IF:第五話 ユージと掲示板住人たち、念願の冒険者ギルドへ行く
領主夫妻が退室した後、クールなニートとケビンは代官と話し込んでいた。
開拓地となったユージ家と周囲の開拓、開墾の状況、ケビン商会の新商品である保存食開発と販売の現状、対ワイバーン用バリスタの設置申請、教官役に求めるものなど、その話は多岐に渡った。
クールなニートとケビンを除く31人と一匹はじゃっかん飽きて、小声で雑談をはじめるほどである。子供か。まあアリスは子供だが。
「では明日、ケビン商会へ向かう」
「お待ちしております」
ようやく会話が終わり、代官が立ち上がった。
けっきょく、冒険者ギルドでの教官役探しは、紹介状だけではなく代官自ら向かうことにしたようだ。
求めるものの重さ、必要な信頼度を示すためにはそれがいいのかもしれない。
長い面会を終えて、ユージとアリス、コタロー、30人のトリッパーたちもぞろぞろと立ち上がる。
人払いしていたことから、領主の館の出口までは代官が案内してくれるようだ。
廊下を先導する代官のレイモンが足を止め、振り返らずにユージたちに告げる。
「おわかりいただけたかと思いますが、領主様は大変な愛妻家でして。こちらに帰ってくる度に、何人か首になるのですよ。領主夫人であるオルガ様に手を出そうとした、とおっしゃって」
ドキッとした様子の一部のトリッパーをしり目に、クールなニートが「人員補充が大変そうですね」などと返している。クールか。
「ええ、本当に、後始末が大変なんですよ。なにしろ首になるわけですからねえ。……物理的に」
体と血痕の始末が大変なんですよ、と語り、ゆっくり歩き出す代官。
何人かのトリッパーたちの足が止まる。
ユージ。初めて会ったその時から、目線は何度も稜線と谷間に吸い込まれていた。
巨乳が好きです。そもそもコテハンからしてアウトである。
撮影担当のカメラおっさんと検証スレの動画担当の二人。今後、『カメラ』の存在を広められなくなったかもしれない。
俺はセーフだよな、俺はバレないようにチラ見しかしてないし、などと男たちが脳内で主張する中。
「どうしたのーユージ兄! みんなー! アリス、おいてっちゃうよ?」
「アリスちゃん、あんな男たちは放っておいていいのよ。さ、行きましょ!」
小さな足で歩き続けていたアリスが、立ち止まったユージたちを振り返る。
が、ユージの妹のサクラに手を引かれてふたたび歩き出す。
不安そうに顔を見合わせる一部の男たちを置いたまま。
代官の釘は、深くトリッパーたちに刺さったらしい。
あとチラ見はバレる。どれだけこっそりでもバレる。解せぬ。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「ついに、ついに!」
「眠っていた俺の力が判明する時が!」
「新人なのにこれは……とか言われちゃったりして! して!」
「お前らテンション上がりすぎだろ」
プルミエの街の大通りに、大騒ぎする男たちの姿があった。
トリッパーたちである。
とうぜん、ユージとアリスとコタローもいる。
「みなさん、道を開けてください! 後ろから馬車が来ています!」
引率の先生、もとい、引率するケビンは大変そうだ。
昨日の面会用の服とは異なり、ユージは革鎧を着込んで盾と短槍を持ち、アリスもローブを身に着けていた。
トリッパーたちにはこの世界の装備がまだ行き渡っていないため、簡素な服と、持っていてもおかしくない装備だけだ。
ルイスもジョージもチェーンソーは持っていないし、ドングリ博士も猟銃は置いてきている。
トリッパーたちの持ち物で目立つのはクロスボウ、登山杖、それにバールのようなものである。
いちおう、この世界に似たような物は存在して、ケビンのOKも出たものだ。
バールのようなものの形状と強度はともかくとして。
ケビンの案内で到着したのは、街の中心に近い石造りで2階建ての大きな建物。
盾の上で交差する二本の剣が描かれたエンブレムが、看板として入り口の上に設置されている。
冒険者ギルドである。
「あ、ユージ、アリスちゃん、待って。俺が動画撮りながら先頭で入って、みんなが入ってくる様子を中から撮るから。カメラおっさんはみんなが入るところを撮ってくれ」
