持ち込まれた夏野菜の収穫時期だ。
そして、もうしばらくすれば。
開拓地は十人の希望者の移住を認めて、変化の時を迎えようとしていた。
稀人と呼ばれるトリッパーたちとこの世界の住人がうまくいくかどうかはまだわからない。何しろ自らケモナーだとカミングアウトしているトリッパーもいるので。本当に大丈夫か。
……その、やっぱり獣人一家は移住させたいなあ、と。
なんだかまとめっぽくなってしまいましたが、今章はまだ続きます。
次話、12/9(土)18時更新予定です!
 





