IF:第四話 ユージと掲示板住人たち、街で移住希望の針子二人と対面する
冒険者ギルド、続けて訪れた奴隷商館を出て、ユージたちはプルミエの街の大通りを歩いていた。
先頭を行くのはケビン、なぜか意気揚々とその隣を歩くコタロー、続けてクールなニートとユージ。
アリスは、ユージの妹のサクラと手を繋いでご機嫌だ。
そんなアリスのすぐ後ろを検証スレの動画担当がカメラをまわしながら歩き、YESロリータNOタッチがその隣。
名無しのミート、ケモナーLv.MAX、エルフスキーが最後尾だ。
「なあ、獣人さんたちの採用は持ち帰る必要あった? むしろ一族まるごと来てほしいんだけど」
「別に獣人さんだけで暮らしてるわけじゃないって! 農村に普通の人もいたから!」
「王都までの往復護衛料、けっこう高かったなあ……エルフ……」
後ろは騒がしい。
ユージたちは今日の面接の予定を終えて、ケビン商会に向かっていた。
トリッパーたち全員で街を訪れた際は空き家を一棟借り上げたが、今回はケビン商会に泊まることになっている。
全員で泊まるには多少狭いため、ケビンから宿屋も提案されたが、ユージたちにはこだわりがなかったようだ。
サクラとアリスが問題なければOKらしい。レディファーストである。たぶん。コタローは入っていない。コタローはレディだが犬なので。
「農業を教えられる健康な男性が、この値段か……日常の給金を入れても安い。日本の最低賃金よりはるかに安いが……途上国を基準にすれば……」
ユージの隣では、クールなニートが歩きながらブツブツ呟いている。
が、気にする者はいない。
ユージとトリッパーたちにとって、独り言は当たり前のことなのだ。むしろ会話がツライまである。
「さあみなさん、着きましたよ! こちらからお上がりください!」
はーい、とアリスが元気な返事をして、一行はケビン商会の二階に上がっていく。
コタローも器用に階段を上がる。
案内されたのは、ケビン商会の二階の応接室だ。
全員入ると狭いが……。
「ユージさん、みなさん。会わせたい人がいるのですが……よろしいでしょうか?」
「え? あ、はい。いいよねクールなニート? みんなも」
「ああ、ユージ。ケビンさんのことだ、きっと何か考えがあるのだろう」
「いえ、その、そこまでではないのですが……では、お連れしますね」
「だれだろーね、ユージ兄!」
「えっなんか緊張してきたんだけど」
「なんでだミート! 恋人を親に紹介するシチュエーションかよ!」
「合わせたい人……おいくつの方でしょうか」
「獣人さんかもしれない。そうだ、この世界は俺にとっての桃源郷。きっと獣人さんだ」
「ま、まさか王都からエルフさんが……?」
「みんな自由すぎる。なんだかお兄ちゃんがマトモに思えてきた」
ケビンは、なにやら一行に用事があったらしい。
ユージとアリスとトリッパーたちをソファやイスに座らせ、お茶を出して、ケビンは応接室を出ていくのだった。
なお、コタローだけは床に直座りである。淑女らしくキリッと。
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「もう少々お待ちください。先に、頼まれていた物資を持ってきました」
応接室に帰ってきたケビンは、いくつもの小袋を持ってきていた。
後ろにも従業員が続き、次々とテーブルの上に置いていく。
「ケビンさん? これ何ですか?」
「中を確かめてください、ユージさん。みなさんも」
ケビンはそう言って、小袋の口を開けていく。
中から出てきたのは金属製品。
「大小の針に釘、それからかすがい。蝶番に錠前も」
「あ、そっか、お願いしてたっけ」
トリッパーたちは、日本からさまざまな物資を持ち込んだ。
もちろん、ここに並んだような金属製品も。
だが、これらは消耗品だ。
ユージが暮らす開拓地に鍛冶師がいない以上、いつかはなくなる。
トリッパーたちは、この世界の金属製品が使えるか確かめるために、ケビンを通していろいろ購入したらしい。
テーブルの上の製品を手に取って確かめていると、バンッと勢いよく扉が開いた。
「ケビンさん! ここにいるのね! あの服を考えた人たちが!」
「ユルシェル、落ち着いて! お客さまだから! ケビンさんは商会主だし!」
入ってきたのは二人の男女だ。
女性のテンションは高く、男は必死でなだめようとしている。
「申し訳ありませんユージさん、みなさん。こうなるかもしれないと思ってはいましたが……」
「こんにちはケビンさん! それじゃあこの人たちが!」
「ユルシェル! その、申し訳ありません、みなさま!」
「えーっと」
「ケビンさん、それでこちらは? 会わせたいという方々ですか?」
男女の勢いにユージは引き気味だ。
