IF:第八話 ユージと掲示板住人たち、領主との話し合いを終える
「王都を含んだ平野より、山地と湿原で隔てられているのがこの辺境だ」
あっさりとユージたち稀人の開拓と街への出入りを認めた領主。
領主夫人に促されて、領主はその背景を語り出す。
「『備えよ、常に。志を抱き、独立独歩たれ』。この国に属しているが、辺境の領主へはそう教え込まれるのだ」
「……君主制でありながら一領地に『独立独歩』? それに前半は聞いたことがあるような」
領主の言葉を聞いてブツブツと考え込むクールなニート。
ユージは首を傾げ、検証スレの動画担当は席から立ち上がって引きの画を撮影している。
アリスはオヤツを食べて満たされたのか眠い目をこすり、コタローは侍女の足元で丸くなっている。
自由か。
「クールなニートさん、ボーイスカウトの標語です。元の世界の、ですが」
「ああ、それで聞いたことが!」
交渉担当としてこの交渉班に入れられたのに、ここまで自己紹介しかしていなかった郡司、ようやく役に立ったようだ。
「うむ、異端であろう? そもそもこの辺境は、初代国王の父、ユージ殿たちと同じ『稀人』が開拓したのだ。先ほどの心構えも初代国王の父が残した言葉。稀人には有名な言葉であるのかな?」
「どうでしょうか。その、私たちの世界にもさまざまな国がありますし、稀人が同じ国の出とは……たまたまなのか、あるいはボーイスカウトがある国に絞っていいのか」
領主に答えているのか、あるいはただ混乱気味の頭をまとめるためなのか。
クールなニートの言葉は要領を得ない。
「一部の嫁や子供たちに国を任せ、政を嫌った初代国王の父は、この辺境に移り住んだそうだ。このプルミエの街の礎となる場所を造ったあとは、細かな足取りは不明だがな」
「日本人だったのかなあ。政治ってなんか難しそうだし」
ユージ、めずらしく口を開いたと思ったら適当な発言である。
領主は気にせず話を続ける。
ユージの戯れ言はスルーしてくれたようだ。幸いである。
「初代国王の父、その意を受けた辺境の領主、初代国王と六宗家は約定を交わした。各家にいまも残るその約定があるゆえ、儂は稀人を受け入れたのだ」
「それは?」
「『稀人が辺境に在ることを望んだ場合、何人たりとも妨げてはならぬ』とな。客人は、この辺境にあることを望んでいるのだろう? しかも特別扱いは求めず、移民や開拓民と同じでよいと」
「はい。……それにしても、まるで狙ったような言葉が」
「うむ、儂も不思議だ。あるいは初代国王の父は、このことを見越しておったのやもしれぬ」
「どれぐらい昔のことかご存じですか?」
「いまから300年ほど前のことだ。……見越していたとは考えにくいか」
「300年……? 『備えよ、常に』の標語が偶然でないと仮定すれば、年代が合わない。であれば偶然なのか、いや、だが」
領主の言葉にまたブツブツと考え出すクールなニート。
その横では郡司も同様に考え込んでいる。似た者同士か。
アリスはついにかくんと眠りに落ち、コタローもくあっとあくびをしている。幼女と犬は自由である。
「気になるようであれば、後ほど代官に説明させよう」
「王都の学園ほどではありませんが、この館にもいくつか資料が残っております」
「ぜひ見せてください!」
「クールなニート?」
「あ、ああ、すまんユージ。俺は落ち着かなくてはな」
よっぽど気になったのか、代官の言葉に食いつくクールなニート。
ユージになだめられる有様である。
知識欲高めの人にありがちな暴走である。
「稀人が開拓した辺境で、領主には稀人を受け入れるべく約定が残っている。受け入れない理由はあるまい」
「そうは言っても、現実にはリスクだけを背負うわけで」
「儂は騎士でもあるのだ。騎士が約束を違えたら、国は立ち行かぬよ」
「……ありがとうございます」
「もっとも31名という数は予想外であったがな!」
「ええ。こちらで情報操作はしなければならないでしょう。ケビンさん、そのあたりご協力いただけるかしら?」
「もちろんです領主夫人」
「では、後ほど話し合いましょう。稀人のどなたかにも残っていただきたいのですけれど……」
「私が残ります」
「では私も。ここまで役に立っていませんから」
この世界にはない知識を持つ稀人は利益を生む。
かつてユージたちにケビンが話したように、監禁・軟禁のリスクもある。
領主夫妻は稀人を受け入れてくれるようだが、それですべての人から狙われなくなるわけではない。
領主夫人の提案は、情報を隠す、あるいはダミー情報を流すために話を合わせようというものなのだろう。
ケビン、クールなニート、郡司が打ち合わせに参加するようだ。
郡司、役に立っていない自覚はあったらしい。
「えっと、じゃあ俺は」
「ユージさん、馬車を使ってかまいませんから、先にケビン商会に戻っていてください。アリスちゃんは限界なようですし」
「わっ。アリスねてないよ?」
名前にビクッと反応して目を開けるアリス。
一同は、うたた寝していた幼女の寝てないアピールを微笑ましく見守っている。部屋の片隅では、丸くなっていたコタローがさっと立ち上がっていた。お前もか。
「わかりました、ケビンさん」
「ケビンさん、領主様の許可が出たんだし、俺たち街を出歩いても!?」
「……私が戻ってからにしましょう。案内しますから、待っていてくださいね?」
稀人であると伝えたうえで、街に出入りすることを領主に認められた。
つまり街をうろついても問題ない! と考えたのだろう。
興奮する検証スレの動画担当だったが、ケビンに釘を刺された。
仕方あるまい。
領主たちは知らないゆえ気付いていないが、貴族相手に盗撮するような男なので。
事前に情報を聞かされていたケビンが止めるのも当然である。
「くー、まだダメかあ」
「ユージ兄、アリス、まちをおさんぽしていーの?」
「んー、アリスは大丈夫だと思うけど。でもほら、みんなが戻ってきたらね? せっかくだし一緒に行った方が楽しいと思うよ」
「わかった!」
散歩を申し出たアリスだったが、もうしばらくガマンするらしい。
動画担当にも見習ってほしいものである。
「儂も失礼しよう。あとは任せたぞ、オルガ」
「ええ、詳細を詰めたら報告しますわ。待っていてくださいね、あなた」
「ユージ殿、私がお送りしましょう」
領主、代官が席を立つ。
ケビンに促されて、先に帰ることになったユージとアリス、検証スレの動画担当とコタローも。
交渉班は、交渉のメイン担当とその他組に分かれ、それぞれ行動することになるようだ。
ともあれ。
ユージたち稀人は、あっさり領主に認められた。
領主夫人とクールなニートたちの話し合い次第だが、今後は開拓地として活動し、街への出入りもできるようになるだろう。
ユージとアリス、コタローと30人のトリッパーは、一歩前に進んだようだ。
これでトリッパーたちは、剣と魔法のファンタジー世界で、ある程度自由な行動が認められる。
ロリ野郎もケモナーもエルフ好きもユニコーンも爬虫類好きも。
……大丈夫か。あらゆる意味で。
次話、6/10(土)18時更新予定です!
活動方向にて、6/25にオーバーラップ文庫さまから発売予定の
『10年ごしの引きニートを辞めて外出したら④』の書影を公開しました!
初の王都行きの話がありつつ、大半は書き下ろしです!





