IF:第九章 エピローグ
「ユージ兄、今日はなにするの?」
「アリス、俺たちは今日はお休みだって! 何しようかなあ」
トリッパーたちと一緒に、32人と一匹で街に行ったユージたち。
短期間の滞在でほとんどの用事を片付けて、一同はユージの家に帰ってきた。
ユージの家というか、周辺も含めて正式に登録された「開拓地」に。
戻ってきたユージたちは、これまでと同じようにいくつかの班に分かれ、ローテーションしながら活動している。
もちろん、交代で休みの日も存在する。
なにしろトリッパーの中には、ブラック企業で過酷な労働からの退職組もいるので。
「倒れるぞー! 気をつけろー!」
注意を呼びかける声に、庭にいたユージとアリスは外に目を向ける。
メキメキメキッという音がして、続けてドンッという音が聞こえてきた。
「よし、狙い通りの向き! 俺たちもずいぶん慣れてきたなあ」
「もう林業で喰ってけそう。……街まで運ぶのが大変か」
「せっかく車はあるんだし、道があればなあ。荷車をつければ運べそうじゃない?」
「いやムリだろ。どんだけの重さがあると思ってんだ」
ユージの家の外で森を伐り拓いているのは開拓班だ。
持ち込んだチェーンソーを使って木を伐り倒し、ノコギリや鉈で枝をはらって木材にする。
文字通り「開拓」である。
「ユージ兄、アリス土まほーでえいってやる! お手伝いするの!」
「今日は休み……まあいっか。じゃあアリス、散歩ついでに行ってこようか。魔法なしで切り株を処理するのは大変みたいだし」
「やったあ! ねえねえユージ兄、アリスえらい? アリスすごい?」
「うん、すごいすごい」
ニマニマと近づくアリスの頭を、要求通りに撫でるユージ。甘い義兄である。
そしてユージ、休みなのに引きこもることなく散歩して、しかも働くつもりらしい。ワーカホリックか。元ニートなのに。
家の敷地から出るユージとアリスの前には、コタローがのんびりと歩いている。引率のつもりか。犬なのに。
ユージがこの世界に来てから三年目の夏。
30人がこの世界にやってきて、四ヶ月ほどがすぎた頃。
この世界の「住人証明」を手に入れたユージと30人のトリッパーたちは、街に行く前と変わらず開拓に精を出しているようだ。
だが、変わったものもある。
「いち! に! さん! し!」
「くっ、腕がキツイ!」
「おおおおお! がんばれ俺! この道がもふもふハーレムに繋がってるんだ!」
「待っててくださいリザードマン! 強くなって会いに行きます!」
「一つ振っては幼女のため、二つ振っては幼女のため」
森の近くで、武器を振りまわす班があった。
ケビンがユージに渡した武器と、街で手に入れた武器の素振りをする一団である。
開拓地に戻ってきてから新設された、戦闘訓練班だ。
「うわあ、うわあ! ユージ兄、アリスもぶんってやりたい!」
「えーっと、アリスはもうちょっと大きくなってからかなあ。それにほら、切り株の処理を手伝うんでしょ?」
「そうだった!」
ユージはアリスを戦闘訓練班に近づけたくなかったようだ。
一部のトリッパーたちは鬼気迫る表情だったので。
トリッパーたちは街に入れるようになったものの、全員が帰ってきた。
長期間の自由行動をするには、強さが足りない。
特に、変態どもの夢を叶えるには。
エルフに会いに王都に行きたいエルフスキー、獣人と冒険者パーティを組んで仲良くなりたいケモナーLv.MAX、リザードマンに会いに湿原に行きたい爬虫類バンザイ!、お金を稼いで幼女を保護したいYESロリータNOタッチ。
夢を目前にしたいま、目の色を変えて訓練に励んでいた。
もっとも、戦闘指南役の信頼できる冒険者は募集中のため、訓練は自己流なのだが。
いちおうネットで各武器の使い方を調べていたので、決してムダではないだろう。たぶん。
