IF:第七話 ユージと掲示板住人たち、冒険者登録をする
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ギルドマスターとの交渉を終えたユージたちは、まだ訓練場にいた。
領主の手紙を渡した代官は、一足先に帰っていった。
ここにいるのは、冒険者ギルドマスターでサロモンと呼ばれた男とユージ、アリス、コタロー、30人のトリッパーたち、それにケビンだ。
交渉の前から人払いされていたため、ほかに人影はない。
「では、みなさま冒険者登録をされるのですね? 新規の開拓団でまるごと冒険者登録するのは珍しくありませんが……その、手心は……」
「ギルドマスター、そこは気にしなくてもいいと思いますよ。いいですよね、ユージさん?」
「あっはい。みんな登録したいだけで、上級の冒険者を目指すわけじゃ」
「はーい! アリスばーんってやる! ぼうけんしゃはお金をかせげるっておかーさんが言ってたの!」
「アリスちゃん……? お兄ちゃん、私ちょっとイヤな予感がするんだけど」
「俺はいつもの武器を持ってきてないからなあ。まあクロスボウでなんとか」
「いよいよ俺の秘められた力が開放される時!」
「はしゃぐなトニー、戦闘訓練もそれなりだったし魔法も使えなかったろ」
「はあ、さっきの冒険者たちの訓練、撮影したかったなあ」
「冒険者! ついに異世界で冒険者に! ちゃんと絡まれたし俺TUEEEEEのテンプレパターンだな!」
ハイテンションである。
だが、冒険者となることに乗り気なトリッパーたちに、ギルドマスターはちょっとうれしそうだ。
「代官様直々に出張る開拓団のようですから、試験官は儂が担当しましょう」
プルミエの街の冒険者ギルドマスター・サロモン。
新人冒険者候補を前に、ようやく気持ちを切り替えたようだ。謝罪をして受け入れられたら、いつまでもしょげかえっていてもはじまらないのだ。冒険者は特に気持ちの切り替えは大事である。
ギルドマスターは、壁際にずらりと並ぶ訓練用の武器の中から木剣と円盾を手に取る。
「戦闘力を計るためですから、儂は木製で。刃を潰した武具も一通りありますから、ユージ殿とみなさんは好きな物を使ってください」
ギルドマスターの言葉で、トリッパーたちがワイワイと訓練用武器置き場へ向かう。
ある者は刃引きされた片手半剣を手にする。「ファンタジー世界の武器って言えばやっぱりコレでしょ!」と言いながら。
またある者は両手剣を手にして「一撃必殺は男のロマンだ!」などと言っている。重さで手がプルプルしているようだが。
槍、メイス、短剣二刀流、タワーシールド、思い思いの武器を手にするトリッパーたち。
ちなみに全員、日本での武道経験はない。
剣道や柔道は授業でやったことがある者がいるだけで、とうぜん古武術使いもいない。秘匿しているわけでもない。たぶん。
「では準備ができた方から、そうですなあ、四人か五人一組でどうぞ! 弓やクロスボウ、飛び道具込みでかまいませんよ?」
ニヤッと笑って訓練場の中央に立つギルドマスター・サロモン。余裕である。
きっと、立ち居振る舞いから全員が戦闘の初心者であることを見抜いたのだろう。
「え? その、大丈夫なんですか? クロスボウのボルトってけっこう速かったような」
「心配いりませんよユージさん。ギルドマスターは元1級だそうですから」
「ねえねえユージ兄、アリスばーん!ってやっていい?」
「アリスちゃん、それは最後にしましょうか。味方に当てたら大変ですしね?」
「はーい、ケビンおじちゃん!」
聞き分けのいい幼女である。
そんな幼女を見て、駆け出そうとしていたコタローが止まる。そうね、しんうちはさいごにとうじょうするの、とばかりに。もったいぶった淑女である。犬だけど。
それにしてもクロスボウまでありとはなんなのか。
この世界の強者は集団戦の中に飛んでくるボルトさえかわすのか。
まあトリッパーたちは、遠距離武器は後まわしにしたようだ。
フレンドリーファイヤを避けるためだろう。賢明な判断である。
