IF:第八話 ユージと掲示板住人たち、プルミエの街でのそれぞれの行動:ユージ班
ユージとアリス、コタロー、それに30人のトリッパーたちはプルミエの街の滞在拠点に戻ってきた。
もちろん、冒険者ギルドへ引率したケビンも一緒に。
荷物を置いたユージたちは、滞在拠点の二階に集まっていた。
今後の行動についての話し合いである。
「ケビンさん! 領主への挨拶も終わったし明日から自由行動でいいんですよね!?」
「おおおおお! ついに、ついに! 異世界の街で自由行動!」
「よしよしよし、俺明日はちょっと行くところが」
「やめろ! コイツ奴隷買う気……いや、お金が足りればいいのか?」
話し合い以前にトリッパーたちは大騒ぎである。
全員が街に入れるように住人証明を発行してもらう、領主夫妻と代官に挨拶する、道造りについて相談する、防衛方法と戦力の相談。
家の周囲、開拓地を守るための防衛戦力 兼 戦闘教官はまだ決まっていないが、冒険者ギルドマスターその人が「信頼できる冒険者を紹介する」と確約してくれた。
ユージたちが街に来た目的はほぼ果たしたと言っていいだろう。
今後の行動についての話し合い。
つまり、明日からの自由行動についての話し合いである。
「みんなテンション高いなあ」
「しょうがないよユージ兄。だって異世界の街だもん! ほらジョージとルイスくんだって」
「まずは宗教施設だろう。あるいは墓地か」
「気が早いってジョージ! この世界の埋葬方法は知らないんだし、聞いてみなくちゃ! それにほら、まずは武器屋に行かないとね!」
「ねえねえユージ兄、あしたはどこに行くの? アリス、冒険者になったし、ばーってやってお金かせぎたい!」
自由すぎか。
そしてアリスは血気盛んか。アリスにまとわりつくコタローも目をギラギラさせている。
「みんな、静かに。すみませんケビンさん、おそらくもう抑えは効かないかと……」
「……四人か五人以上で行動していただくことにしましょうか。行き先次第で私か、ケビン商会の店員についていかせます」
「ありがとうございます」
「よっしゃあああああ! 許可出たぞ!」
「私は街中を歩くことにしましょう。裕福ではない住人が住むのはどのあたりでしょうか」
「待て待て。自分からリスクに飛び込む気か?」
「コイツ! ストリートチルドレンをさらう気だッ! おまわりさんこっちです!」
「ははは、いやですねえ、保護を求められたら仕方ありませ」
「俺ぜったいコイツと同じグループはイヤだからな!」
「撮影担当が俺とカメラおっさんしかいないのがなあ。どのグループに同行するか」
クールなニートとケビンの会話を聞いていたトリッパーたちは大騒ぎである。
仕方あるまい。
念願の中世ヨーロッパ風ファンタジー世界の街で、ついに自由行動できるのだ。
そもそも、自宅ごと異世界転移したユージとは違い、望んでやってきたトリッパーたちである。モチベーションが違う。
「グ、グループ……四、五人でグループ」
「お兄ちゃん、大丈夫だから。ほらアリスちゃんもコタローも私だっているし、一人ぼっちになることはないから」
「まずメインの目的地となる場所をいくつか決めよう。その後、希望にあわせて振り分けていく」
「賛成です! 余りたくないし……」
「この世界の農作物が気になるし、市場に行きたいかな」
「はい! せっかく冒険者になったんだしギルドで依頼を受けたいです!」
「俺も俺も! やっぱり最初は薬草採取だよね!」
「…………奴隷商館。ケモミミ……尻尾……」
「郡司先生! ここに人権を無視するヤツがいます!」
「領主夫人に会いたい場合はどうしたらいいでしょうか」
カオスである。
あと「はいじゃあ五人組を作ってー」に耐えられない者がいるらしい。
クールなニートはそれを予想していたのか、目的地別で希望者を振り分けることにしたようだ。英断である。
ともあれ。
いつものごとくクールなニートを仕切り役にして、明日の自由行動の予定が決められていくのだった。
明日、30人のトリッパーが、異世界の街に解き放たれるようだ。
何事もなく、とはいかないだろう。たぶん。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「みんな大丈夫かなあ」
「心配いりませんよユージさん。もし何かあっても代官様に連絡を取ればなんとでもしていただけます」
「……え? それ、なんともなってないような」
「だ、大丈夫だってお兄ちゃん! ほらみんな大人なんだし!」
「ええー? サクラおねーちゃん、アリスはこどもだよ?」
プルミエの街での自由行動がはじまった当日。
青空市場へ向かうグループがあった。
「中古の服と新品。買ったら写真を撮って送ろうっと」
「洋服組A、小物も送った方がいいんじゃないか? まあ小物は個人に分配したお金から購入することになるが」
