IF:第九話 ユージと掲示板住人たち、異世界の街の青空市場を歩きまわる
「ここが市場ですか! けっこう賑わってますね!」
「うわあ、うわあ! ユージ兄、おまつりみたい!」
「おおおおお! ついに! 異世界の街中! 異世界の市場! ふおおおおおお!」
「落ち着け動画担当、奇異の目で見られるぞ。むっ、あれは」
「行き交う人以外は、海外の市場とさほど変わりないように見えますね」
領主夫妻と代官との面会を終えて、翌日。
ユージとアリス、コタロー、検証スレの動画担当、クールなニート、郡司は、ケビンに連れられてプルミエの街の青空市場にやってきた。
ユージも含めて、「稀人」と呼ばれるトリッパーたちも領地内の滞在許可が出た。
昨日はケビンとクールなニート、郡司の帰りが遅かったためどこにも出かけなかったが、明けて今日。
ユージたちは、堂々と街中に繰り出したのだ。
「そうですねえ、いまは春野菜と冬の手仕事の成果が同時に並ぶ時期ですから、秋についで賑わっているかもしれません。みなさん、はぐれないように気をつけてくださいね! ……みなさん聞いてます?」
引率のケビンが警告するが、すでに三人の耳には届いていない。
聞いていたのは「はーい」と元気よく答えたアリスと、アリスの小さな手をきゅっと握ったユージの二人だけだ。あとコタロー。
それにしてもユージ、アリスがはぐれないようにしているのか、それともひさしぶりの人ごみに怯えたのか謎である。
さっそく市場に立ち入って物色をはじめたのはクールなニートと郡司だ。
開拓と街への出入りを許された稀人の代表として、並んだ商品を見て「売れそうなものは何か」「文明度はいかほどか」を検討するためだろう。
そのはずだ。決して興味本位ではない。たぶん。
検証スレの動画担当は、肩掛けのカバンからレンズを覗かせて撮影中である。
もとい、盗撮中である。
いや、盗撮の概念どころかカメラが存在しない世界なのだ。
セーフである。たぶん。
一行が訪れたのは、露天が並ぶ青空市場である。
冒険者ギルドや武器屋なども気になっていたようだが、一般的な暮らしが知りたいというクールなニートのリクエストである。
ユージとアリス、トリッパーたちあわせて30人の食い扶持を稼ぐ方法を探るためだろう。
「イモ、麦、野菜……農作物はあんまり変わらないんだなあ。そして、やっぱり米はないのかあ」
「ユージ、諦めるのはまだ早い。少なくとも、日本より流通が発達していることはないんだ。いまではない季節、ここではないどこか。米がないことが確定したわけではない」
「は、はあ」
ユージ、クールなニートの発言にちょっと引き気味である。
物知りなニートと違って空気が読めると評されていたが、熱が入ると変わらないのか。クールぶっているだけなのか。
「ほらユージ、心配すんなって! 俺たちで田んぼ作っちゃえばいいんだしさ!」
検証スレの動画担当もテンションが高い。
たしかに種籾はトリッパーたちが持ってきたが、米作りは容易なことではない。
それも、田んぼを作るところから始めるとなると大仕事だ。
気軽に言っているあたり、動画担当に農業経験はないのだろう。
「イモ? トマトまで。この時代にここにあるのはおかしいのですが」
郡司は会話に参加せずブツブツ呟いている。
「米を作れば……いや、野菜の方が……だが流通させていいのか。それに量もそれほど……」
ユージの気のない返事を流して、なにやら考えはじめたクールなニートと並んで。
全員、自由すぎか。
「次のエリアは……おお、服か! 俺のはともかく、アリスはいいのがあったら買って行こうか!」
「うん! やったー!」
満面の笑みを浮かべるアリス。
先導するコタローは後ろを振り返り、二人に向かってワンッと一鳴きしている。そうね、おんなのこはおしゃれしなきゃ、と言いたいようだ。
「服か。領主に知識や技術を提供する最有力候補だったが……」
交渉するまでもなく、「移民と同じ扱い」で認められた。
つまり、これまでになかったデザインの服は、お金稼ぎに使える手法である。
クールなニートの目が鋭さを増す。
30人が生きていくために必要なお金は、けっこうな額なのだ。
まあ鏡やガラスなど、この世界で貴重な品を売れば簡単なのだが。
ともあれ。
青空市場、衣料品エリア。