「なあ動画担当、俺のフォームどうだった? ちょっと動画見せてくれない?」
「面倒だなコイツら! 素振りよりモンスター倒して位階上げた方が早いだろ!」
「んじゃゴブリン連れてこい! くっそやっぱりゴブリン牧場を作るべきか!」
正しいフォームで素振りができているかチェックするために、撮影班である検証スレの動画担当まで巻き込んで大騒ぎである。
「さ、さあアリス、行こうか」
「はーい!」
戦闘訓練班の横を通り過ぎるユージとアリス。
大騒ぎで訓練に励むトリッパーたちを見て、コタローがわん、と一つ鳴く。がんばるのはいいことよ、とでも言いたいのだろうか。上から目線である。犬なのに。
変わったのは変態ども、もとい、戦闘訓練班だけではない。
「ドングリ博士、これはどうするの?」
「そのまま植えてみよう。時期的には厳しいそうだけど、やってみないことには」
「よし、こっちは終わり! ジャガイモできるかなー」
「ジャガイモじゃなくて『開拓民の救世種』な」
森を伐り拓いた場所には、二つの畑ができている。
まだ小さく、森だった場所を掘り返して均しただけの畑だ。
ユージたちが戻ってきてから、開拓班は二つに分けられた。
森を切り拓く「開拓班」と、畑作りから栽培まで担当する「農業班」である。
農業班を率いるのはドングリ博士だ。
二つに分けた畑のうちの一つは日本から持ち込んだ作物を、もう一つはケビンに手配してもらったこの世界の作物を育ててみるらしい。
とはいえドングリ博士にも、というかトリッパーたちも掲示板住人も、この世界の作物の育て方は知らない。
持ち込んだ作物が日本と同じように育つかもわからない。
開拓して作った畑は耕しただけで、土作りもまだだ。
「ああ、やっぱりこっちの農業を知ってる人が欲しいなあ」
手探りの農作業に、ドングリ博士がボヤくのも当然だろう。
「戦い方を教えてくれて、強いモンスターが出たら一緒に戦ってくれる人。それと、農業を教えてくれる人、かあ」
アリスと一緒に散歩しながら、開拓地の様子を見ていたユージが呟く。
トリッパーたちと全員で街に行って、ほとんどの用事はすませた。
だが、片付かなかったこともある。
戦闘指南役と農業指導者は、見つからなかった。
もっとも、求めるハードルが高くて二、三日で見つかるものではないのだが。
なにしろそれぞれの技能のほかに、大量の稀人の存在を黙っていられるほど口が堅い、開拓地に移住できる、といった条件をクリアする必要があるので。
「いい人が見つかるといいなあ」
「ユージ兄、おそーい!」
ガラにもなく考え込んでいたユージは、いつの間にか遅れていたらしい。
アリスとコタローが振り返ってユージを呼んでいる。コタローは吠えただけだが。
「はは、ごめんアリス、ちょっと考えごとしてた」
止まって待っていたアリスとコタローに、すぐユージが追いつく。
休日なのに考え込むあたり、ユージも責任を感じているのかもしれない。
なにしろこの開拓地のリーダー、開拓団長はユージなのだから。
ユージがこの世界に来てから三年目の夏。
30人がこの世界にやってきて、四ヶ月ほどがすぎた頃。
全員街に入れるようになっても、ユージとアリス、コタローと30人のトリッパーたちは、ユージの家とそのまわりで生活を続けるのだった。
異世界の森を伐り拓き、畑を作り、いつものように掲示板に書き込んで。
生活が変化するのは、次にケビンが来た時かもしれない。
その時は、戦闘指南役と農業指導者の候補が見つかった時だから。
ところで。
面接するのは元引きニートのユージだろうか。
なにしろユージは開拓団長で、つまり責任者だ。
…………たぶん、それはないだろう。
次話は通常通り10/28(土)18時更新予定です。
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