ユージ、ユージの妹のサクラ、アリス、洋服組Aとクールなニート。あとちょこちょこ後ろを振り返りながら先導するコタロー。
ケビンが同行するグループである。
ちなみに各班別行動するにあたり、ユージたちとトリッパーにはお小遣いが支給されていた。
全員で倒したワイバーンの皮の売却益である。
共用の資金も作ったため、各自のお小遣いはそれほど大きな額ではない。少なくとも一人分のお小遣いで奴隷は買えない。
それでも一班は奴隷商館に向かったようだが。闇が深すぎる。
「あらいつかのお兄さん。今日は買っていってくれるのかい?」
「あっはい、そのつもりです」
「うー」
青空市場をうろついたユージは、恰幅のいいおばちゃんに声をかけられた。
以前、ユージたちが初めて街に来た時に訪れた中古服屋である。
ボロくて生成りの中古服で下着はサラシしかなく、前回は何も購入しなかった服屋である。
恰幅のいいおばちゃんは、ユージたちのことを覚えていたらしい。
「男もので大人用はありますか? 状態は問いません」
「あらあらほんとに買っていってくれるんだね! 大人向けはこの辺だよ!」
クールなニートの質問に、営業用スマイルでおばちゃんが商品を指し示す。
いまいちかわいくないけど言い出せなくてうーうーうなるアリス、女物を手にして眉をひそめるサクラ。
女性陣は中古の服にイマイチな反応である。
アリスもテンションが上がらないあたり、すっかり毒されてしまったようだ。
クールなニートはケビンのアドバイスを聞きながらポンポン商品を選んでいく。
ユージとトリッパーたちは、ケビンが用意したこの世界の服を着て街にやってきた。
だが、搬入の手間もあって支給されたのは一人一着だけだ。
この世界で浮かない服の購入は急務で必須だったのである。
下着は持ち込みで取り替えているとはいえ、毎日着ていた服はいい加減臭ってきたので。
「サクラさん、女性ものを選んでください。それと、デザインも注意していただきたく」
「あ、うん、そうだったね。うーん、私とアリスちゃんの服かあ」
「サクラおねーちゃん?」
テンションが上がらない様子だが、それでもサクラも服を選んでいく。
一つ一つデザインを確かめ、縫製をチェックしながら。
クールなニートとサクラがこの班に入り、ケビンが同行しているのは必要な服を購入するためだけではない。
この世界にはないデザインの服は売り物になる。
クールなニートとケビンは、女性の観点も欲しいとサクラに頼んでついてきてもらったのだ。
なにしろ今後、ケビン商会で新しいデザインの服を創り出して販売する予定なので。
「なあユージ、こういうの女の人は興味あるかな」
「えっ? その、俺に聞かれても……」
「だよなあ。うーん、高くないならこの辺を買ってみようかな」
ユージはサクラのおまけで、洋服組Aはなにやら服と装飾品に興味があるらしい。
キャンプオフで服をセット買いして美容室に行って見た目を整えた男は、ファッションに興味を持った……わけではない。
洋服組Aは、服選びを手伝ってくれた店員さんとメールする仲になっており、異世界の服と装飾品を写真に撮ってメールしたいらしい。
仲良くなりたいという下心ではなく、商品にする服をアドバイスしてもらうために。そう、下心ではなく。
だがなぜユージに聞いてみたのか。ユージが参考になるわけがない。なにしろ大学時代にちょっと遊ばれたぐらいで、童貞ではないが恋愛経験がほぼないので。
コタローはわふっと力なく鳴いていた。さくらか、ありすにきいたほうがいいわ、わたしとゆーじはわからないもの、とばかりに。コタローは淑女だが犬なのだ。
「では、次は仕立て屋に向かいましょうか! 何着か作るのと……サクラさん、よろしくお願いします」
「はい、ケビンさん! さあアリスちゃん、行くよ! 次が本番だから!」
「はーい!」
「行くってさ洋服組A。……気になるならあとで買いにくればいいような」
「……いや、買う! どうせお金の使い道はあんまりないんだし! おばちゃん、これとこれとこれとこれとこれちょうだい!」
「あいよ、毎度あり!」
洋服組A、組紐のミサンガや革のブレスレットや飾り紐を大量購入である。
センスに自信がない男の「質より量」のプレゼント攻勢か。胸が痛い。懐が痛い。いや痛くない。後悔はない。
ユージ、ユージの妹のサクラ、アリス、洋服組Aとクールなニート。引率のケビン、あとコタロー。
中古の服を購入した六人と一匹は、仕立て屋に向かうのだった。
自由行動になったにもかかわらず、必要な衣服と今後の商売を考えた堅実なグループである。洋服組A以外。
今日からはじまった自由行動。
メンバー的にも行動内容も、ユージ班はトラブルなく充実した日を送れそうだ。
他班のメンバーと行き先が気になるところである。
次話、9/16(土)更新予定です!