ちなみにドングリ博士は猟銃を持ってきていない。道中の安全のために街には持ってきているが、宿泊場所に保管している。
「では道中の班ごとで戦うぞ! まずは一班!」
「あ、あれ、クールなニート?」
「おいクールどこいった!」
「アイツやっぱりおかしいだろ。ホントに現代人かよ」
サロモンと同じ片手剣と円盾を持ち、先陣を切って訓練場の中央に向かう男。
クールなニートである。
三河武士……いや、地元は三河だが武士ではない。先祖に武士の血も入っていない。
クールじゃないクールなニートに引き気味になりながらも、行きで班分けした第一班の面々が歩いていく。
訓練とはいえ戦闘に向かえるようになったのは、ゴブリンやオークと戦ってきたからだろうか。
元引きニートやニートが立派になったものである。
こうして。
冒険者登録のために試験がはじまった。
「ふーむ、基本は10級、何名か9級でもいいといったところでしょうなあ」
30人のトリッパーたちの試験を終えて口にするギルドマスターのサロモン。
この世界に来るまで武器を手にしたこともないトリッパーたちは、一番下の10級冒険者として登録されるようだ。運動神経がいい何人かがやっと9級である。
「くっ、ギルマス強すぎィ! 全員で一斉に攻撃してもかすりもしないんですけど!」
「やべえ。はやく動画をチェックしたい」
「俺の秘められた力が……火を……」
「吹かなかったなあ。ほら元気出せって」
訓練場の壁際で、トリッパーたちはへたり込んでいる。
訓練とはいえ強者と戦った精神的な疲労と、軽くしごかれた肉体的な疲労で。
「よしいけユージ! 俺たちの仇をとってくれ!」
「お兄ちゃん! いいとこ見せてね!」
「え、ええ……? 俺は練習始めたのがちょっとみんなより早いだけで」
「がんばれ肉壁ユージ! 頼んだぞコタロー! アリスちゃーん!」
「ねえアリスちゃんって大丈夫? 火魔法でギルマス死んじゃわない?」
「ケビンさん! 魔法、魔法はありなんですか?」
騒がしいトリッパーたちをよそに、最後の一組が訓練場の中央に向かう。
訓練場にあった、いわゆる「たんぽ槍」と盾を手にしたユージ。
意気揚々とユージの前を歩くコタロー。
ワクワクを隠せないようで目を輝かせるアリス。
真打ち登場である。
「おお、魔法使いがいるのか。そのちっこい嬢ちゃんかな? 魔法もありでかまわんとも。儂は昔、魔法使い殺しって呼ばれていてな、まあ通用しないだろうし思いっきりやっていいぞ!」
張り切るアリスを見て笑顔を見せるギルドマスター・サロモン。
頬の大きな傷が歪んで凶悪な面相である。
ユージは腰が引けたが、コタローとアリスは平気なようだ。
「よーし、んじゃかかってこい!」
ギルドマスターの雰囲気が変わった。
魔法使いがいると知って、油断したらケガをするとでも思ったのか。
気圧され、ごくりと唾を飲み込むユージ。
お兄ちゃんがんばって! ユージ、ファイトー、などと気の抜けた外野の声援がユージの耳に届く。
ええい、これは訓練なんだ、いくぞ、と自らを勇気づけ、ユージは踏み込んで槍を突き出す。
カン、とあっさり弾かれた。
ギルドマスターの体勢は崩れない。
ユージの動きに合わせて動いたコタローの攻撃はあっさりかわされた。
「おうおう、やるじゃねえか犬っころ!」
楽しそうに笑うサロモン、歯を剥き出してあっさり挑発に乗るコタロー。
一度攻撃したことで緊張が解れたのか、ユージは次々と攻撃を繰り出していく。
突き、払い、振り下ろし。顔、上体、手元、腰、足。
あわせてコタローも、高速で駆けまわる。
サロモンの後ろから、横から、まるで空を駆けるように上から。
だが、一人と一匹の連携も通用しない。
どこを攻撃してもあっさり弾かれる。
「くくっ、やっと訓練らしくなってきたなあ!」
戦闘初心者のトリッパー相手は元1級冒険者には余裕すぎたのか、ギルドマスターは上機嫌に笑う。
訓練、というか冒険者に登録するための初心者用試験なのだが。