コタローは、ちょっとなにこいつら、でもきらいじゃないかも、とでも言いたそうな顔をしている。
話を進めようと口を開いたのはクールなニートだ。クールか。クールらしい。戦闘に関すること以外は。
「ええ。これまでにない服を開発するに当たって、ケビン商会で雇うことが決まった針子です。女性がユルシェル、男性がヴァレリーと言いまして」
「わあ、ケビン商会で雇ってくれるんですね! やった!」
「サ、サクラ? あ、そういえばそういう話をしてたような」
「そうだよお兄ちゃん! ほら、新しい服はこっちで売れるかもしれないし、それにこっちの服はかわいくないし、その、あんまり持ってきてないからあっという間にへたっちゃうだろうし」
「え? でもサクラの部屋には服がいっぱいあったような」
「もうお兄ちゃん! 服は着られればいいってものじゃないんだからね!」
「え? そ、そうなの?」
「落ち着けミート。俺たちが動揺してどうする。ほら俺は撮影現場の仕事なわけでジャマにならなければ」
「商会で直接雇う針子ですか、それは素晴らしい! では私が幼女に着せたい服を」
「んじゃ俺はケモミミや尻尾に似合うデザインを! あれ? どうやって発注すんのこれ?」
「やっぱり生成り、いや、緑をグラデーションにして……この世界のエルフの目と髪って何色だろ」
ユージにぷんすかと怒るサクラ、被弾して動揺するトリッパー、さっそく暴走する特殊性癖の変態たち。
テンションが高い針子の女性、ユルシェルの登場と相まって、応接室はカオスである。
「およーふく! サクラおねーちゃん、およーふく作るの!?」
「そうよアリスちゃん。アリスちゃんの服もいっぱい作ってもらいましょうね」
「聞いたヴァレリー!? やっぱりこの人たちがデザインして! それにいっぱい作ってもらうって!」
「うん、聞いた、聞いたから。座ろうユルシェル、お願いだから」
「ケビンさん?」
「その、新しい服を作るには試作も必要ですし、どこから盗まれるかわかりません。新しい服を販売するにあたって、針子の二人を開拓地に住まわせられたら、と」
「この二人を、ですか?」
「いまは少し興奮しているだけで、腕は確かなのです。新たな服が作れるのなら街に戻ってこれなくてもいいと言っておりますし、受け入れてもらえれば私が布や糸をお届けしますので」
「クールなニートさん、引き受けましょう! もうすぐ半年も経つのに着まわしてるからヘタってきちゃってなる早で下着をつくっ……保存食の販売だけじゃ現金収入は限られちゃうもの!」
「え? サクラ、途中よく聞こえなかったんだけどなんて」
「お兄ちゃん? 世の中には知らなくていいこともあるんだよ?」
「あっはい」
大騒ぎである。
「ユルシェルさん、ヴァレリーさん、こういった服は作れますか? 幼い女の子のためにかわいらしく、けれど動きやすく丈夫な服は必要だと思うのです」
「堂々と提案すんなロリ野郎!ってサラッと描いた絵がうまい!」
「ヒドい才能のムダ遣いを見た」
「おおおおお! ねえNOタッチさん、獣人さんの服もデザインしない?」
「エルフ! エルフもお願いします!」
カオスである。
とりあえず、YESロリータNOタッチがこの世界の粗い紙に描いた絵は、ムダにうまかったらしい。いらない才能である。
いや、服を販売する以上、デザイン画が描ける人間は必要だろう。
ロリ野郎が男や大人の女性向けが描けるかどうか怪しい。
「えーっと、どうするクールなニート?」
「ケビンさん、戦闘指南役の冒険者や農業指導者の獣人一家同様に、判断を保留してもいいですか? 前向きに考えたいと思っていますが、留守番組もいますので」
「ええ、もちろんです。もともと面接のつもりでこの二人を呼んだのですが……」
「すごい、すごいわ! ちょっとこのデザインを見てよヴァレリー!」
「痛い、痛いってユルシェル、肩を叩かなくても見てるから。はあ、確かに斬新な」
「斬新とは! まさかこうした服もないのですか!?」
「うわあ、うわあ! かわいいおよーふくだね、サクラおねーちゃん!」
「そうね、アリスちゃんに似合いそう……そっか、針子さんはこの二人として、デザイナーさんやパタンナーさんも必要かなあ」
ケビン商会の応接室は大混乱である。
わふわふっと呆れたように鳴くコタローの声は、人間たちには届かなかったようだ。
ユージがこの世界に来てから三年目の夏、トリッパーたちが来てから半年弱。
開拓地に受け入れる人を決める面接は、これで一通り終わったらしい。
あとは32人と一匹の決断次第である。一匹は関係な……いや、参考になるかもしれない。なにしろコタローは、獣人たちから上位者の礼を受けていたので。
次話、12/2(土)18時更新予定です!





