IF:第九章 プロローグ
遅くなりました
「ユージにいー! アリス、じゅんびできたよ!」
門の前に立って庭を見ていたユージに、アリスが駆け寄ってくる。
アリスは下にズボンをはいてワンピース、上にはパーカーを羽織り、小さなリュックを背負っている。
日本から持ち込んだ品々だ。
「お兄ちゃん、ちゃんとカギもかけたから! バリアがあるから、家の中には誰も入れないと思うけど……」
「サクラ、油断しちゃいけないよ! ここは異世界なんだから!」
「そうですよね、ジョージさん。うん、これで準備はOKかな」
アリスに続いて、ユージの妹のサクラとその夫のジョージもユージの元へやってきた。
二人ともリュックを背負って、登山にでも行くような格好である。
もちろん、ユージも。
「全員忘れ物はないな?」
「大丈夫大丈夫、忘れても誰かに借りりゃいいんだって!」
「人任せか。困っても手助けしないぞ?」
「カメラよし、レンズよし、メモリーカードよし、バッテリーよし!」
「武器よし食料よし着替えよし!」
「アリスちゃん! モンスターが出たら私の後ろに!」
「ある意味おまえがモンスターなわけだけど」
「おおおおお! ついに俺の夢が! 獣人さんが!」
「なあコレほんとに大丈夫? 街から追い出されそうなヤツらが……」
クールなニートの声かけに、ユージのまわりに集まったトリッパーたちが口々に騒ぎ立てる。
全員が、旅装で。
いつもと変わらないのは、ぶんぶん尻尾を振ってご機嫌な様子のコタローだけだ。コタローは今日も変わらず全裸である。淑女だが、犬なので。
「こうして見ると大所帯ですねえ」
「ムリ言ってすいませんケビンさん。その、モンスターが出ても俺たちで戦いますから……」
「ああいえ、いいんですよユージさん。危険を理解していただいたうえで、みなさんが判断したんですから。では行きましょうか」
「はい、ケビンさん! みんな、出発だって!」
ユージの宣言に、トリッパーたちが歓声をあげる。
彼らは開拓がしたくてユージ家跡地でキャンプしたのではない。
まあ開拓も探索も、わいわいと楽しんでいたようだが。
トリッパーたちの希望は、異世界に行くことだった。
森で暮らしているだけでは、モンスターと魔法以外のファンタジー要素はなかった。
ようやく、彼らの希望が体感できる場所に行くのだ。
ユージの家とその周辺を旅立ち、プルミエの街へ。
ハイテンションになるのも当然である。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「ねえクールなニート、ほんとに全員で来てよかったの?」
「ユージ、みんなを止められるか?」
ユージの家からプルミエの街へ向かう33人の大集団。
先頭はケビンと、みんな、わたしについてきなさい、とばかりに意気揚々と歩くコタローだ。
続けてユージとクールなニート、アリス。
そして、その後方と左右には。
「ほらほらみんな退いて! ボクのチェーンソーの前に立ちはだかるゾンビは切り刻むから! でもこの細いチェーンソーで対抗できるかなあ」
「ルイス、落ち着け。まだゾンビは出ていない」
「ふふ、ジョージもね。しょうがないよルイスくん、日本で簡単に手に入るのは小型のだけなんだって」
「おい動画担当、離れすぎだ!」
「ちょっとぐらい大丈夫だって。遠ざかってく画が撮りたいからさ!」
「うわ、なかなかの死亡フラグ」
「俺、街で待ってる獣人さんと結婚するんだ!」
「いや待ってないから。俺たち初めて街に行くわけで」
「きっと私の救いを待つ幼女も!」
「俺、変態たちは置いていくべきだったと思うんだ」
ぞろぞろと、大騒ぎするトリッパーたちがついてきていた。
カオスである。
いちおう、交代制で周囲の警戒役をつけている。
コタローとケビンが前方を担当して、両側面と後方に3人ずつ、クロスボウ持ちが一番外側を歩いている。
「側面クリア!」「よし! 続いて前方へ向かえ!」「了解!」などと、ムダな演技がはじまっているが。
いちおう、役目は果たしていると言えるだろう。たぶん。
「……ムリかなあ。みんな楽しそうだし、止められないよ」
「そういうことだ。リスクを説明して、ローテーション案も出した。それでもみんな行くことを希望したんだ。抑えられないだろうし、抑えるのも違うだろう」
ため息を吐きながらも、クールなニートはどこかうれしそうだ。
まとめ役扱いされることが多いが、クールなニートは決してリーダーではない。
トリッパーたちは、それぞれが自分の意志でこの世界にやってきたのだ。
リスクがあるからと、強制して止めるのも違うと思ったらしい。
「ルイス、チェーンソーだ! ジャマする木をゾンビに見立ててチェーンソーを使え!」
「ナイスアイデア、ジョージ!」
「ちょっと二人とも落ち着いて! ルイスくん、私がやろうか?」
「うわあ、うわあ! きゅいーんってなってる! すごいねえユージ兄!」
大騒ぎである。
めずらしく真面目に話していたユージも、はしゃぐアリスを見て頬が緩んでいた。
大人数の引率役として先導する、ケビンも。
ユージがこの世界に来てから三年目の初夏。
30人がこの世界にやってきて、三ヶ月ほどがすぎた頃。
ユージの家に貴重品と荷物を運び込み、開拓や建築、農作業は休止して。
ユージとアリスとコタロー、それに30人のトリッパーは、ケビンに先導されて街へ向かうのだった。
中世ヨーロッパ風ファンタジーの街へ。
領主から許可が出て、全員が入れるようになった街へ。
ケビンに先導されて、32人と一匹、全員で。
遅くなりました……
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら④』公式発売日前後の更新はこれで終了です!
次話、7/1(土)18時更新予定!
じゃっかんご都合ですが、けっきょく全員で向かうことにしました。
ノリを活かすにはこうなりますよね!w