余裕なギルドマスターを見て、ユージは覚悟を決めたようだ。
「コタロー、アリス、やるよ!」
「はーい!」
牽制するようにユージが槍を突き出し、一人と一匹に合図を送る。
そして。
「光よ光、輝きを放て。でも俺は禿げてないよ」
ユージの額のあたりから前方に向けて光が放たれた。
「ぐっ!」
ユージの光魔法の目つぶしを受けて目を閉じるギルドマスター。
目を閉じたギルドマスターに向け、もらった、とばかりにユージは槍を突き出す。
光から逃れるため離れた場所にいたコタローは、空中を駆けてギルドマスターに襲いかかる。殺す気か。
だが、ユージとコタロー渾身の一撃はかわされた。
ギルドマスターの目はまだ閉じているのに。
ユージとコタローが距離をさっと取る。まだチャンスなのに、それどころではないとばかりに。
そして。
「すっごくあっつくておっきいほのお、出ろー!」
訓練場に、アリスの声が響いた。
飛んでいく火の玉、盾を構えて体を隠すユージ、コタローも盾の陰に退避している。
これちょっとヤバいんじゃ、ギルマス逃げてーッ! などとトリッパーの声が響く。
ギルドマスターは周囲の喧噪をよそに、大きく息を吐き出した。
不思議なことに、両腕はほんのり青く輝いているように見える。
光はそのまま大上段に構えた木剣に移り、輝きを増す。
見えなかったはずなのに、アリスの魔法の炎と、ギルドマスターが振り下ろした剣が接触する。
ふっと、炎が消えた。
目をむく一行が見たのは、膝から崩れ落ちるギルドマスターの姿だった。
「だ、大丈夫ですか! サロモンさん!」
「あ、ああ……大丈夫、ただの魔力切れだ。すまんがちょっと肩を貸してくれ」
駆け寄ったユージの手を取り、立ち上がって肩に掴まるギルドマスター。無傷のようだ。
「しっかし、まだちっこいのに嬢ちゃんの魔法はとんでもないな。死ぬかと思ったぜ……ユージさんの魔法もえげつねえし、犬っころまで魔法を使えるなんてなあ」
しみじみと言うサロモン。
褒められたアリスは「えへへー」と得意気に笑い、コタローも誇らしげに胸を張っている。
コタローが、魔法? と首を傾げるユージをよそに。
「ユージさんの槍は自己流か? いまは7級ってところだが、ちょっと鍛えればすぐに6級ぐらいにはなりそうだな。犬っころ、おっとコタローは5級相当、アリスの嬢ちゃんは魔法だけなら4級ってとこか。まあ犬は登録できねえし、最初は強くても8級からなんだが……」
サロモンの言葉に、トリッパーたちの歓声が上がる。
「くっ、テンプレ主人公がコタローだった件!」
「人外主人公……いや普通の犬なわけで……犬系主人公? 人化待ってるぞコタロー!」
「さすがですアリスちゃん! かわいくて強くて最高です!」
「魔法を消せるのか……あれも魔法なのか?」
「ふおおおおお! ファンタジー! これこそ僕が創りたかったファンタジーだよジョージ!」
「落ち着けルイス。俺たちはいまファンタジーの中にいるんだ。これから何度でも見られるだろう」
「人相悪いけど最強なギルドマスターってキャラ濃いぞおっさん!」
「ユージが俺たちの中で一番上か……」
「位階! 位階が上がればなんとか!」
「よーしよしよし! 今回は2カメで撮れた!」
いつものごとくカオスである。
ともあれ。
冒険者ギルドで信頼できる教官役を依頼して、全員が冒険者登録をして。
ユージとトリッパーたちは、冒険者ギルドを後にするのだった。
これで、街に来た最低限の用事はすべて終わった。
一度、ケビンが借り上げた滞在拠点に戻って。
ユージとトリッパーたちの、自由時間がはじまる。
次話、9/9(土)18時投稿予定!
更新再開です!
公式で発表されましたが『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら⑤』が10/25に発売されるため、
多忙で更新を休止していました……
ちなみに作者の別シリーズ『ゴブリンサバイバー 3』も同時発売です!
詳細はまた近づいたら報告させていただきます!