「異存なし。了解だ、動画担当」
撮影班の二人が言葉を交わし、検証スレの動画担当が木製の扉を押して入っていく。
ユージもトリッパーたちも、一番乗りにはこだわりがないらしい。
「んじゃ行こうか、アリス」
「はーいユージ兄! ぼうけんしゃさんたちがいっぱいかなあ」
動画担当が中に入ってしばらく間を置き、アリスの手を引いてユージが冒険者ギルドに足を踏み入れる。
途端、見定めるようにいくつもの視線が飛んでくる。
入り口から右手には、木製のテーブルと背もたれのないイスが並んでいた。
どうやら酒場としても営業しているようだ。
多くはグループで腰掛け、話をしたり食事をしていたり、中には昼間から酒を飲んでいる人物もいるようだった。
左手にはカウンターがあり、三人の受付らしき人が向こう側に座っていた。
若い女性、おばさま、おっさん。美人受付嬢で揃えているわけではないらしい。
「ああ? 見ない顔だな。子供連れで冒険者ゴッコか? こっちは遊びじゃねーん……だぞ……?」
入り口に近いテーブルに座っていた冒険者二人組が立ち上がり、ユージに近づこうとして止まる。
ぞろぞろと、ユージに続いて人が入ってきたので。
「おおおおお! ここが! ここが冒険者ギルド!」
「おい聞いたか!? いまユージ絡まれてたぞ!」
「テンプレきたああああああ!」
「アリスちゃん、こっちにおいで。ほらおじさんの背中に隠れて」
「待て待て待て。お前はナチュラルに幼女に近づこうとするな」
「あああああ! 獣人さんの冒険者さん! 猿型は初めて見てはあああああん!」
「だからコイツは置いてこうって言ったのに!」
「領主の館と同じように石造り。いざという時は防衛の拠点になるのだろう」
「雰囲気あるねジョージ! くうっ、やっぱりリアルはすごい!」
「そうだなルイス。使い込んだ様子や汚れ、匂いがそうさせるのか」
「ほら二人とも入って入って! 後ろがつかえちゃうから!」
なぜ全員で来た。
大斧を背負った大柄な冒険者と、見た目は猿の猿人族の男が後ずさったのも当然だろう。
妙な道具を持った新顔が入ってきて、続けて犬と子連れのなよっちい男が入ってきたと思ったら、後から後から人が来るのだから。
プルミエの街の冒険者ギルドを訪れたのはユージとアリス、コタロー、30人のトリッパーたち。
そして。
「おやあ? この街の冒険者は、冒険者ギルドにやってきた依頼主にからむんでしょうか。どう思います、代官様?」
「そこの君、ギルドマスターを呼ぶように」
ケビンと、冒険者ギルドへの同行を約束したこの街の代官も、ユージたちの集団に混じって。
冒険者ギルドの空気が凍る。それは、ピシッという音を幻聴するほどの勢いで。
なにしろ代官が同行する団体である。
代官となれば、このプルミエの街のトップだ。
もちろん領地全体で見ればトップは領主だが、そこは問題ではない。
代官が同行する団体に、冒険者がからんだ。
必死に目をそらし、俺は関係ないアピールをはじめる酒場の冒険者たち。失敗した口笛の音がスースーと虚しく響く。
青ざめる受付のギルド員。端に座っていたおっさんは慌てて後ろに駆け出す。代官のリクエスト通り、ギルドマスターを呼びに行ったようだ。
大柄な冒険者と猿人族の冒険者の顔は、青を通り越して真っ白だ。一人は見た目猿なのでよくわからないが。
ユージとトリッパーたち、念願の冒険者ギルド。
建物の外観も中も、いかにもトリッパーたちが夢見る冒険者ギルドだったが、いまでは空気が凍り付いていた。
ハイテンションだったトリッパーたちが、大人しく次の動きを待つほどに。
だが、二人組の冒険者は話しかけた段階で止まったのだ。
穏便な対処でお願いしたいものである。
でなければ、ケモナーLv.MAXの餌食になりかねない。男にモフられる二足歩行する猿など誰得である。
登場人物が違いますから、状況やセリフも本編から変化しています。
ちなみに本編は「七章 六話〜七話」(全体87〜88話)あたりですね!
それにしても、全員しゃべりだすと進まない……
次話、8/5(土)18時更新予定です!