そこは、オシャレ素人のユージすら絶望に叩き落とす場所だった。
そして、クールなニートの目が輝く。
欲しいものが見つかったからではなく、商売の芽を見つけたために。
「なんだコレ……ボロいし地味だしダサいし……。え? 服ってこれしかないの?」
露店に並ぶ服は、よく言えば生成り。
素材の色を活かした服ばかりであった。
それも中古が多く、ケビンに聞くとこれでも清潔な方なのだという。
さらに。
「これが、下着……だと……? そっか、これ男物、ですよね?」
おそるおそる売り子らしき恰幅のいいおばちゃんに声をかけるユージ。
ユージが手にしておばちゃんに確認したのは、ドロワーズをさらにペラペラにしたパンツである。
ユージ、あまりの出来にこれは男物だと思ったらしい。
「なーに言ってんだいアンタ! 男も女も、お貴族様か大商人でもなけりゃこれが普通だろ? ああ、下じゃなくて上かい? その子にはまだ早いと思うけどねえ。まあいいや、ほら」
どうやら庶民は男女ともこれをはいているようだ。
そして、売り子のおばちゃんから渡された女性のバスト用下着。
それは、布だった。
サラシである。
「……マジか。マジでみんなコレなのか」
「時代的にはおかしくないが……なるほど、これは」
「うー。アリス、うちにあるおようふくの方がかわいいと思う」
ユージのテンションはだだ下がりであった。
そして、ユージの妹のサクラの服と、トリッパーから大量の子供服をもらったアリスのテンションも。
アリス、すっかりアリスも現代日本のファッションに毒されていたようだ。
コタローは、クゥーンと力なく鳴く。これがげんじつなのよ、あきらめなさい、とでも言うかのように。
一方でクールなニートは興味津々で次々と衣類を手に取っている。
横に置かれたカバンの類も。
「なんだいアンタたち? お貴族様が着るような服や下着を探してたのかい? 市場じゃそんなの置いてないよ!」
恰幅のいいおばちゃんは、沈み込む二人と一匹に愛想よく教えていた。
自分の商品を買わない相手に対して、ずいぶん親切なことである。
売り子のおばちゃんの言葉を受け、すかさずケビンがユージに声をかける。
「ユージさん、せっかくですから新品の服を誂える店も見てみますか? みなさんもどうです?」
ケビンの言葉を受け、チラリとアリスに目をやるユージ。
アリスはいまだ落ち込んでいる。
「ぜひお願いしますケビンさん」
「クールなニート?」
「ユージ、これはチャンスだ。やはり俺たちの読み通り」
「……あ、そっか!」
ユージ、ようやくクールなニートが何を狙っているか理解したらしい。
領主との交渉材料にしようとしていたのに、気付くのが遅い。
まあその隣で首を傾げる幼女よりはマシなようだが。
ともあれ、一行はケビンの案内で仕立て屋に向かうのだった。
もっとも、いままでにない服のデザインを交渉材料にしたいと聞かされていたケビンは、もともと案内するつもりだったようだが。
「ここもなかなか……」
けっきょく、ユージとアリスのテンションは上がらなかった。
仕立て屋で披露された服と下着の見本は、いけてなかったらしい。
いつもスーツの郡司はひとまず同じ形で依頼したようだが。
「ケビンさん。あらためて、相談させてください」
「ええ、ええ。もちろんですとも! 仕入れも販路もなんでも相談してください! なんでしたら針子を雇って派遣しましょうか?」
「いえ、そこまではまだ」
「そうですね私としたことがついつい先走ってしまいました! まずは私たちで話し合うことが先ですよね! 私たちで!」
ユージとアリスとは逆に、ケビンのテンションは高い。
ケビン商会までの帰り道で、鼻息荒くクールなニートに話しかけるほどに。
ケビン、トリッパーたちの商売に食い込む気満々である。
まあユージの家は森の中で、ユージたちにはほかに伝手もない。
事情を知っているケビン商会は、布の仕入れ先と商品の卸先としてはいいのだろう。
後に、王侯貴族や商人、平民まで巻き込む服飾ブーム。
それは、辺境の街角ではじまったのだった。
ケビン商会と、表に出たくない「稀人」たちの思惑が重なって。
次話、6/17(土)18時更新予定です!
※6/17追記 18時の更新遅れます。日付変わる前には……





